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  作者: 桜庭かなめ
特別編
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第17話『夜道で愛を口にして』

 夕食後は琴葉達が泊まる808号室でババ抜きと大貧民をやった。ひさしぶりにやったこともあってか一度も勝つことができず、ババや大貧民になってしまうことの方が多かった。それでも十分に楽しめた。

 801号室に戻ってきたのは午後9時過ぎ。随分とひさしぶりにこの部屋に戻ってきた気がする。


「ふふっ、まさか、玲人君がトランプが弱いとは思わなかったよ」

「……そういうことで笑わないでくれませんかね。これでも、昔は琴葉や姉さんとはいい勝負をしていたんですから」


 まあ、その琴葉や姉さんとずっと最下位争いを繰り広げたわけだが。元々弱かったんじゃない。逮捕され、禁固生活も送ってトランプをすることもなかったから、ブランクが生じてしまって弱くなっただけだ……と自分自身を慰める。


「僕が弱かったのもありますけど、沙奈会長達が強すぎますって」


 常に3位までを如月姉妹と副会長さんが占めており、3人の牙城を崩せなかった。


「小さい頃は友達とトランプをやることが多かったし、樹里先輩とも何度か遊んだことがあるからね。もちろん、昔から勝つことは多かったよ」

「……そうだったんですか。真奈ちゃんや副会長さんも容赦なかったですもんね」


 3人が強すぎるので、途中から琴葉と姉さんに勝つことが目標になってしまっていた。それでも、結果は僕が最下位になることが多かったな。


「玲人君って、普段はあまり感情を表に出さないし、大貧民はともかくババ抜きはとても強いイメージがあったんだけどね」

「……あまりにも負けてしまったので、強いと思ってくれただけでも嬉しいですよ」

「……その笑顔が切なく見えるよ、玲人君」


 何か会長に同情されているような気がする。

 負け続けたのが悔しいのは確かだど、トランプしたこと自体は楽しかったし、会長が強いと思ってくれたことも素直に嬉しい。


「気分転換に何かする? 玲人君さえお望みならもう……しちゃう? 私は玲人君のしたいことなら何でも付き合うよ!」


 沙奈会長はイチャイチャすることを期待しているのか、ベッドの上で正座して、ニヤニヤしながら浴衣をめくり胸元まで見せてくる。イチャイチャするのもいいけど、まだ9時過ぎだしなぁ。もうちょっと何か別のことをしたい。


「……そうだ。せっかくですから、ホテルの周りでもお散歩しませんか? 旅行に行くと、夕食の後にホテルの周りを散歩することが多くて……」

「それいいね! 私も旅行に行くとたまに真奈と散歩することあったよ」

「そうだったんですね。じゃあ、散歩しましょうか。コンビニがあったら何か飲み物やお菓子を買いたいですね。もちろん2人きりで」

「……うん!」


 会長、とても嬉しそうだな。2人きりで何かすることに惹かれたのかも。

 スマートフォンや財布などの貴重品を持って、僕と沙奈会長は801号室を出発する。


「さすがに今の時間だと静かだね」

「ええ。客室でゆっくりと過ごしている方も多いんじゃないでしょうか」

「そうかもね。でも、こうしていると……何だか、先生の目を盗んで、いけないことをしに行くみたいでドキドキする」


 沙奈会長は僕に腕を絡ませてくる。

 仮にこれが修学旅行だったら、夕食後にホテルの周りを散策するよりも、泊まる部屋で体を重ねて愛し合う方がよっぽどまずい気がするけれど。

 フロントに部屋のカードキーを預けて、僕らはホテルの外に出る。


「結構冷えるね」

「そうですね。天気予報でこっちは涼しいと言っていましたが。半纏を着て正解でしたね」

「うん。ただ、寒ければこうして身を寄せ合えば何てことないよ。ふふっ、温かい」


 もうこの時点で散歩に行って正解だったと思わせてくれる笑顔だ。それを見て心がとても温かくなる。

 特に目的地もなく、ただ何となく歩き始める。でも、旅先ということもあって、この先には何があるのだろうかとワクワクさせてくれる。だから、ホテルの周りを散歩することが好きなのだ。


「周りにあまり民家とかお店がないから寂しいけど、たまにはこういった静かな場所もいいよね」

「ええ。自然がいっぱいだからか空気が美味しいです」


 いかにも旅先を散歩しているって感じだ。

 街灯もあまり多くないけれど、月が満月に近いこともあってか、散歩することにはさほど問題なかった。


「そういえば、月が綺麗ですね、沙奈会長」

「……うん。ずっと綺麗だって思っているよ」


 すると、沙奈会長は僕の目の前に立ってキスしてきた。もしかして、沙奈会長は今の言葉を告白として受け取ったのかな。彼女のことが好きなのでそれでもかまわない。

 唇が離れると、そこにはとても可愛らしい会長の笑みがあった。


「もう、突然口づけしてきて。驚いちゃいましたよ」

「ごめんね。ただ、キュンとなったんだ。玲人君と同じことを思っていたんだって」

「……そうですか。沙奈会長は、出会った頃とは比べものにならないくらいに可愛く思えますよ。縛られたあの日の夜に会長が家の前まで来たときは恐かったほどですから。そんな会長と付き合い始めて、一緒に旅行に行って、こうして夜道を歩いているんですから世の中は分からないですよね」


