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魔法サークル

作者: コメタニ

「あ、ここだ」

 手にしたチラシと、建物とを見比べる。入り口の上には『中央公民館』と立派な文字で表示してあった。

「へんぴな場所のわりには立派な建物だね」

 ミカが眺めながらいった。空き地や雑木林が景色のほとんどを占め、ぽつりぽつりと住宅が建っているなかに、どーんとそびえて建っているこの建物は、たしかに異質な印象を与えている。おまけに新築であることで、周囲との調和を拒んでいるように、より感じさせる。


 私が同僚のミカとこの公民館にやって来たのは、ここで開催されている生涯学習講座に参加するためだ。その講座は『魔法サークル』という名前だった。新聞のチラシでその講座を知り、その内容に興味を持った私はすぐに電話をしてみた。電話に出たのは穏やかな口調の年配の男性だった。男性は、講座の代表と講師を務めるルキ山田だと名乗った。

「新聞のチラシで見たんですが、参加は可能でしょうか?」

 私が聞くと、ルキ山田先生は快く誘ってくれた。

「もちろん歓迎ですよ。なんでしたら見学ということで一度いらしてみては?」

「ありがとうございます。あ、知人も誘って一緒に行ってもよろしいでしょうか?」

「おふたりでいらっしゃるんですね。わかりました、楽しみにお待ちしております」

 そうして私はミカを誘い、講座が開催されるこの公民館までやって来たのだった。私たちは、ガラスがぴかぴかと光る立派な入り口をくぐると、天井が高い豪華なロビーを抜けて、案内板に従って教室へと向かった。


 教室の中では参加者たちがすでに席に着いていて、私たちの登場を笑顔で迎えてくれた。どの人もかなり高齢の老人だった。

「はじめまして、佐藤です」「鈴木です、よろしくお願いします」

 私たちが挨拶をすると、老人たちはぱちぱちと手を叩き、口々に「よろしく」と挨拶を返してくれた。

 すると、背後から声をかけられた。

「ようこそ、魔法サークルへ」

 振り向くと男性が立っていた。他の人たちはラフな普段着なのに、その男性はピシッと三つ揃いのスーツで決めていた。ひと目見ただけで優雅なたたずまいを感じさせる。

「電話をいただいた方ですね。はじめまして、私が代表のルキ山田です。よろしくお願いします」

「はじめまして、よろしくお願いします」私たちは頭を下げた。

「今日はちょうど発表会の日なんですよ。皆さんの日ごろの練習の成果を見て、楽しんでいってください」

 先生はそういうと、私たちを最前列の席に案内してくれた。そうして、サークルの発表会が始まった。


 発表会はひと言でいうとマジックショーだった。一人ずつ前に出ては手品の演技を披露した。その演目は、ステッキから花を出したり、カードを消したり、ボールを浮かべたりと、よく目にするありふれたものだったが、その出来栄えは素人とは思えないほど素晴らしく、いったいどのようなトリックを使っているのか全く分からないほどだった。演技が終わるたびに私とミカは顔を見合わせ、手を叩いて喜んだ。


 全員の演技が終わると、反省会という名目のお茶会が始まった。お茶をすすり、お菓子をつまみながら和気あいあいとした会話をみんなで楽しんでいる。

「いやー、こんなに可愛いお嬢さん方の前だから、いつもより気合が入っちゃったよ」

「片倉さんったら、私たちじゃその気になれないってこと?」

「わはは、そんなことないよ。長沼さんは今でも十分色っぽいよ」

「やだあ、お上手なんだから。ね、南平さん」

「ほらほら、お嬢さんたち戸惑っちゃってるじゃないの。さあ、遠慮なくお菓子をつまんでちょうだいね」

「は、はい。ありがとうございます、いただきます」

 私たちはお年寄りたちの勢いに圧倒されていた。お嬢さんと呼ばれるような年齢でもなく、呼ばれるたびにむずむずとしたが、それでも悪い気はしなかった。それに彼等たちにしてみたら私たちは孫のようなものだろうし、若い者との交流に喜んでくれているのであれば、それはこちらとしても嬉しいことだった。


 ルキ山田先生が席から立つと、ぱんぱんと手を叩いた。

「さあ、皆さん。そろそろお開きにしましょう。今日はどなたも大変素晴らしい出来栄えでした。新しい仲間も増えたことですし、これからも一層がんばりましょう」

 みんなでぱちぱちと拍手して、後かたずけを始めた。

 帰り支度が済むと、ルキ山田先生は教室の中央に立った。

「それではみなさん、ごきげんよう」

 すると、ルキ先生の身体を円柱形の七色の光が包んだ。きらきらと輝きながら七色の光はゆっくりと回転している。足元に円形の図柄が浮かび、一瞬まばゆいばかりの緋色に輝いたかと思うと、その中に音も無く吸い込まれていくように先生の身体は沈み、そして消え去ってしまった。床には円形の図柄、魔法陣が残っていたが、それもすぐに消えてしまった。

 私とミカは、突然の思いもよらない出来事に唖然とし、信じられないといった表情でルキ先生が消えていった床を言葉も無く見つめていた。

 だが、老人たちはさも当然といったようすで、驚くどころか興味を示すものさえ居なかった。口々に別れの挨拶を交わすと、教室のすみに置いてある傘立てに挿してあったステッキを手に取り、それにまたがって教室の窓からぴょーんと飛び降りていく。

「あぶない!」

 私はとっさに叫んだ。ここは3階、落ちたらただではすまないはずだ。

 すると窓の外をふわふわと、ステッキにまたがった老人たちが浮かんできて、私たちに向かって手を振った。

「またねー」

「ぜひいらしてねー」

「待ってるからなー」

 口々に声をかけてきたかと思うと、びゅーんと大空に向かって飛んで行ってしまった。


 教室には、私とミカのふたりだけが残った。私たちは茫然と立ち尽くしていた。

「まいったなあ」

 私は困惑しながらつぶやいた。上司の命を受け、お年寄りと交流するために講座に参加してみたが、まさかこんなことになるとは夢にも思っていなかった。

「驚いたね、ラファ」ミカがいう。「でも、これからどうする? また来るの?」

「そうだなあ、とりあえず上に相談してみようか」

 私たちは、背中の白く大きな翼を広げると、それを優雅に羽ばたかせて飛び立ち、大空の点となりやがて消えていった。

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