もう僕は英雄スライムでいいんじゃない
強化実習から数日、僕らはいつものように学校生活を送る。
実習以来、ブレンダは昼食の時に僕がご飯を食べていても特に文句など言って来なくなったのと、レイシアに対して以前程、高飛車ではなくなったのがちょっと変わった事だった。
そんな平穏っぽい昼食の後、レイシアはケイト先生から部屋に呼び出された。当然レイシアが呼ばれたら僕も一緒について行くことになる。
「強化実習において、ブレンダさんの報告で疑問を持った先生方が複数人いたことを受けて、あなたに再実習の課題が出ました。ついては何人かの教師の方と一緒に、ダンジョンへ潜ってもらうことになります」
生徒が信じられないから再試験? しかも特に不正なくクリアしたのに、強制的なやり直し?
なんかむかむかしてケイト先生に手を伸ばす。
慌ててレイシアがその手を掴んで止めるのを、このこのってお互いに押し合っていた。その様子を見ていた先生が、声をかけて来る。
「どうやら、そのスライム君は、再実習が納得いかない様子ですね」
「はい、不満のようです」
レイシア達に、僕の不満が伝わったので手を引っ込める。それを見たケイト先生も、困った顔をする。
うーん、どうしたら納得してもらえるのだろう?
いくら納得させる為とはいえ、不正もしていないのにカンニング扱いのように再試験っていうのはさすがに納得がいかないけれど、先生方を納得させるくらいなら何かしらしてもいいとも思う。
考えがまとまらず、何かいいアイデアが思い浮かばないかなって感じで部屋の中を見回していると、廃材のような木の破片を部屋の隅に見付ける。さすがにこの世界の文字は読めないし書けないけれど、絵でなら意思疎通できるのではっという考えが浮かんだ。
まあ駄目元で試してみるかなと考え、木片に手を伸ばした。拾った木片を意味が通じるかわからないけど、レイシアに向けて何度も木片を叩いてみせる。
「先生、これって壊れても問題ありませんか?」
あー、絵を描くのは理解されないけど、削ったり壊したりしてもいいかくらいは、通じたみたいだな。
「えっと一応そんなのでも大事なものなので、できれば他の物がいいかな。少し待っていてください」
そう言うと、先生は部屋を出てどこかに行ってしまった。
何分くらい経過したのか十分程かな、それくらいして先生が戻って来ると、手に持っていたのはどこかの看板みたいな平らな木片だった。
何かの字が書かれた面をひっくり返して、裏のまっさらな部分を上にして床に置いた僕は、そこにあまり上手くはないけれど斧を持ったミノタウロスやリザードマンを描く、そして簡略化した学校の訓練場を描いてモンスターから訓練場へと矢印を描き込んだ。
チラッと二人の様子を見てみるけど、いまいちって感じっぽい。
僕はその下に再びモンスターを描き込んで、今度は学校ではなく自分を描き込んで、自分とモンスターの真ん中に向かって、それぞれが進むとぶつかるように矢印を描き込む。そしてモンスターの上に罰印を書き込んで、二人の様子をまた窺って見る。
「あの先生、バグはみんなの前で、モンスターと戦うって言っているのだと思います」
よし通じた!
長々とダンジョンに潜るより、さくっと戦って信じてもらった方が楽ちんだからな~
先生の様子を窺うと、しばし思案顔をした後こう言った。
「私の一存で決められませんので、もう一度他の先生方と協議をして、どうするか決定してみます。少し遅くなりましたが、今から通常の授業に戻ってください。また改めて呼び出します」
「わかりました、失礼します」
そう言って、僕達は授業へと戻った。
そして翌日のお昼時、僕達とブレンダがご飯を食べているところへ、ケイト先生がやって来た。
「食事中ですがそのまま聞いてください。三日後の午後一、第一闘技場でモンスターと戦ってもらう事になりました。万一の危険がないよう、一応の警備は付けますが、基本手出しはしない方針です。これでいいですね?」
頷けないので、手を伸ばして縦に振った。
「多分わかったと言っていると思います」
おー、だいぶ意思疎通ができるようになって来たな。異世界でも通じるハンドサイン! まあ、そこまで大げさな合図でもないけれど、なせばなるってことだな~。ちょっと異世界にも慣れて来たって思った瞬間だった。
「では、準備などあるようなら、三日後までに整えるようにしてください」
あー、特に準備はないな、基本体一つだ。
そのまま僕達は、三日後まで通常の日常生活を送った。
三日後の昼食、僕らは檻に入れられて闘技場方面へと運ばれて行くモンスターを見ながら、ご飯を食べていた。
僕とレイシアに特に思うところはなく、緊張も何もしていない。まあ戦うのは僕だけだし、レイシアにいたってはほんとに緊張する事なんか無いのだろう。のんびりとご飯を食べている。
いつもなら午後の実技の授業を受ける為に訓練場へと向かうが、今日の授業は自習になっていて、見学したい人は闘技場に見に来る事ができるようになっていた。っといっても、生徒の半分も闘技場には来ていないけどな!
