自由を求めて
第三章 自由を求めて
「それでは反省会をしたいと思います~」
それぞれ昼食を持って食堂に集まった僕達は、ブレンダの宣言により反省会を始める事になった。
「今回のクエストで私とバグは、特に問題はなかったわよね?」
「ええ、バグのご主人である私も問題なくない?」
・・・・・・。みんなが少し考え込む。
僕としても、もう少し臨機応変に動くべきではって思いはあったりする。言葉通じないから話し合いに参加できないのだけれどね~
「ブレンダさんや、バグは、おおむね問題ないな。レイシアさんは火属性の魔法が使えるようになったのだから、もう少し戦えそうな気がするのとメインは召喚魔法みたいだから、そっちの使い方がもう少しって気がする」
レイシアがうっ、ってした表情を浮かべつつも反論する。
「ランドルは、もう少し戦士らしく戦った方がいいと思うけど?」
「そうね、今まで授業で何をして来たのかって言いたいわ。それに特に今回酷かったのは、フェザリオね」
「申し訳ありません」
ランドルがいたたって表情をするのに対して、フェザリオも理解できていたのか、落ち込んだように俯いた。
「確か、あなたもレイシアを役立たずだって思っていた中の一人よね? ランドルもそうだったと思うけど」
「わりぃが確かにそうだな。今回クエストに同行して、俺達の方がよっぽど足手まといで、役に立たなかったと反省しているよ」
「僕も、申し訳ないとしか言いようがありません」
あー、まあ見下していた相手より足手まといだったとか、どれだけだって言いたいよね。それとも、レイシアが努力した結果が現れて来たとかかな?
「とりあえず現状を把握してもらいます。私達はまだ新米で、未熟なのは仕方ありません。ですが最低でも、レイシアさんくらいには役に立ってもらわなければ、冒険者としてパーティーを組むのにはデメリットが大き過ぎると思うので男子二人、今後どうするか今決めてもらえるかしら?」
「決めるって言うのは、何を?」
ランドルが代表して受け答えをする。
フェザリオもブレンダの方へと視線を向けたのを確認して、ブレンダははっきりと告げる。
「勉強をし直すなりなんなりして未熟なりにも少しは冒険者らしくするのか、このままパーティーを抜けるのかどっちにするのかです」
「俺としては圧倒的に実戦経験が不足していると痛感したから、このままパーティーにはいさせて欲しい。二人には迷惑になってしまうかもしれないけれどな」
「そこはまあ、これからに期待かしら。がんばってもらっても一向に成長できないなら、そもそもの才能がないのだろうしね」
「そうだな、じゃあ試験期間というか準備期間をもらいたい」
そうランドルが主張する。
「ランドルに関してはわかったわ。しばらく様子を見るので、できる事をしてちょうだい」
「わかった、がんばってみるよ」
そしてフェザリオをみんなが見詰める。
「僕も、一度ゼロからやり直してみるつもりです。時間がかかりそうなのでその間パーティーにいていいのかどうか、自分でも少し迷っていますが・・・・・・」
ここはみんな迷いどころだろうな。直ぐ何とかできそうな問題でもないし、こっちもちょっと様子見になるのだろうな。
「わかりました、それではとりあえず各自一週間自分の技術を見直す時間を設けましょうか。一週間後にもう一度クエストに赴いて、それぞれ改善が見られない場合はパーティーの見直しも含めた話し合いをしましょう」
全員が頷いたのを確認して、ブレンダが締めに入る。それにしても、ブレンダはすっかりパーティーのリーダーになったな~
「じゃあ今日のところはこれで、解散にしましょう~」
「じゃあ、また一週間後に!」
ランドルが残りのご飯を急いで片付けて、早速できる事をしに行くようだった。
それを見たフェザリオも慌ててご飯を片付けて、ランドルの後を追いかける。
それぞれにできる事をするか、僕自身についてはできる事はほぼわかっているかな。でもって僕は冒険者って訳じゃないので、本来はレイシアの指示に従えばいいだけ。結局は、レイシアが成長するしかないのだよね~
そしてそのレイシアはというと、食堂を出た後は錬金術の勉強の為かいろいろな本を読んで、夜遅くまで勉強する日々がしばらく続いた。
あれから二・三日の間、午前中は座学の勉強で午後から読書、僕は暇なのであまり遠くまで行かない程度に、あちこちを漂っている。
ランドルやフェザリオの様子を見に行ったりもしたけど、一応はまじめに勉強に取り組んでいるのはわかった。
実戦で役に立つのかは別としてね。
で、次にレイシアがやりだした事は、どうやら僕の次に役に立ちそうな下僕を強化する作業なのかな?
