~Episode2~
リズペットからフウカが神様であると言う事情を聞いたからと言って俺の行動は特に変わることなく一週間がすぎた。
相も変わらず咲き誇る桜、さらに一週間後に全部散ってしまうのかと思うと少し切ない気持ちになり桜の木に向かって目を細めていた。
そのとき、後ろから明るい声が聞こえてくる。
「やっほー啓二、なにしてんの?」
珍しく元気な、もう一度言う、珍しく朝元気なリズペットの声が聞こえた。
「よう、今日は元気だな。夜にゲームをしなかったのか?」
リズペットが夜中ゲームをしていることはこの一週間で把握済みだ。
「違う違う、寝てない、貫徹!」
ものすごい、自慢そうな顔をしているが全然自慢じゃない。
確かにリズペットの目に疲れが出ていた。
俺はそっと残念な物を見るような顔をして、
「そっか、すごいな」
と、そう言ってあげておいた。
「でね、今日のゲームはね、何だと思う?」
わくわくと言った擬音語が飛び出てきそうな顔で見てくるので俺は仕方なく、
「なんだ?」
「MMORPGといってね、FPSと全く違って―――」
聞いてしまった俺に後悔しつつそっと聞き流しモードに移行するのだった。
教室に着くと喋り終えて、一仕事終えた親父のような足取りで席に向かったリズペットはそのまま机につっぷした。まあ……いつものことだ。
時間を見るとまだ7時10分だ。理事長室に行ってみることにした。
理事長室は俺たちの教室が4階にあるのに対し1階にある。
俺は他の扉よりも少し豪華な理事長室のドアをノックする。
「どうぞ」
中から透き通るような声が聞こえた。
俺はうながされるまま入ると、そこには入学式の時にいた20歳くらいのキャバ女がスーツを着ているようなグラマラスな女性が座っていた。
「何か用事?」
見た目と違って、声はとても落ち着いていて尊い威厳を感じる。
「あ、あの。俺が入学した理由って……あの、その」
緊張して声がどもってしまう。
「なにかしら」
じっと、俺の姿を見つめる。何か見定めるような、そんな視線。
俺は意を決して。
「俺、人間なのに……この学校に来てしまった理由を、その……教えてください」
少しちぐはぐだが言いたいことは言えた。
理事長の厳しい視線、無言の室内。
俺は居心地の悪さを感じる。
すると、理事長の目が急に優しくなり、笑顔にもなる。
「そうね、誰からか聞いたのね、まあいずれ知ることになることだろうし、いいわ」
俺は安心して腰が抜けそうになる。
「あなたはね、この次の神様になる候補の人間代表なのよ」
「俺、が?」
「そうよ、あなたは人格的にも問題ないし、そしてこの学園に入学する理由も自然だからあなたなのよ」
「それだけですか?」
「ええ、それだけよ」
俺はあまりの適当さに唖然とした。
「がんばりなさいよ、もしも悪魔や悪い魔法使いの手に渡ったらこの世界なんてどうなるかわかったものじゃないんだから」
フフ、と笑う神様。すみませんが笑い事じゃないですよ。
俺は挨拶をすると理事長室を出た。
廊下を歩く最中ずっと一つの事を考えていた。
この世界が悪魔の手に渡る。それはリズペットが悪魔であるということはリズペットに渡すとこの世界が危ないかもしれないということだ。でも俺はリズペットがそんな奴だとは思えなかった。
そんなことを考えながら自分の教室に入り席に着いた。
すると、思いっきり首を後ろに捻られる。
「ねえ、来るのよ!」
「何がだよ!」
俺はそう脊髄反射で叫んで体勢を立て直し振り向くとそこには目を爛々と輝かせているフウカの姿が映った。
「で、何が来るんだ?」
「察しが悪いわね、転校生よ、転校生」
「転校生?」
「そうよ、今朝職員室にたまたま寄ったら見たのよ、担任の星見のところに生徒が居るのをね」
フウカはとても楽しそうである。
俺はふと思った。
「フウカ、お前、クラスの奴とか他人が異能の存在の可能性があるから友達になりたくないんじゃなかったのか?」
これは俺と友達になるまでフウカは一人だった。いや、入学して二日目までの話なのだが。理由としては多分フウカの能力と神様の戦いにあるのだと思う。フウカも知っているのか、はたまたそれにうすうす気づいているのかどうかは知らないが人を寄せ付けたくなかったからあんな態度を取っていた。
でも今はどうだろうか、この一週間で昼は俺の提案でリズペットとも一緒に食べるようになったしクラスの他の奴とも確かに喋っているのを見かけている。何か心境の変化でもあったのだろうか。
俺はフウカをじっと見据えて、
「なあ、フウカ」
「いきなり見つめてきてなによ」
大きな瞳にはまるで俺を疑っていないような透き通った瞳。
「お前何で急に転校生なんかに興味をもったんだ? 前なんか、いや入学初日なんか誰ともかかわりませんオーラをだしてたくせに」
「それは……」
フウカは言葉に詰まりうつむく。
俺はフウカの言葉をじっと待つ。
そしてフウカは俺を見つめて小さく、
「……………ばか」
と言って俯いて、それっきり口を閉ざしてしまって話は終了してしまう。
そのとき、星見担任が教室に入ってきた。
「はいはーい、みなさん今日はうれしいおしらせがありまーす」
満面の笑顔で足取り軽く若干スキップを刻みながら入ってくるのは20代前半女教師の強みなのだろうか。
