第7話『導くもの』
5月4日、金曜日。
今日から2泊3日の旅行が始まる。月野市の天気は快晴。
旅先である山梨県河乃湖町も今日も快晴。旅行が終わるまで雲が広がる時間帯があるものの、大きく崩れることはないという。まさに旅行日和だ。ただ、朝晩を中心に河乃湖町は冷え込むとのこと。
「玲人君、琴葉ちゃん。また後でね」
「はい、沙奈会長」
「また後で会いましょう!」
僕の様子を確認するために、朝早くから沙奈会長は僕の家に来たけど、真奈ちゃんがいるからかここから旅行へ出発することはなく一旦、家に帰っていった。これから旅行に行くというのに早い時間から活発的に行動する人だ。
「いやぁ、いい天気だね! レイ君!」
「そうだな、琴葉。晴れていると気分が良くなっていくよ」
午前10時過ぎ。
今は姉さんがレンタカーで家に戻るのを待っているところだ。戻ってきたらさっそく出発し、途中、沙奈会長と真奈ちゃんの家と副会長さんの家に行って合流することに。
河乃湖は月野市よりも涼しいという予報もあってか、今日の琴葉はロングスカートに長袖のTシャツを着ている。年齢的にも女子高生なので大人らしさが垣間見えるけど、昔の雰囲気もいい意味で残っている。
「しかし、まさかレイ君のベッドで寝ちゃうなんてね。驚いちゃったよ」
「……僕も驚いたよ」
沙奈会長がベッドの横にいたことも含めて。あれは下手なホラー映画よりもよっぽど怖かったよ。
「約束は破っちゃったけど、何だか懐かしくて良かった」
「昔、泊まりに来たときはいつも僕の隣で眠っていたもんね」
「だって、好きな人の隣で寝たいじゃない? 麻実ちゃんと3人で寝るときも、レイ君を真ん中にしたよね」
「そうだったな」
姉さんと琴葉に両側からしっかりと腕を絡ませられたから、危うく漏れそうになったこともあったっけ。
「寝ぼけてレイ君の部屋に行っちゃうほど、匂いって変わらないものなんだね」
「……そうかもね」
小さい頃からいつも一緒にいたこともあって、今でも僕の匂いを鮮明に覚えているのかもしれない。
ただ、匂いというのは不思議なもので、意識不明の琴葉の病室へ1人でお見舞いに行ったとき髪を撫でたり、軽く抱いたりして彼女の匂いを感じるときもあった。悲しい気持ちも出てくるんだけど、どこか懐かしくて安心したのも事実。
「ねえ、レイ君。あたし、疑問に思っていることがあるんだけどさ」
「うん、何だろう?」
「……この旅行、レイ君やあたしの修学旅行も兼ねているじゃない」
「そうだね」
あとは生徒会の親睦を深める旅行と、沙奈会長と僕の婚前旅行も兼ねているけど。
「……あたし達は何を学べばいいんだろうね?」
「根本的なことを問いかけてきたね」
修学旅行は校外学習の一つでもあるからなぁ。
そういえば、小学校の修学旅行は日光だったけど、僕は何を学んだのだろうか。世界遺産の日光東照宮にも行ったし、華厳の滝や戦場ヶ原にも行ったので歴史や自然を学んだか。あとは湯葉を食べたり。狸寝入りして教師の見回りをくぐり抜け、夜中ずっとトランプで遊んだり。
「レイ君、どうしたの? 考え込んじゃって」
「いや、小学校の修学旅行を思い出していたんだけど、学んだというよりはクラスメイトと一緒に旅行を楽しんだなって」
「確かに、思い出すと学んだというよりも楽しかった印象が強いな」
「うん。だから、楽しむことを前提に、ここにはこういう料理やお菓子があるんだなぁとか、こういう景色を見れるんだなぁとか。それを思い出っていう形で心に刻んでおけばいいんじゃないかなって思っているよ」
今日から3日間のことを形に残したいので、デジカメやスマホでたくさん写真を撮るつもりだ。
「……なるほどね。まずは楽しむことを第一にしようっと」
「それでいいと思うよ」
せっかくの旅行なのだから、旅先のものを色々と楽しみたいな。
外を見てみると、白いワンボックスカーがやってきて、家の前に停車した。まさか、あの車が姉さんの借りてきた車なのかな?
「うわっ、大きな車が駐まっているね。あれで行くのかな?」
「……どうやらそうみたいだ。今、姉さんがあの車から降りてきたし」
乗るだけの人間としては大きな車は嬉しいけど、姉さんはあの大きさの車を安全に運転することができるのだろうか。
「玲人、琴葉ちゃん。そろそろ行こうか。忘れ物はない?」
「僕は大丈夫だよ」
「あたしも大丈夫。あのさ、麻実ちゃん。あの白いワンボックスカーで行くの?」
「うん。6人が乗れる車を予約したんだけど、今はゴールデンウィークだし、直前に予約したこともあってか、ああいうタイプの車しか残っていなかったんだって」
「なるほどね」
「広いのはいいとして……今さらだけど、ちゃんと運転できるの? 姉さん」
「失礼だなぁ、大丈夫だって。レンタカー店からここに戻ってくるまで運転したけど、さっそく楽しいなって思ったし」
「……それなら一安心かな」
この旅行では運転が大好きな姉さんを信じるしかないか。
僕の部屋を後にして玄関に向かうとそこには父さんと母さんが。
「みんな、気を付けて行ってきてね。特に麻実はみんなを連れて運転するから、適度に休むようにしなさい。玲人や琴葉ちゃんも気にかけてあげてね。琴葉ちゃんも体調には気を付けて」
「母さんの言う通りだな。体調や事故には気を付けて楽しんでこい。あと、お土産をよろしくな。母さんも父さんも温泉饅頭が大好きだからさ」
「ああ、分かったよ、父さん」
そういえば、昔は旅行に行ったら、お土産ではなく家族と琴葉で食べるための饅頭を大量に買っていたっけ。温泉饅頭って大抵のホテルや旅館にあって、安定して美味しいんだよな。
「みんな、忘れものはないわね?」
「さっき姉さんにも言われて僕も琴葉も大丈夫だよ。……行ってきます」
「行ってきます。運転頑張るよ」
「行ってきまーす」
「ああ、いってらっしゃい。何かあったらすぐに父さんや母さんに電話するんだよ」
「分かったよ、父さん。夕方くらいにホテルに着いたら連絡するよ」
僕は3人の荷物を車の後ろにあるトランクに入れる。しかし、家の車に比べてもかなり大きいな。普通免許で運転できる最大規模だと思われる。車の中も席が4列もあるし。
姉さんはもちろん運転席に座り、僕は助手席、琴葉は2列目の席に座る。
「それじゃ、これから2泊3日の旅行がはっじまるよー!」
「いえーい! みんなで旅行だぁ!」
姉さんも琴葉も旅行が始まったからテンションが高いな。このまま運転が始まったら事故らないかどうか心配だ。
「ほら、レイ君も! 旅行だぁ!」
「わ、わーい」
そう言って、とりあえず拍手をする。
「まずは沙奈ちゃんと真奈ちゃんの家に向かいます。出発進行!」
「旅行スタート!」
如月家に向かって姉さんの運転する車が動き始め、2泊3日の旅行がスタートしたのであった。