冒険者育成学校
朝日が昇り出し見渡す限りの平原を眺めながら、ちょっとした空腹を感じていると、少女がもぞもぞと動き出す気配を感じた。
「うーん、おはようー」
まだ少し眠そうな声ながら、一応目は覚めた様子だな。
「送還、ウルフ!」
どことなく、寂しそうな表情で消えていく狼を見ながら、あれそういえばなんで自分は帰さないのだ? と思ったりもする。そんな事を考えている横で、少女は携帯食であろう干し肉を齧っていた。夜中起きていた僕は少し空腹を感じていたので、少女の干し肉へと足? 手を伸ばした。
「うん? あなたも欲しいの? 仕方ないわね、一つだけだよ?」
そう言いながら少女は、携帯食の入っていた袋の中から干し肉を取り出して、僕の手に乗せる。それを体の中に取り込み、チューチュー吸う様にして溶かして食べる。
そんな僕を横目で見ながら、野営跡を片付けて出発の準備をしてから、僕の方へと左手を伸ばして来た。
あー、はいはい。その腕を足場にして彼女の肩に登って落ち着く。彼女はどうやら、僕を送還する気はないようだな。
そのまま、少女がどこに向かっているのだろうと考えながら、周りの景色を眺めていると、進行方向に小さく壁に囲まれた町らしきものが見えて来るようになる。
その町の近くには川も流れていて、のどかといえばのどかな風景であった。
町も大分大きく見えて来る頃になると、ただ踏みしめられた道ではなく石を敷き詰めて造られたちゃんとした道なんかに変わり、その道の両隣には畑に麦かな? 収穫間近って感じの一面を覆っている黄金色の作物が見られるようになった。
「ようやく町に帰って来られた~。もうしばらくは、ダンジョンなんか行きたくもないよ!」
そう呟く少女の肩で僕も行きたくなんてないよ、命がいくつあっても足りやしない。そう文句を言いたくても、声を出す事もできないので、抗議のしようもなかった・・・・・・
町の入り口が近付いて来ると、門の前に兵士らしい人達が見えて来る。数人の人が出たり入ったりしているけれど、そこまで厳しい取調べみたいなものもなく、簡単に挨拶みたいな言葉を交わして人の流れを見ている感じだった。商人みたいな、多分他所から来た人と思われる人は、それでも荷物のチェックみたいな事をされているのがわかる。
「よう、レイシアちゃん、今回はずいぶんと早いお帰りじゃないか~」
門にいる兵士がこちらに気が付き、そう声をかけて来た。まあ、正確には隣の少女にだけど。
「おはよ、ランドさん、そんな事ばかり言っていると、いつか私が有名になった時、後悔しますよ」
「はっはっはっ、早く有名になってくれ~」
そんな心配は無用とでも言うように、心底気軽にそう返事をする。レイシアと呼ばれた少女は、それ以上兵士と目も合わせないで、そのまま町へと入って行った。
そういえば僕って今、スライムだけど兵士に何も言われなかったな・・・・・・。まあスライムなんか何の脅威にもならないか。自分で言っていて空しくなりそうなのであまり深く考えないようにしよう。
しばらく町の大通りを真っ直ぐ進みやがて見えて来たのは、周りにある商店らしき家の十倍はありそうな大きさの壁に囲まれた建物で、その建物の門の前へと彼女は向かって行く。ひょっとして彼女は凄い名家のお嬢様か、貴族の出身とかなのかな?
