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4.女王君臨

「姉さんっ! 姉さんっ!」


 セラフィーナの大きな声が、長い廊下を駆け抜けた。

 その頃のミラリアは、テロールの紹介を受け王妃と謁見していた最中であり、廊下に響く妹の大きな声に、女三人は顔を見合わせて苦笑を浮かべていた。


「もうっ……フィーちゃんはもう少し、場を弁える事を覚えてください」

「あ、あはは……って、そうじゃなくて、私が予想していた通りだったのよ!

 やっぱりここは、魔――むぐっ!?」

「こんな所で言ってはいけません。我々はあくまで、“一般人としての来賓”なのですから」


 ミラリアに口を塞がれたセラフィーナは、ハッとした目を浮かべ、こくこくと頷いた。

 ただでさえ注目を集めているのに、魔女の話題なぞ出せば、テロールにもいらぬ詮索を受けてしまいかねない。

 それを避けるべく、ミラリアは周囲に微笑みながら、妹とテロールを連れて王女の間へと引っ張って行った。


「――それで、一体どうしたのですか?」

「凄いことが分かったのよ! やっぱりここは“灰の魔女団”と関わりがあった……それも、“王の財産”を残す手助けをしてたのよ!

 ほら、ここに我々にしか読めない文字で書かれている――」


 セラフィーナはそう言うと、歴史書のあるページを開いて見せた。

 テロールの目にはただの年号と、どこで鉄が取れたかを記した記述一覧であるが、魔女・ミラリアの目には特殊なインクで書かれた文字が浮かび上がって見えている。


【我の全てを授けよう――まずは器を得よ】

【獣の知る道にそれは置いてある】


 ミラリアはそう口にすると同時に、それに思い当たる物が頭に浮かんでいた。


「あ、そう言えば……おしっこに行った時、近くに良さそうな器が埋まってましたね」

「えっ、そうなの!? 全く聞いてないけど……」

「その時、見つけた所から話してと言われたので……端折りました」


 えへっ、といたずらに微笑むミラリアに、セラフィーナとテロールは足を滑らせてしまった。


「な、何でそんな大事なこと言わないのよ!?」

()かしたフィーちゃんが悪いのです」

「姉さんでしょ!?」

「さて、一巻が城館までの道であれば、残りの二巻、三巻はその続きではないでしょうか?」


 妹の声は無視し、ミラリアは残りの二冊の()()()()()()始める。

 そこにはやはり、それぞれには城館に関する事が書かれており、二巻は“メダル”を投入する事が書かれていたが――


【我が眠りを支える、双子の姉妹を救え】

【仲の良かった彼女たちは、不平等を嫌う】


 三巻目では、全く見当もつかない内容が書かれていたのである。

 それを聞いたテロールは、目の前の姉妹に目を向けながら口を開く。


「双子――貴女方の事ではないですわよね?」

「私らは別に困ってる事は……いっぱいあるけど」

「そもそも、双子では無いですしね」


 しかし、該当する物が思い浮かばない。城館自体も左右平等ではなく、それ以前にそのような姉妹が住んでいた痕跡すらないのだ。

 “愚かな王”の時代のそれが終えたのか、他の歴史書には記述が残されていない。()()()()()()()()|か《・》()()時代と共に消えたようである。

 最終巻に探していた“メダル”が隠されていたが、城館で手に入れた古ぼけたそれとは少し違い、少し赤みがかっていた。


「“白い魔女”は、この国に潜り込み、この本と城館を。

 “黒い魔女”は、この国を乗っ取り、この本と城館を。

 それぞれの手段は違えど、目的はやはり共通していたようね――」

「“黒”の脅威はしばらくありませんが、“白”の脅威はまだ……王子様の婚儀より前に済まさねばなりませんね」

「ちょ、ちょっとどう言う事ですのっ!?」


 “白い魔女”の存在は聞いていたが、兄の婚儀とどう関わっているのか? それが関わっているのならば、大問題なのではないか? ――と、いくつかの疑問がテロールに浮かび上がって来ていた。

 それに、ミラリアはどこか困った様子で、頬に手を当てながら答えた。


「シントン国には、“白の魔女団”の拠点があるのです。それも大昔から……」

「そ、それは本当ですの!? 事実であれば、大変なことですわよっ!?」

「エリック王子を婿にすると、彼女たちはこの本を探しづらくなる――。

 国を消滅するリスクすら承知させる、“白の魔女団”らしいやり方です」


 そして、あわよくば王女・テロールをも無き者にしようとしていた――と伝えるや、テロールは怒りで身体をフルフルと震わせ始めていた。

 元より、兄の婚約者には良い印象を持っていないのだ。そのような、腹に一物を抱えたような女を迎えるわけにはいかない。


「セラフィーナッ! こうなれば、兄様を寝取っても構いませんわッ!」

「え、ホントっ? ……と言いたいけど、そんな事したらアンタの所が大戦争になるわよ」

「受けて立ってやりますわッ!

 もし兄様が反対し、シントンに付いても……私はこの国を守りますわッ!」

「兄か国、どっち守りたいのよアンタは……」


 呆れたため息を吐くセラフィーナに、ミラリアは何かを思案していた。


「……それも良いかもしれませんね」

「え? 良いって……王子サマとイケナイ関係になる事? いやー、姉さんがそう言うなら――」

「やったらパンチしますよ? 私が言っているのは、王子と対立するテロちゃんです」

「え、えぇぇッ!? い、いやあれは、例えでありまして――」

「別に戦争をしろだとか、骨肉の争いをしろとは言いません。

 シントン国の消滅を避けるため、とでも言って王子をそちらにやり、テロちゃんはこの国の女王に名乗りをあげるのです」

「わ、わたくしが、じょ、女王に……!? で、ですが、兄様がっ――」

「そこは、“フィーちゃんの好き好き病”にかかってもらえば大丈夫です。ね、フィーちゃん?」

「ちょっと! 私はちゃーんと、“魅了(チャーム)”する相手を選んでるの!

