気付くと僕は、スライムでした。
「――時間を稼いで!」
ん? え? 何もかもが突然でありながら、自分がしなければいけない事だけが妙に鮮明に頭の中に思い浮かぶ。
今自分の目の前には、見上げんばかりの大きな人型の巨人が、地響きを立てながら向かって来るのが見えていた。
ドスン、ドスン
一歩毎に揺れる地面で、僕が相手にしなくてはいけない巨人が、相当な重量のデカブツである事がわかるのと同時に、自分が無力な事と、僕を召喚したと思われるご主人の意図がわかった気がした。つまり、自分はご主人を逃がす為に呼ばれた、使い捨ての駒であるという事実だ・・・・・・
絶望すると共に逃げたいと考えても、強制力でもあるかのように、体は自然と前へ前へと凄くゆっくりと進むのがわかる。
あまりにも前進しない自分の体に違和感があり、初めて自分の足元に意識を向けた。ゼリーのようなものが、芋虫のようにもぞもぞと動いている。
一瞬、何もかもがわからなくなり頭の中が真っ白になったけれど、目の前に迫った巨人の足が頭上に落ちて来るのが視界の端に見えて慌てて飛び上がる。
特に狙った訳でもなんでもなく、反射的に飛び付いていた巨人の足にまとわりつく形で、踏み潰されるのを何とか避けることができた。
ただ、ご主人に指示された時間稼ぎについては、僕をくっ付けたまま走り続ける巨人には、何の抵抗にすらなっていなくて、まるで役に立っていない事がわかってしまったけれども・・・・・・
そのまま何もできず振り落とされないようにしがみついている巨人の足から、食欲を刺激する様な何かを感じて思わずっていう感じで舐めるかのように吸い付くと、巨人の足の表面が急速に溶け出したのがわかった。
グガァァ・・・・・・
空気の振動で、目の前の巨人が悶え苦しんでいるのを理解する。
どうやら聴覚というものが自分にはなく、体の表面が捉える空気の振動で、周りの音を拾っている事が理解できた。そして同時に、何か大きな物が風を裂いて迫って来るのを感じて意識をそちらへと向けると、とても巨大な掌が自分に向かって迫って来るのがわかったのだが、気が付いてかわさなければと思った時にはもう既に掌で掬い上げられ、地面へと叩き付けられる寸前だった。
迫る地面に勢いがつき過ぎていると本能で理解するとともに、核となる自分の心臓部を何とか衝撃から逃がさなければ、これで死んでしまうのだという事を悟ってしまった。
そしてとっさに生き残りたいが為に自身の足と呼ぶべきか、ゼリーの一部を地面へと伸ばし自分の本体ともいえる核を地面へと引っ張るかのように始めは速く、最後はゆっくりと引き寄せるかのように移動させる。ゼリーの体が、叩き付けられた衝撃を何とか受け流し、核を守ろうと何度も波打つのがわかった。
それでも勢いがつき過ぎて衝撃の全てを受け流す事はできなかったようで、ほんの数秒の間気を失ってしまったようだった。
気が付けば大きな影に包まれていて、それが巨人だとわかった時には、何かがこちらに向かって叩き付けられる様に、迫って来ているのがわかる。
真上を見るように意識を向けるとそこには棍棒のような物が迫っていて、この一撃を受ければさすがに生きてはいられないのが理解できた。
僕は前回の足に飛びついた時のように、そして地面に叩き付けられた時の事を思い出しながら棍棒の軌道から逃げるようにジャンプと、棍棒の後ろに回り込むように足を伸ばして、何とか直撃を避けると共に自分の核を棍棒の上へと移動させることに成功する。そしてこのままやられっぱなしでは後がない事もわかっているので、足を精一杯延ばし今の自分に出せる最大の速度で、棍棒から腕に腕から顔へと移動して行く。
歩くだともぞもぞとした這いずるような鈍さだったから、触手を伸ばしたジャンプといった感じの移動方法だな。
そして見えて来た頭部に牛の頭がくっ付いている事で、今まで相手にしていた巨人がミノタウロスと呼ばれるモンスターであった事がわかる。そしておそらく僕は今、スライムと呼ばれるモンスターなのだろうなってなんとなく理解できてしまった。
そんな事を考えながらミノタウロスの頭部へと辿り着くと、頭部を包み込むように自分の体で覆い込み呼吸をできないようにしつつ、足にへばりついていた時のように吸い付く感じで食事を始める。
急速に溶け始めるミノタウロスの頭に、張り付いている僕を引き剥がそうとするミノタウロス。それに対して自分の核を頭の後ろへと移動させて迫り来る掌を避ける。
呼吸を止められたミノタウロスは、鼻と口を覆うゼリー状の体を引き剥がそうと必死にかきむしっている様だが、核のないゼリー状の体を完全に引き剥がすにはいたらず、次第に暴れる動きも鈍くなっていき、やがてその動きを完全に止めて地面へと崩れ落ちていった。
それにしてもスライムっていう最弱のモンスターなのに、ボスクラスのミノタウロスを倒せたって事か・・・・・・