微妙にビクビクしながらレイシアの素性を想像していると、門の前にいる人に身分証みたいな物を見せて、建物の中に彼女は入って行った。
そして建物を見た瞬間理解できた。あー、これ学校ってやつだとわかった。まあ、彼女が高貴な身分の人間なら、門番とかがあんなに気楽に話しかけないよな、なんとなく想像が外れて脱力状態の僕を乗せたまま、レイシアは校舎と思しき建物の中に入って行った。
そして一つの部屋の前に立つと、微かに息を整えて部屋の中へと声をかける。
「レイシアです、ただいま帰還しました」
「お入りなさい」
部屋の中から、女性の声が聞こえて来る。
「失礼します」
そう言うと共に、少女は部屋の中に入って行く。
部屋の中は正面奥に一人用の仕事机があり、その手前扉との間にテーブルとソファーがあり、おそらく生徒とかお客さんと面談できるようになっていた。広さとしては日本の学校の教室を半分にしたくらいだろうか? 本棚とか置かれているのだが、それを含めないのでちょっと広めだろうな。
そして部屋にいた女性が片方のソファーを指示する。それに対してレイシアは軽く頭を下げるとおとなしくソファーに座る。その対面に女性が座ると、先生と思われるその女性がそのままレイシアに声をかけて来る。肩にスライムが乗ったままなのだが、それには一切気にもかけていないようだった・・・・・・
「今回は、いつもよりは少しだけ早く帰って来ましたね。指定された物の回収は、できましたか?」
「はい、ケイト先生」
そう言って背負っていたバックパックを漁って、石版みたいな物を取り出し、先生の前にそれを置く。
「確認しました。ですが指定時間を大幅に過ぎているので、レイシア、あなたの評価は今までとかわりません。いいですね?」
「はい、先生」
「では疲れていると思いますので、部屋に帰って休みなさい」
「はい、失礼します」
なんとなく気落ちした表情で、レイシアはその部屋を出て行った。
一連の流れを見るに、この子はこの学校の落ちこぼれの召喚術士といったところか。これからどうなるかはわからないけれど、なんとなく苦労しそうな感じだなって思う。
せめてもの救いといえば、まあむさい男に召喚されなかった事くらいかな? まあスライムなので、いつ使い捨てられるかわかったものではないけどな!
廊下を進むと、途中で同年代と思える男女とすれ違う事があったけれど、大抵の者が最低ランクとか実力不足とか向いていないなどと声をかけて来て、レイシアはここではそれなりに有名であり、実力が劣っている事は周りに知れ渡っているという事がわかった。
彼らの声に一切反応しないで、レイシアはそのまま校舎を抜けて、宿舎と思われる建物の中へと入って行く。そして一つの部屋の中に入ると、二段ベッドが二つある部屋の右上のベッドの中に、着替えもしないで潜り込んでしまった。
まあいろいろ言われたし、冒険から帰って来たばかりで疲れていたのだろう。少女から直ぐに寝息が聞こえて来た。まあそれはいいとして、何の命令も受けていないので暇になってしまったな・・・・・・
これからどうしようかな、一つの手としてこのまま彼女の側を離れて、自由に生きるって事も考えることはできる。その場合は最弱のモンスターとして、あちこちで危険な目に会うかもしれない。
他にはしばらくは彼女と一緒にいて、この世界の情報を集める。こっちは彼女の命令次第で命の危険はあるけれど、少なくとも人間に襲われる事は無くなるかもしれないのと、この世界の情報次第では今後の身の振り方を、考える時間ができそうだ。
まあ迷った時は、下手に動かない事が一番だよな~
しばらくは様子見ってことでいいか。そんな事を考えながら、彼女と同じように疲れてはいないのだが意識を眠らせていった。
身近で何かが動く気配を感じ取り、意識が覚醒する。もぞもぞと動いて、レイシアが起きた事がわかった。そのまま枕元にいる僕の事を、これは何だ? みたいな目で見詰めて来た。
いやいや、君が召喚したスライムですよ。言葉が喋れないので手を伸ばして、ゆらゆらと左右に振る。その様子をじっと見詰めていたレイシアは・・・・・・
「バグにしよう。お前の名前は、今日からバグね」
バグって、嫌々と手をさっきより激しく左右に振った。バグってコンピューターで言ったらプログラムの、欠陥の事じゃないか、お前名前のセンスないぞ。
「おーおー、気に入ってくれたみたいでよかったわ」
いやいやいや、違うって。嫌がっているのだってば・・・・・・
駄目だ、全然気が付いてもいないや。あー、声が出せないって不便だな!
