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  作者: 桜庭かなめ
本編
35/118

第34話『Last』

 ――4月30日の23時59分までに、菅原和希と決着を付けろ。


 それが、僕と沙奈会長で達成しなければいけないミッションか。

 次の瞬間、再びクラッとなり……沙奈会長の部屋に戻った。さっきと同じように、ベッドの上でアリスさんが正座をして座っている。


「菅原と決着を付けろ……ですか」

「ええ。琴葉をいじめていた人間は複数人いますが、その首謀者は菅原和希。しかも、あの日、琴葉を人気のないところに呼び出して襲おうとした。あたしは彼こそ元凶だと思っています」

「なるほど。僕も当時は菅原をどうにかしなければ、琴葉のいじめの問題は解決に向かわないだろうと考えていました」


 ただ、琴葉が重傷を負った事件は2年前のことで、僕がその加害者として逮捕、禁固1年の判決が下っている。しかも、その判決の裏には当時から現役の与党所属の大物議員である菅原博之が圧力をかけていた可能性が高い。

 あと、琴葉のいじめの問題は2年前のことだ。僕が逮捕された後に、琴葉の家族と僕の家族が一緒に中学校へ訴えに行ったけど、学校側はいじめの認定をしなかった。琴葉も今年の3月で中学を卒業した扱いになっている。だから、今になって学校側が相手をしてくれるかどうか。


「アリスさん。これまでとは違って、ミッションを出すときに映像が流れなかったけれど、それってどういうこと?」

「そういえば流れなかったですね。菅原と決着を付けろという文字が出ただけで」


 決着を付けるという言葉自体が曖昧だから、こういう風にやってほしいと映像で示すことができなかったのかな。


「どう決着を付けるかは逢坂さんと如月さんにお任せします。そして、決着できたかどうかの判断はあたしが行ないます。ミッションを成功したときには、琴葉の意識を元の体に戻しましょう」

「そうですか」


 おそらく、アリスさんは琴葉の意識を取り戻しても大丈夫な状況になれば、ミッションが成功したと判断するのだろう。


「ミッションの期限は4月中ですか。もし、達成できなかったら、玲人君と私はどうなるんですか?」

「お二人には何のペナルティもありません。これまでのように、期限が近づいたことで具合が悪くなるようなこともしません。これは琴葉のためのミッションでもありますからね。ただ、期限までに決着を付けることができなければ、そのときはあたし自身が菅原和希を殺害します。必要となれば彼の取り巻き達や、学校でのいじめの中心人物となった女子も」

「何ですって?」

「だって、琴葉や逢坂さんを苦しめたのに、彼らは何の罰も受けず、今も普通に高校生活を送っているのですよ? それなら、彼らにはあたしが直接、死という罰を下します。あたしは異世界の魔女ですから、この世界の人間にあたしを罰するなんてことはさせません。もちろん、あたしが彼らを殺害したら、琴葉の意識を取り戻させてあげましょう」


 アリスさんはいつものように落ち着いた笑みを浮かべながら笑っている。

 この世界の人間を殺害しても罰することはできないか。そういう考えを持っているから、ミッションが達成できなければ死亡する魔法を沙奈会長にかけたんだろうな。

 まるでアリスさんが悪魔のように思える。菅原達を殺したい気持ちは分からなくはないけれど。


「琴葉はそのことを知っているんですか?」

「……最終的にはあたしが殺すということはたった今、知ったことでしょう」


 ということは、後で琴葉と喧嘩するだろうな。あと、人の生死に関わるときはいつも独断だな、アリスさん。


「琴葉やあなたを救えるなら、あたしは何でもするつもりですよ。何なら、あなた方が菅原和希を殺害してもいいんですよ? 仮にそれを行なったらミッション達成となりますので、ご一考ください」


 これまで決着の付け方が曖昧だったけれど、最もやらないことが手段の一つとして挙げられてしまった。


「殺人は罪になりますからね。厳罰が課せられる。だからやりませんよ、絶対に。もちろん、この世界の人間達の起こしたことですから、その人達だけで決着を付けたいと僕は考えています」


 異世界の魔女によって期限が決められてしまっているけれど。

 ただ、いつかは琴葉のいじめの事実を世間に公表して、処罰が必要な人達に対してはきっちり下らないと。菅原達を勝ち逃げのままにはさせてはいけない。


「頑張ろうね、玲人君。私、何でも協力するから」

「……ええ」


 相手が相手だけに、当時のことに関わっていない人達をできれば巻き込みたくはない。けれど、沙奈会長はミッションを課せられている立場だし、側にいてくれるのは心強い。危険の及ばない範囲で、彼女には協力してもらおうと思う。


「逢坂さんの今の言葉、しっかりと覚えておきますね。それでは、あたしはこれで失礼します。琴葉と一緒に見守っていますよ」


 そう言って、アリスさんは一瞬にして消えていった。

 次、彼女が姿を現すときはミッションを達成したときか、失敗したときなんだろうな。


「まったく、琴葉とアリスさんは……」 


 沙奈会長と一緒なら決着を付けることができるって直感したのかな、2人は。ただ、もう少し沙奈会長や僕のことを考えてほしかった。それはこれまでのミッションにも言えることだろう。


「玲人君……」

「……とんでもないミッションを課せられてしまいましたが、いずれは菅原と決着をしなければいけないと思っていました。いい機会だと思って、やってやりましょう」


 時間は常に流れているけれど、僕の心の中にはあの日で止まっている感覚がある。自分達の手で菅原と決着を付け、琴葉と再会することで……心の時間も完全に「今」を刻めるようにしたい。


