黒歴史が増えた!
「バグ! ごめんなさい、帰って来てくれないかな」
狼とは意思の疎通ができない為、洞窟でボーとしながら外を眺めていると、入り口からレイシアがやって来たのがわかった。
隣で何する訳でもなくずっとお座りしていた狼が尻尾を振っていて、僕も前まではこんな感じでご主人大好き状態だったのかな、なんて思ったりする。
「僕はもう、お前の支配は受けていない」
ある意味で、拒絶の答えをレイシアに返す。迎えにやって来たレイシアに、素直に尻尾を振る訳には行かない。曲がりなりにも僕には自我があり、自由意志がある一つの人格を持った生き物である。
まあ例え人じゃないから人権が無いとしても、僕には弄ばれていい権利なんてないはずだ。
「バグ、こんなところにいたのね」
次にやって来たのは、ブレンダだった。
その後ろにはランドルとフェザリオがいるところを見ると、あの後パーティーは解散しないでもう一度やり直す事にしたみたいだな。
「パーティー、解散しなかったのだな」
「ちょうどバグがいなくなったのもあったしね。いろいろ話し合って、もう少しがんばってみようって話になったのよ。あの後、連携の訓練なんかもしてそしたらレイシアが突然見付けたって森に走って行っちゃったから、慌ててみんなで追いかけて来たのよ」
「そうか、もう一度言うが僕はもうレイシアの支配は受けていない。今は誰の命令も聞く事のない、一匹のスライムモンスターだ」
「ええ、わかっているわ」
ブレンダはそう言うと、洞窟の入り口へ移動して行った。
「ねえバグ、もう一度だけ、私と来てくれないかな・・・・・・。私にチャンスをくれないかな」
一人残ったレイシアが、語りかけて来る。
「下僕ではなくなった僕が、レイシアに付いて行くメリットなんかあるのか? 今の僕は人前に出れば、ただのモンスターとして討伐の対象になるだけだ」
まあ実際には、スライムなんてたいした脅威には見られないから、片手間に攻撃を受けるくらいでギルドが重い腰を上げてまで、殺そうとはして来ないだろうけれどね。
「役に立てなかった私が、バグと出会ってからモンスターを倒す事もできた。クエストを受けて依頼をこなす事もできた。一緒にいて凄く楽しかった。だからもう一度、チャンスをください」
「今言ったのは、全部レイシアのメリットでしかない。そこに僕の利益は何一つないんじゃないのか?」
・・・・・・。
レイシアは長い間沈黙していた。
まあ結局は下僕に戻って下さいって催促なのだから、僕にそれを受け入れる必要は結局のところないのだよね。せっかく手に入れた自由を手放す馬鹿は、よっぽどの馬鹿かマゾだろう。
「・・・・・・一緒に来てくれるなら、戦わなくてもいい。ただ側にいて友達として一緒にいて欲しい、お願いします」
長い沈黙の後、レイシアはそう言って頭を下げた。
友達か、支配されるのでなければそういう関係も悪くはないのかもしれない。
どうせ僕には他にやりたい事も、一人で居続けたい理由もないのだから。それに、前世でも彼女と呼べる存在はいなかったし、こんなに近くに女性がいた事もない。
やる事が見付かるまでの間なら、暇潰しとして付き合ってあげてもいいのかもしれないな。
「下僕には、戻らないからな」
「! 構わない、帰って来てくれる?」
そう言って、恐る恐る震える手を伸ばして来たのを見て、ここら辺りで妥協してみるのもいいか思った。こうして家出のような黒歴史は幕を閉じた・・・・・・。
久しぶりに帰って来たと思える宿舎でゆっくりと休み、翌日にクエストを受ける為にギルドへと僕達は向かった。
今回の僕達は、以前集まったパーティーそのままの四人で、僕は一切手出しをしない事になっている。
なので当然依頼内容も、討伐ランクを抑え目で受けるという話を事前に聞いていた。
「これ辺りがいいかしら?」
見せてもらった討伐一覧を確認して、ブレンダが選び出したクエストは、ほとんど初期クエストともいえるオーク退治だった。受付のお姉さんは前回担当してくれたギルドの人で、前に比べてかなり低いクエストに、不思議そうな微妙な表情をしている。
「それでいいよ」
「僕もいいです」
「それにしよう」
レイシア、フェザリオ、ランドルがそれぞれに問題はないと言う。
