1話
ーーー圧倒的。
今の心情を一言で表せば畏怖
。
透き通るように潔白な肌、長く漆黒な髪、誰もが自信を失って狂うほどに端正のとれた顔。
その総てが調和され、暴力的なまでに美を追求したと云わんばかりの容姿は、不良に絡まれていた僕ですら不意に見惚れてしまうほど。
極めつけはその身長。不良達すら見上げてしまうその高さは、元来背の低い僕からすれば肩の高さにも満たない。圧倒的存在感。
不良に絡まれているのを、見てみぬ振りをする傍観者の中からいきなり現れた彼女は僕を庇うように歩み出る。
何故?いや、それよりも不良達は8人も居る。僕を含めても8対2。
背が高いとはいえ、彼女は女性だ。厳つい男に囲まれ、恐怖で竦み上がるはずだ。
にも拘らず、威風堂々とした佇まいは穢れの知らぬ自信を感じさせる。凛とした風貌に、男として情けなくも安心感を感じた。
不良達は戸惑いつつも、邪魔をされたことに怒りを抑えきれない様子である。
「なんだてめえは!」「邪魔してんじゃねえぞ!」
威圧し、震え上がらせるほどの声量に足が震える。
それでも、元はと云えば僕が不良にぶつかってしまったことが悪いので、彼女を巻き込むわけには行かない。怖いけど、勇気を出せ、僕!
「ごめんなさい!彼女は関係無いんです!許してもらえませんか?」
僕の必死の嘆願に、不良達のリーダーと思われる男は考え込む。
「ほーう、じゃあお前が責任取ってくれんのかよ?ぶつかって俺らの邪魔してくれたことをよ。」
「で、では何をすればいいのでしょうか…?」
「まあ待てよ、此処はうぜぇの多いし面貸して貰うぜ。勿論そこの女もな!」
「そんな!」
僕は別にいい、でも彼女は関係ないのに!
「どうにか彼女だけでも見逃し「……いいよ。」 え!?
「いいよ、付き合ってあげる…。」
「へっ、話が解るじゃねえか。ああそうだ、言っとくがサツ呼んでも無駄だぜ?親父がこの辺り占めててよ、偉いさんとも繋がりあんのよ。」
「……別にそんなことしない。」
「ならいいけどよ。」
そう言ってゾロゾロと路地裏に入っていく不良達。
俺はいったいどうすれば…。
「………心配しないで。大丈夫だから。」
「でも、貴女は関係無いのに…。巻き込んでごめんなさい…」
「…困っている人がいたら、助けるのは当然。」
そういって微笑む彼女を見ていると、不思議と何とかなるような気がした。
連れてこられた場所は薄暗い空き地だった。周りに誰もいない、助けを呼べそうもない場所。
苔むして、錆び付いた遊具は子供すら寄り付かなくなってしまった寂しさが漂う。
もしいざとなったら彼女だけでも逃がしてみせると決意してみても、どうしても揺らいでしまうほどの不安。
「まあ、とにかく落とし前はつけて貰うぜ。」
「さっきも言いましたが、彼女は関係無いんです…彼女だけでも見逃して貰えませんか?」
「うーん、そうだなー、じゃあお前、取り敢えず土下座しろ。誠意を見せてみろよ。」
「わ、わかりました。」
土下座、人生で初めての行為。悔しいのに、怒りが沸くのに怖くて抗えないことに情けなく思う。それでも、彼女だけでも助けるために僕は何だって受け入れる。
僕が土下座をすると不良達は盛り上がった。
「はははっ!俺初めて土下座見たぜー」「写真撮っちゃう?これぞインスタ映え~」「「あははは!」」
屈辱だ、それでも我慢しなければならない。
「ははは!あー笑った笑った。」
「…これで彼女は許してくれますか?」
「はあ?んなわけねぇじゃん。俺がてめえの願いを聞くと思ってたのか?ははっ、滑稽だね~! でもまあ、最後に一つ言うこと聞けば許してやろうかな。……脱げ。」
「そんな!」
僕は男だが、身長が低く華奢な体型だし、童顔で女の子っぽいと言われてきたからもしかしなくても勘違いしてるのか!?
だが、仕方ない。僕が恥をかけば彼女を許してくれるなら!
女みたいな見た目でも漢気を見せる脱ぎっぷりを披露しようとした矢先、
「…そんなことしなくていい。どうせ許してくれない。それに私が勝手にしたこと。私が何とかする。」
彼女は毅然とそう言った。
「ほう、じゃあお前が脱いでくれんのか?」「こんな上玉なかなか居ねえぜ!」不良達は沸き立つ。
「………私は回りくどいのが嫌い。いっぺんに来なよ。相手してあげる。」
「はあ!?ふざけてんのか?」「勝てると思ってんのかよ!」
「………不良の癖に喧嘩もできないの?」
「ちっ、後悔しても遅いぞ!」
不良達が彼女に殴りかかり、思わず目をつぶってしまったが、ふと目を開けると、不良に殴られていると思いきや、むしろ往なし、関節を極めて投げている彼女が目に写る。
柔術とも、合気道とも思えるその動きは、凛々しい彼女に合わさって、力強さを感じさせる。
殴りに来た腕を取って小手を返して組み伏せ、また腕を取り流れるように四方投げをしている。
彼女の妙技に見とれるうちに、気が付いたら不良はリーダーだけとなっていた。
すごい、なんてカッコいいんだ!思わず口に出てしまうほどに強く華麗だった。
しかし、不良のリーダーはまだ戦意を失っていない様子で、酷く激昂していた。
「俺を本気にさせたな。もう容赦しねえぞ!」
そう言って取り出したのは刃渡り15センチほどのナイフ。もし一突きでも刺されば命に関わりかねないそれは、無情にも彼女に向いている。
「くたばりやがれ!」不良は彼女目掛けて一直線。腰だめに向かってくるナイフは、あと少しで彼女にーー
見ただけで、怖くて、手が震える。
足も竦み上がり、顔も引きつっている。
彼女なら、あんなに強い彼女なら何とかなるかもしれない。
俺じゃ無理だ。かないっこない。
……なんてね。でも、それでも立ち向かうしかないんだ。
男なら女を守れないんでどうするんだ!
「うおおおおおおおおおお!」
ナイフが一閃、見事僕の脇腹に突き刺さる。鮮血が溢れ、辺りに血だまりを作ってゆく。
間に、合った………
「お、俺のせいじゃないぞ!寸止めする気だったんだ!そいつが勝手に…!とにかく俺は悪くねぇ!」
我に返ったのか、不良のリーダーは狼狽えながらも逃げていく。
ふと、彼女を見上げてみると、突然の事に動揺していて、酷く混乱しているようだった。
とにかく彼女が助かってくれて良かった…。
そう思いながら、僕は静かに目を閉じた。