多少落ち込んでいる僕を無視したレイシアは着替えをし、僕はその様子を腹いせのように当然眺めていた。着替えを終えたレイシアは僕を肩に乗せると部屋を出て、食堂と思われる場所へと移動した。
そういえばまたお腹が空いて来たな。レイシアはバイキング方式と思われる料理の数々を、お盆に乗せていく。僕も自分の食べたい料理に向かって手を伸ばしたら、レイシアがそれを皿に取っていってくれた。
一応ご主人として、ちゃんとご飯は食べさせてくれそうで少し安心できる。
料理を乗せて空いている席に向かうと、僕は肩から机の上に降りる。そうすると、要求した料理の入った皿を目の前に置いてくれた。レイシアがご飯を食べる前に、いただきます的な事をして食事をするのを確認して、お皿の上にそのまま被さる様に移動し、そのまま皿の中身を体で包み込むと、チューチューと食事を開始した。味は見た目と違って薄いというか、微妙に素材の苦みエグさが感じ取れる。これはスライムになったせいでそう感じるのかな?
「レイシアさん、何でそんなスライムなんかにご飯なんてあげているの? もったいないからさっさと送還しなさいよ」
食事を始めてしばらく後、そんな言葉をレイシアの対面に座って来た同年代の少女が言って来た。金髪でちょっとつんつんした、生意気そうな少女だった。こういう女ってよくいるよな、ちょっと家柄がいいとか成績が優秀とか、そんな感じのやつ。そいういうやつが自分より劣っているやつを見付けると、ねちっこく嫌味を言って来たり、嫌がらせなんかして来るのだ。もはやテンプレートいっていいだろう。この後の展開が読めるな。
「別にいいじゃない、私の勝手でしょう」
「スライムみたいな、ただ飯ぐらいの役立たずなんかに、ご飯なんていらないわ。せめて残飯にしなさいよ。ここの食事だって、それなりのお金がかかっているって事、忘れてもらってはかなわないわ」
「この子は特別なのよ、役立たずじゃないわ」
「ふーん・・・・・・どこにでもいる、ただのスライムにしか見えないけれどね。そこまで言うのなら、どう特別なのか、証明して欲しいものね」
「なんでそんな事、あなたに証明しなければいけないの?」
「それは、ここの学園に多額の寄付をしているのが、私の実家だからよ。当然そのお金は、この食事代にもなっているわね。私の家のお金を、そんな無意味なスライムの食事代になんか、使って欲しくないのよ。おわかりかしら?」
「・・・・・・わかったわ、じゃあこの子がダンジョンで倒したモンスターのドロップアイテムを見せたら、納得してくれるかしら?」
「ふん、スライムなんかで倒せるモンスターなんか、どうせたいしたものじゃないですわ」
「それは見てから判断して」
「そう、じゃあお手並み拝見って事ね。食事が終わったら、あなたの部屋にお邪魔させてもらうわよ」
「ええ、いいわ」
二人がそんな会話をしている間に皿の中の料理を、全て消化し尽くしていた。こうして皿の中にいると、まるで皿に盛られたスープのようだろうな・・・・・・。二人の食事が終わっていない暇つぶしに、なんとなしに自分の体を皿に対して平行に、つまりぷにぷにの塊ではなく、スープに擬態するように平らになった。
レイシアがなんとなくこっちを窺っているのが見える。ついでに、対面に座っていた彼女も僕を見ていた。その彼女の皿のふちに料理の飾り付けの葉っぱを見付ける。あれを乗せたらますますスープっぽく見えそうだなって考え、手を伸ばして葉っぱを拝借する。一瞬彼女が警戒した様子を見せたが、葉っぱを持っていくのを見届け、何をするのだろうって感じでまた様子を見だした。取って来た葉っぱを自分の上に乗せて、そのままスープの振りをする。
それ以上変化が起こらない様子を見て、二人はそのまま食事へと戻っていった。たまに思い出したかのように、ちらちらと様子を見ているようだけれどね。
「あれ、今日ってこんなスープってあったか?」
テーブルの側を通りがかった男子生徒が、僕の方を窺いながらそんな事を言う。
「え、いやこれスープじゃなくて・・・・・・」