「この一年一組に転校生が来てくれました。さあ、入ってきて」
そう星見担任に言われ入ってきたのは裏に何かあるんじゃないかと言うくらい完璧に笑顔の長髪の優男だった。
そして、星見担任にうながされるまま自己紹介に移った。
達筆な字で『葛城当夜』と書いて、
「葛城当夜です、まだ至らぬところもありますがよろしくおねがいします」
と、馬鹿丁寧な定型句を並べて挨拶をした。
「席は、伊吹さんの後ろが空いてるわね。そこ座って」
と、フウカの後ろになる。
葛城とやらが席に着くと、さっそくフウカは後ろを向いて話を始めていた。
その間リズペットはもちろん寝たままなのは言うまでもない。
昼休みになったらいつものように俺はフウカの机の上に買ってきたパンを広げる。そして、リズペットも、のそっと机から起き上がってこちらへ向かってきた。
「あ、りずっちおはよー」
フウカも慣れたものである。
「おすおす、いやー、朝に転校生の顔をちらっと見て寝たら気づいたらお昼だもん。不思議な事もあるもんだね」
リズペットはまるで世紀の手品を見たような顔をしている。俺にしてみればそんなに熟睡できる方が不思議なんだが。
「あの……」
そのとき、俺の後ろから遠慮がちな声がかけられた。
振り向くとふんわりとしたソバージュに丸っこい瞳、これまたふんわりとした表情、自分で作ったであろう弁当を片手に立っていた。
確か、こいつは音無・ポミア・朱理だったか?
「一緒にご飯食べてもいいですか?」
遠慮がちな言葉とは裏腹にもう弁当を机の上に置いている。
フウカはと言うと、
「いいよいいよ、みんなで食べたほうがおいしもん」
と、春の日差しにも負けない笑顔で答えた。
「ね、葛城君」
と、いきなり振り向いてそんな言葉を追加した。
葛城は自分の机の上でまさにコンビニの弁当を広げるところだった。
「僕もいいんですか?」
「いいのいいの、たくさんで食べたほうがご飯はおいしいんだから!」
とフウカは有無を言わせぬ調子だった。
そのとき少しポミアの顔が陰った気がするがすぐにほんわりとした表情になる。
葛城は椅子をフウカの机の隣に持ってくる。5人にもなると机の上も少し手狭になってくる。
リズペットが少し目を細めて、
「ポミア、ラファミーはどうしたの」
と尋ねた。
確かに、ポミアはラファミーと一緒に食べていたような気がする。
ポミアはふにゃりとした笑顔で、
「ラファミーさんは一人で食べたいんだそうですよ」
「ふーん」
リズペットはどこか納得のいっていない様子だった。
フウカは弁当からからあげを一つつまみ上げ口に入れると、
「ねえ、こんなに人が集まったのなら何かゲームでもしたいわね」
そんなことをいいだした。
「なるほど、ゲームですか」
葛城はまだ一口も自分の弁当に口を付けていない。
「それならハイローとかいかがでしょうか?」
「ハイロー?」
俺は初めて聞くゲームにオウム返しに訊いてしまう。
「はい、ポーカーの亜種みたいなもので、ルールはその時に説明しょう。カジノなんかでもやっているゲームなので楽しいかと」
にこやかな笑顔で答える葛城。
「いいわね、それで決定ね! ご飯食べたらやりましょう」
「残念ですが、僕は現在トランプを持っていません明日でいかがでしょうか?」
手を水平に広げる大胆なジェスチャー、アメリカ人かよ……。
「わかったわ、明日絶対やるわよ」
フウカはやる気満々だった。
「明日は疲れて昼休憩も寝てたらごめんねー」
リズペットは手をひらひらさせる。
「りずっりはまあいいわ、いつものことだもん。他の人はいいかしら」
というフウカに誰も否の声は上がらなかった。
その時急に俺は朝からずっと気になっていることがあり、とある人物から耳打ちをうけた。
「ちょっと付き合ってくださいませんか?」
「何にだよ、俺は男との趣味はないぞ」
「違います、後で屋上にて話があるのですが」
「分かった」
そう葛城だ。
こいつはこの赤凪高校、いや正確には神様を決める戦いが行われている人外魔境であるこの学校になぜ普通の名前で転校してきたのか、だ。
可能性としては3つ考えられる。
第一に、何も知らずに人間として入ってきた可能性。これは薄いだろう。入学式を見た感じでは俺以外全員女子の時点で普通の人間が来るなんてまずありえない。
第二に、人外であるが名前が当て字である可能性。これは例えば、リリアだとしたら李理亜などだ。
第三に、人間だが異能の存在。俺はこれではないかと睨んでいる。
これは俺がこの先この学校で生き残るために必要な情報だ。なんとしても聞きださなければ。
俺はまだ一口も飯を食べていない葛城にポミアと楽しそうにおしゃべりを始めたフウカに飲み物を買ってくると行って席を立った。
行先は屋上、この間に会話はなかった。
春の日差しが照りつけているが風が吹いて少し寒いと感じるのは緊張からくるものなのだろうか。
いつまでたっても話し出さない葛城に俺は口を開く、
「率直に聞くがお前、何者だ」
葛城は視線を下げ不敵な笑みを浮かべ、
「あなたの命を狙う者、何て言ったらどうでしょうか?」
俺の心臓がドクンと跳ねた。
まずい、ここにはリズペットもいない。俺の身を守る存在は誰一人として存在しない。一人で来たのはまずかったか。
