表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/44

2.お泊り会

 それと同じ頃――魔女の城館には、レゴンの王女・テロールが訪ねて来ていた。


「……え? 兄様は、まだ来られておりませんの?」

「ええ、誰も来てないですよ。

 少し前に、ここを通り過ぎて川に向かった人ならおりましたが」


 セラフィーナは釣りに出かけたため、城館にはミラリア一人で留守番をしている。

 こちらに向かってくる者の存在に気づいたものの、どう言うわけかスル―して川辺の方に向かったため、ミラリアもそのまま放置していたのだ。

 それを聞いたテロールは、ガックリと落胆したように肩を落としていた。


「――兄様は方向音痴なので、必ず誰か付かねばなりませんのに……。

 まさか、一本道で迷うとは思いもしませんでしたわ……」

「川にはフィーちゃんが居ますし、大丈夫じゃないでしょうか?」

「なッ――!? あ、あの女と兄様を会わせてはいけないですわッ!」

「あら、どうしてですか?」

「兄様は真面目な方ですが、ややムッツリな所があるのです!

 そんな人に……嫁を迎える前の人に、男たちの前で胸を曝け出すような女と関わってはいけませんわっ! 川はっ、川はどこですのっ!」

「あー……それはフィーちゃんの大好物――いえ、何でもありません。

 ですが、既に会っちゃってるので、今から向かっても手遅れかもしれませんね」

「なっ……あ、あぁ……なんてことですの……」

「まぁ、こちらに向かっているようなので問題は起っていませんよ。

 フィーちゃんは食虫植物と同じで、ゆっくりと溶かしてゆくので」


 まだ、“色香(どく)”が回りきる前に対処すれば大丈夫、とミラリアは続けた。

 しかし、テロールは気が気でなかった。彼女の執事――リュクは、目の前の魔女のそれを受けたせいで、どこか様子がおかしくなっているのだ。


「……それで、テロちゃんのお兄様は一体どうしてこちらに?」

「ああ、この前の一件ですわ。ようやく落ち着きまして、挨拶に窺わせていただきましたの。

 <魔女狩り>と、ここ一帯を脅かしてきた盗賊団の殲滅を成し遂げた――我々王族に対する支持も高まり、動かしやすくなりましたわ」

「ああ、なるほど」

「それで、わたくしから――これをお持ちしましたの」


 テロールはそう言うと、手にしていた包みをテーブルの上に置いた。

 はらり……と包みが解かれたそれを見るや――ミラリアの顔が変わった。


「ま、まぁっ、これはっ!」

「かの名匠・ルバート親子が手掛けた茶器――これを是非、お納めになってもらいたいのですわ。

 今回の偉業とも言える行いは、貴女方がいなければ成し得なかった。にも関わらず……表向きにはわたくしが策謀した事にし、貴女方・“灰の魔女”の姉妹は存在すらしておりませんの……。

 得る物はないのに、ミラリア様は大切な茶器を失われてしまった……これは、せめてものお詫びですわ」

「いつの時代も、我々は裏で生きる存在……そこまで気を使って頂かなくても」

「いえ、こうでもしなければ私の気がすみませんわ――と、言わないと駄目そうですわね……」


 顔は平素を装っているが、綻んだ口元は喜びを隠せていない。ミラリアは口では謙遜しながら、いそいそと鞄の中に納め始めていたのである。

 その中に入っていたティースプーンもまた、名匠の一品なのだから無理もないだろう。


「ですが……盗賊団も呆気なく片付いたようですわ。

 手練れも多いと聞いておりましたが、肩すかしのようでしたの」

「ああ、そこは裏で操っていた魔女に感謝ですね。手練れを全員ここに連れてきて、私に始末させたのですから。

 組織の要を潰せば、後は烏合の衆――彼女はそれをまとめる(かなめ)になろうとしていたようですが」

「それすら利用するとは思いもしませんでしたわ……。

 そうそう! 盗賊は移動檻を用意していたようなのですが、それが何と、貴女方を捕えた時に収監するために用意した物らしいですの!

