根雪2
それからしばらく時間は飛ぶ。
思い出したくないことが多かったから時間が開いたというわけではない。
各々が装備を整えるためにいったん解散しただけである。
日も頂点を過ぎて傾き始めた頃、私たちは森の入り口にいた。
地面を這うように皮鎧を身にまとい、長槍と弓矢を背負った獣耳の少女ローが目を凝らしている。
彼女はギルドの仕事がないときは狩人として生計を立てているため屋外での活動の時は非常に心強い。
「こっちで間違いないゾ。」
確信に満ちた目で貫頭衣の上から皮の胸当て、メイスとタワーシールドを持った神官グレイグと普段通りのチュニックに長剣を二本差している私ラルファを見上げる。
事前の情報通り小妖魔の巣がある方向へと進んだ私たちはローの人間離れした嗅覚、観察力で目的の子供が連れ去られていると確信を得た。
森の奥へと続く道を眺めながら一つ溜息を吐く私に、神官は笑みを浮かべたまま、
「流石ですね。ここまで楽できた分この先の試練が楽しみですねぇ。」
「神官らしい言葉を選んでくれよ。」
「異教徒と妖魔に加減をするなという教義ですもので。…まぁ、異教徒に優しくしている分妖魔には厳しく当たらせていただきますよ。」
鼻歌交じりにメイスを振り回す神官。楽しそうで何よりだが、うちの子供の命がかかってるんでほどほどにしてほしい。
もう一つのため息を身内に吐くことになるとは、薄々感づいていたが遠慮したかったものだ。
「それで、どうするんダ?」
「いつも通り、ローを先頭においちゃんたちが後に続く陣形で進もう。こういうスニーキング的なのは任せるよ。」
「承知したゾ。」
こくりと頷く少女。しっぽがあれば千切れんばかりに振られている気がする。
「ああ、少しお待ちを。今のうちに加護を受けておきましょう。」
胸当ての内側から小瓶を取り出し地面に振りまき始めるグレイグ。
言動が神官らしくなくても奇跡を扱うという点ではまぎれもなく神官なのだ。
「ハイ皆さん、集まってくださいねー。」
笑顔で手招きをする。三人が聖水で描かれた(見えないけど)陣の中に納まると彼の口から聖句が紡がれる。
振りまかれた水が淡い光を放ち、それが収まったとき、周辺の獣の気配が緩んだ。
聖水を媒介に自然と人との境界をあやふやにしたという説明であるが、まぁ、気配を薄めたという認識でいいらしい。
「では、ここからが本番ですね。」
「そうなるな。ロー先導を頼む。」
私の言葉が終わるのを待たずに少女は森へと駆け出した。
そのあとを慌てるでもなく私と神官が進む。
道中残された目印を追って。