優等生ブレンダ
レイシアの生活も元に戻り、まあちょっと蔑まれたりもしているけれど、平穏なものへと戻って強化実習という名のダンジョン探索課題が出される時期が来たらしい。
「バグ、またダンジョンの探索が始まるわ。今度はブレンダも一緒に来ると思うけど、よろしくね」
ブレンダって誰だよ、まあ誰かは知らんがとりあえず、手を振っておいた。ダンジョン探索はモンスターもいる関係で、いろいろな職業の生徒が混在するパーティーでの活動が基本になるのだけれど、レイシアは落ちこぼれって判断されており彼女をパーティーに入れてくれるところは、無かったりする。
パーティーの中に足手まといがいる場合、パーティー全員の成績がマイナスの評価になってしまう。せめて普通に基本くらいはできていないと、さすがにパーティーを組んではもらえないって事らしかった。まあ当然だろうな。
そんな状態なので、レイシアは毎回ソロでのダンジョン探索が基本で、今回は特別にブレンダという生徒がくっ付いて来るという話らしい。
話を聞いてから二日後くらいに、強化実習のダンジョン探索の日がやって来た。
「レイシアさん、今日はバグの腕前、しかと見せてもらうわね」
「ええ、多分大丈夫」
ダンジョン前にやって来たブレンダって、金髪少女だった。でもこのブレンダも含めた二人パーティー、魔法使いだけってお前ら連携一切無視なのだなって思わず思っちゃったよ。パーティーバランスとか、どう考えているのだよー
まあレイシアには選択の余地も無いのだろうけどさ。ブレンダよ、せめて戦士系とかでも仲間に誘えよな~
「えー、それでは皆さん、今回もダンジョンの最深部には石版を配置してあります。もちろんトラップや、モンスターなんかもいます。今の自分達では勝てないモンスターなんかもいるかと思いますが、パーティーで協力して倒すなり、臨機応変に避けるか逃げるなりして、目的地から石版を持ち出してください」
ダンジョン前の広間にやって来た長老風な格好の先生が、そう生徒達に話しかける。洋画とかで見る賢者、老魔法使いみたいでちょっとかっこいいな。そんな事を考えていると、生徒達が次々とダンジョンの中へと入って行った。
「では、レイシアさん、私達も行きましょうか」
「ええ」
生徒達の一番最後、レイシアとブレンダがダンジョンへと入って行く。一応二人だけだけど、隊列としてはレイシアが先頭その後ろにブレンダ、僕はレイシアの肩に乗ったままである。
最初の別れ道に来たので十字路の左側に印を付けて、そっちに手を向ける。レイシアはその手の示す方向へと歩みを進めた。
何気なしに後ろのブレンダを意識してみると、あんた下僕に使われているの? って感じの表情をしていた。前回の時のダンジョンで、僕が指示を出してダンジョンを抜けたのと、森でも同じように誘導した事もあって、レイシアは僕の指示に不満もなく素直に従ってくれる。
ほんとにレイシアの方が下僕のようである。
しばらく進み、手を上げて止まるように指示を出した。
「え、何で止まるのよ。モンスターでもいた?」
ブレンダが不意に足を止めたレイシアに、不満そうに言って来る。それには反応を示さなくて、足元に転がっている石を長々と伸ばした手で拾って、前方の足元へと放り投げる。
ガコン
前方に現れたのは、底が見えない大きな穴であった。よくあるダンジョンの定番、落とし穴である。底が見えない事からこの穴に落ちると、下の階層へと落ちてしまうのだと思われる。最悪の場合は足の骨などを折ってしまい、そのまま人生が終わる事もあるかもしれない油断ならない罠、怪我が無くても再び地上に出る為には、現在地不明のまま歩き回る事になる為、非常に厄介な代物なのだ。
レイシアになるべく壁際を通り抜けるように、手で指示を出す。
まあこれくらいの指示ならは誤解も曲解も無く、理解できるようで思い描いた通り罠を避けて進んでくれる。ブレンダも同じように後に続くのを待ってから、再び前に進む。
しばらく進むと前方に部屋が見えて来て、その中央リザードマンが待ち受けているのが見えた。
僕は前進って指示を出す。そして部屋に入る寸前で、レイシアは僕をリザードマンに向けて投げ付けた。飛ばされた僕はちょうどリザードマンの目の前の絶好な位置で、リザードマンは余裕を持って装備していたショートソードで斬り付けて来た。
「ちょっ、貴方いくらなんでもそんな!」
驚くブレンダの視線の先、向こうからこちらの間合いに来てくれたので手を伸ばしリザードマンの顔へとへばり付き、剣の軌道から外れるとともに相手の呼吸及び、チューチューと顔を溶かしてダメージを与えていく。