スライムとモンスターの決闘、まあ誰もあまり興味が沸かないだろう。
ほんとの物好きというか暇つぶし? 興味本位といった冷やかしのような生徒達が数人、観客席からこちらを見ている。
真面目に観戦しているのはブレンダと、優等生と思える二・三人の生徒と、先生方だけだった。
まあ、こっちもあんたらに興味ないからどうでもいいけれどね。
「それではレイシアさん、準備はいいですか?」
レイシアの担当教師であるケイト先生が、取り仕切るようである。
僕が手を出して縦に振ると、それを受けてレイシアが先生に返事をする。
「いつでもいいです、先生」
「それでは開始します!」
そう言うと先生は檻から離れ、それにともない扉を開放した。
レイシアはダンジョンの時同様、僕をモンスターへと投げ付ける。
見学していた生徒達から、え? 何しちゃっているのって感じのざわめきが聞こえて来る。
向かう先で待ち構えるモンスター、最初の相手はゴーレム。こいつは魔法生物であって呼吸していないので、窒息する事はないけれど僕の取る戦法そのものは何も変わらない。
振るわれるゴーレムの拳に取り付き、頭に向かって移動を開始する。
到達した頭部、その周辺にちりばめられている魔法発動体、それに向かってチューチューと食事を開始。体内で作られている強酸は、石だろうが肉だろうが鉄だろうがそんなものは一切考慮せず、溶かすことができるものだった。
その結果、魔法構造の一部を損傷し体の動きを阻害されたり、また魔法機能を破壊されてまともに動く事もできない、ただの石くれへと変わり果てる。
戦闘開始から数分の出来事だった。
先生はもちろん、冷やかし半分だった生徒ですら言葉を失い、呆然と事の成り行きを見ている。
僕を回収し終えたレイシアが再び待機位置へと戻と、レイシアが先生の名前を呼んだ。
「ケイト先生」
その声を聞いて、やっと仕事を思い出したかのように次のモンスターを準備し始めた。
「次ぎ始めます」
言葉少なめに、ただ開始が告げられる。
レイシアは、先ほどと同じで僕をモンスターへと投げ付ける。
なんかわざとやっていないかってくらいに、モンスターのリザードマンにとっては絶妙な攻撃位置に投げ込まれた。迫り来る剣の攻撃を避けつつ攻撃をする為に、手を伸ばしてリザードマンの顔へと張り付く。
ダンジョンの時と同様、剣を捨てて慌てて顔を覆う僕を引き剥がそうと暴れるリザードマンだが、これまた数分暴れた後に力なく地面に崩れ伏す。さらに数分、僕は確実な死を与える為に張り付いた後、レイシアに回収されて定位置へと戻って行った。
まるで決められた作業のように、淡々とモンスターを倒す感じだな。
特に何も工夫する事もなく、同じように数匹のモンスターを倒していく。
そして最後に毎度お馴染みとなったミノタウロス、僕が斧を持ったミノタウロスを描いたからか、こいつも斧を装備して舐めくさった顔でこっちを見ていた。多分ミノタウロスには、僕達は雑魚に思えたのだろうね。
僕達はミノタウロスすら、作業のように淡々と倒して、闘技場を後にするのだった。
「レイシアさん、バグを進化させてみませんか?」
闘技場での戦いの後、僕達は規格外という判定を受けた。その後普通に日常生活を送っていたが、ある日ケイト先生に呼び出されてそんな事を言われる。
えっ何、進化って今の僕ってブルースライム辺りだから、レッドスライムとかイエロースライムとか、そういうのになれってことかな? せめてメタルスライムとかがいいのではないかな? そんな事を考えながら話を聞く。
「レイシアさんは、召喚魔術以外に魔法ではないけれど、錬金術の才能もありましたよね。錬金術の合成で、スライムより上位のモンスターへと進化させる事ができれば、さらに戦力の増強が望めるかもしれませんよ」
うん? 合成って何か他のモンスターと混ぜられるって事?
いやいやそんな粘土じゃあるまいし、混ぜたからって強くなりませんって。
慌てて手を横に思いっきり振りまくった。
最近ではやっと横に振ったら嫌がっているのだって、わかってもらえたのでこれで僕の意思は伝わったはずだ。いや伝わってくれ、他のモンスターと混ぜ合わされるなんて嫌だよ。
「あの先生、バグが凄く嫌がっているのですが」
そうだ嫌だぞ!
「ですが、例えばドラゴンにでも進化したなら、スライムなど及びもつかない程の力が手に入る事になります。そこまで行かないとしても、スライムは最弱のモンスターである事から考えて、何かしら上位のモンスターに進化させる方が得策だとは思いますよ」
思わず僕とレイシアは、ドラゴンになった姿を思い浮かべてしまった。
ハッとして例えドラゴン程の強さを持ったとしても、魂を混ぜられた僕は果たして僕で居続けることができるのだろうか? って可能性を考える。
おそらくだか、そこに僕という存在はもはやいないだろう。
多分、よくいるただのドラゴンとなるだけであろう・・・・・・
最悪魂を破壊されたドラゴン、抜け殻のドラゴンになる事も考えられる。
試すにはあまりにも危険過ぎる。
もう一度拒絶の意思を示しておいたけど・・・・・・レイシアは見ていね~
うあー、ドラゴンに乗っている夢を妄想している感じだ・・・・・・
やばい、なんかとてつもなくやばい気がして来た。危険を感じて即座に逃げる事を選択したよ!
「バグ、戻っておいで!」
肩から飛び降りた僕に素早く気付いたレイシアが、そう命令して来た・・・・・・
あー、命令を無視して叩く事はできるのに、逃げるのは強制的にできない。何だよこの強制力、何が基準になっているのだよ・・・・・・
泣く泣くレイシアの元へと戻ったが、憎しみを込めてレイシアを叩き続けた・・・・・・
僕の反抗的攻撃は、その後ひと時も休まる事もなく日が暮れても食事をしていても、日をまたいでもずっと続いた。
「わかった、わかったから、バグを進化させないから、もうやめて、お願い・・・・・・」
一週間後、僕はご主人に勝利した! モンスター舐めんな! こっちは睡眠とらずにずっと動き続けてやるぞ!
レイシアはあまりのしつこさにとうとう根負けした。
それから数日、一応警戒していた僕だが特に問題なく過ごせていた為、まさか二週間も後になってから襲撃を受けるとは、予想もしていなかったよ・・・・・・