 私がそんな、スキモノみたいな言い方しないでちょうだいっ!」


 テロールは言葉を失ってしまっていた。

 王族として取るべき道はそれしかない。そうすれば“白の魔女団”はこちらに行き来する事は難しくなり、テロールの機嫌一つで入国を阻止する事だってできるのだ。

 現・国王が蔑ろにされているが、彼女らからすれば何の問題でもないようだ――。


 ・

 ・

 ・


 そして、その夜――テロールは父と初めて正面から向き合っていた。


「お父様……」

「テロール、どう言うつもりだ……」


 玉座に構えている王・ランダルは、心の震えを必死に抑えている。

 それは、娘が王族について真剣に考え始めたからではない、王位について真剣に父と向かい合ったからではない――。


「わたくしにも、王族について思うところがあるのですわ」

「話は真剣に聞く。だから……まずその手にしている真剣を下ろせ、な?」


 どこをどう間違えたのか、テロールの手には真剣・<マジックイーター>を握り締められているのだ。

 いくら若い時は腕に覚えがあったとしても、老いた今……丸腰で向かうのは自殺行為である。

 周りの臣下も驚いてはいるものの、止めに入るわけでもなくその様子をじっと見守っていた。


「王位継承権――それは当然、私にもありますわよね?」

「あ、ああ。あ……る? あるな。だが、先にエリックが……」

「もし兄様がそれを受けねば……その玉座、わたくしの物で間違いないですわね?」

「なっ――!?」


 周囲にどよめきが起った。テロールのその言葉は、己にも“王”となる覚悟があるとの宣言でもあったからだ。

 姫君で生きるつもりでいると思っていた臣下にとって、王女の“王位継承権の主張”はまさに寝耳に水のことである。

 数時間後には王子・王女のどちらに着くかと派閥が出来上がり、彼の者たちが理由を知るまで、内々での争いが起るだろう――テロールはそれを覚悟しての発言であった。


「もう一度お伺いしますが――そうと見てよろしいですわね?」

「お、お前がやっているのは、クーデターに近いのだぞ!?

 ちょ、ちょっと待て! こう言った事は、もっと良く考えてから――」

「そんな物騒なものではありませんの。

 わたくしはただ、継承権があると確認、言質を取らせて頂きたいのですわ」

「今まで我儘やって来たお前のような者に、はいそうですかと――」

「――今のわたくしは反抗期なので、言葉にはお気をつけくださいまし。

 若さゆえの、『ついうっかり』がありえますので」

「若気の至りにかこつけるんじゃないっ!?」


 ここで王が『ダメだ』と拒否すれば良いのだが、目の前の娘は武力でそれを抑えつけに……殺しに来ているのだ。


「確かに、わたくしはこれまで好き勝手やって来ましたわ。

 ……ですが、今回の一件で思うところがあり、真剣に考える事にしましたの。

 現・国王が“在命中”は大人しくし、国について学ぶ所存でありますわ」

「……拒否すれば?」

「わたくしが即位する事になりますわね」


 チャキッと小剣を鳴らした王女の姿に、王はガクリとうなだれるしかなかった。

 それは武力に屈した事でもあり、同時に娘の反抗期を叱れなかったダメ親父の姿……。

 安堵の息を吐いた家臣たちであったが、“魔女”に洗脳されていた時の失態も相まって、王の威厳は地の底まで落ちてしまっているようだ。



 ◆ ◆ ◆



 その一方で、エリックの寝室では――。

 妹がクーデターを起こした事などつゆ知らず、ベッドの軋みと共に、男と女の水音だけが響き続けている。


「んっ……ふっ――」

「ぶぁ……こ、このような事は……!」

「あら? 私とこう言う事したかったんでしょ……忘れられないようにしてアゲル」

「ちょ、ちょっ……んんっ!?」


 エリックに覆いかぶさる褐色肌の女――セラフィーナは男の唇を貪るように求め続けていた。

 彼には彼女を引き放す事が出来ない。蜘蛛に捕食される昆虫のように、腰に回された足でガッチリとホールドされているのだ

 口内に侵入してくる魔女の舌を通じ、流し込まれる蜜は甘美な毒液であった。

 男の頭が惚け、目の前の女しか考えられなくなっている。布越しに感じな柔らかな肉の感触が“男”を膨れ上がらせ、更に期待させた。


「あらあら、元気なコト――」


 だが、魔女は男の思い通りにはさせない。

 セラフィーナは唇を貪り終えると、ギシリ……と音を立て絡めていた足を解いた。

 男の身体が軽くなり、懇願するような目を向けている。


「――いくら期待で一杯にしても、させてアゲないわよ?

 アンタにはちゃんと相手がいるんだし、“子種”はその中にぶちまけなさいな。

 でも、私の“名前”は出したらダメよ? 女が嫉妬しちゃうからね」

「え、ちょ、ちょっと待っ――」


 エリックの制止の声も聞かず、手をヒラヒラを振りながら部屋の扉をくぐった。

 彼女自身も、このまま続ければ己を見失いかねない。“魅了(チャーム)”し終えた彼女は、ガラン……とした静かな廊下を歩み続けている。

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