第47話『波紋』
事件が起こってからおよそ2年が経ち、警察は行くべき終着点に向かってようやく動き始めた。
「羽賀、これからどうしようか」
「何か進展があったら、私に連絡してもらうことになっている。だから、今はここでその連絡を待つことにしよう」
羽賀さんはお茶を飲む。さすがに刑事さんということもあってか、こういう状況でも落ち着いている。
「羽賀さん、この事件……きちんと解決できるでしょうか。玲人さんからのお話を聞くと、色々と厄介な状況ですけど」
「国会議員と警察上層部が絡んでいるようですからね。なので、私は重大な事件だと言ったのですよ、浅野さん。それに、氷室が誤認逮捕された事件以降も、警察関係者の不正を明らかにしてきたので、私のことを目の敵だと考える警察関係者はいるでしょうね。もしかしたら、この事件を調べているのをいいことに、まさに圧力という形で私を警察から追放することになるかもしれません」
「……何か、とんでもないことに巻き込んでしまって申し訳ないです」
羽賀さん自身が責任は自分が取ると言っていたし。圧力によって彼が警察官ではなくなってしまうかもしれない。
「逢坂君は何も悪くありませんよ。私こそ、場を考えずに色々と言ってしまって申し訳ないです。ただ、逢坂君の証言と、君と恩田さんが集めた証拠は菅原和希達が事件に関わっていることを証明していて、菅原博之が事実の隠蔽をするように圧力をかけた可能性を示しています。相手が厄介であることは事実ですが、きちんと解決できるよう動きます」
「……ありがとうございます」
「羽賀さんの関わる事件は必ずと言っていいほど解決しているので、そこは大丈夫だと思いますよ。ずっと部下として働いていますから保証します。ちなみに、私は羽賀さんよりも2歳年上ですが」
「以前からそのセリフは変わっていませんね」
「羽賀さんの部下でいる限りは使うつもりですよ」
浅野さんは巡査部長で、羽賀さんは警視だっけ。警察という組織の中での上下関係は、年齢ではなくて階級で決まるものなのかな。
「しかし、菅原和希は同級生の男子達とつるんでいたのですか。これは、色々とありそうですよね、羽賀さん!」
「場をわきまえましょう。せめて、彼らを逮捕してから妄想してください」
「そうですね。お茶を飲んで気持ちを落ち着かせましょう」
事件関係者で色々と妄想しようとしていたのか、浅野さんは。彼女……かなりの重度の腐女子なのかも。そんな彼女に落ち着いて話している羽賀さんも凄いな。
「ねえ、玲人君」
「何ですか、沙奈会長」
「例の菅原君のTubutterのアカウントを見ているんだけど、玲人君へ異常なほどに関心を持っているというか。玲人君が根っからの悪者みたいなツイートばかりしているよ。あと、玲人君のことを書いていると思うニュース記事へのリンク付きツイートをリツイートしてる」
「昨日の夜に僕も確認しました。相変わらずですよ、あいつは。あと、僕は取材を全て拒否したのですが、その態度にムカついたのか色々なところから記事が出ていますね。それについては、あまり見ないようにしていますよ」
見るだけ時間のムダだから。僕のことを非難する記事が出たり、SNSや掲示板に投稿されたりするのは想定していたけど。思わずため息が出てしまう。
「玲人。事件のことを羽賀さん達に説明して疲れているだろう」
「色々な過去を振り返ったからね」
「そうか。……羽賀さん。自室で玲人を休ませてもいいでしょうか?」
「ええ、もちろんです。何かあったときは呼びますので」
「羽賀さんもこう言ってくれている。玲人はよく頑張ったよ。お疲れさん。とりあえず、今は自分の部屋でゆっくりとしてきなさい」
「……分かった」
羽賀さん達に伝えるべきことは伝えられたと思うし。昨日、ゴン達とカラオケに行ったおかげで気分転換はできたけど、週刊文秋の記者のことがあってから、精神的にかなり疲れが溜まっている。
「お言葉に甘えさせていただきます。僕は自分の部屋でゆっくりします。僕の方も何か伝えたいことが出てきたらすぐにここに来ます」
僕は羽賀さん達に一礼して、沙奈会長と副会長さん、姉さんと一緒に自分の部屋へと戻る。
「ふぅ……」
ベッドの上で仰向けになって深呼吸をする。これだけで疲れが取れていく気がするけど、その代わりに眠気が襲ってくる。それだけ疲労が溜まっているのだろう。
「お疲れ様、玲人君。羽賀さん達が捜査協力をしてくれて良かったよね」
「ええ。そういう意味では一安心ですが、相手は菅原親子です。羽賀さんも、かなり凄い刑事さんのようですけど、果たしてどうなるか」
「でも、逢坂君や恩田さんが集めた証拠は、彼らの犯罪を証明するには十分な気がするよ。反論してくるのかな……」
「琴葉の受けたいじめや例の事件に菅原和希達が深く関わっていたのは、僕や琴葉の集めた証拠を使って証明できると思います。ただ、父親である菅原博之が捜査や裁判について、警察などに圧力をかけたことについては、現状、菅原和希が月野学園に来たときの録音データしか証拠がありません。言い逃れされる可能性もあります。だからこそ、羽賀さんは捜査資料を調べ、当時の担当警察官に圧力があったかどうかについて事情聴取をするように、知り合いの刑事さんにお願いしたのだと思います」
