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ハニートラップ! ~ 甘い魔女の罠 ~  作者: Biz
3章 レゴンの王女
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8.黒い影

 レゴンの王女が撤退――わずかな供回りと共に、王女が魔女の館から引き返してゆく光景を、じっと物陰から覗いていた者がいた。

 フッ……と微笑むや、その者は旧街道を抜け、廃坑道にある“盗賊の隠れ家”に足を踏み入れてゆく。

 たいまつが掲げられた坑道は明るいが、光の届かぬ脇道などは、まるで何も見えぬ闇が広がる。その闇の中で、薄汚れた“獣”たちが息を潜めていた。


 ――物好きな奴だ


 “獣”たちの好色の眼を背に、衣擦れの音を立てながら歩み続ける。

 次第に道幅が広く、絢爛(けんらん)なものになってゆく。そして、その奥……“玉座”には、この廃坑の王・ランバーが、その者の到着を、今か今かと待ち望んでいた。


「おおっ、〔アイリーン〕! やぁっと戻ったか!」


 その者の姿にランバーは声を弾ませ、思わず腰を浮かせてしまっていた。

 アイリーンと呼ばれた者は、ローブのから細い腕を覗かせながら、焦らすようにゆっくりと、目深に被ったフードをわずかにズラす。

 ランバーにはその仕草がたまらない。もう一時(いっとき)でも、そこから覗く美しい女の顔から、目を離したくなかった。


「ふふっ、そんなに鼻息を荒くしなくても――」

「お前を見て息を荒くしねぇ男はいめぇよ。……で、王女サマは?」

「何も出来ず、すごすごと撤退……。ですが、あの様子ではまたすぐに向かうでしょうね」

「よし、その前に俺たちも向かうぞッ!」

「お待ち下さい。王女は、魔女達をそこまで疲弊させられておりません。

 兵を整え、再び……内部の様子を伺ってから挑むべきでございます」

「む、ならそうするか。もうあんな小娘なんざ興味ねぇが……金になるならな」


 アイリーンに傍によるよう手を差し伸べると、女は男の膝に腰かけその分厚い胸板に身体を預ける――。ランバーはもう彼女にご執着であった。

 その肉付きの良い身体、絹のように滑らかな肌、妖艶に絡みつく舌……どれもが彼の、男が持つ欲望と言う欲望を満足させる。

 同時に、セラフィーナへの興味は薄れ、今では金が取れる高級娼婦としか見えていない。


「だが、できんのか? 情けねぇ話だが、俺達でもどうにもならなかったんだぞ」

「問題ありませんわ。あの者たちは魔女の“天敵”を所持しています。

 それを上手く使わせてやれば良い――使い方はもう教えてありますから」

「……なるほどな。恐ろしい女だな、魔女ってやつぁ」

「そんな恐ろしい女をその気にさせたのはアナタ、ですよ……ふふっ」


 アイリーンはランバーの唇を求め、妖しい笑みを浮かべた。

 身体を重ね合わせ、彼女に欲望をぶちまけるたびに男は虜にされてゆく。頭では分かっていても、ランバーにはこの麻薬のような口づけ、女の蜜壺に抗う事はできないでいた。



 ◆ ◆ ◆



 その頃、逃げ帰ったレゴン城では――。

 テロールは、灯りの落ちた自室のベッドの上で膝を抱えていた。


 “恐怖”はまだ残っているものの、目の前で見た“死”は夢であったかのような、曖昧な物となっている。

 今の彼女にあるのは“劣等感”や“怒り”、“羞恥心”である。


(確かにわたくにも落ち度がありますが、あんな言い方をしなくても……)


 それは、王である父親に討伐失敗を告げに行った時であった――。

 顔を合わせるなり、父はわなわなと怒りで顔を歪めながら、


『お前は一体何を考えているッ!

 レゴンの恥を晒し、よくものこのこと帰って来られたものだなッ!』


 と、人前にも関わらず、娘をひどく罵り始めたのである。

 それまるで、若者のようで、言葉を選べない感情が勝った喋りだった。これまでに見た事もない王の姿に、誰もが目を丸くし、大臣がなだめすかしに必死になるほどである。

 確かにそうなってもおかしくはないが、言ってくれるだろうと思っていた『大丈夫だったか』との一言すら言って貰えなかったことに、彼女は酷くショックを受けていた。

 そんな鬱々とした気持ちの中で、父のある言葉がずっと繰り返された。


『そのような事だからお前はダメなのだ!

 エリックが居て良かった。お前だけでは、この国は任せられん!』


 最も聞きたくなかった言葉である。

 その言葉が深く突き刺さり、テロールをより追い詰めた。

 ただ父親に反抗しているわけではない。年頃になった彼女は、この国の王女としての不安と憂い、焦りが気持ちを荒立たせていたのである。

 それを隠そうとすればするほど、己の虚栄心が膨れ上がってゆく――。


(しかし、わたくしも何という失態を犯したのでしょう……)


 落ち度は自分にある。思えば、魔女が恥じらいも無く胸を見せた時からだ。

 予想にも出来なかった行動に動揺し、後ろに控える男たちの鼻息が、まるで手のつけられない獣のように感じられた。

 それが胸の中で燻り続けた事で、その先にもあるだろう罠が、誰も助けてくれないかもしれない思いが、恐ろしくなったのである。

 いつか取り返す――と強い意志が芽生えるものの、もう兵士は与えて貰えないだろう。

 はぁ……と深いため息を吐くと、着ていたドレスに手をかけスルリと脱いでゆく。


(わたくしも、自信はないわけではありませんが……)


 苦労知らず身体を鏡に映す。ハリのある乳房に手をやり、手からこぼれるほどのそれをぐっと持ち上げてみる。

 大きさなら圧勝である。が――彼女はどこかに敗北感を抱いていた。


(はぁ……ですが、お父様は一体どうなさったのでしょう。

 まるで別人、いやそれを言うならお母様もですわ……若作りも良いですが、もう少し年齢を考えていただかなければ)


 母親の部屋を訪ねたテロールは、そのいでたちに目を剥いた。

 露出度の高いドレスを着、どこか上気した表情の母は、まるで舞踏会で王子にアピールするかのような姿をしていたのだ。

 父親は母親の部屋に籠りっきり、年の離れた弟か妹が出来てもおかしくないような状況である。


 ――どこかおかしい


 テロールはそう感じていた。父母だけでなく、城中の男と女が色めき合っている。

 戻って来てからも無事なのは、リュクぐらいである。その辺りの知識がまだ持ち得ていないせいだろう。

 彼女は彼に何が起ったのか探らせてみたのだが、


「シントンからやって来た女神官。

 そんな人、聞いた事もないですが……」


 この日あった事と言えば、彼女が出発してからすぐ、兄の婚約者・ソフィアの国から女神官が使者としてやって来ただけのようだ。

 魔女の話をしていたため、確かにシントンからのそれと見て間違いはないだろう。

 その女神官は、テロールが持つ小剣の使い方と、何やらブーツを置いて行ったと言う。

 もう少しリュクに探らせておきたいが、女の香に惑わされる日も遠くはない。


「ま、わたくしはあの女さえ倒せれば、それでいいですわ」


 目にもの見せてやる――そう心に決め、ベッドの上に身体を投げ出した。

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