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12.ついつい

「娘さん、その時はどんな感じだったんですか?」

「そうだねえ。神社に行くだけだと言うのに楽しそうだった……かねえ」

「そうでしたか」

「でも……」

「でも?」

「受験が終わって春休みに戻って来た時、酷く落ち込んでいたのさ。無事合格したというのに」

「……」

「あの時は相当ふさぎ込んでねえ。理由を聞いても教えてくれないし困ったもんだったよ」

「そ、そうですか……。何があったんでしょうね……」


 そうか。春になるともう……翠の姿は見えなくなってしまうのか。

 分かっていたこととはいえ、おばあさんの娘さんの話を聞くと実感する。

 ん、待てよ。

 お別れはたしかに辛いけど、数か月も落ち込むだろうか?

 

 ひょっとして……俺は彼女と翠の間にあった酷く悲しい事実を想像して胸が痛くなる。

 お別れならお別れだって翠も彼女に伝えたはずなんだ。それならば、彼女だって翠の姿が見えなくなる前にちゃんとさよならを伝えることができるはず。

 少し寂しいだろうけど、区切りは付けられたと思うんだ。

 しかし、翠にとって彼女は幽霊になって初めてのお友達なんだろう。彼女は一人だけお友達ができたって言ってたし、きっと彼女がそうに違いない。

 高校三年生にだけ翠の姿が見えるってことも、彼女と接することで分かったことなんじゃないかな。

 

「おやおや。もう昔の話だよ。あんたが泣くこともないさね」

「す、すいません」


 当時の二人のことを想起すると、自然と目から涙がこぼれ落ちていた。

 俺は……俺はどうする? その時は必ず来る。

 夏場だというのに長袖のセーラー服を着て佇む彼女と会えるのはこの時だけなんだ。

  

 あんな風に物憂げな顔を浮かべて、俺が見えなくなっても彼女はこの島で……。

 ってええ。

 

「七海さん……」


 物干し竿にかかったタオルの横で艶のある黒髪を揺らすセーラー服姿の少女。

 いつの間にそんなところに。

 

 翠は俺と目が合うと微笑みを浮かべ、こちらにゆっくりと歩いてくる。

 

「おやおや、お兄さんどうしたんだい?」

「あ、いや」


 おばあさんは相変わらずにこにことお茶をすする。

 そうこうしている間に翠は縁側の前でしゃがみ込み、床をトントントンとリズミカルに三回叩いた。

 何をしているんだろうと思い、翠の様子をじっと見つめてしまった。

 おばあさんには見えないというのに……俺の動きは怪しいことこの上ない。でも、見るなってのは無理だろう。

 

「あらあら、お客さんさね。今日は来ないかと思ったよ」

「お客さん?」


 おばあさんは両手を床についてゆっくりと立ち上がり、俺へ顔を向ける。

 

「いつもこの時間に来るお客さん。ここ二日ほど来なかったからどうしたんだと思っていたんだよ」

「七海翠さんが、見えるんですか?」

「おやおや、お兄さんは見えるのかい? そうかいそうかい。翠ちゃんと言うのかい。きっと女の子だと思っていたよ」

「おばあさんには見えないんですか?」

「そうさね。見えないよ。でも、そこにいることは分かるんだよ」


 おばあさんは翠の方へ目線を送るが彼女のいるところとは目線が合ってない。見えていないってのは本当みたいだな。

 そうか、翠は昼下がりにここにいつも来ていたんだ。

 

「お茶と羊羹を取ってくるから、しばらく待っていておくれ」


 おばあさんは見えない翠へ向けていつもの調子で呟くと、引き戸を開けて奥へと向かっていく。

 ぴしゃりと引き戸が閉じたところで、翠と目が合う。

 

「七海さん。まさかこんなところで会うなんて」

「わたしも驚いちゃった。九十九くんにも見えないように姿を消していたんだけど……あのお話を聞いて」

「おばあさんの娘さんのお話かな?」

「うん」


 翠は動揺したら自分の意思とは関係なく姿を見せると俺は推測している。

 だから、ここに来る前にワザとらしく恥ずかしいセリフを呟いたのだ。

 

