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~Episode4~

 翌日、テストは無事返された。

 俺は何て言うか、終わっていた。特に二日目のアルカリ性が眠気でおぼろげな頭のせいでアルカい性と読まれたらしくて×を喰らっていたのが痛い。

 昼休憩、俺は久しぶりにフウカの席でパンを広げていた。ラファミー達も一緒だ。

 フウカの表情は土砂降り前の雲のようで、いざ答えあわせをしようと思ってもなかなか俺は言い出せなかった。

 ラファミーやリズペットは興味がないらしく昨日のゲームの話をしている、葛城はいつものように笑顔だった。

 無言で食事が進む中、とある人物が近づいてきた。

「今日は静かね」

 真珠のように白い肌、切れ長の眉、さらさらの――髪を肩で結んでおり、後ろ髪は腰のあたりでくくっている。

 白音・スピカ・奈緒。スピカだった。

 最初に反応したのはラファミー。

「何の用だ?」

 敵意を隠そうともせず問う。

「別にそんな悪いことじゃないわ、ただ私も一緒にご飯食べたいなと思って」

「ミュリエルがいるだろ」

「あの子は今日、学食に行ってるわ」

 その言葉は嘘だと言うのは俺でも分かった。

 にっこりとした笑顔を崩さないスピカはダメかなとフウカに問いかける。

 当のフウカはテストのことを引きずっているようで、

「別にいいわよ、たくさんいたほうが楽しいし」

「ありがと」

 そう言って、スピカは椅子を持ってきて俺の隣に座った。

「何でまた一緒に食べようと思ったの」

 リズペットはさして気にしていないように問う。

「ん、なんとなく………じゃ、ラファミーは納得しないだろうから、一人じゃ寂しいからかな」

「学食に行けばいい」

 ラファミーはまだ納得しない。

 それもそうだ、こいつは天使らしい。いわば二人の敵である存在であるからだ。

「学食で弁当を食べるのって恥ずかしくない? 学食のおばちゃんが見てる中食べるのもね、啓二君」

「あ、ああ、確かに、恥ずかしい、かな?」

 いきなり下の名前で呼ばれ、しかも少し猫なで声だったので曖昧に返事をしてしまう。

「ほら、啓二君は分かってくれてる」

 急に頭を肩に載せてきた。ふんわりとした匂い、肩にじんわりとした重み。可愛い女の子がくっついてきてくれたと言う喜び、ドキドキとする心臓。

 むっとしたリズペットは、

「なに、いきなり啓二とくっついてんの、離れてよ」

「怖いわね」

 そう言って、スピカは肩から頭を離した。少し名残惜しいのは男のサガだろう。

「いつまでもにやけた顔してんじゃない、啓二」

 ラファミーからも叱責が飛んでくる。

「すまん、つい」

「ふふふ」

 さも、おかしそうに、底知れず笑うスピカ。

 すると、今まで黙っていたフウカがいきなりしゃべりだした。

「そんなのどうでもいいのよ、テストとかこの世からなくならないかしら」

「ふふ、そんなに悪いんですか?」

「悪いなんてものじゃないわ!」

 スピカの問いに声を荒げる。

「確かに、伊吹さんの答案用紙は空欄が多かったですが、そこまで悪かったとは、僕は伊吹さんが機嫌が悪くても教えていればよかったです」

 葛城が一人悔やんでいた。その言い方から葛城は相当いいのだろう。

「啓二はどうなの」

「俺? 俺は……」

 できてない――と言えば、フウカより点数が良かったフウカが怒り狂うのが目に見えているで。

「普通よりはできた、と思う」

 と答えた。

「ふーん、勉強できそうな顔してるもんね、当然だわ」

「顔は関係ないだろ、顔は」

 そんなことをつっこんでいると、俺はふと悪魔や天使の人間界のテストの点を知りたく思い。

「ラファミー達はどうなんだよ」

「私か? 当然百点だ」

 さも、当たり前のように言い放つ。徹夜してもなにしても結果は変わりのないような口ぶりだった。まあ何となく予想はついていた。なんといっても魔王軍の宰相らしいのだから頭が良くて当然だ。

「僕はそこそこですね」

 葛城のそこそこ、は多分、上位のそこそこなのだろう。

「うちは漢字ミスさえしてなければ満点だよ」

 ………。

 ……………。

 は?

 リズペットが満点?

