男の独白
人を殺してはいけません。
今、俺の目の前には死体がぶら下がっている。俺が殺した男が、恨めしそうに下を見詰めている。窪んだ瞳が、唯空虚を表している。
だが、此奴が死ぬのは仕方の無いことなのだ。何故ならば、此奴は生前大層な穀潰しであったからだ。親、兄弟、友人、親族全てに迷惑を掛けていた。昔から勉強が嫌いで、禄に宿題等もした事が無かった。かと言って運動も得意とせず、また得意になろうと努力もしなかった。悪い友人を作ってワルを気取った時もあった。だが、度胸も無いので直ぐに辞めてしまった。とにかく何事も続かない。そんな訳で、高校も、進学も、就職も、まともに続く筈も無かった。そうして、自立もせずに唯々怠惰を貪っていたのだ、この男は。
ならば、殺されても仕方の無い事だろう。別に殺しても構わないだろう。齢70を過ぎた両親も、働く事が出来なくなった。そして、この男を養う事に疲れ果ててしまった。この男の両親は、男に1万円とその日の朝食だけを残して去っていった。
男には、もう未来など無い。唯、朝食を食べ、両親が帰ってくるのを待つことしか出来ない。然し、勿論両親は帰ってこない。それならば、仕方が無い。仕方が無いのだ。この男は、元より死ぬべき男だったのだ。だから、俺はこの男を殺した。天井に縄を掛けて、絞め殺した。俺は、この男を。「俺」を、殺した。そうだ。俺は間違ってなどいない。俺は、この世に必要とはされていなかったのだ。別に、他人様を殺した訳ではない。だから、別に罪では無い筈だろう。なのに、何故。何故俺は今、足元の闇に呑み込まれているのだろうか。
たとえ、それが自分であっても。