呼び出した狼とか、鷹とかを錬金術で合成していた。
ぱっと見た感じ、よくわからないモンスターを呼び出していたりしたけどね。多分あれは失敗作なんじゃないかな? 僕で実験されなくてよかったと思う・・・・・・
そして七日目当たりにレイシアが話しかけて来た。何らかの成果でも出たのかな?
「バグ、ちょっと立ち会って」
レイシアに付いて行くと、錬金術などを勉強する実習室には既にブレンダが来ていた。
なんとなく、わくわくした感じに見える。
「来たわね。どんな召喚獣になるのか、ちょっと楽しみよ」
レイシアは今回僕の代わりとなる祖体として、お馴染みの狼を大きな魔方陣の上に座らせた。
そんな犬っころに、あー、こいつこれから何が起こるか、まるでわかっていないなーっと人事のように見守る。
ついで合成素体が配置されている右と左の小さな魔方陣の上に、何かの卵が二つ置かれていた。それぞれの卵は表面の模様、形や大きさが違う為、何か別の種類の卵であるのはわかる。
「右の方の卵は、私が調達して来たのよ!」
大きい方の卵を、自慢げにどうだって感じで紹介するけど。結局何の卵なのかは全然言ってくれない。
その間レイシアは、床にいろいろな魔方陣を書き足していた。どれくらい作業していたのか、そろそろ待ちくたびれたと思い始める頃に、レイシアがボソリと言う。
「準備できた、始めるよ」
そう言うとレイシアは魔法陣に魔力を流し始め、犬っころと卵がある魔法陣が輝き始める。
おーっと思いながら見ている時、ふとそれまで気が付かなかったものに気が付いた。
僕の足元に魔法陣が浮かび上がった?
当然その魔方陣から逃げる為に飛び出そうとしたのだけれど、透明な壁が邪魔をしている!!
光に包まれて行く僕が最後に見たのは、わくわくしているブレンダと楽しみにしているレイシアだった・・・・・・
意識が覚醒した僕は辺りを見渡した。
直ぐにここが教室の中で、ブレンダとレイシアがこちらを見ているのに気が付く。
その表情はまさにやっちゃった。毎度毎度あんたら反省しないのか学習しないのかとか考えてしまうのも、多分僕自身気が付いている現実逃避なのだろう。
今度は自分が何のモンスターになったのか、はっきりいって怖過ぎて確認したくない。
そう思いひたすらに、二人が何かしらの反応をするのを待ち続けた。
「はぁ~。戻っちゃったね・・・・・・スライムに・・・・・・」
え?
ブレンダの呟きに、改めて自分の体へと意識を向けることにした。
そこには前と違った紫色ではあるが、ゼリー状になった体があった。
「のーーーー」
思わず叫んだよ・・・・・・
もういい加減にしてくれって感じでね。そして気付いたよ、今までと違って声が出せることに。
え? 何これ、ただのスライムじゃないってこと?