リザードマンは持っていた剣を捨てて、顔にへばり付く僕を引き剥がそうともがくが、核を頭の後ろに回していた為、どれだけ顔の前で手をばたつかせても、掴む事ができずにやがて呼吸困難により崩れ落ち、そのまま動かなくなる。リザードマンが確実に動かなくなるまでそのままへばりついて、もういいかと思う頃レイシアの肩の上へと戻って行った。
「確かリザードマンってそれなりに強いはずなのに、あっさりと倒したわね。さすがにこれは予想外だったわ」
ブレンダはそんな感想を言いながら、僕の方をじっと見て来た。
その後もどっちに進むかの指示、罠の発見及び解除や排除、遭遇した敵の排除などをしながらどんどん奥へ奥へと進んで行く。
途中で他のパーティーの生徒達と何度か遭遇したが、特に揉める事もなく通り過ぎて行く。特に挨拶も何も無い淡々とした探索だな。
そんな感じで進み続けてある部屋にやって来ると、以前にも見かけたミノタウロスが前方の少し大きな部屋にいるのが見えて来た。僕はもちろん前進と指示を出す。その指示でほんとに一瞬だけ迷った様子だったが、レイシアはそのまま前へと進んでいった。
後ろのブレンダがちょっと驚き、ミノタウロスに気付かれるのを嫌がってか、大きな音を立てる訳にもいかずに、その場で嫌々って首を横に振ったりしていた。
もちろんそんなのは無視である。そして部屋へと入り込むと、ミノタウロスもこちらに気が付き、ニヤって感じで笑いながら斧を振り回しながら走って来た。
「ちょっといくらなんでも正面からなんて、無謀過ぎるわよ!」
堪え切れずに叫ぶブレンダの言葉なんか聞いていないとばかりに、レイシアは僕の事を弓なりに投げ付ける。
目の前へと飛んで来るスライムに気が付いたミノタウロスは、何だこんなものとでも言いたげに、斧を使って殴り飛ばしつつも、レイシア目指して突撃して来る。
それに対して手足を伸ばして斧へと着地、腕を伝って以前のように顔へと移動を開始していた。
さすがに腕を這い上がる何かに気が付いたミノタウロスは、怪訝な表情を浮かべながら足を止めて僕の方へと振り返る。
こっちへと振り向いた敵に対して、チャンスとばかりに飛び掛り、今まで通りへばり付きながら呼吸を止めるように顔を包み込んだ。
ミノタウロスは、リザードマンより体力があるようで、四・五分くらい暴れ苦しんだ後、ゆっくりと倒れてそしてやはり今までの敵同様に死亡した。
「このスライム、ほんとにミノタウロスを一匹で倒せちゃうのね・・・・・・。さすがに目の前で見た後でも、信じられないわ・・・・・・」
「私も、ミノタウロスを倒すところは今回初めて見たわ。前は時間稼ぎの為に呼び出してその後必死に逃げたから、後で敵を排除した感覚が伝わって来て、驚いて引き返してみたら倒れたミノタウロスの上にバグが乗っていて、この子が倒したのだってやっと理解できたの」
「へー。それにしてもこのスライム、戦闘能力だけじゃなくて、異様に頭がよくない? 確か調査団とかいう人達の話しだと、どこにでもいるスライムで、知能も大して高く無かったって言っていたわよ? それに、魔法も使えないって結論になっていたわよね」
「そういえば、授業の時以来、魔法を使ったところは見ていないね」
「次にモンスターが出て来た時にでも、魔法を使うように指示を出してみたら? あんたが召喚主なのだから、もし魔法が使えるのなら、何かしらの魔法を使うんじゃない?」
「そうね、試してみてもいいかもしれないわね」
僕を無視してそんな事を言っていた。
たぶん魔法を使っている暇があったらいつも通りやった方が、手っ取り早いと思うぞ。舐めている相手は油断してくれるものだしな。そして魔法は、威力が無ければ倒すまでに時間がかかるものである。まあそんな会話している間も、しっかりと戦利品を拾っている辺りは、ちゃっかり冒険者しているけれどな!
そしてミノタウロスの後ろにある通路を進んで行くと、部屋の中にリザードマンが見えて来た。あれを魔法で倒すのか・・・・・・
厄介そうだから、いつも通りやりたいのにな。まあ強制力があるから逆らえないけれど・・・・・・
「バグ、魔法を使ってリザードマンに攻撃!」
あー、はいはい。リザードマンに向けて魔法を発動させるのだな・・・・・・両生類、爬虫類って確か寒いところは苦手だったと思うから、氷系の魔法がいいよな。液体窒素をイメージとした冷却魔法を思い描いて、リザードマンへと魔法を発動させてみるか。もちろんMPなんか僕には無いので、レイシアからチューチューするけどね!
