《ある冒険者》
説明の多い回。
「……クソっ、『妖精王の牢獄』が破られた!」
誰が叫んだのか。
それには絶望の色が含まれていた。
いや、もしかすると、聞いた男自身の無意識が、諦めを感じ取らせたのかもしれなかった。
せめてもの足掻きに、大剣を握る手に力を込める。
世界でただ一体しか確認されていない、一つ目巨人---サイクロプス・ギガント。
およそ百五十年程前の話である。
スワルフ王国と南カヴァリア共和国は長らく戦争状態にあった。
国境での小競り合いに端を発し、幾度となく戦争を繰り返す。
十年続いた所でとうとう決着をつけるべく、両国の中間にあったカラント平原がその舞台に選ばれる。
平原にて王国軍、共和国軍、互いに向かい合って陣を立て---そこへ、突如として巨人は降臨した。
記録では両国それぞれ十万の大軍勢だったらしいが、僅か一日で壊滅状態に陥ったとされる。
戦場跡地には現在、巨人が作ったという湖が存在していた。
その時の大損害によって戦争は終結し、共通の敵が出来た事で平和条約が結ばれた---とも言われている。
眉唾ものの話だ。
だが現実に、冒険者ギルドには、未だ両国が出した討伐依頼の賞金首として、受付状態で残っていた。
ある英雄と呼ばれた男がいた。
多くの魔物を単身で仕留め、災害級とされるワイバーンすらも討伐を果たした。
その男が、巨人に挑んだ。平原で巨人を探索し、度重なる戦闘を行った。男が命からがら逃げる事もあれば、巨人が戦闘を厭う事もあった。
何度目かの邂逅にて、男は確信を持つ。
巨人は人間の言葉を解していると。
ある日、男は巨人に決闘を持ちかけた。
舞台は高原、双子満月の夜。
そして英雄だった男は戻って来なかった。
戦場と思われた場所には、巨大な岩が墓碑のように佇んでいる---。
英雄と巨人が決闘を行ったのが、今から五十年前。
その後、十年に一度しかない双子満月の夜、巨人は高原に姿を現すようになった。
冒険者の間では、巨人を倒す新たな英雄の出現が望まれていた。
あるいは、己こそが英雄になるのだと……。
隻腕となった巨人がゆらりと立ち上がった。
仲間の放った魔法、『堕天の白槍』が消し去った肩口からは、高濃度の魔力粒子が立ち上っている。
幾つか残された巨人の情報の一つに、切り落としたはずの指先が数日後には再生していた、というものがある。
またその指先は、切り落とした直後には粒子となって消え失せたとも。
またある魔物研究家は、あれだけの巨体では自重によってまず動けない、なのに高い戦闘能力を保持しているのは、高い魔力操作の為だとの見解を発表している。
そこから推測されるある事実。
一つ目巨人は魔力体である、と。
前例がいない訳でもない。
今から八百年前に存在したとされる、地龍。
かつて北のグレイスニールで確認された精霊女王。
最古の悪魔、未だ悪名を轟かせる赤黒竜。
それらもまた、魔力によって肉体が形成されている、と伝わっている。
そんな伝承上の怪物と並ぶ存在---サイクロプス。
魔力体であるならば、その魔力の流れを阻害、もしくは吸収すれば勝機が見つかるのでは、と男は考えた。
万の妖精核を封じ込めた妖精珠玉を用いて作られた、伝説級の『妖精王の盾』。売れば一生を遊んで暮らせるそれを、戦闘に投入した。
魔力に反応して拘束力を増し、同時に弱体化させる---。
ギリギリではあったが、思惑通りに事は進んだ。男達は勝機を見いだした。
--それが。
巨人が残る片腕を払う。
とっさに前方へと身を投げ出し、直撃を避ける。飛び散る土砂。構わずに起き上がり、巨人の足元まで一気に詰める。
もはや決定打は与えられない。あとは持てる力全てで押すしかないのだ。
「--熾火よ!」
魂を燃料に、大剣に力を注ぐ---全力の奥義を放つ。
「あああああ!!!」
巨大な掌が見えた。男を捕らえんと伸ばされた、巨人の手が。覆い被さる。
---吹き飛べ!!
爆発。至近距離での奥義の炸裂。
どうなった---思うと同時に。圧倒的な質量が男を押し払った。
巨人の掌打であると認識する間もなく、男の体は宙を舞っていた。
男の脳裏に浮かんだのは、あの瞬間、突如として現れた小さな魔物の事だった。
放った奥義の軌道正面に、妨害するかのように飛び込んできた。
スライムだと思った--それとも違ったのだろうか。
スライムならば、断ち切っていたはずだ。瞬時に消滅していたはずなのだ。
だが現実は男の想像を超え、剣閃は逸らされた。
あれが運命の分かれ道だった。
男は---英雄になれなかった男は、そこで意識を失った。
青さんは昔やんちゃだったんだよ、という話でした。