俺は一歩後ずさり警戒する。
葛城はふっと笑い、
「冗談ですよ、そんな怖い顔しないでください。僕は退魔師。この世の悪しき者を消し去るものですよ」
「退魔師?」
俺はまだ警戒を解けない。
「そう、魔術師とは流派は違いますが。そうですね、まあ簡単に言うと似たようなものです」
「目的は何だ?」
葛城は笑顔で、
「あなたが私の正体を聞いたという事はおそらく、この神様を決める戦いをご存知のようですね」
「だからどうした」
葛城は肩をすくめて、
「そんな喧嘩腰にならないでください。僕は別に神様になろうとかそんなことを考えている訳ではなく、神様の周りにいる人の選抜。悪しき者を滅するために来たのですから」
俺は葛城を睨み、
「お前が退魔師なのは分かった、だがどうして俺を屋上なんかに誘い出した?」
フウカに聞かれたくないからなのか?
「それはですね、あなたが神様に相応しいと僕が現時点で思ったから、と」
そして間をおいて、
「あなたただの人間でしょう、何の邪気も魔力も感じませんから」
「ああそうだが」
「そんな人に次の神様を任せてみたくなりましてね」
葛城はニッコリ笑って、
「今の段階はあなたを神様にしたいと僕は思っております」
「俺はなる気はないがな」
「そうですか、それは残念です。でしたら気が変わるのを待ちましょう」
葛城は空見上げ、
「だからフウカさんとあなたを守るのが現状での私の役目ですね、クラスにそんなに危ない人もいませんし、ただ……」
俺はまだ何かあるのかと思う、
「ポミアさん、何か裏があるのかもしれませんお気を付けを」
葛城はそう念を押した。
ポミアが? あのふんわりとした女の子、いや悪魔か天使なのか。
「ご忠告どうも」
俺はそう言って、屋上を後にした。
放課後、帰り道を歩きながら俺はリズペットに屋上で葛城との話を伝えた。
リズペットはさして驚いた様子もなく、
「葛城は退魔師か、てっきりどこからかこの神様戦について嗅ぎつけた魔法使いでもと思ったんだけどね」
リズペットも同じように最初から俺と同じ思いだったようだ。
「でも、啓二もよくのこのことついていったね、殺されていたらどうするつもりだったの?」
リズペットは落ちてきた桜の花びらを掌にのせてそれを見つめている。
考えてみれば危ない行為、しかし俺もまだ危険という危険に会っていない。
だからまだ分からないのだ。
自分が本当にそう言った殺し合いに巻き込まれていると言う現実に。
「知らない人について言っちゃダメって両親に言われなかった?」
確かに、リズペットの言うとおりだ。
リズペットはくすりと笑って、
「まあ、啓二は正直者で優しそうだからね、仕方ないよ」
「なんだそれ」
俺の事は俺自身が一番知っている、と思う……。
だが正直者かどうかは分からなかった。
「ねえさあそれよりも、これから一緒にうちの家に来て一緒にゲームしない」
俺には用事はないし断る理由もないの承諾すると、
「そうこなくっちゃね、さすが啓二」
リズペットは嬉しそうに顔をほころばせるのだった。
リズペットの部屋はなんというかデイトレーダーと思わせるくらいマシンだらけだった。
部屋の中央に何人は入れるんだと思えるくらいの大きなコタツが春だと言うのに出ていて、その上にモニターが5台、周りにはパソコンの本体がたくさん転がっている。冷房がガンガン効いていてかなり寒い。
「まあ、寒いから座りなよ、その間に準備するから」
そう言って、モニターをかちゃかちゃといじりはじめた。
「なあ、何でこんなに冷房付けてるんだ?」
「え? マシンが壊れるから」
何当然のこと聞いてるのかという顔。
そして準備が終わったらしく俺の前にモニター一台とマウス、そしてキーボードが置かれる。
「さ、いっちょ潜りますか」
潜るってなんなんだろうか……。
そして、俺はその意図を理解できないままでいるとモニターに電源が入る。
「そのデスクトップ上にある。PMって表示されてあるアイコンをクリックして」
俺は言われるがままにクリックする。
新しくウインドウが表示される。
「なあ、今日やるのはそのFPSってやつなのか?」
「そうだね、初めては難しいから最初は練習してから本番の戦いに行こうかね」
そうこうしているうちに画面が表示された。
リズペットに言われて好きな名前、俺はKGとした。
そうして、リズペットの待っている部屋というものに入る。
すると、銃を構えて真中に十字の模様が付いて周りはかなり立体的な街並みだった。
「最近のネットゲームってのはすごいんだな」
「へへん、ここを自分で動いていくって考えるとわくわくしてくるでしょ」
確かにリズペットが毎晩やっているのも頷ける。
そのあとリズペットにいろいろ手ほどきをうけ、少し動けるようになった。しかしレティクルやリコイルコントールとかなんやらいろいろ専門用語はいまいち理解できなかった。
数時間後、さらに俺は上達していき、大分敵を倒せるようになった。だがリズペットには遠く及ばない。だけど楽しくなってきた。
「そろそろ本番、クラン戦、行きますか!」
「クラン戦?」
「うん、まあ、チーム戦みたいなものかな。うちと啓二でチームを組むの」
面白い! かかってこい!