「聞いてなかったの? その、娘さんから」

 

 我ながら野暮なことを聞いてしまった……。親しい仲ならお互いの素性を知っていて当然だと決めつけてるように聞こえたかもしれない。


「うん。優ちゃんの家族とかお家の場所とかはお話ししていないの」


 幸い翠は気に留めた様子も無く、懐かしい娘さんとのことを思い出してか頬が少し上気していた。

 

「じゃ、じゃあ。たまたま、おばあさんのお店に?」

「違うよ。わたしね。生きている時、おばさんに優しくしてもらったことがあるの。それでなんだ」

「庭からおばあさんを見守っていたのか」

「うん」

「聞きたいなあ?」


 おばあさんと翠の間に何があったんだろう。悲しい話は聞きつらいけど、楽しかった話ならできる限り聞きたいんだ。

 彼女のことをもっと知りたい。それが俺の正直な気持ち。


「うーん。聞いてもつまらないよ?」

「構わないさ。七海さんが嬉しかったことってのが大事なんだって」

「もう、九十九くんてたまにとっても気障だよね」


 翠の頬に朱が指し、パタパタと自分の顔を手で扇ぐ。

 た、確かに我ながら必死すぎて……俺の顔も熱くなってしまう。

 

「えっとね。お母さんが出かけている隙にね。お出かけしたの」

「うん」

「でも、港のところでクラクラ来ちゃって困っているところをおばさんが見つけてくれて」

「おお」

「それで、わたしの車椅子を押してお店の中まで連れて行ってくれてね。お茶までご馳走になっちゃった」

「おばあさん、よく七海さんを見つけたなあ」

「でしょでしょー。でもね、あの後、お母さんに怒られちゃった。勝手に出て行かないでって」

「ははは」


 おばあさんとの心温まる体験より、俺は彼女が車椅子だったってことに胸を打たれた。

 そうか、翠が離島に来た頃……もう彼女は一人で歩くことさえできないほどに衰弱していたんだ……。

 

「どうしたの? 九十九くん。また考え込んじゃって」

「あ、いや。そうだ。翠」

「んー?」

「思いっきり歩こうよ? ハイキングに行かない? どこかいい目標があればいいんだけど」

「うん! 楽しそう!」

「お兄さん、それなら、石碑はどうさね?」


 おばあさんの声が割り込んできた。

 い、いつの間に。

 一人事を呟く痛い奴に見えてないだろうか。

 いや、それはないか。おばあさんは見えない翠とお茶をする人なんだし。

 

「石碑ってどこにあるんですか?」


 というわけで、俺は普通におばあさんへ言葉を返すことにした。

 

「ハイキングコースを調べてごらん。見晴らしのいいところだよ」

「はい。後でスマホで見てみますね。分からなければまた教えてください」

「うんうん。お兄さん、翠ちゃんはどんな子なんだい?」

「え、えっと……」


 翠に目を向け、上から下まで彼女をじとーっと眺める。


「十七歳か十八歳でセーラー服姿の黒髪の美しい女の子です」

「おやおや。それはそれは」

「普段は凛とした感じなんですけど、笑うと可愛らしいんです」


 あ、またしても口が滑って。

 ギギギと首を回し、翠を見る。

 ああああ、耳まで真っ赤になっているよお。これは後で追及されそうだ。

 いい加減にしてくれよ、俺の口。

 

「あらあら。赤くなっちゃって。石碑までのデートを楽しんできなさいな」

「は、はい」

「今日はお兄さんとお話できてよかったさね。見えない翠ちゃんのことを聞けたからねえ」

「あ、あの。おばあさん」

「どうしたんだい?」

「あ、いえ、何でもありません」


 つい、生前の翠について聞きそうになったけど彼女の前で聞くのはさすがに憚られる。

 彼女がいない時、おばあさんのところへ聞きに行こう。

 

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