 嘘だろ、嘘だと言ってくれよジョニー。

「お前授業全然受けてないじゃん」

「ネトゲの暇なときに教科書読むだけで大体わかっちゃうんだよね」

「そんなのって……」

「啓二、リズペットは天才の類だから、しょうがない」

 ラファミーの言葉に俺はこの世に不公平が存在し、ジョニーは嘘だと言ってくれなかった。

「で、スピカはどうだったのかな、かな?」

 リズペットが煽るように問い詰める。

 そこで初めて、表情に曇りが生じ、

「結構取れたけど、満点じゃないわ、これでいいかしら」

「あれれ? スピカは勉強できないのかな?」

 リズペットに煽られて、スピカは顔を真っ赤にして、

「う、うっさいわね、しゃーないでしょ、あんたらには勝てないわよ」

 と、最初の余裕のあるような不思議なキャラは作っていたのか完全に消え、ただの必死な少女がそこにはいた。

「ま、スピカはスピカだな」

「そうだね」

 ラファミーとリズペットはお互い何やら意味深に頷いている。

 俺はスピカと目があってしまった。

「な、なによ、文句あるの?」

「いいや、別に」

 眉をへの字に曲げるスピカの顔を見てくすりと笑ってしまった。

「なによ?」

「いや、なんでもない」

 俺は何でもないように答えた。

「ならいいわ、あと、今日の帰り私と一緒に来なさい、これは命令よ啓二」

「は?」

いきなりのいきなりで戸惑う俺、

「安心しなさい、悪いことはしないわ、もちろん一人で来なさいよね」

「それは許可できない」

 ラファミーが否定する。

 葛城も何か言いかけたが黙った。

「いいのかしら、そんなことを言って、ねえ、伊吹さん?」

「え? 別に、啓二がどうしようが勝手だわ」

 フウカはきょとんとして、だが少しどこかへそを曲げているようだった。

 今のやり取りでラファミーは悟る。

「ちっ、いいだろう、どこへでも行くがいい」

 俺には何故ラファミーは許したのかわからなかった。

「ふふ、今日はデートね啓二」

「は!? デート!?」

 やっとこれがデートだと気付いたフウカが教室中に響く声で叫ぶ。

「そうよ、何か悪い? それとも啓二は伊吹さんのものなの?」

「それは、違うけど、でも……デートなんて……」

 フウカはごにょごにょ言っている。

 しかし、スピカとデートか。

 それは、どうなのだろうか、相手は天使、まだ信用できない。

 ちらりとリズペットを見る。

 リズペットも考えているようだ。

 そもそも何故スピカは接触してきたのだろうか?

 ミュリエルではなくスピカが。

 ミュリエルじゃダメな理由があったのだろうか?

 さっきの会話で、ラファミーとリズペットはスピカを昔から知っているような口ぶりだった。

 仲が良いのか?

 だが、それなら悪魔なはずだ。

 何故? それに今俺を誘う理由は?

 考えても答えは出ない。

 俺が黙っているとリズペットが、

「ちょっとジュース買ってくるよ、啓二も来て」

「おう」

 そう言って、俺とリズペットは教室を出た。

 行先は前に葛城と話した屋上。

 知っていると思うけど、と前置きしてリズペットは話し始めた。

「スピカは天使、だから私たちの敵である、これはわかっているよね」

「ああ、だから俺も断ろうとした」

「だが、スピカはフウカを使って私たちを牽制した。つまり、デートできないと今この場でやりあうぞ、と」

 あの言葉にはそんな意味があったのか。

「もともとスピカは元悪魔、しかも魔王軍直属部隊んぼわーるローズ、つまり私たちの仲間だからそれくらいの駆け引きは何となくわかる、だからラファミーも引いたの、今私とラファミーがいなくなると、啓二が一人になっちゃうからね」