リザードマンを中心とした範囲に、霧のようなものが発生して、徐々にリザードマンの表面が霜に覆われていく。魔法が発動した初めの頃は、範囲外へと逃げ出そうと力強く足を踏み出していたけれど、その足も二歩程で止まりそのまま震えるように床に倒れ、そしてそのまま眠るように動かなくなった。
まあリザードマンはそんな変化で、魔法の効果はレイシアにも現れていた。MPを吸い取ったので、当然魔法発動に必要なMPをレイシアは失ったのだ。
よろめいたレイシアを、ブレンダが慌てたように支える。
「ちょっと突然どうしたのよ。あんた何もしないで、立って見ていただけじゃない」
「あれ、なんか魔法使い過ぎた時みたいに、頭がふらついたの」
ブレンダはそれを聞いて、少し思案した後に発言して来た。
「あー、そういう事か・・・・・・この子、元々魔力なんか持っていないのよ。召喚であなたと繋がる事で、足りない精神力をご主人様からもらって、魔法を使っていたとかじゃないかしら」
「だから調査団の人達は、気が付かなかった?」
「そうね、魔力の魔の字も持っていないスライムなら、どう調べても魔法が使える訳が無いものね」
「それにしても、リザードマンを倒したこの魔法、これって何かな?」
「おそらく、学校では教えていない魔法なのは確かね。魔術師ギルドとかで教わる軍事用の魔法かしら?」
「そうだとしても、何でスライムがそんな魔法を知っているのかしら?」
「魔力が無くてそもそも魔法を使えないっていうのに、知識だけは持っているっていうのも変な話よね」
二人が不思議そうに見て来る。どれだけ考えても、多分答えは出ないだろうね~
そして当然なのだが、カチコチになったリザードマンからは戦利品を取る事ができなかった。
しばらく杖で殴ったり、ブレンダが火の魔法で暖めたりしていたけど、時間がもったいないと言って二人はそのまま諦めて、先へと進む事にしたようだ。杖で叩くって、原始的なって思ったよ・・・・・・
その後、いくつかの別れ道でモンスターに遭遇するも、特に問題もなく最奥と思われる部屋へと辿り着いた僕達は、早速石版を拾い上げる。
石版の数は、事前登録でパーティーに一個配置されているので、今現在ここに辿り着いたパーティーの数が、それによって判明する。
「ひょっとして、一番乗り?」
「ええ、おそらくミノタウロスの部屋を通過できれば、最短コースで進む事ができますわ。前回私達のパーティーも、マッピングしながら進んでいたけれど、ミノタウロスがいる部屋を避けると、かなり遠回りのコースになるのがわかりましたから」
「前回ミノタウロスの部屋を通ったけれど、時間外だったわよ?」
「あなたの場合は、意味もなく通っただけでしょう。どうせ適当に通って迷い込んだだけよ」
意味のない口喧嘩が始まりそうだったので、手を上げて出口を指示する。
「はいはい、さっさと帰りましょうね」
ブレンダが、なんか納得いかなそうな感じで出口へと向かった。
レイシアもそれに続き、最短コースで外へと向かうよう指示を出していく。一度通っている為、敵も罠もわかっているので帰りの時間は凄く早かった。
強化実習の終了条件は前回と同じ学校に帰り報告する事らしいので、ダンジョンを抜けただけではまだ終わりではない。
僕は前回の森で迷った事を思い出し、ダンジョンを出た後も指示を出し続けた。
そういえばブレンダって、レイシア以上に何もしていなくない? そう考えると、なんだか無性に楽をしているのが腹立つな。
僕は移動中、ブレンダにペチペチとそんなに強くない攻撃をして憂さを晴らす。
「ちょっと急になんなのよこの子」
「ブレンダ、何か気にさわる事でもしたんじゃないの?」
「ちょっとやめなさいってば、何もしてなかったじゃない、貴方からもやめるように言いなさいよ!」
「あー、今回のダンジョン。何もしていなかったから怒っているんじゃないの?」
「そんなの貴方も一緒じゃない」
「私はご主人様だからいいのよ!」
二人がそんな事を言ったのを受け、そういえばがんばったのって僕だけじゃないかと思う。だから帰りの道中二人に対して、ペチペチと攻撃を繰り返した。
「はぁ、ブレンダが余計な事言うから、私まで攻撃されたわ・・・・・・。私ご主人様なのに」
「役立たずだったから、叩かれても仕方ないわよ。私の場合は、貴方達の行動調査だって初めに言っておいたのに攻撃されたんだから、こっちの方が散々よ。ちゃんとしたパーティーなら、私だってそれなりに戦いでも何でも活躍したっていうのに」
なんかむかつく、僕はまた二人への攻撃を再開させた。僕だけが働かされるって、納得いかないよね?
