【冬山】
新居優は岐阜県高山市にある駐車場に車を止めた。しばらくすると駐車場に白いセレナが入って来た。その白いセレナが新居の車の横に止まると、中から背が高く髭面の男が降りて新居に向かって右手を上げた。
セレナから降りて来たのは新居の大学時代、山岳部で友人の酒井だった。新居も車から降りて「よっ!」と右手を上げた。酒井が「久しぶりだなぁ〜 前回会ったのって鷲羽岳だっけ?」と言った。新居は「鷲羽だと2年ぶりか? 」と言った。
新居と酒井が久しぶりの対面に話しを咲かせていると、セレナの後部座席から若い男が降りて来てた。酒井は後部座席から降りて来た若者に「新居とは初めてだったよな?」と言って、新居に「紹介しとく、これが大学の後輩で吉野君。冬山は経験が浅いから宜しく頼むよ」と言った。
吉野が「宜しくお願いいます」と言うと、新居も「新居です、宜しく」と挨拶を交わした。そんな会話をしていると、残りのメンバー3人が合流したので新居達はバスの乗り場へと移動した。
バスで上高地に到着し登山届けを出し終えて出発の準備をしていると、新居は「吉野君は何歳なの?」と聞いた。吉野が「24になります」と言うと、新居は「若いなぁ〜 彼女いるの?」と聞いた。吉野が「大学の時から付き合ってる彼女が」と言うと、酒井が「彼女可愛い?」と聞いた。すると新居が「そりゃ可愛いから付き合ってるんだよね」と吉野に言った。
吉野が頭を掻きながら「まぁ〜」と言うと、新居は「じゃ〜 無事に彼女のとこに帰らないとな」と言った。すると酒井が「お前のとこも子供小さいんだから無事に帰らないと」と言った。新居は「怪我に気を付けて皆んな無事で帰ろうな」と言った。
1日目を予定通り無事に登り終え、その日はテントを張り軽く酒を呑むと、次の日に備え就寝した。2日目を登り始めて半分を過ぎた頃から天候が怪しくなってきた。やがて雨は勿論、時折突風が吹き荒れた。空を見上げると雪雲に覆われ、視界は5m先も見えない状態となり、ただ白いだけの世界では、当然雪や風から守ってくれる物など何も無く、前の人に着いて足を進めるのがやっとだった。
視界が悪くなる事を考え6人は身体をロープで繋いだ。登山経験の豊富な新居が経験の浅い吉野をフォローする形で吉野の前に位置していた。
アルプスの雪は氷の様で、突風が吹く度に身体が流されそうになる。氷霰が吹き荒れる様になると視界は1m先も見えなくなり、今通って来た足跡さえ氷霰に埋もれ自分達がどの方角から来たのか、何処に居るのかさえ分からなくなっていた。