俺はかなりハイテンションだった。それは今の時間が24時をとっくに過ぎたからというのもあるだろう。
たくさんの相手と戦った。俺は負けることも多いがリズペットがカバーしてくれて、比較的勝っていた。相手にはかなり強い相手もいたがリズペットには及ばなかった。
そして、時計の針が朝5時を指したとき、
「そろそろ最後にしようか、お、ここちょうど空いてるよ」
とリズペットが部屋に入った。
相手はRaFmとRuSaかなんかリズペットの名前RiZと似ているな。
リズペットは何故だかニヤリとしていた。
俺は形ばかりのあいさつをして、さっそく試合に入る。
相手はかなりうまかった。今までにはいなかったリズペットと同じくらいのうまさの人物、しかし、リズペットはそれを難なく一人で倒してく、
形式は5ラウンド形式でやっていて4対4になり、最後にリズペットがまさかのRuSaと相打ち、俺とRaFmが残されてしまった。
「啓二落ち着いて、相手はどうってことないって」
そんなこと言われても、リズペットと同等の相手に……。
俺は今ステージの路地にいる。
そのとき敵が真正面に飛び降りる。
くっ、なんの!
俺は訳も分からず銃を乱射する。すると相手を偶然倒してしまった。
そして、勝利のBGMが流れる。
リズペットはなぜか大爆笑していた。
「おめでとう、啓二、キミの勝ちだよ。よかったね」
俺は何が何だか分からなかったが勝った。勝ったんだ。やった!
勝利の実感が今になってやって来た。
「よっしゃー!!!」
朝5時過ぎのテンションで叫んでしまった。
ふと、画面を見るとチャットが来ている。まださっきの部屋に俺もリズペットもいたからだ。
RaFm:今のは不正だ。認めない。
とか、変なことを言っている。確かに適当に打ったことは認めるが、勝ったのは俺だ。
「はいはい、その人は気にしないでいいよ、さっさと終了しよう」
RaFm:おい待て、逃げる気か!
RuSa:いつか必ず、意趣返しをするわ
何か言っているが俺は気にせず終了ボタンを押した。
時刻は6時前もう朝ごはんの時間だ。眠いを通り越して、まったく眠くないのが不思議だ。
「じゃあうちはシャワー入ってくるから、覗いてもいいけど、お金払ってね、テヘッ」
と、あざとい笑いを残し部屋を出て行った。
俺はこのまま家に帰る気にもならずリズペットが入った後シャワーをかりて、朝食を共にするのだった。
俺とリズペットは周りに見えているもうすぐ枯れるであろう桜と同じようなテンションで通学路を歩き学校の校門をくぐった。徹夜がこんなにしんどいものだとは思いもしなかった。
やっとのことで席に着くと、俺は机につっぷす。
「何来てすぐ寝てんのよ、フウカ様の偉大な話を聞きたくないとでも言うの?」
そのフウカ様とやら今は頼むから寝かせてください。
「何寝ぼけたこと言ってんのよ、まあいいわ、昼のハイローってゲーム楽しみだわ……」
フウカのうれしそうな言葉を耳に残しながら俺の意識はゆっくり闇に落ちて行った。
起きたのは二時限目の途中だった。幸い一限目の英語の鬼の斉藤は俺とリズペットを無視して授業を飛ばしたようだ。
昼休憩に集まった俺達三人とポミアと葛城。昼ご飯をフウカ命令で速攻食わされる。そして葛城は机の上にトランプとマッチ棒を置いた。
「さて、ハイローのルールを説明しましょうか」
楽しそうに笑う。
「まずみなさんに配ったマッチ棒は点数です。一個1ドルとしましょう。一ゲームごとに一つ場に出します」
「それじゃあ、どんどん減っていくってことですかぁ?」
ポミアがほんわりとした口調で質問する。
「いえ、まだ勝負がまだですよ、ポミアさん。まずプレイヤーは三枚の裏向きの手札と表向きの手札一枚が配られます」
「表向きならポーカーにならないじゃないか」
俺の質問に、
「まあ焦らずに、この中でAを一番小さな数字として一番小さなプレイヤーから、最初はこの人が親ですね、自分の手を見て場にコール、と言って最大5個までマッチ棒を出せます。各プレイヤーがベッドかドロップ。のるかおりるかを決めます」
「ふむふむ、相手の表向きの役を見て判断するのね」
フウカの問いに、
