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14.ポケベル

 留蔵の家から山の入り口までそれなりの距離があるけど、どうしたものか。


「翠。どうしよう? 自転車もあるけど」

「ん? わたしが後ろに乗るのかな?」

「そのつもりだけど」


 自転車の二人乗りは道路交通法違反なんだが、翠なら他の人から見えないし問題はないと思う。

 そ、それにだな。自転車に乗ると彼女が俺の肩をつかんで……。うふふになる。

 

「九十九くん、なんか変な顔してる! せっかくだからここから歩こうよ」

「あ、うん……」


 顔に出ていたらしい。

 でもいいさ。翠といる時間が長くなると思えば、歩きの方がいいじゃないか!

 うんうん。

 気持ちを切り替えて、横に並んでてくてくと歩き始める。

 

 海沿いの道を真っ直ぐ進んでいくが、照り付ける太陽の光は相変わらず激しい。

 すぐに汗がぶわっと出てくるほどだ。

 

 波の音、遠くに見える堤防にカモメたち。

 

「九十九くん、見て見て。あそこ!」

「お、大きな貨物船だなあ。何だろうあれ」

「何だろうね! どんな物を運んでいるのかなあ」


 翠は貨物船を指さし、こぼれんばかりの笑みを浮かべる。

 ただ散歩するだけなのに、これほど楽しそうに笑顔を振りまきながらキョロキョロとせわしなく顔を動かし、目に映る物へ興味を示していく。

 俺にとっては幾度か通った普通の道で、翠だって景色自体は何度も見ていることだろう。

 他の人と一緒に散歩する。俺にとっては日常的に体験していることだけど、翠にとっては違うんだ。

 そう思うと胸が締め付けられる。

 

「ねね。あの雲みて」

「お、おお。豚みたいだな!」

「そうかなあ……うしさんじゃない?」

「えー」

「むー」


 アハハと笑いあう俺たち。

 一歩、一歩、大事に進んで行こう。

 

「突然、大股になって変な九十九くん」

「へ、変だったか」

「うん!」


 そう言ってほほ笑む彼女は淡雪のように儚く見えた。


「翠。追いついてみせろ!」


 俺はしんみりした気持ちを払うように首を振り、一気に速度をあげる。

 

「待て待てえー」

「待てと言われて止まる人はいねえ!」


 ――結果。


「はあはあ……」

「もう、無理して走るから」


 山の入り口まで来たはいいが、完全に息が上がってしまった。

 背中をさする翠へ「大丈夫」だとばかりに手をあげ、ペットボトルに入った水をごくごくと飲み干す。

 

「ところで、翠」

「なあに?」

「途中でズルしてただろ!」

「気のせいだよ。うん」


 俺が走っているというのに、翠の様子をチラリと見たらだな。

 浮いてた。

 浮いたまま俺に引っ張られるようにすうううっと進んでたんだよ。


「まあ、そういうことにしとくよ」

「えへへ」

 

 はにかむ彼女はとても愛らしい。

 彼女を見ると元気が湧き出てくるけど、なまった俺の体が言う事を聞かぬ。

 

「す、すまん。翠。少しだけ座らせて」


 その場で膝を落とし、肩で息をする俺なのであった。


「うん! ゆっくり休んでね」


 翠は両膝をくっつけた姿勢でしゃがみ、こちらに顔を傾けた。

 その仕草は反則だ……白磁のような生足がこう……写真集の一ページみたいな感じがしてとてもソソル。

 

「どうしたの? 少し顔が赤いよ?」

「大丈夫。すぐに引くから」


 翠から顔をそらし、再び水を飲む。

 

 ◆◆◆

 

 神社へ行く脇道のところを真っ直ぐに進み、十五分ほど進むとちょっとした湖があるところに出た。

 上流から注ぎ込む川は、湖を通り神社の左手にあった川へと続いていると思う。

 一方、道は湖を沿うように続いており、これからまだまだ登り道が伸びていっている。

 

 湖には小さな水車小屋があって、それを見つけた翠は歓声をあげ俺の服の袖を引っ張った。

 

