第一話 日常終了のエピローグ
異能者。それは、人間でありながら異質な能力を持った者、それは、長年人間たちから排除されてきた者。異能者なしでは人種差別の歴史は語れない。そんな言葉まで生まれたほど。だが、現在異能者たちが人種的に差別されているという事実はまったくない。この国においては。
異能者法という法律がある。その第一条第一項には、こう記されている。
・異能者は、異能を公的な場で使用してはならない。
こんな条文が記された理由は、恐らく人間心理にある。人間は、同じ奴らが集まることで安心する。だが、その中にまったく違う奴がいるとする。そうなるとそいつを排除しようと躍起になる。この心理を生み出さないために、異能者であることを隠すために、異能の力を使用してはならない。そういうことなのだろう。人間心理と言うのは難しそうで単純だ。深層心理以外は。人間はすべての感情が顔や体に変化をもたらし、ごくごくわかりやすい。閑話休題。
現代の異能者は異能を使わない。なぜなら国から禁じられているからだ。俺だってその禁じられた異能を持つ一人だ。
「はぁ・・はぁ・・・」
足が痛い。さんざんペースを変えたせいだろう。まったく、日課なはずなのに情けない。まあ原因はわかってる。いつもなら軽く汗をかく程度、つまりジョギングしかしないにもかかわらず、今日は全力疾走したりジョギングしたり果ては歩いたりしてるからだ。耳に突っ込んだイヤホンからはもう音楽は聴こえてこない。すでに曲が終わってかなり経つが、新しく曲を聴く気にはなれない。自宅の方向に歩いていると、だいぶラフな格好をした女の子とぶつかりかけた。互いに軽く会釈し、その場は終わった。まさか、また会うことになるとは、この時まだ知らなかったのである。
俺は運命的な出会いなどまったく信じていない。否、運命などありえないのだ。漫画やアニメの世界での”運命”など現実逃避のためのただの嘘に過ぎない。大過なく終わる人生だってあり得る。まあ俺の場合は異能者なわけだから普通の人生とは断じて言い切れないが。新学期。それは心躍る瞬間…では勿論ない。普通である。『ああ…また始まったんだな…』と言う感じだ。俺は世間一般的に見れば学校での成績はそこまで悪いというわけでもなくいいというわけでもない。平均より少し上くらいだ。そんなもんである。勉強が得意だ!と胸が張れるわけでもなし、苦手すぎて頭を抱えるわけでもなし。普通である。俺は人間としては普通ではないため、普通の平穏な人生を送りたい。
なんてことを久しぶりに会った友人に言うと、
「お前異能者なのに変わってるな」
と言われてしまった。因みにクラスはもう知っている。今いるのが教室だから。隣の席はまだ誰もいない。別に興味があるわけではないが。既に始業式も終わっているというのに。すると、教室に誰かが飛び込んできた。
「す、すいません!遅刻しました!!」
と大声で言っている。俺はうっかり、
「いや。職員室行けよ」
と突っ込んでしまった。これが決定的な間違いだった。その子は俺の方にやってきて、
「職員室に行ったら解決するんでしょうか?」
と言った。俺は言った。
「いや。知らん」
その子が言う。
「知らないで言ったんですか?」
そんなこと聞かれてもな。何の気なしに言った言葉にまで責任は持てん。俺は言った。
「知らないで言ったけど?」
その子が言う。
「もう一度聞きます。職員室に行ったら解決しますか?」
俺は言った。
「解決するんじゃないか」
その子は言った。
「分かりました。あ、自己紹介がまだでしたね。私は怱那唯織です」
と言って教室を出て行った。本気で行ったみたいだな。ところで、『くつな いおり』ってどういう字を書くんだ?
「あの…」
隣席から遠慮がちにかけられた声は、どうやら俺に向かってのようだ。俺は言った。
「ん?」
怱那唯織。先程騒いでいた奴と同一人物とはとても思えないほど声は弱弱しかった。怱那唯織が言う。
「あの、名前を聞かせていただけないでしょうか?」
俺は言った。
「堺晴翔。堺市の堺に、晴れの晴。飛翔の翔。よろしく。怱那さん」
怱那さんが言う。
「あの。私苗字で呼ばれるのが嫌で、できれば名前で呼んでください」
俺は言った。
「じゃあ、唯織で。俺の事も晴翔でいいから」
怱那さ…唯織が言う。
「はい。よろしくです。晴翔」
こうして、本人たちも知らないうちに運命の歯車が回り始めた。
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