「その通りです。そして、コールが終わるともう一枚カード引きます。一枚カードを引くごとに親がコールをしていきます。手札が7枚になってコールが終わったらショーダウン、手を公開して勝負します。勝負は5枚選んで行います」
「それで、役はどうなってるのさ」
リズペットは真剣そのものだ。
「普通のポーカーと同じ……と、言いたいところですがハイローは役が増えます。ワンペアからロイヤルストレートフラッシュまでは同じですが、ローの役があります。これは手札がワンペアを含まない全て8以下の時、一番下の手がローの役です」
葛城は一呼吸おいて、
「ショーダウンの仕方ですが、自分がハイで勝負するかローで勝負するか決めてショーダウンします。そしてハイとローで勝ったものが場の全てのマッチ棒をもらえます。割り切れないのはロー側に入ります」
そこで葛城はニッコリと笑って、
「どうですか、みなさん分かりましたか?」
正直、かなり不安だがやってみない事には分からない事だろう。
それはみんなも同じなようでとりあえず、マッチ棒を配ろうとフウカが言い出した時だった。
「私も混ぜてはくれないだろうか?」
凛とした声が俺の耳に届いた。
振り向くと、そこには高宮・ラファミー・杏子がいた。ツーサイドアップの髪は絹のようにつやつや、長身で大きな胸はまるで零れ落ちそうなくらいに大きく見る者を圧倒し、すらっと伸びる脚はモデルみたいだ。
表情は真剣だがどこか怒りに満ちているように見えるのは俺だけではないと思う。
リズペットは笑いを隠せない様子で、
「ラファミーあんた、どうしたの、そんな必死になって」
「ふん、ただ私もゲームがしたいだけだ。ハイローは知っている私も混ぜろ」
今度は挑戦的だった。
「いいわ、強そうな人が入ってくれた方が面白いわ、ぜひ一緒にやりましょう」
フウカはノリノリだった。
「貴様は斑鳩啓二と言ったな」
ラファミーは俺の横に座ると、キッと俺を睨んで、そして前を向いた。
なんだなんだ。俺はなにかこいつにしたのか?
いつまで考えても理由は浮かばなかった。
そんな何だかよく分からないことが起きているのを感じつつゲームは始まった。
カードが配られる。俺のカードは三のワンペアとKとQと表向きの9、親は3のポミアから始まった。
ポミアは、んーっと首を捻って、
「一つベッドします」
と言ってマッチ棒を一本出した。
フウカは速攻ベッド、リズペットは考えた末にドロップ。葛城も困った表情でドロップした。ラファミーのターンだ。俺の方を向いて、マッチ棒をカツーンと音を立てておいた。
「ふん……」
余裕の表情だ。よっぽど強いカードなのだろうか……。
俺はこの時点でワンペア。今から三枚引いてくることを考えるとツーペア以上を確実に狙える。だが、相手がストレートやフラッシュと言う役ならばどうだ……。俺の手は一気に勝つ確率を失う。
俺がごちゃごちゃ考えていると、
「どうした、怖気づいたなら降りてもいいんだぞ」
挑発をかましてくる。
思わずマッチ棒に手が伸びるが、自制する。
ここで相手の挑発に乗ると思う壺だ。
「俺はドロップだ」
「そうか、賢明な選択だな」
ふふふ、とラファミーが笑う。
ポミアとラファミーはカードを一枚づつ引いた。
ラファミーに見えているのはダイヤの8とQポミアはハートのAとクラブの8。
ポミアはうーんと呟いて、
「私は降ります。この場合どうなるのでしょうか?」
葛城に問いかける。
「そうなればラファミーさんの勝ちですね」
「私の負けかぁ、仕方ない」
そう言ってカードを伏せた。
「じゃあ、場のマッチ棒は全て貰っていくぞ」
ラファミーは勝ち誇った笑みでそう言う。
俺はどうしても気になり、
「おい、ラファミー手を見せろよ、どれくらい強い手なんだよ」
「こういう風に勝った場合、手は公開しなくていいはずなんだが、まあいいだろう」
そうして見せたらファミーの手はばらばらで何一つ揃っていなかった。
「何も揃ってないじゃないか」
「こういう戦略もあるのだよ」
ラファミーは得意げだ。
リズペットはラファミーを不敵に見つめながら、
「いきなりブラフをしかけてくるなんて、さすがラファミー、やるね、うちも負けてられないや」