「すみません。会長は2年前のことには関係ないのに巻き込んでしまいまして」

「気にしないで、玲人君。それにしても、自分のことを『僕』って言っているからか、今までと比べてかなり柔らかい印象になった気がする」

「これまでは学校関係者との関わりを最低限に留めるために、敢えて無愛想な感じにしていましたからね。気持ちを切り替えるためにも、自分のこと『俺』って言っていましたし。実際にはこの金色に染めた髪の方が効果大のようでしたけど」


 校則違反ではないから染めたけれど、まるでやってはいけないことをしているように僕を見てくる生徒が多くて。それは自業自得か。

 沙奈会長と2人きりというのもあると思うけど、やっぱり中学生までのように話すと気持ちが軽いな。僕のことを僕と言うのが自然なんだろう。


「なるほどね。今の玲人君も素敵だから、学校でも今のように振る舞ってみてもいいんじゃないかって思うよ」

「それはその場で考えてみます。ただ、家族の前や生徒会室では今みたいに振る舞ってみてもいいのかな……」


 親しい人の前では。


「ようやく、玲人君がデレたね」


 可愛いよ、と沙奈会長は僕の頭を優しく撫でてくる。僕はあくまでも自然体になって接しているだけなんだけれど。それだけ、今までツンツンしていたのかな。


「私は何があっても玲人君の側にいるから」

「……ええ。むしろ……側にいてください」


 僕は沙奈会長のことを抱きしめる。

 琴葉、僕には心強い味方ができたよ。沙奈会長と心を通わせるようになれたのは、琴葉とアリスさんが考えたミッションのおかげでもあるのかなと思っている。

 さっき、沙奈会長に抱きしめられたときと一緒で、温かい気持ちがどんどんと生まれてくる。ずっと、この気持ちに包まれていたい気分だ。


「こうしていると玲人君って大きいんだね。安心するし、気持ちが温かくなるよ」

「……僕も同じです」


 至近距離で沙奈会長と見つめ合う。沙奈会長ってこんなにも可愛らしいのだと初めて思った。それはとても新鮮な感覚で。彼女の命が助かり、今もこうして元気な笑顔を見せてくれていることが嬉しく思えたのだ。


「あっ、もう、すっかりと暗くなっちゃったね」

「そうですね。僕は……そろそろ帰ります」

「うん、分かった。今日は本当にありがとう。私のことを助けてくれて」

「会長が元気であることに越したことはないですよ。明日は学校に来られますか?」

「うん! いつも以上に元気だよ」


 そう言って満面の笑顔になる沙奈会長。そんな彼女を見ると心が安らぎ、同時にもっと早く彼女と出会いたかったと思う。

 僕は沙奈会長の家を後にする。すっかりと日が暮れていたけれど、雲は取れて月が見えている。


「琴葉が見ている空ってどんな感じなんだろうな……」


 向こうの世界でも夜になるとこうして月が見えるのかな。

 そんなことを考えながら、20分くらい歩いて家に帰る。

 夕食を食べた後、久しぶりにあの時の録音データを聞いてみることに。基本的に琴葉のいじめに関する音声データは、パソコンやCD-ROMにバックアップを取ってある。


『何やってるんだ!』

『レ、レイ君……』

『琴葉のことを離せ! 琴葉、ここから早く逃げるんだ』

『そうはさせないぞ、逢坂。つうか、これから恩田を使って、楽しくて気持ちいい時間を過ごそうと思ったのに。邪魔するなよ』


 菅原の声だ。ひさしぶりに聞いたけれど、一瞬にして当時のことを鮮明に思い出し、イライラしてきた。


『……このことは学校に絶対に話すから』

『今の状況でそれができると思うのか? 逢坂みたいな奴は遠くから黙って見ていればいいんだよ』


 その後は激しく争う音や、菅原達の怒号が聞こえてくる。

 しかし、そういった時間もすぐに終わることになるのだ。


『レイ君、これ以上の暴力はダメだよ!』

『琴葉! 離してくれ!』

『きゃああっ!』


 琴葉の叫び声が聞こえた次の瞬間、

 ――ドンッ。

 そんな鈍い音が響き渡った。このとき、琴葉はビルの壁に頭を強く打ったのだろう。


『琴葉! 大丈夫か、琴葉!』

『ど、どうする! 菅原』

『恩田をこうさせたのは逢坂だ。俺達は何も悪くない。面倒なことにならないように、早くここから逃げるぞ!』


 それが録音されている菅原の最後の声だ。

 その後に119番通報をして、救急車が来るまでの間に録音データは終了した。


「制服のポケットに入れていたのに、はっきりと聞こえていたな」


 琴葉の事件に菅原達が関わっていると示すことのできる証拠は残っている。

 ただ、問題はこれをどうやって活用するか。誰に聞かせるのか。それ次第で状況は色々な方向に変わっていくだろう。


「そもそも、何をすれば決着を付けたことになるだろうな……」


 菅原に謝らせたり、逮捕されたりすることか。

 僕の推測通り、父親の菅原博之が警察の捜査や裁判に圧力をかけているとしたら、彼が議員を辞職したり、逮捕されたりすることなのか。


「何だか頭が痛くなってきたな。それに疲れた……」


 今日は沙奈会長のミッションを成功させたり、彼女に僕の過去を話したりしたなど色々とあったからな。

 ミッションの期限まで、丸々5日間ある。できるだけ早く動くべきなのは分かっているけれど、今日はゆっくりと寝て、明日……沙奈会長と一緒に考えることにしよう。

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