「バ、バグが喋った?」
「喋っちゃ悪いか!」
喋れるとわかったとたん、今までの恨みを込めてブレンダに食い付いた。
声自体はなんていうのか、男でも女でもなく中性的と言うか、合成音声のような感じ。
なんか喋るスライムって、ちょっと不気味だなって思いながらも、言いたい事が一杯あった。
「人の事をぽんぽん合成しやがって、いい加減にしろよ。前回消滅させかけたから、もうやらないと思っていたらまたやりやがって、お前らいい加減学習しろって言うのだ。失敗して変なものにでもなったらどう責任取るつもりなのだよ!」
こちらをぽかんと見詰めたまま、何も反応しない彼女達にふつふつと怒りが湧き上がる。
「いい加減お前らの遊びに付き合っていられない! 僕はこれから自由にさせてもらうからな!」
そう言うと彼女達の返事も聞かず、窓から外へと飛び出していた。
この体になってまだ時間が立っていなくて、何ができるのかわからないままだけど、とにかく最低限できる事は把握できている。
まずは今回のスライムは魔力を持っていて、それなりに魔法を扱えるということ。
窓から出る時に伸ばした触手が人の手に近い形に変化できたことから、上手く集中などできるのならば姿形を変える事ができる可能性があること。
たぶん声が出せたのは人間だった時の名残、無意識に声を出すという行動に反応して、体の中に声帯を作り上げたからだと推測できる。まあおいおいとできる事を調べて行こう。とりあえずはどこに行くかが問題だな・・・・・・
窓から飛び出すと外は二階分の高さだったけれど、足を伸ばして問題なく地面へと着地し、そのまま校舎近くの森の中へと入って行く。まずは他の人に見付からないように行動しないとね。
後ろに意識を向けると出て来た教室で、ブレンダとレイシアの慌てた声が聞こえていたが、とりあえずは無視でいいな。
森の中へと進んで行くと、途中でゴブリンなんかに襲われたりするが、はっきりいって敵ではなかった・・・・・・
三匹が突然襲って来たのだけれど、触手を三本伸ばして顔を覆いながら宙へと浮かしてやると、あっけないほど簡単に倒す事ができた。
ゲームによってはスライムは最弱な種族なのだけれど、この世界のスライムって案外強いよね~。そんな事を考えながら森を進む。
ちなみに久々のチューチューによって、ゴブリンを溶かすのはやめた。さすがにゴブリンをご飯にするのは嫌だよな。
お腹が減ったなら、他に木でも葉っぱでも周りにはいくらでも食べる物がある訳だしね。
学校からどれくらい離れたのだろうか、とても小さな洞穴みたいなものを見付けた。中には獣の足跡みたいなものが複数残ってはいたけれど、今見たところでは中に何もいないようだ。
当面はここを活動拠点にしてもいいかな、特に疲れるとかお腹が減ったりしていないけれど腰を落ち着かせる。さてさて、自分にできる事を確認しなくっちゃね~
とりあえずは食事、イフリートの時は周囲の空気から魔力、熱などを吸収していたので特に食べる必要はなかったみたいだけれど、再び戻って来たスライムは当然何かを食べないと駄目そうだ。
ただ食べる物は生き物でも無機物でも、何でもよさそうだな。
その気になれば鉄でも土でも食べていけそうなので、特にご飯を気にする必要性はない。
後そのついででわかった事だが、どうやら体内の何でも溶かせる酸を噴出して、相手にかける事ができそうだった。これは前のスライムの時にはできなかった攻撃方法だ。
次に魔法、属性は特に制限がなく全て使えそうだ。そしてさらにいえば多少は威力などが落ちそうだけど、無詠唱で使う事ができる。
最大MP量もおそらくはブレンダより高そうだ。この事から僕は、上位の魔法使いの素質があると考えられる。
次ぎにどうやら僕の体はある程度自由に変形、固定化ができるようだ。ただし擬態としては体表面の色を変える事ができないらしく、形のみの変化がせいぜいらしい。
でも形は自由にできるし、昔のような核と呼ばれるものもどうやら無さそうだ。ほんとにゼリーそのものって感じだな。
後わかる事はどうやら僕はまだ、レイシアと繋がっているのが魔力の流れでわかる。
