第1話『思い出という花束を』
――今月末に引っ越すから最後に思い出を作りたいなって思っているの。
副会長さんは寂しげな笑みを浮かべながら、静かな口調でそう言った。
「引っ越されるお友達がいるんですか。有村咲希さん……」
「うん。彼女の父親の転勤が急に決まって、今月末に桜海ってところに引っ越すことが決まったの。もちろん、それに伴って彼女も桜海にある高校に転校することになって」
「そうなんですね」
桜海って確か、ここから車で3時間近くかかるところにある東海地方の街だ。小学生くらいのときにそっちの方面へ家族旅行に行ったことがあり、途中、桜海市にあるレストランで食事をしたことを覚えている。
「月曜日の夜に咲希から電話がかかってきて、転校するって話をされてね。それで、彼女がこっちにいる間に何か思い出を作ることができないかと思って、一緒にコスプレしようって誘ったんだ。彼女とはこれまでも何度か一緒にコスプレして楽しんでいたから」
「そういうことでしたか」
それなら、引っ越す前にまたコスプレをしようと考えるか。
そういえば、小学校のとき……クラスメイトの友人が転校すると初めて知ったときはショックだったな。それから少しの間は微妙な空気だったけど、クラスでお別れ会を開いて、最後は笑顔で別れることができた。
「私も樹里先輩から引っ越しの話を聞いたときには驚いちゃいました」
「沙奈会長も有村さんを知っているんですか?」
「うん。樹里先輩繋がりだけど、私も一緒に何度かイベントでコスプレしたのはもちろん、ショッピングしたり、映画に行ったりしたこともあるよ。今年度になってからはまだ一度も会っていないんだけどね」
「そうなんですね。それなら、有村さんが引っ越すと聞いたときに驚いてしまったのも分かる気がします」
副会長さんのように、寂しい想いを抱いていることだろう。
「今、咲希の写真を見せるね。……これがいいかな」
僕は副会長さんのスマートフォンの写真を見せてもらうことに。うちとは違う高校の制服を着た茶髪のポニーテールの女性が写っている。
「彼女が有村咲希さんですか?」
「そうだよ。トレードマークの茶髪のポニーテールが変わっていないせいか、10年前に初めて会ってから雰囲気が全然変わらなくて。でも、さすがに高校生になったから、あのときから比べるとかなり綺麗になったなぁ」
「そうなんですか。とても綺麗な方ですね」
アンナというキャラクターも美人なので、有村さんなら上手にコスプレができそうな気がする。アンナの髪は銀髪だけれど、そこはウィッグを付ければ大丈夫か。
「確かに綺麗な人だよね、玲人君。咲希先輩って、確か高校で何人もの生徒から告白されたんでしたっけ?」
「うん。咲希の通っている高校は天羽女子っていう女子校だから、女の子からだけどね。中学までは男子からも告白されていたけど、全部断っていたよ。あと、咲希には好きな人がいるって聞いたことがあるよ」
「そうなんですね」
こんなにも綺麗な人だと、これまでにたくさんの人から告白されたのも頷けるかな。有村さんに好かれている人がどんな方なのかちょっと気になるな。
「……そういえば、沙奈会長って僕と付き合うまでに告白されたことってありますか?」
「小学1年生から年に1回は告白されたよ。高校に入ってからはたくさん。男子が多かったけど。告白されても全くときめかなかったから全部断ったけど。ただ、中にはしつこく何度も告白してくる人がいたな……」
アリスさんからのミッションがあったとはいえ、沙奈会長も僕に対してはかなりしつこかった気がするけど。
あと、沙奈会長ほどの美人で魅力的な人だと、そりゃ……たくさん告白された経験があるか。ちょっと嫉妬だな。
「私にとって、玲人君以上に好きになったり、ときめいたりするような人はいないって自信があるよ! せいぜい、私達の間にできる子供くらいじゃないかな」
「そ、それはどうも。とても嬉しいですよ。僕も会長以上に好きになる人はいないでしょうね」
「……そう言ってくれるなんて凄く嬉しいよ」
嬉しさが最高潮に達したのか、沙奈会長はデレデレとした様子で僕のことを抱きしめ、頬に何度もキスをしたり、口づけをしたりしてくる。
これまで、お互いに色々なことがあったけれど、今はこうして付き合っているんだ。それを誇りに思おう。
「咲希には、もしかしたら逢坂君も一緒に行くかもしれないってことは話しているし、了承はしてもらっているよ。逢坂君さえ良ければ、一緒にコスプレ参加してみない?」
