第39話『元凶襲来』
放課後になってすぐ、僕は生徒会室へと向かう。生徒会室にはまだ沙奈会長しかいない。
「玲人君、お疲れ様。大丈夫?」
「ええ。気持ち的にかなり疲れましたけど、何とかやり過ごせました」
こんなにも疲れたのは高校に入学してからは初めてだ。沙奈会長に目を付けられ、校内でいつも見られていたのが可愛いと思えるほど。
すると、沙奈会長は僕の目の前まで近づいてきて、
「よく頑張ったね」
僕の頭を優しく撫でてくれる。会長からの温もりを感じるとやはり落ち着く。
「れ、玲人君?」
「ちょっとの間だけ、こうさせてください」
もっと沙奈会長の温もりを感じていたくて、彼女のことをぎゅっと抱きしめる。最初は嫌だと思っていた彼女の匂いや温もりも今はとても心地よい。
「玲人君。今日は家に帰ってゆっくり休んで」
「……分かりました」
会長のご厚意に甘えて、今日は真っ直ぐ家に帰ることにしよう。
「ところで、菅原君とはどう決着を付けるか考えてる?」
「やはり、思いつくのは逮捕ですかね。琴葉へのいじめも犯罪と言えますし、例の事件についても琴葉を襲おうとしていたことで罪に問えるかもしれません。もちろん、彼らが現場にいたと僕が供述したにも関わらず隠蔽したことについても」
「私も同じようなことを考えてた」
ただ、逮捕をするということは警察に動いてもらわなければいけない。現行犯じゃないから、裁判所に逮捕状を発行してもらう必要がある。上手く事を運ばせないと、圧力がかかって逮捕まで至らない可能性も。
「決着までの道はまだ遠そうだね。逮捕となると警察とかが関わるから」
「……そうですね」
僕と沙奈会長だけでは難しいかもしれない。父さんが色々と動いてみると言っていたから、まずはそこに期待かな。
「会長のおかげで少し疲れが取れました。ありがとうございます」
「私こそ。玲人君が抱きしめてくれるから今日の仕事も頑張れそうだよ。あと、ドキッとしちゃった」
「……そうですか。じゃあ、僕は先に帰ります」
「うん、また明日ね」
僕は生徒会室を後にする。途中のコンビニでコーヒーと甘い物を買って家に帰ろうかな。家ではゆっくりするか。
既に部活に向かった生徒や下校した生徒が多いからか、校舎の中には生徒があまりいなかった。
「よぉ、逢坂。ひさしぶりだな」
校門の前には高校の制服らしきものを着た菅原が立っていた。彼の姿を見るのはあの日以来だけれど、少し大人になった程度で見た目はあんまり変わらない。だからこそ、当時のことを鮮明に思い出す。
「ひさしぶりだな、菅原。2年ぶりくらいか」
こいつが元凶であると思うと怒りが増していくばかりだけれど、冷静でいないと決着を付けることはできない気がする。
「外には記者らしき人間が何人かいるな。僕と一緒にいるところを撮られたら面倒なことになるだろう。こっち側に入れ」
「そうだな。国会議員の息子が前科者の同級生と一緒にいることが知られたら面倒だし」
それなら、どうして僕のところに来たんだ……と言いたくなるけれど、過去を知られて困っている僕の姿を一度は見ておきたかったんだろう。
菅原と一緒に学校の敷地内に入っていく。
「どうしてわざわざここまで来たんだ?」
「ネット上にお前が月野学園に通っているっていう情報を見てさ。今日は学校が早く終わったから、暇つぶしにここに来たんだよ」
僕は菅原の暇つぶしの餌にしかならないのか。
「それにしては結構遠いところまで来てくれたんだな。何だ、僕のことが好きなのか?」
「そんなわけねえだろ! 気持ち悪いな」
菅原は嫌そうな表情をして僕のことを見ている。本当に気持ちいい。
ちょうどいい、こっちも菅原に色々と訊きたいことがあったから。この場で決着を付ける気はないけれど、この機会を有効活用しよう。