「青いスープなんて、見た事ないけど、どんな味なんだ?」
そう言って、彼女達の話も聞かずに、僕にスプーンを突き刺して来る。
「ちょっと!」
「ちょっとくらい、いいだろ~」
その男子生徒は、そう言いつつそのままスープを飲もうとスプーンを押し込んで来た。他所見しているし、ちょっとからかいがてら脅かしてやろう。スプーンを持ったその腕を伝ってよじ登り、そのまま男子生徒の首へと巻き付きつつ軽く首を絞める。
「うっ、うわー」
男子生徒が軽くパニック状態になった。
あー、ちょっと脅かし過ぎた・・・・・・。ごめんよって葉っぱを口の中に放り込んで机の上に戻る。首元の圧迫が無くなった男が、距離を取って警戒しながら机の上を凝視する。
「ス、スライム?」
「ごめん、この子どうもいたずらが好きみたい」
「え、スライムがいたずら?」
レイシアがそう言った後、ごめんよーの変わりにレイシアの皿にも乗っていた葉っぱを手で掴み、男子生徒に向かってそれを左右に振る。そんな僕を、ぽかんって感じで男子生徒が眺めて来た。対面に座っている少女も、ちょっと引きつつそんな僕を見ているのに気付いたので、葉っぱいるって感じで彼女の方へとそれを伸ばした。
「い、いらないから」
おー、ちゃんと意思疎通できた。葉っぱを引っ込めながら僕は、そんな感じで暇を潰していた。まあ、多分意思疎通なんかできていないのだろうけれどね。
食事を終えたレイシアと金髪少女は、連れ立って部屋へと向かった。暇だしいじめっ子的な少女に、たまにからかい半分で手を伸ばそうとすると、その都度少女はレイシアから数歩、距離を取る。レイシアの部屋に着く頃には、完全に二人分くらいの距離を空けて付いて来ていた。
部屋の中に入りレイシアがバックパックを取り出し、中からミノタウロスやリザードマンといったモンスター達から取って来た戦利品を、共有だと思われるテーブルに並べる。それを見た金髪少女が、驚きの表情で固まってしまった。
「嘘でしょう? レイシアさんの実力じゃあ、ミノタウロスなんて到底倒せるはずないじゃない。いくらレイシアさんと一緒に戦ったとしても、スライムじゃあ何の足しにもならないわよ・・・・・・リザードマンにしてもゴーレムにしてもレイシアさんには悪いけど、強さのランクが桁違いでしょう。ミノタウロスなんて、卒業生でも油断したらやられるはずよ」
「勘違いしているみたいだけれど、これを倒したのはこのバグ一匹だけでなんだよ。私はこの子に倒すように指示を出した後は、後ろに下がって見ていただけだったわ」
「冗談じゃないわよ。スライム一匹でミノタウロスなんて倒せる訳がないわ。誰か他のベテラン冒険者がいたとかじゃないでしょうね? 残念だけれど、とてもあなたの言っている事を信用する気になれないわ。せめてその片鱗でも実際に見てみないことにはね」
「まあそうでしょうね、私も実際に見ていなければ、信じられなかったから。でも当分はダンジョンになんか、行きたくないわ」
「あっそ、じゃあ機会があれば、一緒に行動させてもらうわよ」
「ええ、その時は声をかけさせてもらうわ」
そんな会話をした後、金髪少女は部屋から出て行った。
彼女と別れた後、僕を連れたレイシアは宿舎から校舎の方へと移動して、午後から普通に授業へと参加するようだった。僕は相変わらず彼女の肩の上を定位置にして、一緒に行動している。
教室は、後ろの席程高い位置になる階段状の構造で、どこか大学を思わせる造りになっていた。生徒の人数はあまり多くはないようで、教室の三分の一くらい。生徒の大半が前の黒板の方へと集まっていて、レイシアはその生徒達の一番後ろ、真ん中あたりの席に座った。授業内容は、さっぱり読めない文字を黒板に書き込んでいて、正確にはわからないけれど基礎的な魔法概念などを学んでいるようだ。
異世界の魔法には少しばかり興味を引かれて、字は読めないけれど先生の話を集中して聞き取ることにする。
