18.バレた
「わたしはここにいるよ! 優ちゃん!」
叫ぶ。
お互いに。
涙声で。
でも、優には翠のことが見えていなかった。
二時間ほど翠の名を呼び続けた優は、トボトボと家に帰っていく。
優の部屋に行くと、彼女はベッドに突っ伏したまままだ涙を流していた。
枕元に立った翠は彼女の頭を撫でるが、手がすり抜けてしまう。
ショックだった。
やはり自分は幽霊なんだ。人とは接することができないんだと翠は絶望する。
それでも諦めきれなくて、何度も何度も明け方までずっと優の名を呼びかけた。
優は翌日も神社に足を運ぶ。
しかし、結果は同じ。優は翠の姿を見ることは叶わなかった。
三日間、優は翠を探し続け、翠はずっと彼女の傍にいる。
願いは叶わず、お互いに目と鼻の先にいるのに翠の言葉が届くことは無かった。
◆◆◆
「ごめん。辛いことを」
翠の頭を後ろから撫で続ける。
彼女は俺の手に自分の手を被せ、ギュッと俺の手を握りしめた。
「ううん。それで分かったの。わたしを見ることができる人には『時間制限』があるって」
「高校三年生で、かんざしを受け取り、翠に手渡すことだったよな」
「うん」
推測するに、翠にとってかんざしは特別な存在ではないかと。
古い物には神が宿るとかいうし。かんざしが奇跡を起こし、俺や優が彼女を見ることができるのかもしれない。
離島に墓があることから、彼女の行動範囲は離島に限定されるのかな。
じゃあ、制服は?
「どうしたの? 九十九くん」
「あ、いや。翠のことについて考えてた」
「きゃあ。また気障な言葉だあ」
翠はキャッキャと喜色を見せ、体を左右に振る。
「い、いや。そうじゃなくってだな。かんざしや翠のお墓は、幽霊の翠にいろいろ影響を与えてるって思って」
「おお、名探偵!」
「それで、その制服にも何かあるのかなあって」
「あるよ……」
途端に声のトーンが落ちる翠。
ど、どうしたんだろう?
「な、何か……」
「ううん。制服はね。わたしにとって特別な物なんだ」
「うん」
「離島に行くことになって、高校は停学したの。きっとまた戻るんだって」
「そ、そうか。ごめん」
「九十九くんの『ごめんね』は聞きたくないなあ。そこは九十九くんらしく、気障に『聞かせてくれてありがとう。可愛い翠』だよお」
「……聞かせてくれてありがとう。『とっても可愛い』翠」
ワザとらしく可愛いを強調すると、翠はまた体をくねらせた。
おっと、すっかり話がそれてきてしまった。
これはこれで楽しんだけど、翠がいつ消えてしまうか分からない状況は変わっていないんだ。
「翠。続きを聞かせてくれないか?」
「うん。この先はもっと恥ずかしいかも……」
「そ、そうなのか……」
「えへへ。でも。言っちゃうよ。優ちゃんの時みたいに伝えられなかったらもっと後悔するから」
その言葉がいじらしくて愛しくてまた俺は彼女をギュッと抱きしめた。
一年間の時間制限。それが彼女を後悔のないように動かしている。
「優ちゃんのことがあって、何年過ぎたか分からないんだけど……次にお話しできる人と出会うことがなかったの」
「そうなんだ。島には高校生くらいいそうだけどなあ……」
「かんざしに興味を持ってくれないと、ダメみたいで……条件の詳細はわかんないんだ……」
「そうか。何かあるのかなあ」
「うん。それでね。久しぶりに出会えた人が九十九くんだったのだあ」
「おおー」
ダメだ。また話が……。
気を取り直して、再び翠へ続きを促す。
「最初は九十九くんが男の子ってこともあって、うまくお話できなかったかも」
「そうだったんだ……」
俺は最初から君に惹かれていたんだけどなあ。
「でも、人とお話しするのがとっても久しぶりで、それだけでも嬉しかったの」
「うん」
「お話ししていたら、九十九くんといることがどんどん楽しくなっていって。優ちゃんといた時みたいに毎日が嬉しくて、キラキラしてて」
ただ、話ができるだけでも……彼女にとってはとんでもなく特別なことで。
鼻の下を伸ばしまくっていた俺とのやり取りでも、そんな風に思っていてくれたんだ。
「それでね。九十九くんはやっぱり優ちゃんと違うって」