 屋上に夏を感じさせる、春の終わりの風が吹き付ける。

「昔、スピカは悪い奴じゃなかったんだけどね、なんでかね……」

 そういう、リズペットの顔は少し寂しそうだった。

 俺は何て声をかけようか悩んでいると。

「ま、昔の話、昔の話。今は敵。でね、放課後、一応ばれないように近くから見ているけど、多分向こうも何かしようとするとき魔法結界を貼ってくると思うから、これ」

 一枚の、幾何学的なあり得ないほどたくさんの魔方陣が書かれた札を渡された。

「これを使えば自分の認識を任意の相手から一定時間完全に消すことができるから、まあ、うちの力の一部を使えるって事だね」

 自慢げに言うリズペット。

「ありがとう、頼りにしてる」

 俺は感謝をこめてリズペットを真っ直ぐに見つめる。

 リズペットは頬を赤く染めて、

「やめてよね、照れるじゃん、気軽でいいよ、気軽で」

 手で顔を煽ぎながら、屋上を後にするのだった。


 そのあと昼休憩は無事に終わり午後のテストも返された。

 が、みんなはスピカが俺にデートを申し込んだことに対して色々思っているようだ。

 フウカは頭を抱えていて、葛城はフウカの後ろの席をいいことになにやらいろんなものを仕込んでいるし、ラファミーは難しい顔、リズペットも珍しく寝ていない。

 肝心のスピカはと言うと、何食わぬ顔でテストを受け取っている。

 こうして授業が終わり、放課後になる。いや、なってしまったといったほうがいいだろう。

 どうするのかなと思っていると、スピカがつかつかとやってきて。

「先に校門に行ってるから」

 と言って教室を出て行ってしまった。

 フウカはというと教室に座って呆けていた。

 なんだかなぁ……。

 ちょっと気を軽くさせるために声をかける。

「なあ、フウカ」

「なによ……」

 声に生気がなく、今にも息絶えそうだ。

「スピカと俺がデートしちゃ悪いのか?」

 そういうと、フウカは顔を真っ赤にして。

「ばばばば、ばっかじゃないの!!! 別に、どうっだって……こともないけど……」

 急に叫んだかと思うと言葉尻が小さくなった。

「なんとなくあんたが別の誰かの彼女にでもなったらあたしはどうしたらいいのかなぁって」

 不安そうな声でそう言った。

 フウカ……そんなこと思ってたのか。

 俺はフウカの頭に手を載せ、

「大丈夫だよ、俺はどこにもいかない、もし誰かのものになってもフウカとは友達だよ」

「友達……か」

「おう、それにスピカとは強引に誘われただけ、何にもない、ナッシング! だ」

「……そうよね! わかったわ! ありがとう、啓二」

 フウカははちきれんばかりの笑顔を見せる。

「よし、じゃあ行ってくる」

 そうして、俺はフウカに背を向けた。

 教室を出るすれ違いざま、ラファミーに、

「気をつけろよ」

「分かった」

 そう言って、スピカの元に向かうのだった。

 その頃、教室では。

「斑鳩君はああいいましたけど、スピカさんと今から彼女になったらどうするんですか?」

 という、葛城の問いかけにフウカは、

「……、……ッ、それは考えてなかった!」

 どうしよー!!! という、フウカの声が教室にこだまするのだった。


 校門に歩いて行ってもスピカの姿が見当たらなかった。

 俺はすっぽかされたのかと一瞬思うが、校門を通り過ぎた時に声をかけられる。

「遅いわよ、レディを待たせるなんてあなた、何様?」

 いきなりこれである。

 校門の裏に立っていたスピカの毒舌に思わずため息を吐きそうになる。

「まあいいわ、許してあげる。さて、どこ行こうかしらね」

 スピカは行先を決めてなかったようで悩んでいる。

「ここら辺で行くところって言ったら、レストモールだろ」

 と、俺はこの町唯一のショッピングモールを提案する。この赤凪学園からすぐ近くにある場所だ。

 そのときスピカは不敵に笑ったかと思うとすぐにいつもの表情に戻り、

「じゃあ、そこにしましょ、行くわよ」

 すたすたと先を歩いていくのを俺は慌てて追いかけて行った。

 レストモールは結構賑わっていた。娯楽の少ないこの町の唯一のものであるからも起因しているのだろう。

 相変わらず何を考えているかわからない飄々とした表情で隣を歩くスピカ。

 ここに来るまでも会話は一切なかった。

 ほんとにただのデートなだけなのか?

 俺がそんなことを考えていると不意にスピカが、

「ね、手つなぎましょ、一応デートでしょ」

「えっ?」

 俺は戸惑ってそんな声が出てしまった。

「そんな反応されるとこっちが照れるじゃないの、さあ、ほら」

 と、顔を赤らめて左手を差し出すスピカ。

 俺が考えすぎなのか?