「あれ、動くのかな」

「ん、見た所水車自体は飾りに見えるけどなあ」

「そうなんだあ」

「でもさ、とてもいい雰囲気だよね。あそこで写真を撮らない?」

「うん!」


 そういえば、港でも翠の写真を撮っていなかったのだ。

 何気なく提案したけど、チャンス到来じゃねえか。

 

 肩を寄せ合って、腕を伸ばしてスマホを構えて水車をバックにパシャリ。

 翠のほっぺが俺の肩に当たってドキドキしたのは秘密だぞ。

 

「見せてえ」

「あ、いや」


 撮った写真を確認した俺は、電源ボタンを軽く押し画面を暗くする。

 画面にはにやけた顔をした俺しか映ってなかったから……。

 

「ずるーい。九十九くん。自分だけえ」

「俺の顔があまりに不気味だったから見せたくないんだよお」

「もう。じゃ、じゃあ。もう一回撮る?」

「ん、いいや。石碑のところで獲ろうよ」

「えー、仕方ないなあ」


 腕を組んでツンと顎をあげる翠。

 ここはうまく誤魔化す手を考えねば。

 

「そ、そういや、翠」

「誤魔化したなあ。九十九くん。わたしはそんな単純じゃないの!」

「まあまあ。スマホはさ、すぐに充電が減るんだよ」

「スマホ? それって携帯電話だよね?」

「うん。充電が切れちゃうと、写真も撮れなくなっちゃうし。メインは石碑じゃないか」

「んー。それなら仕方ないのかな? うまく言いくるめてない?」

「い、いや。そんなことないって」

「むうう。その顔! わたしだってPHSくらい知ってるんだから!」

「ん?」

「PHSだよ。PHS。九十九くんが使っているような携帯電話なの」

「それはわかるけど……」


 ガラケーかスマホの話じゃなかったのかと話の食い違いに首を捻る。


「九十九くん。わたしは世間知らずだから、電子機器のこと良く分かってないって思ってるのかなあ?」

「い、いや。そんなことは……」

「聞いて、九十九くん! わたしね」

「うん」

「対応表を見なくても文字が打てるんだよ? 数字を見ただけで分かるんだから!」

「な、何の話だろう?」


 ま、まるで分らん。

 対応表? 数字? 数字が文字になるの?

 

「ワザと知らないフリをしてるんだなあ。九十九くん」

「ほ、本気で分からないんだけど……」

「え、えええ。ポケベル……知らないの?」

「名前だけは……」

「そう……九十九くんにメッセージを打ちたかったんだけどなあ」


 翠の説明によると、ポケベルってやつは一方通行のメールみたいなもんらしい。

 公衆電話から番号をプチプチしてメッセージをポケベルに送信して、使うとのこと。

 公衆電話には数字しかないから、二けたの数字がひらがなに対応している。どの数字がどのひらがなに対応しているのかってのが対応表ってわけだ。

 んー。使い辛い機器だよな。ポケベルって。

 受け取ったはいいが、送信するのに別途電話がいるとか。

 

 まあそれはいい。

 制服のことで翠が亡くなったのは十五年以上前だってことは分かっていた。

 しかし、ポケベルのことから……二十年以上前なのかなあと推測できる。

 ポケベルが流行ったのっていつ頃かハッキリとは分からないけど、少なくとも携帯電話が普及する前だよな。

 俺が産まれた時にはスマホこそ無かったけど、携帯電話はあった。

 後で調べたら大体いつ頃か分かるだろうけど、ポケベルの話はいい情報だったぞ。

 

 いっそストレートに彼女が亡くなった年を聞いてもいいんだけど……彼女の死について今はまだ余り触れたくないんだ。

 「今を」楽しんで欲しいから。俺だって「今の」彼女が好きなんだ。

 生前の楽しい話ならいくらでも聞きたい。でも、死については触れたくないってのが正直なところ。

 自分の拘りがつまらないわがままだってことは分かっている。でも、それが「今を」楽しむと決めた俺のルール。

 彼女から自分の死について語るのならいいけど、俺から聞くことは今後も控えるつもりでいるんだ。

 

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