この繋がりがある限り、僕は命令をされたらレイシアに絶対服従なのだろう。
前回で少しは抵抗できた事から考えて、進化したこの体ならこの支配を抜ける事もできるかもしれない。試してみる価値は十分にある。
自分に繋がっている魔力の流れに意識を集中して、どうにか支配に抗ってみる。
初めは取っ掛かりすら見付けられなかったけど、徐々に絡み合った糸が解けるように、繋がりが薄れていくような感覚を掴めた。これは多分レイシアの方でも、抵抗しているのかもしれない。
油断すると、再び支配しようとしているのを感じる。
僕は自身の自由の為に、一気に魔力を込めて支配からの脱出を試みた。
数分の攻防を経て、僕を縛り付けていた支配から解放されたのを感じ取れた。
ふう、これでほんとの自由を手に入れたのだけど・・・・・・これからどうしたらいいのだろう? 自由が手に入ったと思ったのはよかったのだけれど、急に不安にもなった。
異世界にただ呼ばれたとかなら、元の世界に帰るっていうのがほとんどの場合の目標になるのだけれど。
僕の場合はおそらく元の世界では死んでいて魂がこちらの異世界に転生し、しかもスライムになったってパターンだと思う。せめて人間だったのならギルドに行って、冒険者って感じで世界を旅するのがいいと思うけれど、スライムで旅は危険というか非常識だろうなあ。
そして僕にとっては、お金を稼ぐ意味がそもそもない。
ご飯の為にお金を稼ぐ必要はないのだからまあ当たり前なのだけれど、せいぜいが宿代の為ってところかな。一応人型になって魔法で体に色を付けたら人間ってごまかせるとは思うけれど、そこまでして冒険者になる必要性がそもそもないのだよね。
支配されていた時には自由を求めていたけれど、いざ解放されるとやる事がないっていうのは困ったものだな~。まあこれから時間もたっぷりあるし、のんびりと考えていくかな。
じっくりと考える時間とかなかったからわからなかったけど、この世界に来てからめまぐるしく連れ回されて来たおかげで、前世の事を考える暇もなかったのだなと改めて感じる。
よく考えると生まれ変わったらスライムでしたなんて、今にして思えば冷静な状況だったら、発狂していてもおかしくはないって気がして来る。
まあそれでもまだゲーム世代なだけましなのかね~。スライムとかゴブリンなどのモンスターなんて今時の小説やアニメじゃあ、ありふれた存在だったしな。
ボーっとしながらそんな取り止めのない事を考え洞窟に引き篭もっていると、たまに野生の動物やゴブリンなんかがここにやって来たりもする。
そんな時は、天井から飛び降りての奇襲で即座に撃破し、動物ならそのままご飯へ・・・・・・モンスターなら倒した後で森の中へと捨てたりしていた。
そんな生活をしてどれくらいの日数が過ぎたか、多分四日か五日位かな?
僕には昼夜は関係ない為、あまり時間を意識しなかったのでよくわからないが、洞窟にまた獣が迷い込んで来た。今回の侵入者は犬っころ~
僕はいつも通り、張り付いていた天井から即座に飛びかかろうとして、寸前で目が合った。
ばれた!
そう思うと同時に、なんとなく懐かしいような不思議な気持ちを味わった。
「ひょっとしてお前、レイシアの下僕か?」
ワフ!
予感みたいなものもあってつい駄目元で聞いてみたら、返事しやがった!
まだ僕の事を諦めもしないで、探していたのかよ・・・・・・
そう思いながらもなんとなくやりたい事も目標も何もない僕は、特に逃げ出そうって思えなくなっていた。
おそらく支配されていたので奴隷みたいな扱い、自分の意思を無視された扱いに反発したかっただけで、新たな人生もそんなに悪くは思っていなかったのかもしれないなって考えてしまった。
それに人との関わりを持たないと、僕はほんとにただのスライムと変わらない生き方しかなかったのだなとも思う。
そして逃げ回る逃亡生活にも、神経使うだけで面白くもなんともないしな。
ここ数日、何日経ったのかもわからないこの停滞した状況を理解して、あんなご主人だったのだけれど、一定の充実感があったのだと、生きている実感があったのだと、やっと理解できた。