 差し出された手を握る。

 その瞬間、自分の身体全体がズシンと重くなった。

 頭も胸も肩も手も腰も足も、全部だ。

 歩けないほどではないがかなりきついほど体が重い。

 スピカの顔を見ると不気味に笑っていた。

「あら、どうしたの? デートは始まったばかりよ」

「くっ、なにをした……」

「べっつにー」

 そう言っているうちにも体はどんどん重くなっていく。

 スピカの手が原因だと思い振りほどく。

 だが、重さの加重が止まっただけで重いままだ。

「あら、乱暴ね」

 スピカは残念そうな顔をしている。

 俺は返事を返す余裕もなかった。

「さて、買い物に行きましょうか、たくさん買い物しましょうね、男の子にはいっぱい持ってもらうから」

 そう言うスピカはとても楽しそうでありどこか苦しそうに見えた。

 最初に寄ったのは洋服店、スピカは適当な洋服を選んで買っていた。

 洋服はそんなに重くないだろう、まだ耐えられる。

 そう思いながら店員から紙袋を手渡された時、まるで米俵のような重さだった。

「スピカ……てめぇ……」

「あら、なにかしら? あ、そうそう」

 そう言って俺の耳元に顔を近づけ、

「一つでもおとしたら殺すから」

 とても冷たい口調で宣言した。

 俺はフウカのためにも、リズペットやラファミーのためにもここを乗り切らないといけないと思い。

「上等じゃねぇか、何個でももってやるよ」

「その強がりがいつまで持つのか楽しみね」

 少しつまらなさそうな顔のスピカがそう言って先に店を出るのだった。

 あのあといくつか買い物をした結果4つの紙袋を持って歩いていることになっている。

 手の感覚は当になくなっている。

「案外耐えるのね、それとも助けでも待ってるのかしら? それなら来ないわよ、結界張ってるから」

 レストモールの端のさびれた屋上にあるアイスクリーム屋さんで買ったアイスを食べながらスピカが言う。

「そんなんじゃねぇよ……」

 俺は吐き捨てる。

「じゃあ何かしら? もしかしてそのポケットに入ってる魔法札かしら? 言っておくけどそれは使えな―――」

「違う……お前のことはリズペットから聞いた。だから、仲良くなるチャンスを覗ってるだけだ」

 その瞬間俺の身体が地面にめり込むかと思うほど重くなった。

「仲良くなる……? 笑わせないで!!! 神様を決める戦いなのよ!」

 必死の形相で黒い瞳を怒りに燃やして叫ぶ。

「それでもさ、俺は神様にはならない、仲良くやりたいだけだ」

「そんなの綺麗ごとよ!」

 さらに俺の体が重くなる。

「なら、フウカはさ、フウカはどう思ってるのかお前には分かるのか?」

「そ、それは……」

 俺は必死に加重の痛みから耐えるように声を絞り出す。

「あいつはただ仲良くしたいだけ、友達を作りたいだけなんだよ」

「それがどうしたっていうのよ」

「だからさ、神様を決める戦いってのは多分、神様の建前で異能の力をすべて打ち消すフウカに友達を作ってあげようとしたんじゃないのかな」

「そ、そんなことって……」

「現に一番争っていない俺が一番神様に近いだろ」

「でも、それはたまたまなだけじゃ――」

「たまたまなもんか!!!」

 俺は心の奥底から叫ぶ。

「ポミアが、葛城が、リズペットが、ラファミーが、俺を信じてくれてるんだ。だから、たまたまな訳がある訳がない!」

 スピカの大きくて黒い瞳に戸惑いが生じる。

「それに俺は神様にはならないからさ、ほかの相応しい奴に譲ることに決めている」

 スピカはそれを聞いて、ため息を一つついて。

「あなたってほんと正直者ね」

「どうとでも言え」

 ふっと体が楽になり、荷物もすべて軽くなる。

「分かったわ、降参。あなたの好きにすればいいわ」

 そして、スピカは笑顔になった。

「私もあなたを信じてみるわ」

 それは今まで見たこともないくらい可愛く希望に満ち溢れた笑顔だった。

「でも、このままじゃ終われないわね……」

 そして、いきなりスピカが俺に抱きついてきた。

「はっ!? えっ?」

 俺は胸にあたる柔らかい感触、女の子特有のいい匂いにくらっとくる。

 そのとき、空中からリズペットとラファミーがやってくる。

「魔法を感じたけど大丈夫、けい……じ……」

 リズペットは言葉尻が小さくなっていった。

「啓二だーいすき!」

 スピカは甘ったるい声でそう言って俺に頬釣りしてくる。

「……帰ろう、リズペット、啓二はもうダメだ」

 ラファミーが俺を冷たい目で見てくる。

「待て、これは誤解だ、離れろ、スピカ!」

「そんなにスピカに抱きつかれて何を言うんだか……」

 呆れた顔でリズペットも見ていた。

 そのあと、スピカ恥ずかしくなってやめたスピカに、大笑いしたリズペットとラファミーに誤解を解く必要なんてなかった。まあなんにせよ、丸く収まったのか?

