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  作者: 桜庭かなめ
特別編
76/118

第12話『甘い果実』

 午後3時。

 成沢氷穴を歩き終わり、出口にあったお土産さんを見た僕らは駐車場に戻る。白くて大きなワンボックスカーで目立つ。すぐに見つけられる。


「楽しかったね、玲人君」

「そうですね。寒かったですけど、とてもワクワクしましたね」


 氷穴もそうだけど、副会長さんの新たな一面を知ることができたのも楽しかったな。

 僕はまた後部座席で沙奈会長と隣同士で座っている。ちなみに、さっきと座っている位置が違うのは琴葉と副会長さんで、彼女達が入れ替わった形となる。次に行くところが琴葉の希望したいちご狩りだからだろう。


「さっきまで3℃の世界にいたから、何だか暑く感じるよ。カーディガン脱ごうっと」


 沙奈会長はカーディガンを脱ぎ始める。氷穴にいたので僕も暖かく感じているけど、嫌になるほどじゃないのでジャケットは脱がなくてもいいか。


「これから行くいちご狩り農園なんですけど、カーナビで設定したらここから15分くらいだそうです」

「すぐなんですね、琴葉さん。もう3時ですし、お腹が空き始めたのでちょうどいいですね」

「うん。いくつか農園を調べておいたんだけれど、ここから一番近いのがそこなんだ。数種類のいちごが食べることができるの」

「そうなんですね。それを聞いたらよりお腹が空いてきました。楽しみだなぁ」


 真奈ちゃんと同じく僕もお腹が空いてきた。おやつにもいいタイミングかも。ただ、ホテルでの美味しい夕ご飯が待っているので、食べ過ぎには気を付けないと。


「それじゃ、いちご狩り農園に向けて出発!」


 ゆっくりと車が動き出す。姉さんの運転する車もだいぶ慣れてきた。正直、事故が起こらないかどうか心配だったし、酔ってしまうかもしれないと危惧していた。なので、ここまで普通に過ごせるとは思っていなかった。


「スマホが鳴っているから、玲人君、カーディガン持っていてくれない?」

「はい」


 沙奈会長からカーディガンを受け取る。ついさっきまで彼女が来ていたからか温かくて、ほんのりと彼女の甘い匂いも感じられて。氷穴を歩いて疲れているからか、急に眠くなってきたな。このふんわりとした感覚が心地……いいなぁ。