 あのときの僕に今のこの状況を話したら、頭をぶつけたのかと心配され、さっさと逃げて部屋で引きこもってろって怒られそうだな。


「……随分と言ってくれるじゃない、玲人君。私はあの猫を助けたのを見た瞬間からずっと玲人君のことが好きだし、それは日に日に増しているよ。ただ、色々なことを知ったからか、一目惚れしたあのときと比べて、今の方がとても素敵だと思ってる」

「……そうですか」


 そんな沙奈会長も素敵な人だと思っているよ。月よりもよっぽど綺麗だとも思っているし。それを口で言うのは気恥ずかしいので、そっと彼女のことを抱きしめた。


「……やっぱり、こうするのが一番温かい気がするな」

「僕も同じことを思いました」


 温かいだけじゃなくて、甘い匂いも感じられるし。本当にこの人といると心身共に温かくなる。


「何だか、どこにいても玲人君がいればやっていける気がするよ」

「……何とかなりそうな気がしますよね」

「うん。さっ、もうちょっと歩こうよ」

「そうですね」


 再び旅先の夜道を散策し始める。

 それにしても、全く人とすれ違わないな。僕らのように、夜に泊まっているホテル周辺を散策する人って全然いないのかな。そのことにちょっとした寂しさを覚える。


「玲人君、あそこ……もしかして、アリスさんが入った足湯じゃない?」

「えっ?」


 沙奈会長の指さすところ先には、確かに湯気が見えている。そこは屋根が付いていて明るくなっている。


「そうかもしれませんね。行ってみましょう」


 湯気の立っているところに行ってみる。午後9時半くらいなのでここにも人はおらず。看板を見てみると、ここは街が運営している24時間無料で入れる足湯とのこと。


「玲人君、せっかくだから入ってみたい!」

「いいですけど……まあ、このタオルハンカチがあれば大丈夫ですね」

「うんうん! じゃあ、入ろっか」


 僕らは下駄を脱いで隣同士に座り、浴衣の裾を捲って足湯に入る。くるぶしよりも上だし、だいたい深さは30cmくらいだろうか。


「気持ちいいね、玲人君」

「ええ。足だけでもお湯に浸かると全身が温まる気がしますね」


 アリスさんが足湯のことを満足げに語っていたのも頷ける。これを24時間無料で堪能することができるとは。近くに人気ホテルもある温泉街だからなのかな。有り難い限りだ。

 しかし、浴衣の裾を挙げた沙奈会長というのもなかなか魅力的だ。脚がとても綺麗。他に誰もいなくて良かった。


「明日は河乃湖ハイランドかぁ。楽しみだな」

「ええ。何か、絶叫マシンとお化け屋敷に行くのが確定みたいな雰囲気ですけど。確か、沙奈会長はどっちも苦手って言っていましたよね」

「小さい頃は苦手だったよ。まあ、遊園地に行くのもひさしぶりだし、今なら平気になっているかもしれないし。一度、トライしてみようかなって」

「確かに、時間が経てば平気になっていることもありますよね」


 僕も元々は苦手だったけれど、琴葉や姉さんに付き合わされて普通に楽しめる程度にはなった。けれど、僕も久しく行っていないから、逆パターンでまた苦手になってしまっているかもしれない。


「それにしても気持ちいい。これを玲人君と2人だけで楽しめるなんて贅沢だね」

「人が全然いないので寂しかったですが、足湯は2人きりでむしろ良かったです」

「……私も」


 そう言って沙奈会長は僕の方に寄り掛かってきたので、彼女の肩に手を回した。


「今の私達を見たらどう思うんだろうね」

「恋人か若い夫婦でしょうか」

「やっぱりそう見えるよね。……実際に夫婦になってもこうして足湯に入りたいね」

「……そうですね。入りますよ、絶対に」


 きっと、そのときも沙奈会長は嬉しくて僕に寄り掛かってくるんだろうな。


「何だか、足湯に入ったら部屋にある温泉に入りたくなってきちゃった。その後は思う存分……ね」

「そうですね。じゃあ、そろそろ出てホテルの方に戻りましょうか」

「うん。でも、あそこにコンビニがあるから何か買っていこうよ」

「いいですね。せっかくですから、地域限定のコーヒーがあればいいんですが」

「ふふっ、本当に玲人君、コーヒーが好きだなぁ。今から飲んで眠れるの?」

「多少、眠たくなるのが遅くなるだけですよ。でも、沙奈会長にとっては僕がなかなか眠らない方がいいんじゃないですか?」


 僕がそう問いかけると、沙奈会長は恥ずかしそうな様子で視線をちらつかせる。


「……まあね。コーヒー飲んでたっぷりと……しよう」

「はいはい」


 その後、足湯の近くにあるコンビニに行くと地域限定のブラックコーヒーが売っていた。ここで、昨日、僕がばぶばぶ言ったことと引き換えに、沙奈会長にコーヒーを買ってもらうのであった。

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