「そ、そうか……」
俺じゃあ優の代わりにはなれない。彼女は優といたときほど楽しくはなかったのかなあ。
俺の気持ちを察したのか、翠は首を左右に振る。
「九十九くんといると、胸の奥がなんだかきゅううっとするの。君にこうやって抱きしめられると……暖かくて、心臓が動いていないのにドキドキするの」
俺もだよ。翠。
なんてことは言えないって……恥ずかし過ぎる。
「そ、そうか……」
「うん! 九十九くんと昨日別れた後、神社に戻ったのね。それで君のことを考えてたら、またきゅううっとなって……それで、眠くなっちゃったの」
「……翠、それって……」
察しの余りよくない俺でも分かる。
翠は俺のことが好きになってきたんだ。
嬉しい。とんでもなく嬉しい。
で、でも。
彼女は俺に恋をすると眠たくなってしまった。
家族を見送る。
病弱で遊ぶことができず友達もできなったけど、優と出会うことができた。
残ったのは、少女らしい未練……恋をするってことなのか。
おばあさんより未練と成仏の話を聞いた時から、もしかしたらと思っていたけど……いざ彼女の口から聞くと、とても複雑な気持ちになってしまう。
君が好きだ。君に好かれたい。愛されたい。
これは紛れもない俺の正直な気持ち。
でも、君が俺へ恋をすれば、君は……消えてしまうかもしれない?
じゃあ一体俺は、どうすればいいんだ……。
まだ消えると確定したわけでもない。漠然とした不安が胸の奥をくすぐるといったくらいだけど。
それでも、消えてしまう可能性があるのなら……ほっとけない。
楽天的に考えると、眠くなるだけで彼女はそのまま存在し続けるって線もあるけど。
だけど、最悪な線も捨てきれない。
ああああ。頭がグルグルしてきた。
「どうしたの? 九十九くん」
「あ、いや」
翠から体を離し、彼女から背を向ける。
胡坐をかいたままうつむき、手を床につけた。
「九十九くん、また泣いてくれているの?」
「……うっ……ぐず……ご、ごめん……」
泣いていたのは翠の為に泣いていただけじゃない。
君が消えるのは確かに悲しくて泣けてくる。
でも、俺はことこの時にあってもわがままで自分勝手な思いから、中途半端にどっちつかずになってしまっていた。
というのは「消えてもいいから、君に愛されたい」のか、「きっぱりと君を遠ざけるのか」を決めかねている。
さっき考えた「翠がそのまま存在し続ける。だから大丈夫」って楽天思考も頭をよぎるし。
そんな不甲斐ない自分自身が情けなくて……。
「だから、九十九くんらしくそういう時は!」
「……聞がぜでぐれて、ありがどう……」
「うんうん! よくできました!」
翠は俺の背中をそっと撫でて、横から俺をぎゅーっと抱きしめる。
「ダ、ダメだ……翠」
「もう。女の子に抱きしめられてダメだはないよお」
「……でも」
「九十九くん。わたしだって、九十九くんに最初からお話してどうしてなのか分かったよ? わたしに起こった変化」
「だったら……何故」
翠は俺の前に回り込み、小悪魔的な笑みを浮かべ人差し指を唇に当てる。
「んー。秘密!」
「えええ」
「また今度ね!」
翠はにへえと顔をふにゃっと崩して、えいっと立ち上がった。
スカートがフワリと揺れ、俺の目を釘付けにする。
「えっちい」
「あ、えっちで思い出した。そうそう」
部屋の隅に転がっていたリュックをゴソゴソと漁り、中から淡い青色のビキニを取り出す。
「翠、これ」
「えっちって言葉で思い出すなんて……全くう。九十九くん!」
「ごめんごめん。おばあさんから借りたんだよ。娘さんが昔使っていたって」
「おばあさんの娘さんって……優ちゃんかな!」
「そうかも!」
「やったあ。嬉しい。でも、優ちゃん……結構ダイタン。ビキニなんて」
パレオワンピースもあるんだけどねえ。あえてそれはリュックの中である。
ははは。
「優ちゃんも着たんだ。翠も……な?」
「あー。その顔。きっと何か隠してるなあ!」
な、なんて察しがいいんだ。
いつもはそんな察しが良くないじゃないか。スマホの時なんて完全に誤魔化されていたし。