「私も負けないんだから!」
フウカも息を巻いていた。
「次は私の親だ、さあ、ゲームはまだまだ始まったばかりだからな、ククク」
カードを切るラファミーの姿はまるで悪魔のようだった。
ゲームはラファミーとリズペットがトップ争いをしており、その下を俺とフウカとポミアが追いかける形になっており、葛城はもうマッチ棒がほとんど残っていない。このゲームを提案したのはお前なのになんでだよ……。
俺の親のターン、手には10のスリーカードが揃っている。ポミアはドロップしている。
フウカの手はQのスリーカードが見えている。しかし、葛城にはフラッシュの兆し、リズペットにはQのワンペアが見えており、フルハウスまで考えられ、ラファミーはストレートの987が見えている。
だが、ここまでだいぶベッドしてきて引き下がれない。俺は賭けに出る。
「俺は5個ベッドするぜ、勝負だぜ」
俺はあることを考えていた。
「ドロップです。さすがに5個は出せませんね」
葛城は降りた。
まずはこうして強気に出ることで、俺の手を強く見せ降りる奴を出来るだけ増やすことだ。
「コール、もちろん乗るよ」
リズペットはぽいっとマッチ棒をだした。
フウカは顔を梅干しがさらに渋くなるようなくらいな顔をして考えてから、
「コール、仕方ないわね乗ってあげるわ」
フウカも乗って来た。まずいな。フウカは降りると思ったのだが。
ラファミーのターンだ。こいつが乗るかで反るかで変わる。
しかし、ラファミーは俺の考えをあざ笑うかのように、
「甘いな啓二、コールだ。」
よし乗った。
これで、俺は作戦通りに行けば、いいのだ。
「さて、ショーダウンだ。俺はローだ」
手を公開する。10のスリーカード、もちろん、ローとしては何の役にもなっていない。しかし、俺よりも上の手しかいない場合。そう、回りがみんな強い手だと分かったからできる勝負だ。
「私はもちろんハイ」
リズペットはKのフルハウス。
「くやしー! 私もハイよ」
フウカの手はQのスリーカード。
さあ、ここまでは計算通り、あとはラファミーがローでなければ俺の勝ちだ。
「だから、甘いと言ったんだ。啓二、私はローだ」
手を公開したラファミーは98765のストレート、つまり、9の役だった。
なん、だと。
手に絵札があるとばかり思っていた俺は唖然とする。
「ふ、これで借りは返したぞ、啓二よ」
ラファミーは挑発的に笑っていた。
く、何だか知らんがムカつくぜ。
だがあえて言う。まだ舞える。
俺は気分を入れ替え次のゲームに備えようとしたとき、
その時昼の授業の予鈴がなった。
これでゲームは終了か、くそ、なんだかラファミーにずっとしてやられていた気がする。
だが、ゲーム自体は面白かった。またやりたいと思う。
そう思ったのはフウカも同じようで、
「ねえ、またいつかやりましょうよ、みんなでこのゲームを」
キラキラとした瞳で見つめていたのは俺だった。
「いつでもやれるさ、だってみんなもう……」
この先を言うのは野暮と言うものだろう。
ラファミーが顔を逸らしていた。
リズペットがにやにやとしながら肩に手を置いて、
「だってさ、ラファミー」
「ふん、そんなこと私の知ったことではない」
と言って、自分の席に帰るのだった。
そのあと昼の授業の先生が入ってきた。
授業が終わる鐘が鳴る。
俺は背伸びとして、授業の片づけを始める。フウカが先ほどの授業の先生に怒られている。あいつ、勉強はできないからな……あ、職員室に連れて行かれた。
呆れた様子で見ていると、ポミアがこちらに歩み寄って来た。
ふんわりとしたソバージュの下の表情はいつもの穏やかな表情が少し緊張しているような気がする。
「ねえ、斑鳩君。少し大事な話があるの。教室に残っててくれないかなぁ?」
俺を真摯な表情で見つめるポミアに俺は少しドキッとする。
数日間過ごした中でポミアはとてもいい奴だった。好印象を持たれているのはありがたいが、大事な話ってまさか……いや、でも葛城やリズペットみたいなことかも知れないし……。
「どうかな……」
上目遣いに見てくるポミアに、
「ああ、分かった」
その表情に思わずうなずいてしまった。