「ちょっとブレンダ、いちいちバグの事怒らせないでよ。こっちまで巻き添え食らうじゃない」
「巻き込まれているのはこっちの方よ。何で貴方はご主人様のはずなのに、やめさせられないのよ!」
「そんなの知らないわよ、やめろって何回も言っているのに、こっちの命令全然聞かないのよ」
「あんたのスライム、絶対何か変だわ! 呪われているとかじゃないの?」
「よっぽどのレアスライムなだけよ」
そんな感じで騒ぎながら前に訪れた学校の部屋までやって来る。
おそらく、僕のペチペチ攻撃を止められなかったのは、ご主人に対して敵対目的の攻撃ではなく、主をいさめたり警告したりなどに相当する、忠告的なものと判断されたのではないかなって思うよ。
「レイシアと」
「ブレンダです」
「どうぞ、入りなさい」
二人が声をかけると、中からケイト先生の声が聞こえて来た。ちょっと意外そうな声である。
「「失礼します」」
部屋の中へ入って行くと、奥の机に座ったままのケイト先生が、机の前に来るようにと合図する。二人は机の前に移動して、軽くお辞儀をしてから石版を机の上に置いた。それを見たケイト先生が二人に声をかける。
「お疲れ様でした、さすがブレンダさんね、一番での帰還でした」
先生はブレンダが今回、大活躍したと思い込んでいるようである。そして当のブレンダも、まんざらじゃない表情・・・・・・
お前は何もしてないじゃん!
なんとなくムカッとして、同罪のレイシアの頭を一度叩いて、そのついでの様にブレンダの頭を何度も叩いた。
「ちょっとブレンダ、バグの機嫌を損ねるような行動するのをやめてよ、またこっちまで巻き添え来たじゃないのよ」
「ちょっ、わかった。わかったから、ちゃんと説明するから叩くのをやめてよ」
先生がそんな二人と一匹を見て、何これって感じの表情を浮かべていた。
「えーっとケイト先生、今回私はレイシアさんに付いて行っただけで、何も手出しはしなかったんです。ですので、今回の成績はレイシアさんというか、主にこのスライムのバグが活躍した結果なんです」
「はっ? ブレンダさん、何を言っているんですか?」
先生が、意味がわからないって感じの表情を浮かべた。
僕が思わずブレンダに向かって手を上げると、ブレンダが慌ててわかっているから、ちゃんと説明するからって感じでこっちの手を押さえて来た。その様子を見て、一応叩くのをやめる。
「以前のダンジョン探索で、レイシアさんはミノタウロスを倒していたようで、私は今回レイシアさんというよりは、主にバグがほんとうにモンスターを倒す事ができるのか、他の冒険者の倒したアイテムを取って来ただけじゃないのかってのを確認する為に、レイシアさんとパーティーを組んで一緒に行動させてもらったんです。
その結果、今回のダンジョン探索はこのバグが探索順路を指示して、罠の解除と敵の排除を行って、最深部まで行きました。帰りもそのまま最短コースをバグが指示して、ここまで帰って来ました。
よって今回の探索で、私は何一つ手出しをしていません」
「ちょっと待ってくださいブレンダさん、それではあなたはスライムが今回、ダンジョン探索をクリアして来たと言うのですか?」
「ケイト先生、私は事実をありのまま脚色も何もなく報告いたしましたわ。もし私が信じられないと言うのでしたら、ケイト先生も私同様レイシアさんと共に、ダンジョンに潜ってはいかがかと思いますが?」
「ブレンダさんが嘘を言っているとは思いませんが、さすがにあまりにも信憑性がなさ過ぎて、直ぐに判断する事ができません。この事は他の先生方とも話し合って、何かしらの結論を出そうと思います。
とりあえず二人とも、お疲れ様でした。部屋に戻って、ゆっくりと疲れを取ってください」
「「わかりました」」
二人は宿舎へと歩きながら、疲れたように溜息を付いていた。
「やっぱり信じてはもらえなかったわね」
「まあ私も報告していて、嘘っぽいって思っていましたもの」
まあ、僕はただのスライムだしな! 顔がないのにドヤ顔しておいた。
その後、二人はそれぞれの部屋へと向かいベッドに潜り込んで、熟睡するのだった。まあ今回も一杯がんばって、主に精神が疲れたので一緒になって眠りに着いたよ。