 回り回って、自分たちがそこに入ることになった――その様子は実に滑稽だったようですわ」

「まぁっ、そんなことが――」


 女同士の話は終わりを知らない。そして、話に花が咲けば茶会となる。

 女二人でも長いと言うのに、そこに戻ってきたもう一人の女……セラフィーナが加われば、それはもう長い長いお喋りタイムとなってしまう。

 論点がずれ、時には内容のない無駄話が延々と続くそこは、男が入り込む余地なぞなく……一緒に戻って来た王子・エリックは、外で呆れた表情で伏せている黒犬・ブラードが唯一の話し相手であった。

 当のブラードは『どうして男と……』と不満げな表情であるが――。


 ・

 ・

 ・


 女たちの長いお喋りが終わったのは、陽がすっかり落ちた頃である。

 誰とはなしに、空腹感を覚えたところでお茶会はお開きとなったようだ。

 暗いホールで男一人と一匹。ようやく終えた事に、安堵の息を吐いていた。


「あら、兄様。ようやくお着きになられましたの?」

「あの魔女が戻った時、共に挨拶したではないか……」

「そうでしたっけ? 話に夢中で忘れておりましたわ」


 エリックは、はぁ……と深いため息を吐いた。

 しかし、テロールがこのように女同士の無駄話に興じる妹の姿は初めてであり、驚きを隠せない。城の中ではどこかつまらなさそうにしているのに、ここでは活き活きと、年相応の女の姿を見せているのである。


「もう暗いから早く――」

「夕食を頂き、ここに泊まることにしましたわっ。

 だから兄様だけお帰りになって、お父様にそうお伝え願えませんこと?」

「な、なんだとッ!?」


 エリックにとってそれは、とても信じられない言葉であった。


「じゃ、ブラード。この王子サマを城まで案内してあげて。

 私たちは夕食の準備してくるから」


 ブラードにとっても、それは信じられない言葉であった。

 城まで行って戻ってくれば、夕食はずいぶんと遅くなってしまう――それでなくても、彼の餌の時間はとうに過ぎてしまっているのだ。

 そして何より、その頃には女たちの入浴が終わっている……そんな大事な時間を、誰が好き好んで男と一緒に歩かねばならないのか、と抗議の目を向けた。


「ブラちゃん、よろしくお願いしますね。

 夕食はフィーちゃんが釣って来たお魚を揚げましょうか」

「オッケー! じゃ、さっと下ごしらえしちゃいましょ」

「あ、わたくしも宜しいかしら? どのように作るのか、興味ありますわ」


 悲しいかな、男と雄には拒否権と言うものがそこに存在しないようだ。

 それだけでなく、ブラードはミラリアにお願いされると拒否する事ができない――エリックの顔を見ると、『ブフッ……』と小さく口を鳴らした。


 重い足取りの男たちに対し、女たちは始終楽し気であった。

 テロールは初めて自分で小魚をフライし、その庶民の味に舌鼓を打つ。その光景はティータイムの延長……もはやパーティーである。

 夕食が終えれば、そのまま入浴となるが――


「んんーっ、やはりここの大きな湯船は快適ですわねーっ」

「最初はあれだけ裸になるの嫌がってたのに……人間の適応力って凄いわね」

「ふふっ、こうした女たちの裸の付き合いっていいですね」


 女同士だからか、一度セラフィーナと共に入ったからか……テロールに、最初ほどの羞恥心はなかった。むしろ、楽しさがそれを上回っている様子である。

 しかし、それもミラリアやセラフィーナの身体を見ると、彼女の顔に落胆の色が浮かび上がる。


「はぁ……二人が羨ましいですわ」

「あら? テロちゃんも問題ないと思いますよ」

「そうよ。ほどよい肉付きしてるし、男にはそっちの方がウケるわよ」

「む、むぅ……そうですの?