「……その有村さんという方の思い出作りということであれば、今回は一緒にコスプレしていいですよ。それに、副会長さんが僕のために衣装を作ってくれたそうですから、一度くらいは着ないともったいないというか」
「ありがとう! 逢坂君。咲希にさっそく連絡しておくね」
「さすがは玲人君! 一緒に参加してくれるって信じていたよ。当日は私達が常に一緒にいるから安心してね」
「はい。コスプレは初めてですけど、よろしくお願いします」
有村さんの転校話に上手に乗せられてしまった感じではあるけど、一度くらいは経験しておいてもいいだろう。
「そういえば、琴葉と姉さんにも誘うつもりなんですよね」
「うん、そうだよ。私の方から2人に連絡するね」
沙奈会長もスマートフォンを手に取った。旅行の帰りにコスプレの話題が出たとき、琴葉は同人イベントに行ってみたいと言っていたっけ。
「咲希から逢坂君と一緒に行くって伝えたら、会えるのを楽しみにしているってさ。だいたいのサイズで作ったけど、その確認のために明日、沙奈ちゃん達と一緒にあたしの家に来てもらってもいいかな」
「分かりました」
というか、だいたいのサイズをいつの間に知ったのか。服とかを作っていると、見ただけでおおよその寸法が分かるものなのかな。何にせよ、受験勉強とかもあるのにコスプレの衣装を作るとは副会長さんも相当ハイスペックな女性だと思う。
「琴葉ちゃんとお姉様もコスプレ参加するって返事来ました」
「了解。じゃあ、2人は真奈ちゃんと一緒に『未必の恋』の方のコスプレかな」
副会長さんの言った『未必の恋』というのは、草原めなか先生の人気作の1つ。女子校で繰り広げられる青春ガールズラブストーリー。
小説家志望で恋愛小説を書きたいヒロイン・尾野瑞希に、主人公・有栖川小春がネタ作りに付き合わされる。そんな日々を過ごし、小春は段々と瑞希のことが頭から離れなくなっていく。ただ、小春の親友・篠宮菜月は小春に恋心を抱いており、小春と瑞希の関係に嫉妬をし、小春にアプローチを仕掛けていく……という三角関係の物語だ。
主要キャラクターは小春、瑞希、菜月の3人。全員同じ高校のクラスメイトなのでコスプレは3人とも制服姿になると思われる。
「じゃあ、明日の午後に沙奈ちゃんと真奈ちゃん、逢坂君と麻実さんは家に来てね。咲希も来てもらうつもりだから」
「分かりました、樹里先輩。それにしても、玲人君と一緒にコスプレができるなんて夢みたいだな。でも、玲人君と一緒に簡単にできるコスプレもあるよ。草原先生の作品には男女のラブコメもあって、その最後には激しく愛を確かめ合うシーンがあってね……」
「……何の作品か分かりました。というかそれ、裸じゃないですか」
そのシーンの2人を再現するという意味ではコスプレなんだろうけど、それを公然の場でやってしまったら、警察のお世話になること間違いなしだな。
「あまりにも露出度が高いコスプレはNGだよ、沙奈ちゃん」
「やっぱりダメですか」
「というか、露出度が高いかどうかじゃなくて、露出しかしてないですって」
時々、僕の想像を絶するようなことを沙奈会長は言ってくるので油断できない。
「ねえ、玲人君」
「何ですか?」
「……今の話をしたら、今夜は玲人君と一緒に寝たくなっちゃった。玲人君さえ良ければ今日、私の家に泊まりに来ない? まだ一度も泊まったことないでしょう?」
そう言って、沙奈会長は僕の手をぎゅっと握ってくる。これまでの彼女を考えると、ベッドの中で眠ること以外のこともたっぷりとしたいのが見え見えである。
明日は休みだし、会長と一緒にいたい気持ちもあるので、
「僕の方はかまいませんが、急に行くことになって大丈夫ですか?」
「もちろん大丈夫だよ。夕ご飯も一緒に食べよう」
「では、お言葉に甘えて。今夜はお世話になります」
「……うん。楽しみだな」
「ふふっ、旅行に行ってから更に2人の仲が深まった感じだね。いいことだ」
副会長さんはそう呟くと、温かな笑みを浮かべながら僕らのことを見てくる。
「ただ、2人でイチャイチャしすぎて、日曜日に体調崩して行けなくなったってことにはならないでね」
「分かりました! 気を付けようね、玲人君」
「そうですね」
どんな週末を過ごすにせよ、健康でなければ楽しむことはできないからな。体調を崩さないように気を付けなければ。
最後にまさかのコスプレ参加の話になったけど、今週の学校生活も無事に終わったのであった。