ちなみに相手が雑魚だけあって、討伐目標数はちょっと多目で二十匹となっていた。まあ僕にとっては楽勝と思えるだけで、新米冒険者にしてはハードかもしれないけれどね。
森の中で発見した最初のオークの群れは、大体七匹くらいの集まりであった。レイシアの狼により相手を先に発見し、こちらの隠れている場所へと誘導。ブレンダによる先制攻撃とランドルによるオークの引き付け。ランドルをかわしてブレンダの方へと移動しようとしたオーク達を、狼に混じってフェザリオが押し留めて、その間にブレンダにより数を減らしていく。
レイシアは再び魔法が使えなくなったようで、もっぱら召喚によってみんなの支援をしている感じかな。
数が減ったら逃げないように狼で退路を塞ぎつつ、全員で殲滅してオークを倒して行く事に成功したようだった。
「おー、ちゃんと連携できている。最初の時が嘘の様にちゃんとパーティーしているぞ」
戦闘が終わって直ぐ、僕は思わずそう声を上げてしまった。
「まだまだ実力が足りないのは、わかっているけれど、そう言ってもらえると嬉しいな!」
「僕は相変わらずあまり役に立ててないから、まだ今でも申し訳ないって思っているよ」
ランドルとフェザリオが、そう言って照れているようだった。
ブレンダはがんばったのよって感じで、こっちにドヤ顔をして来た。
「最初の事を思えば、フェザリオはまだ戦えているだけましだろうな。初めは敵を前に動きさえしなかったから、こいつ何の為にいるのだって思ったものだよ」
「申し訳ない!」
その発言に、心底申し訳なさそうに頭を下げている。
「まだどうなのかわからないけど、誰かが怪我をした時がお前の今後を決めるだろうな」
「ええそうね、はっきり言ってしまえば現在の実力では自衛もまともにできないだろうから、ランドルを抜けて来た敵への足止めというか、妨害の手伝いしか役割がなかったものね。フェザリオの出番は、パーティーメンバーか周囲で怪我人が出た時が、本当の仕事でしょうね」
「回復専門だな。欲を言えば回復職でも可能な攻撃方法があれば、そのまま専門でもかまわない感じだな」
「ええ、上の魔法になれば光属性の攻撃方法も出て来るから、がんばって技術を学んで欲しいところだわ」
「そうしたら専門である治療自体も、頼りにできるからな」
ランドルが討伐部位を集めている間、僕とブレンダがパーティーを分析していた。ちなみにランドルは盾職としてきっちり仕事ができるようになっていたな。
合間に攻撃する程、上達はしていなかったけれどね。
「僕はこのまま、見ているだけでいいのか?」
「状況にもよると思うけど、オークだけなら見ていてくれていいと思うわ」
「うん、バグは見ていて」
改めての確認に、ブレンダとレイシアがそう言って来る。
真面目にパーティーの連携とか、特訓をしていたのだなって思う。
その後もみんなの邪魔をしないように、木の上から全体を見渡しながら見守ることにした。
基本的に先程と変わりなく、多少のイレギュラーはちゃんとフォローをしながら戦闘を継続している。
何度か戦闘していると、さすがに怪我をする事があったけれど、フェザリオはちゃんと魔法で傷を癒して役目を全うしていた。
まあフォローをほとんどブレンダがやっていた為、このパーティーからブレンダが抜けると致命的だなって印象はあったけれど、そこは実戦経験を積んで成長するしかないのかなって感じだな。
初心者のパーティーならまあブレンダ意外はそれなりって感じで、ブレンダはもう少しで中堅冒険者になれるって印象だった。ならばそのブレンダの改善の余地は何かって言えば、元々の素質や性格によりほとんどが力押しになっちゃっている事といえる。
以前ジャイアントと戦った時のような、罠を仕掛けるとかそういった臨機応変な判断もできたら、戦略にも幅がでてさらに優秀になれると思うのだけれどな~
まあ僕もそうたいしたことが言える程ではないので、こんなところだろうか?
「お疲れ~。よくまとまっていて、冒険者らしいパーティーになっていたじゃないか」
「うん、がんばった!」
そう言うと、レイシアが嬉しそうに返事を返して来た。
他の三人もやった! といった表情をしている。
今までの駒のような扱いから友達への関係へ・・・・・・これなら楽しく生活して行けるのかもしれないと思ったよ。