 

次の日、リズペットと一緒に登校してする。平和な風景。

しかし突然後ろから何者かに追い越されて、ふわっとした杏子の香りが鼻をくすぐった。

 目の前には、黒くて艶のある長い前髪にヘアピン、見てる者を魅了しそうな細く長い眉に細い瞳、ミュリエルだった。

 俺とリズペットは思わず警戒した。

 だが、とうのミュリエルは優しい笑みを湛えて、

「負けましたわ、スピカかから聞きました。内容も全てね」

 柔らかく微笑みの中にどこか不穏な気配を感じるが俺は口にだせない。

「だから私もあなた方の仲間というものになろうと思いまして、どうでしょうか……?」

 その言葉をリズペットは深く噛みしめて思慮する。

 その場に夏の初めを知らせるセミの声だけが響いてくる。

 重苦しい静寂を破るようにリズペットは口を開く、

「啓二はどう思う?」

「俺か、うーん……」

 どうなんだろうか?

 スピカに話されたからと言って神様になるのを簡単に諦めるほど神様とは安いものなのだろうか……。

 しかし、あの時のスピカの表情。俺は信じてみたい。

「俺はスピカを信じる」

 その言葉にリズペットは何かを感じ取ったようで、ふぅと息を吐くと。

「分かったよ、様子見だけど一緒に行動しよ、ミュリエル」

「ありがとうございます。信じていただいて」

 ミュリエルはニッコリと笑った。

 そのまま学校に行くと珍しくフウカがおらず、ほかのクラスメート4人はそろっていた。

 俺はそのまま席に着こうとすると、ミュリエルが。

「よくもまあ、うまくスピカをたぶらかしたもんですね」

 その声に振り向こうとした瞬間、リズペットに突き飛ばされた。

 俺がいた場所には大きな穴が開いていた。

 ミュリエルの方を見ると、魔方陣が展開されている。

「ミュリエル……貴様」

 ラファミーがそう忌々しげにつぶやく。

 俺はあたりを見渡すと、スピカはピンクの髪に青い騎士服に、リズペットは緑の髪に白い修道服に、ラファミー赤い髪に黒い軍服に身を包んでいた。

「私は仲良しごっこをして神様になれないなんてそんなこと、嫌です」

 ミュリエルは魔方陣をくるくると回転させながら言った。

 それに反論したのはスピカ、

「昨日は納得してくれたじゃないの!」

「あれは方便です、納得すると思ってたんですか」

「そんな……」

 スピカは愕然とする。

「貴様は我らに敵対する、そうとって構わないのだな」

「どう取ってもらっても結構です。スピカ、やりますよ」

 ミュリエルはスピカの方を睨む。

 スピカは逡巡し、やがてリズペットの方に魔方陣を向ける。

「スピカ……結局あんたはそっち側なんだね」

 リズペットが寂しそうに言った。

「そうよ、私はもう魔王軍側近、ノワールローズじゃない! もう戻れないの!」

 そう叫んで、スピカは黒い塊をリズペットに打った。

 しかし、球はリズペットの右を通り過ぎて教室の壁を突っ切った。

「へへっ、うちはもう君らの認識外にあるんだよ、そんな攻撃あたるわけないし」

「くっ……」

 スピカは悔しそうにする。

 その隣でラファミーがミュリエルに光の矢を連発する。

 しかし、ミュリエルの魔方陣によってぐんにゃりとゆがんでミュリエルには当たらない。

 俺はと言うと、葛城に引っ張られて、黒板がある方で結界によって守られていた。

「あの人たちの攻撃が僕の結界が耐えられるかどうかは分かりませんが……」

 と、必死な表情で葛城が言う。

 4人の攻防は一進一退のまま時間が過ぎていく。

 ふと、窓の外を見ると、フウカの姿が見えた。

 まずい、このままだと4人とも消えてしまう。

 俺はポミアのことを思い出していた。

 消えていく前の悲しそうだった表情を。

 フウカの事を思い出していた。

 静かに泣きやんでいるあまりにも寂しい表情を。

 俺はもうフウカを泣かせないと誓った。

 もう誰も消させないと。

「なんかさ……」

ぽつりと。

「なんかさ……お前ら、馬鹿みたい」