「ネット上に投稿されている僕の写真を見たお前は、過去に罪を犯した逢坂玲人であるとツイートし、写真をアップした人にどこの高校に通っているのかを訊いた。そして、その返信から月野学園の生徒であると知った。こんな感じで」
一連のやりとりのツイートをスクリーンショットした画像を菅原に見せる。
「この『S.K.』というユーザー……菅原和希、お前じゃないのか?」
「……ああ、そうさ」
菅原は高笑いをする。やっぱり、菅原が僕のことを呟いた『S.K.』だったのか。予想通りだったので、あまり怒りが湧いてこない。
「よく分かったな」
「菅原の名前をローマ字表記すれば一発だ。あの事件直後、僕の顔や名前はネット上に流出したかもしれない。ただ、2年近く経って、金髪になった僕が写った写真に対し、あんな返信をする人間が誰なのか考えたら、お前くらいしか思いつかなかったよ」
「へえ、逢坂も少しは考えられる人間になったんだな。そんなに頭が良かったか? ここだってそれなりに高い偏差値の高校だ。お前なんかが入れないと思ったけど」
「刑務所の人が優しい人ばかりだったからね。1年間、たくさん勉強させてもらえたよ。それに、僕の名前は伏せてあるけれど、学校のホームページに僕が正式な試験を受けた上で入学したことも載っている」
「そんなことどうでもいいさ。あと、その金髪もダサいぞ。似合ってない」
菅原は嘲笑する。そういえば、こんな笑みを中学時代は浮かべていたな。
「菅原に喜んでもらうために染めたわけじゃないからな。むしろ、お前に似合っているなんて言われたら気分が悪くなっていたくらいだ」
「……お前、昔に比べると本当に嫌味をたくさん言えるようになったな」
「お前ほどじゃないさ。それに、嫌味だと思うほどに関心があるとは驚きだ。僕のことなんて眼中にないと思っていたよ」
これまでも、これからも……ここまで悪質な人間に出会うことはなかなかないだろう。
「……いいねぇ。やっぱり、逢坂ほどいじり甲斐のあるヤツはいない」
「僕ほどって……やっぱり、あの日以降も誰かをいじめたりしていたのか?」
「ああ、そうだよ。でも、逢坂や恩田を経験すると、どいつもこいつも面白くなかった。ちょっとした気晴らし程度にしかならない。高校に入れば面白い奴と出会えるかと思ったら期待外れだ。金を集ることくらいしかできない」
今でも誰かをいじめたりしているのか。菅原に目を付けられた人間は本当にかわいそうだ。ダメだな、早くこいつを何とかしないと。何ともならない気がするけど。
「想像通りだ。あと、金を集るって……それは窃盗罪や脅迫罪とかになるんじゃないのか。自首を勧める……と言っておくけど、どうせあのときのように父親の力で自分の犯罪をもみ消すだけか」
「ははっ、何を言っているんだよ」
「いいじゃないか、本当のことを教えてくれたって。あの事件については僕が逮捕され、禁固1年の判決が下り、禁固刑を終えたんだ。そういう意味ではあの事件は終わった。これから3年間、心置きなく高校生活を送るためにも、本当のことを知っておきたいんだよ」
本当はお前と決着を付けて、琴葉が意識を取り戻すまではあの事件は終わらないんだけれど。
「いいだろう。教えてやるよ」
菅原は勝ち誇った笑みを浮かべている。
「俺は与党所属の衆議院議員が父親なんだ。俺はそんな父親を大いに利用してあげているのさ。それに、俺の父親は……国会議員という自分が大好きな人間だ。お前のせいで恩田が意識不明にとなった場に居合わせたって言ったら、すぐにお前を逮捕するために通報し、警察には俺が巻き込まれないようにするって言ってくれたよ。息子の俺があの日のことや恩田のいじめに関わっていることを知られたら、党からの除名は免れられないだろう。下手すれば議員辞職だ」
「つまり、与党所属の国会議員という自分の立場を守るためにも、僕を逮捕させ、息子のお前に関わる僕の供述には適当にごまかすよう警察へ圧力をかけたのか」
