世界でただ1人の男
あの日以来、老いも若きも女というものは、俺から目を離せない。なにげなく外を歩くだけで、プロ野球球団の優勝パレード状態になってしまう毎日。交通規制が必要になるほどの状態だ。そして膨大な数の女達にとり囲まれてサインを求められてしまうのが定番だ。
「貴方が噂の男子!サインをください。家宝にします」
「5年ぶりのリアル男子は想像以上に素敵!君と結婚できたらどれだけ幸せかしら。これ婚姻届です。そちらさえ良ければいつでもハンコを押してください!」
「きゃぁっ!生の男子って凄すぎる!興奮が止まらないよ。鼻血が出ちゃう」
ようするにコンビ二に買い物に行くのも大変な騒ぎになってしまうのだ。コレはコレで不便なんだけれど。男というものを何年も直に見てなかった女性になるほど、俺を見るともうそれはそれは大変なことになるんだよね。
とにかく女子小学生も女子中学生も女子高校生も女子大生も女子社員も中年おばさんもお婆さんも、女という女はとにかく俺が好き。困っちゃうぐらいに。
俺がちょっと低い声で喋るだけで、彼女達はメロメロ。
俺に触ろうもんなら女は気絶してしまう。
前に突然に俺の手を握ってきた女子がいたのだけれど「やだっ!今、男の人と手を握ってるのは全世界の女の中で私だけ……」と言って倒れちゃったね。救急車で運ばれちゃったけど彼女は大丈夫だろうか。
とにかく男が珍しいんだから仕方がない。当初の迫害は一体なんだったのだろうかと思えるほどの熱狂ぶりだ。
さらに俺の人気は隣近所だけに留まらない。太平洋を越えて、北米大陸でも南米大陸でもアフリカ大陸でも俺の人気は熱烈なものとなってしまった。どの家の壁にも俺のポスターが貼ってあるという。そしてポスターには必ずキスの跡があるという。
そんなクレイジーな状況だからバレンタインデーのチョコレートだって半端なく届く。今年は世界中から4億7000万箱は我が家の方に届いたようだ。まるで地球中のチョコレートが俺の家を目指して集まってきた感じ。これどうしたらいいの?
とにかく36億の女性の愛情の対象になるというのは……なかなかの精神的な重圧である。齢20。こんなに女に愛される人生になるとは思わなかった……。
俺は唯一にして絶対の異性。
天帝が哀れな地球の女達のために残したただ一人の男。
お陰で俺は過去のどんな男よりも女に愛されている。
しかし人間、勝手なもので時々昔に戻りたくなるのだ。36億の女達から華麗にスルーされてた人生も、今にして思えばそれなりに幸せだったのかもしれない。ずっとそうだと困るけど。まあ無いものねだりかな。