 でも確かに、貴族とかそんなのは確かに多いですわね。

 ああ、嫌な事を思い出してしまいましたわ……思い出す度に腹立たしいっ!」

「どしたの?」

「お父様が洗脳されていた時、わたくしが辱められたと知るや、金と権力のために侯爵の家にやろうとしたのですわ!

 考えていた相手は、もう齢五十を越えたような方――いくら操られていたと言えど、許せませんわっ!」


 テロールはバチャッと水面を叩いた。

 国王には洗脳されている間の記憶がない。覚えていても、薄ぼんやりと覚えている程度である。

 にも関わらず、臣下からそれを聞かされ怒ったテロールは、知らぬ存ぜぬの一点張りの国王に、延々と非難し続けたのだ。


 ――王子か王女のどちらに着くか……?


 と、真剣に話し合いがされるほどの剣幕であったらしい。


「五十かー……女を知り尽くしてるなら、それぐらいのが味わいありそうな気もするけど」

「そう言えば、フィーちゃんは二十年くらい前、そう言う人引っかけて遺産相続でモメましたね」

「あ、あれは勝手に向こうが惚れて『全部やる』って言ったからよ……酒飲みの相手してただけなのに」

「二十年って……貴女方は一体いくつですの……?」

「ん? 今年でいくつだっけ……二六四歳かな」

「私は二八七歳ですよ」

「にっ――にひゃくっ!?」


 三十は超えていないと思っていたが、まさかその十倍近い数字を言ってくるとは予想だにせず、大きく仰け反ってしまっていた。

 その様子にミラリアはくすくすと笑いながら、テロールに“理由”を話し始める。


「魔女は人よりも十倍ほど年を取るのが遅いのです」

「そ、人間で言えば私は二十六歳だし、姉さんは二十八歳――ただ問題が、オババ時代が長いのが難儀よねー……」

「も、もしかして魔女が老婆のイメージが多いのって、老化が遅いからですの!?」

「そうよ。若いうちは“自分たちのしたい事”をやってるから、あまり表に出てこないの。

 “若さ”が剥離し始める頃……三百歳半ばから、それにすがり付く研究に没頭し始めるからね。

 色々諦めたのは表に出て騒ぎまくるから、そんなイメージが出来たのよ」

「魔女が大釜で薬を作っている絵が多いのは、主に“若返り薬”を開発しているからなのですよ。

 成功者はいるのかいないのか……はた迷惑な失敗作を、外に広めるばかりですが」

「し、知りませんでしたわ……」


 衝撃の事実に、テロールは驚きの顔を浮かべるばかりであった。

 もし彼女が老いても、この魔女たちは人間の三十歳を超えたばかり――そう思うと、どこかにもの悲しさを感じてしまう。


「わたくしも……そのような薬が欲しいですわね。

 ん? そう言えば、あの魔女は執拗にレゴンに拘っているように見受けられましたわ。

 もしかすると、この国に何かヒントがありましてっ?」

「んー……あー、確かにその可能性もあるわね。

 ここまで大仰な仕掛けをしているし、“王の財産”を狙うにしても、あそこまでのリスクを犯さないわよね」

「仕掛け……とは何ですの?」

「ああ、そう言えば説明してなかったわね。姉さん、“メダル”ある?」

「ええ、ありますよ――」


 ミラリアは“メダル”をテロールに渡すと、セラフィーナはこの城館に設けられた仕掛けについて説明をし始めた。

 死者と引き換えに“メダル”が貰え、それを使って城の仕掛けを起動する……雲をつかむような話に、彼女はどこか怪訝な表情を浮かべている。

 しかし、実際に城館の罠を目の当たりにしているため、頭からは否定していないようだ。


「何かある、と思うでしょ?」

「うーん……そうですわね。と言うか、この“メダル”――」

「ん? “メダル”がどうかしたの?」


 “メダル”をじっと見ていや彼女は、突然信じられない言葉を口にした。


「――これと同じ物を、城で見た事ありますわ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