「なるほどね」
菅原は父親を国会議員である自分が好きな人間だと言った。菅原博之が圧力をかけた覚えはないと言い張る可能性もあるだろう。
ただ、息子が逮捕され、数々の悪事を行なっていたと公表されたら、自身の地位は揺らぐことは間違いない。何もやっていないと頑なに主張する姿勢を取ってきたら、そのようにして揺さぶりをかけるのが良さそうか。
「とりあえず、お疲れ様、玲人君。今はゆっくり休んでね。もし、何かしてほしいことがあったら遠慮なく言って」
優しい笑みを浮かべながらそう言う沙奈会長。ただし、僕にかなり顔を近づけた状況で。彼女の気持ちは嬉しいけど、これだとあまり休めない気が。
「じゃあ、手を握っていてもらえますか、沙奈会長」
「うん、分かったよ」
沙奈会長は両手で僕の右手をぎゅっと握り、僕のことを笑顔で見つめる。彼女の手、意外と温かいな。本当に安心できる。
「どうかな、玲人君」
「温かくて気持ちいいですよ」
「……もう、温かくて気持ちいいだなんて」
言葉を間違えてしまったのか、沙奈会長はニヤニヤとしている。不機嫌じゃなさそうだからいいか。
「逢坂君が何かしてほしいって言うイメージはあまりないな。小さい頃から逢坂君って甘えてくるような子でしたか? お姉さん」
「むしろ、あたしの方が玲人に甘えていたよ。特に小学生の頃は友達を連れてきたら玲人と一緒に遊んでいたし」
「じゃあ、今みたいに年上の女の子と同じ部屋にいることは慣れているんですね」
「うん、そうだね。小さい頃はゲームをしたり、あたしの服を着させてみたり。色々なことをしたな。あっ、樹里ちゃんにもアルバムを見せてあげるよ」
「見てみたいです!」
姉さんはアルバムを取りに行くために部屋を出る。そんなにアルバムって興味を湧かせるものなのかな。
すぐに姉さんがアルバムを持って部屋に戻り、3人でアルバムを鑑賞する。
「小さい頃の逢坂君、可愛いですね」
「あたしが自分の服を着させたくなるのも分かるでしょ?」
「ええ、一度着させてみたいですね。似合いそうな服がたくさんあるから」
沙奈会長ならともかく、副会長さんがそんなことを言うなんて。あと、着させたい服がたくさんあるって言うけど、サイズ的に無理なのでは。
ベッドで横になっていても気が休まらないので、外の空気でも吸うか。
カーテンを開けて窓の外を見てみると、2、3人くらいの若い男性が何度も家の前を通っては、こちらを見てくる。どこかで見た気がするな。
もしかして、あいつら――。
「どうしたの、玲人君。何か外にあるの?」
沙奈会長が外の様子を見てみると、
「あれ? 勘違いかもしれないけれど、外にいる人達って玲人君が羽賀さんに見せた証拠品の写真に写っていた人じゃない?」
「やっぱり、そうですよね」
これは想像以上にまずい状況になっているかもしれない。一応、あっちの方をあいつに護衛してもらおうかな。
僕はスマートフォンでゴンに電話をかける。
『おはよう、ゼロ。今日だったら予定はないから遊べるぞ!』
「ごめん、遊びの誘いじゃないんだ。ゴン、今、どこにいる?」
『家でのんびりと過ごしているぞ。昼飯を何にしようか考えてた』
「それなら良かった。ゴン、今から国立東京中央病院の518号室に行ってくれないか。そこで入院している恩田琴葉という女の子を守ってほしい。菅原達が病院に行くかもしれないから」
『518号室だな。任せろ!』
「菅原達の写真はすぐに送るから。何かあったら連絡してほしい」
『分かった』
「……頼んでおいて何だが、無理だけはしないでほしい」
『おうよ! 任せておけ!』
ゴンの方から通話を切った。彼のスマートフォンに菅原達の写真を送っておく。ゴンは運動神経がかなりいいから、琴葉の側にいてくれると心強い。
「大山さんに連絡していたけれど」
「こちらが動いていたように、向こうも色々と動いているようですね。まずは、外に怪しい男達がいることを羽賀さん達に伝えましょう」
「そうね」
――コンコン。
沙奈会長とそんなことを話していたら、ノック音が聞こえる。
「はい」
扉を開くと、そこには真剣な表情をした氷室さんが立っていた。
「玲人君。今、知り合いの刑事さんから羽賀に連絡があった。菅原親子の家に行ったら、父親の菅原博之は在宅していたけど、息子さんはどこにもいないらしい。菅原博之が連絡しても返事が一切ないみたいだ。今、地元の警察に彼のことを捜索してもらっている」
やっぱり、菅原達も動き始めていたのか。きっと、外にいる男達は菅原に指示されて動いた奴らだろう。彼らを甘く見ていた。
「そうですか。実は僕らも羽賀さん達に伝えたいことがあるんです。一刻を争う事態かもしれません。リビングに戻りましょう」
「ああ、分かった」
2年経った今になって、菅原達の思い通りにはさせない。そのためにもよく考えて、素早く行動しないと。僕らは羽賀さん達のいるリビングへと向かうのであった。