「……わいい」

「えっ?」

「私のカーディガンを抱きしめて寝ているから可愛いなって」


 気付けば、沙奈会長がくすくすと笑いながら僕のことを見ていた。


「寝てましたか? 僕」

「うん。スマホを確認して、カーディガンを受け取ろうと思ったら、玲人君がうとうとしているから可愛くて。すぐにぐっすりと眠り始めたよ。もちろん、寝顔の写真は撮った」

「逢坂君が寝ているのを沙奈ちゃんから聞いて、ちゃんと動画にも残した」


 まったく、この先輩方は。事あるごとに記録したいんだな。


「……そうだったんですか。ただ、氷穴にいたからかとても温かくて、ソファーもふかふかしていて、極めつけにこのカーディガンからいい匂いがしたので寝ちゃいましたね」


 カーディガンを抱きしめながら寝ていた姿を見られてしまったのは恥ずかしいけど、眠気には勝てなかった。


「写真見てみる?」

「……もっと恥ずかしくなりそうなので遠慮しておきます」


 これからしばらくの間、沙奈会長や副会長さんからこれをネタにからかわれそうだ。


「分かった。もう少しで農園に着くみたいだよ、玲人君」

「そうですか。寝ていたからかあっという間でしたね」

「そうだね。でも、起きてすぐに食べられるかなぁ?」


 そう言って、沙奈会長はニヤニヤしながら僕の頭を撫でる。まるで僕のことを赤ちゃんみたいに扱ってるな。


「大丈夫ですよ、沙奈会長。食べられないときには、会長の口の中に練乳たっぷりのいちごを突っ込めばいいんですから」

「……もう、玲人君ったら。突っ込むのは玲人君の……だけでいいよ。それでミルクを……って車の中で何を言わせるのよ!」


 沙奈会長、興奮しているぞ。まあ、何を考えているかは容易に想像できるけど。これ以上、何を言っても意味はなさそうだ。気持ちを切り替えていちご狩りを楽しもう。

 それから程なくして、僕達は農園に到着した。

 農園の方曰く、5月上旬である今の時期はいちご狩りのラストシーズンとのこと。それもあって、30分食べ放題で500円にしてくれた。ちなみに、練乳もつけ放題らしい。

 ハウスの中に入ると、いちごの甘い匂いが香ってくる。よりお腹が空いてきた。

 成沢氷穴にもたくさん人がいたのでここも賑わっているかと思いきや、意外にも人はまばらだった。ラストシーズンだからなのかな。


「さあ、いちご狩りを楽しみましょう!」

『おー!』


 周りに人があまりいないからか、琴葉のそんな掛け声に女子のみなさんは元気に声を挙げた。そんな彼女達の姿を見たのか、近くにいた年配のご夫婦が微笑んでいた。


「さっ、玲人君。一緒に食べようよ」

「そうですね」


 この農園では桃ほっぺ、はるひめ、紅薫、さやかルビーという4種類のいちごを堪能するとのこと。それぞれの種類のいちごが列単位で分かれて栽培されている。


「じゃあ、端から順番に食べていこうか」

「ええ」


 僕は沙奈会長に手を引かれる形で桃ほっぺの実がなっているところへと向かう。ラストシーズンとは言われたけれど、大きな実がたくさんなっているじゃないか。


「いただきまーす」

「……いただきます」


 1つ採って、まずは練乳を付けずに食べてみる。甘味と酸味が強いな。


「美味しいね、玲人君」

「ええ」


 酸味も強いから練乳を付けても美味しいかもしれないな。

 練乳を付けた桃ほっぺを口に入れようとしたら、その直前に横から沙奈会長の手が出現し、気付けば口の中に練乳の甘味が広がっていた。


「美味しい?」

「……美味しいですよ。急だったのでビックリしちゃいました。じゃあ、このいちごを沙奈会長に」

「うん。あーん」


 目を閉じて口を開けている姿が可愛らしい。このままずっと見ていたいし、さっき赤ちゃん扱いされたことの仕返しをしてやろうと思ったけど、それはさすがに可哀想なのですぐにいちごを食べさせてあげた。ただし、その直前にデジカメとスマホで彼女の写真を撮ってから。


「ううん……美味しい。玲人君に食べさせてもらったからか凄く美味しい。幸せだなぁ」

「それは食べさせ甲斐がありますね」

「おおっ、玲人に沙奈ちゃん。さっそくイチャイチャしているね」

「イチャイチャって……」


 いちごを食べさせ合っただけなんだけど、姉さん。


「玲人。昔みたいに食べさせてあげようか。ほら、あーん」

「あっ、麻実ちゃんずるい! あたしもレイ君に食べさせる!」

「お姉ちゃんが食べさせているのを見ていたら、あたしも試してみたくなりました」

「私だけやらないのは癪だから、私も逢坂君に食べさせてあげる」

「じゃあ、みんなの後にもう一回」


 楽しげな様子でいちごを手に持っているので、ここはみなさんのご厚意に甘えさせてもらおう。


「じゃあ、いただきます」


 沙奈会長を含めて5人全員にいちごを食べさせてもらう。この急にお腹が膨れていく感覚……以前、沙奈会長が家に泊まりに来たときに食べたホットケーキのことを思い出す。


「あー、桃ほっぺはもうこれで十分です」

「みんなから食べさせてもらったもんね。じゃあ、別の方に行こうか」


 隣にあるあきひめという種類のいちごが栽培されているところに向かう。桃ほっぺよりも少ないけど、まだまだ立派な実がなっている。


「あきひめか。どんな感じなのか楽しみ」

「ええ。いただきまーす」

「いただきます!」


 さっきと同じように最初は練乳を付けずに食べる。桃ほっぺよりも酸味が少なく、甘味が強い気がする。


「とても甘くて美味しいね」

「ええ。酸味の強い桃ほっぺをたくさん食べたからか、甘味をとても強く感じますね」

「ふふっ、そっか。ねえ、玲人君。口直しに、ここに大きな果実が2つあるけど堪能してみる? いちごよりもだいぶ柔らかいよ」


 すると、沙奈会長はワイシャツの第2ボタンを外し、僕のことを上目遣いで見てくる。お気持ちは嬉しいけど、場所を考えてほしいものだ。


「はいはい、今夜いただきますから、そのために予約しておきますよ」


 右手の人差し指で沙奈会長の胸をつん、と押してみる。確かに、彼女の言うようにいちごよりも柔らかいかも。


「玲人君しか堪能させるつもりはないから、予約の必要はないけどね。でも、受け付けました。玲人君次第では練乳よりも甘いミルクが飲めるかもね」


 ふふっ、と沙奈会長は幸せそうに笑っている。ツッコミを入れるのも悪い気がするのでこのままにしておこう。


「今は練乳たっぷりのいちごを堪能しようね。はい、あーん」

「あーん」


 はるひめの場合は練乳を付けたことでさらに甘味が深く感じられるな。これも美味しいけれど、個人的にははるひめはそのままの方が好きかな。

 その後、僕らは紅薫、さやかルビーという種類のいちごも食べる。紅薫は酸味がかなり強く、さやかルビーは甘味が強くて果汁がたっぷり。いちごも種類によって味や匂い、果汁の多さなど結構違うことが学べたのであった。

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