 俺の言葉が教室中に響き全員の手が止まり、注目される。

「争って最後に勝ち残って……そんなんで神様にでも慣れるとでも思ってるのか?」

 ただただ俺は胸中の思いを吐きだす。

「ポミアが消えたことでみんななんか思うことがあったんじゃないのか? なら、することが違うだろ」

誰も何も言えない。

「何か答えろよ、神様候補!!!」

 叫び声が木霊し、教室に静寂が訪れる。

 そして、ラファミーの変身が解け、もとの学生服に戻る。

「やめだ、啓二の言うとおり、意味がない」

 そしてリズペットも。

「そーね、喧嘩してても始まらないし仲良くしよ」

 そう言ってリズペットは周りを見渡した。

俯いていたスピカもやがて変身を解き、

「はいはい、分かったわ、やめればいいんでしょ! やめれば!」

 ただ一人残されたミュリエルは戸惑う。

「あなたがたは何故戦うことをやめるのですか……!?」

「そんなの決まってるでしょ」

 リズペットが穏やかな笑みで、

「みんな啓二を信じているから、だよ」

 その言葉にラファミーは目を閉じ、葛城はうんうんと頷き、スピカは恥ずかしそうに目を逸らした。

「……なるほど、あなたがた三人を従えるとは」

 ミュリエルは変身を解いた。

「斑鳩啓二、私もあなたの可能性を、あなた自身を信じてみたくなりました。良いですね」

「いいもなにも、みんなそういう従えるとかじゃねえよ」

「じゃあ、何なんですか?」

 ミュリエルは不思議そうに首を傾げた。

「友達だよ」

 俺は信頼できる仲間に感謝を込めるようにそう言った。

「興味深い話です、私も是非それに―――」

「おはよー! え……なに、これ……」

 教室の扉を開け勢いよくフウカが入ってきた。

 目の前の、荒れ果てた教室の光景を見て呆気にとられる。

 俺は慌てて。

「いやこれは、その、えーと……」

「啓二、もう、いいの……」

 全てを悟ったように、でも辛そうに笑って。

「啓二以外みんな、そういう存在なのなんとなく気づいてた。うんうん、最初から気づいてたわ、だっておかしいじゃないのクラスメイトが7人しかいない学校なんて……」

「フウカ……」

「いいのよ、もう、みんな消えて終わりなんだから…」

「終わりなんかじゃない!!!」

 俺はたまらず叫んだ。

「エンドロールにはまだ早い! 現にリズペットもラファミーもスピカもミュリエルも消えてなんかいない!」

「いずれ消えるわ! だって私が認識しちゃったんだもの」

「消えるもんか、もうお前の前では消させない!」

「だけど……」

「だけどなんていらない! まだみんなの本当の姿を見てないし魔法を使っているところを見てる訳じゃない! そうだろう?」

 必死にフウカを説得する。

「だから、みんなまだそんな存在なんて本当のところは分からない、そうだろう」

「でも……」

「フウカ! 真実が全て幸せとは限らないんだ、偽りで素直に納得したほうが幸せなこともあるんだ!」

「…………ッ」

 俺はフウカの頭を撫でる。

「だから、変なことは考えなくていい、ただ、俺を信じればいい」

 フウカの瞳から一筋の涙が流れる。

「大丈夫、もうポミアみたいにみんな消えないから、安心して泣くといい」

 フウカの目からぼろぼろと次々に大粒の涙が流れる。

「安心しなよ、フウカの友達だからさー」

 リズペットが笑顔で答える。

 その言葉にまた涙がでるフウカ。

 そして、次第には俺の胸にしがみついてわんわん泣き始めてしまった。

「女の子を泣かせるなんて最低ね」

 スピカの毒舌が飛んでくる。

「まあいいではないか、うまく収まったからな」

 満足そうにラファミーが言う。

「私もあの中に混ざって泣いた方がよろしいのでしょうか?」

「それはやめたほうがよろしいかと……」

 とミュリエルのよく分からない発言を葛城が止めていた。

 結局、フウカは星見担任が来るまで泣き続けた。


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