そのとき、ちょうど片づけを終えたリズペットが、
「帰ろうよ、啓二」
と声をかけてきたので、
「ああ、俺はちょっと用事があるので残るよ」
「ん、何も用事ないし、待つよ」
そう言って、席に着こうとするリズペットに、
「ああ、校門で待っててくれるとありがたい」
「え? 分かったよ」
不思議そうな顔でリズペットは教室を出て行った。
夕日が教室を真っ赤に染めていた。
教室には俺とポミア。
俺がドキドキしながらいつまでたっても動かないポミアを見ていると、ポミアは席から立ち上がり、教壇の方に歩いていく、
「ねぇ、斑鳩君、君は、伊吹さんのことどう思ってるのかなぁ?」
「フウカか……」
俺はここに来てやっと今からそういうこと、告白。という重大なことが起こることを想定して思い返してみる。
フウカ……自分勝手、だけどいつも周りの事を考えて気も回る。太陽のような笑顔はひかれないと言ったら嘘になる。
だけど、それが女性として好きかどうかと訊かれると、まだ、分からない。が正しい回答だ。
恋なんて物はしたことはないけど、多分フウカに抱いている感情は恋ではないだろう。
『斑鳩を信じているからね』
ふと、そんな言葉が、リズペットの声がよぎる。
リズペット……俺のことを心から信じてくれて、いつもそばにいてくれる存在。
俺は、リズペットの事をどう思っているのだろうか。
答えが出せないままでいると。ポミアは優しく笑って、
「ふぅ、あなたは何もわかっていないのね、まあいいわぁ、伊吹さんは神様の娘、そんな特別な存在に一番近いところにいる」
教壇から降りて俺に近づいてきた。
俺は席を立つ。
今目の前に近づいてくるポミアを見つめる。
真剣に考える。
ポミア、確かにほんわりとした魅力的な女性だと思うが、俺は、
「それでね、私はね本気で神様になりたいの。分かるかしら。この気持ち」
「人の気持ちなんて誰も分からねえよ」
「そう、それは残念ね……私はね、この世界をもっと素晴らしい平等な世界にしたいのよ、上も下もない、平和な世界にね」
こつこつとこちらに歩みを進めながら、俺をじっと見つめるその姿には確固たる意志を感じる。
それをしっかり受け止め答える。
「俺はそうは思わない、平和な世界を目指してるのはいいと思う。だが、上も下もないっていうのは、何の秩序もないのと変わらないぞ」
俺の言葉を聞いたポミアは物憂げな顔で、
「そう……あなたとは仲良くやっていけると思ったのだけど、リズペットとうまくやっている時点でそれはありえなかったわね」
「そんな寂しいことを言うなよ、これからも仲良くしていこうぜ」
「無理ね」
そういうと今までの優しい笑みが消え去り、ポミアの身体が一瞬にして光に包まれる。
ソバージュの髪は金色に変わり、吸い込まれそうな瞳も金色、黄色いチューブトップの上とプリーツスカートに緑の見せパンを履いている。
「お前もやっぱりそう言う存在なんだな」
「ええ、そうよ、余裕ね」
「何がだよ」
俺は正面から対峙しているポミアに何も持っていないことを確認しているし、それに友達。信じている。
「あなたにもう用はないわ、死んでくれるかなぁ」
不敵に笑い、手に銀の槍を出現させ俺に高速で襲い掛かってくる。
俺はほとんど反射神経でかわして、床に転がる。
何が起こったかわからなかった。
腕に切り傷ができている。
そこで初めて死の恐怖、そして裏切られたことを理解する。
「どうして……」
俺は必死に問いかける。
それを鼻で笑うように、
「どうしてですって、あなたとは分かり合えない、それだけで十分でしょう」
「ポミア……俺たちは友達だったんじゃなかったのかよ……」
「黙れ!!! 何も知らないくせに!!!」
「一緒にゲームをしたのも嘘だったのか」
「うるさい、うるさい!!! もう、決めたの、それにこれはもう神様を決める戦い、戦争なのよ!!!」
何かを振り切るように頭を振る。
その表情は今にも泣きそうだった。
ポミアも好きでやってるわけじゃないのか?
でも、それでも神様になるという自分の決意の元に友達を捨て、歯を食いしばり、それでも必死に神様になる。そんなにしてまで神様になる必要はあるのか?