簡単にまとめると、火を起こすイメージを頭の中になるべく細かくイメージする。ここで長々とした呪文を唱えると、その呪文に応じてイメージがより鮮明にできるそうで、初心者になる程呪文を大事にするようである。
慣れてくると呪文を省略しても問題なく現象を引き出せるそうで、素早く魔法を使えるようになっていくようだ。
ちなみにレイシアは、長々とした呪文を使っているのだが、途中で呪文をつっかえたり間違えたりして、まともに発動させることもできていないらしい。
さて、呪文自体が何とかなったとする。後はイメージに魔力を注ぎ込みそれを任意の位置で発動、操作して相手に投げ付ける。又は相手のいる座標そのもので魔法を発動させるなど、魔力を絡めての発動になるようだ。
イメージは何とかなるのだが、そもそも魔法の無い世界の住人なので、魔力の概念が理解できない。どうしても、イメージに魔力を乗せることが理解できないのだ。何か取っ掛かりが欲しいものだな。その後も座学として基礎的な呪文の暗記、系統別の魔法の種類、簡単な魔法の歴史などを説明される。
歴史などの説明を適当に聞き流しながら、魔力とは何んぞやっといろいろ考えている間に、座学が終わったようでそれぞれ生徒達が教室を移動して行く。レイシア達女子が向かった先はどうやら更衣室らしく、動きやすい服装へとみんなが着替え始めた。一緒に行動できたのは役得だと思う。
まあ詳しくは割愛して、訓練場みたいな場所へと、みんなが移動して行く。
生徒の中には剣や槍、弓矢といった武器を持って移動する生徒なんかもいるところから、この学校は冒険者育成学校ともいうべき所なんじゃないかと予想した。
レイシアは、杖を持っており、他の杖を持った生徒達とまとまって訓練場の一角へと向かって行く。そこでもレイシアは集団の一番後ろにいて、みんなとは少し距離を取っていた。
向かった先では既に先生と思しき女性、ダンジョンから帰って来た時に報告をしていたケイト先生が既に待っていた。
「では皆さん、それぞれに間隔を空け、安全を確認してから、基礎の火属性魔法からおさらいを始めてください。ただ順番にこなすのではなく、しっかりとイメージをする事、しっかり魔力を練りこむ事、発動してからも明確なイメージを崩さないで、最後までしっかり自分のイメージ通りに終了させる事。雑念を捨てて集中して取り込んでください」
先生の指示でそれぞれが軽く離れた場所で、手に炎を灯したり水の塊を呼び出したりといった、練習風景が繰り広げられていく。ちなみにレイシアは呪文をかみかみで、ほぼ全ての魔法に失敗していた・・・・・・
「召喚、バット! その場で待機」
唯一発動に成功すると思われる召喚魔法のみ、なぜか省略魔法だったりする・・・・・・
この時ばかりは、周りの生徒も不愉快だとでも言いたげに、長々とした呪文を唱えていたりした。
あー、基礎もできないような生徒が何か一つだけ、飛び抜けた才能でも発揮したらそれは嫌われたりもするものだよな~ なんとなく今のレイシアの状況がわかってしまった。
まあそれは今どうでもいいか、僕にとって大事な事は今レイシアが使った召喚魔法のおかげで、魔力の流れみたいなものが、なんとなくといった感覚的な感じで理解できた事だった。
そしてそれと同時に体の中にある魔法力、多分ゲームだとMPと呼ばれるものが、圧倒的に足りない事実にも気が付かされる結果になった。あー、僕には魔法的才能がないのね・・・・・・
まあ、スライムになった時点で、ほぼ何もかもが絶望的だったけれど・・・・・・
才能が無いと分かってもせっかくの異世界で、魔法に対する憧れみたいなものは、なかなかに捨てがたい・・・・・・
そんな感じでプルプルと震えていると、ふと自分の体に繋がる細い糸的な繋がりみたいなものが目に付いた。これって、召喚の主従契約とか、そういったやつかな? 繋がっているなら、この糸みたいなものから、MPを吸い取れないものか、ご飯食べる時のように、チューチューと吸うイメージで・・・・・・
そんな事を考えているとごく少量ながらも、糸が太くなり魔力が流れ込んで来る事に気が付いた。おー、やってみるものだな!