「よく分かっているじゃないか。でも、逢坂が恩田を振り払って重傷を負わせたことも、それを俺が目撃したことも本当だろう? 文句言えないよな? お前の父親も国会議員や警察関係者だったら良かったのに。恨むなら俺じゃなくて親を恨めよ」
ははっ、と菅原は俺のことを嘲笑する。俺の家族まで貶すと同時に、自分は恵まれた人間だと思っているのだろう。哀れだな、まったく。
「恨むなんてとんでもない。家族には感謝しているよ。琴葉のご家族にも」
「そういう風に堂々としていられるのは今のうちだ。ネット上にお前の過去についての情報が拡散され、マスコミもどんどんと嗅ぎつけている。お前はあの事件が終わったって言ったけれど、実際には永遠にお前は犯罪者として見られるんだよ。あの事件はお前が死んでも終わらないんだ」
「ネットに載ったら二度と消えないと考えた方がいいからな。そんなことはとっくに分かってる」
「もっと悔しそうな顔が見られると思ったのに。そういう意味ではつまらないな。あぁ、段々とムカついてきたわ。もう帰る。ここまで結構遠いし、もう来るのは止めようかねぇ」
ああ、もう二度と来るな。それは大歓迎だ……と心の中で呟いておく。沙奈会長や副会長さんなどを巻き込ませないためにも、彼には来てもらわない方がいい。
「SNSとかがあって良かったよ。2年経っても、こうして逢坂をいじれるんだからな」
そんな捨て台詞を吐いて、菅原は校門を出て僕の視界から消えていった。
「……以上、4月26日に録音」
僕はスマートフォンでの録音を停止した。実はツイートの画像を菅原に見せた直後からこっそりと録音していた。
菅原の父親が僕の逮捕や判決に圧力をかけていた証言を彼自身から取れたけれど、上手く利用しなければ2年前と同じことになりかねない。
「でも、何歩か前進できたな」
今の菅原の話を聞いて、やっぱり菅原親子は逮捕されるべきだな。父親は議員辞職まで持っていくことにするか。あと、琴葉をいじめた奴らにも、何らかの責任を取らせてやることにしよう。
そう心に決めて、僕は校門を後にする。
すると、待っていました、と言わんばかりに僕に近づいてくる大人が何人か。おそらくマスコミ関係者だろう。昼頃には週刊文秋からネット記事がアップされていたので、それに続こうという考えだと思う。さっさと追い払うか。
「僕のことを待っていただいて申し訳ないですが、僕から話せることは何もありません。僕が高校生活を送っていることに関しては学校のホームページに書かれています。今朝、ある週刊誌さんに取材をされそうになり、僕は取材費を出さなければ応じないと言ったところ、その週刊誌の記者さんは暴言を吐いて帰っていきました。ですから、平等にするためにあなた方についても取材費を出さなければ一切応じませんし、他の生徒の迷惑になりますのでこういったことは今後しないようお願いします。プライバシーの保護という意味でも、下校中の僕についてくるのもダメです。もちろん、僕からこういった対応をされたことで悪質な記事を書くこともお止めください。何かあったら警察に通報しますのでご了承ください。それでは失礼します」
僕は一礼して、学校を後にする。
まあ、ああ言ったところでしつこい記者はついてくると思うけれど……って、あれ? 誰もついてきていない。見えないだけで隠れてついてきているかもしれないけど。
途中、公園に立ち寄るけれど、いつものベンチにアリスさんの姿はない。今朝と同じく茶トラ猫がのんびりと眠っている。
「お前を見ていると心が落ち着くよ」
「にゃーん」
昨日のアリスさんの話を聞くと、全てはこの茶トラ猫を助けたことから始まったような気がする。だからといって、この茶トラ猫を助けなければ良かったとは思っていない。
「またね」
茶トラ猫の頭を優しく撫で、俺は公園を後にする。そして、途中のコンビニでコーヒーとスイーツを買って家に帰るのであった。