急いで火をおこすイメージを思い浮かべる、まあ初めだから簡単に、理科の実験でよく見かけるアルコールランプ的な小さな火を、現代科学的イメージで思い浮かべて炎を作り出してみることにした。
(ファイア)
口が無いので、心の中で叫んでおいたよ。
「なっ、ちょっと・・・・・・バグが何で魔法使っているのよ」
レイシアの上げた声に、周りの生徒と先生の視線が集まるのがわかる。僕は伸ばした手の先に、小さな炎を出していた。
「おいおい、何の冗談だよ。スライムが魔法使うなんて、聞いた事がないぞ」
「もしかして新種のスライム?」
「召喚主より先に、下僕が魔法使ってやがる」
「皆さん、少し下がっていて下さい」
ざわざわと、周りの生徒達が騒いでいた。その生徒達を下がらせた先生は、レイシアの前まで来ると少し硬い表情でレイシアへと質問をする。
「単刀直入に聞きます。あなたはこのスライムについて、正確に状態を把握できていますか?」
「すいません、私にはただのスライムとしか、把握できていません」
それを聞いたケイト先生は、しばらく思案顔になる。
あー、ひょっとすると、何かやばい事になるかもしれないな。最悪どこかの研究施設とかで、解剖されたりとか?
「レイシアさん、しばらくこのスライムを借りる事はできますか?」
僕は炎を消した手を、思いっきりぶんぶんと左右に振って、嫌がって見せた。まあ、レイシアには嬉しがっているとか言われたけれど・・・・・・
「ケイト先生、この子、バグはちゃんと私の支配下にあるので、暴走などの危険は無いかと思いますが」
「魔法を使ったスライムの報告事例はありません。新種のスライムが誕生した可能性もあります。これは今後国を上げての調査をしなければいけない可能性がある問題なのです」
「でも、この子は私が召喚した使い魔です」
「もしこの現象が、スライムだけでなく、他のモンスターにも出た場合、最悪全てのモンスターが魔法を使って来るという事態にも発展しかねません。今回の現象を特定する事は、人類全体の利益にも繋がります」
これはいよいよ持って、やばかったりするのかな? 自分はスライムでしかないのだから、先生を含めて周り中の人から魔法攻撃なんかされた日には、確実にやられてしまうかもしれない。何かしらの対抗手段、脱出計画が必要になって来るかもしれないな。
「わかりました、どうしてもと言うのであれば私の立会いの元で、この子に危険が無いなら協力します」
「ではしばらくの間は、窮屈な思いをさせるかもしれませんが、特別室にて待機を命じます」
「わかりました、先生」
その後直ぐに僕とレイシアは、魔法が使えない部屋に軟禁される事となった。軟禁されている間レイシアは教材を持ち込み魔法の勉強を、僕は最悪の事態を想定してこの状況を何とかできないかいろいろと考える事にする。
そしてレイシアが寝ている間、こっそりと部屋を出たりわりと自由に行動していたりした。だって体がゼリー状なので、狭い隙間なんかも通り抜けたりするのだ。
人間、空気穴とか無いと窒息してしまう。扉には勝手に開けられないように、鍵穴って穴まで開いているのである。まあ、核が通れないと駄目だけれどね。でも、さすがに鉄格子とか無意味だな~
人間には高い位置にある明り取りの為の鉄格子も、簡単に登れてすり抜ける事ができてしまう。そんな訳で、部屋の外に出て、特別室に仕掛けられた、魔法封じの儀式呪文が書かれた床を発見。チューチューして床を削り取り呪文封じを壊して部屋へと戻って来たりした。
これでいざって時は、魔法が使えるので、少しは有利に活動できるかもしれない・・・・・・
そんなこんなといろいろやっているうちにそのまんまのネイミング、新種スライム調査団っていうのがやって来た。
「それでは早速、その魔法を使うスライムとやらを、拝見します」
そう言って、そのスライムを馬鹿にしまくった顔の男が僕を持ち上げる。
まあどれだけ見ても、ただのスライムだろうけれどね。やがて調査団の人達は、ひとまず僕が傷付かない範囲でいろいろと調べていった。まあ当然ながら、何も成果は出なかった。
やがて、知能テストと呼べるようなものが始まるが、すまん、現代人としての知能はあると思うのだが、この世界の文字は読めないのでわからん・・・・・・
何も反応できない僕を、知能が低いと判断していたよ。
結論、これはただのスライムであり、魔法は何かの見間違えであろうって事に、調査団の結論は落ち着いたらしい。
え? 何これそんで終わり? まあ、解剖されなくてよかったけれどね。
解放された僕達は、あいつら何しに来たのだ? って感じでその調査団の後姿を見送った・・・・・・