「なあ、ポミア、今からでも遅くない、元の姿に戻れ、俺は全然気にしていない」
「もう遅いのよ! 私は突き進まなければいけないの、全員を殺してでも神様にならないといけないのよ」
そういうポミアの声は震えていた。
そうか、ポミアも怖いんだな。
俺は自分が抱いていた死の恐怖というものが薄れていく、そして同時にポミアに賭けてみたくなった。
「分かった。俺を殺せよ、ほら、抵抗なんてしねえよ」
俺は床に座り足を投げ出す。
それに唖然とするポミア。
「な!? どうして!? あなたは死ぬの怖くないの?」
「いや、怖いさ、いまでも逃げ出したいくらい怖いさ。でもさ、ポミアがどうしても神様になりたいし俺はポミアに対抗する手段なんてないからな」
「ふ、ふふふ、あはははは! 馬鹿ですね、分かったわ、お望通り殺してあげる」
ポミアは空中に無数の銀の槍を出現させる。
俺はポミアを信じる。
ポミアの瞳がゆらゆらと揺れ動く。
いつまでたっても襲い掛からない銀の槍、
気が付くと、ポミアが俺に抱きついていた。
「ダメ、どうしてもあなたを殺せない、私にはあなたを殺してまで神様になる意味がまるで見いだせないの」
瞳には一筋の涙。
俺はそっと呟く、
「神様に必要なのは多分、そういう、優しさなんじゃないかな」
「優しさ?」
「おう、そういうポミアの人を殺せないような優しさっていうものが必要なんだと思う」
ポミアは涙を拭って、
「そっか……じゃあ私神様になれるかな……?」
「おう、なれるさ。俺が保証する」
「ありがとう、啓二君」
初めて、ポミアが名前を呼んで瞬間だった。
「なに、これ……」
廊下の方から驚愕に満ち溢れた声が聞こえた。
触れていたポミアの身体がキラキラと輝き、透明になって崩れ落ちている。感触も薄くなっている。
空中に浮いている銀の槍も全て煌めいて粉雪のように散っている。
教室のドアに立ち尽くしているのは、フウカだった。手には英語の教科書を持っているので今日の最後の授業の残りを今の今までやっていたのだろう。
フウカの能力。
それはどんな異能も消し去る。神の力。
絶対の力。
本人が望もうが望むまいが発動するその力は、今まさにポミアをこの世から消し去ろうとしている。
俺は茫然として、そして目の前に出来事が信じられなかった。
ポミアは自分に何が起きたのか理解できない。
「ねえ、啓二、どうして……?」
俺は何も言えずにポミアを見つめる。
「ねえ、答えて……私は消えちゃうの……?」
ポミアの長い睫に縁どられた瞳から大粒の涙が零れる。
「啓二君、私……私はまだ消えたくない!!!」
必死の叫びだった。
心からの叫びだった。――だが、俺は何も言えなかった。
ただ、一言、こう言ってやった。
「お前が神様になっても良かったんじゃないかって思えてくるよ」
ポミアは涙で壊れそう表情で、
「啓二君……ううん、ありがとう、最後にあなたにそう言われて救われた気がするよ、こうやってラファミーさんを無視して神様を目指した後悔が少し救われた気もする……」
ポミアの姿はもうほとんどきらきらとした透明な滴になって見えない。
「私。消えちゃうのか……ラファミーさん最後まで仕えれずにすみません……」
ポミアはここにはいないラファミーを思って口に出した。
ラファミー……すまん、俺は……。
俺は目に熱いものを感じるが、気にせず続ける。
「ポミア! 友達に慣れてよかった、だがもっと友達で居たかった」
「うん」
ポミアの姿が消えていく。
「ポミア、さよならは言わない、また絶対会おう!」
頬に伝う滴なんか気にせず叫んだ。
「うん……あなたもがんばって神様に……また会おう……ね―――」
そうして、ポミアは見えなくなった。
最後に涙に溢れて笑うポミアの姿は、一緒にゲームをしたときと同じような安らかな表情だった。
教室には悲しそうに立ち尽くすフウカの姿。
まるで4月の終わりの桜のように今にも散ってしまいそうだった。
「フウカ、お前……」
「あたし、またやってしまったのね」
頬を伝う一筋の涙、
「もう絶対友達を失いたくないって思ったのに……どうして……」
ぼろぼろと次々に溢れ出す涙。
「どうしてなの!!!」
フウカの叫びは教室中に響いて、やがて消えて行った。
後悔には遅すぎ、そして重すぎる結果。
俺はどうすれば良かったのだろうか。
あのとき、ポミアの前から無理にでも逃げ出せばよかったのだろうか。
無数のifが頭をよぎっては消えていく。
だが。どれもこれももう遅い。
――ポミアはもういないのだから。
俺は立ち上がり、フウカのそばに行った。
「フウカ、お前は何も悪くないさ、ただ、今回は間が悪かった。……じゃ、収まらないし、俺もそんなんじゃ整理がつかない」
フウカは涙でくしゃくしゃになった顔をこちらに向け、
「あたし、また消しちゃった、友達を、取り返しがつかないくらい大事な友達を!!! それに!!!」
俺はフウカをギュッとと抱きしめる。
フウカの身体は細くて柔らかくて、こんなに小さい存在なんだ。
これ以上悲しまなくていい。
そんな思いを込めながら抱きしめた。
「もういい、これ以上何も言わなくてもいい」
俺は、フウカの頭を優しくなでた。
フウカは静かに泣き続けるのだった。
フウカが泣きやむのを待って俺はフウカと一緒に帰る。
フウカの目は何か決意した目はだった。
校門まで来ると、少し一人で帰りたいと言ったので何も言えずに俺は見送った。本当は最後まで送りたかったのだが。
そして、何も考えずに校門を出ると不意に遠慮がちな声が聞こえてくる。
「どしたの、啓二」
リズペットだった。
そういえば、校門の前で待ち合わせしていることをすっかり忘れていた。
俺は帰りながら、さっき起きた出来事を説明する。
すると、リズペットはまるで春なのに雪が降って来たような顔をして、
「え!? ポミアが。でも、前会った時はそんな話一度もしなかったのに……」
俺は前々から思っていたことを訊いてみた。
「なあ、リズペット、お前、ポミアやラファミーが一緒に遊んだりするとき、なんか顔見知りのようだったけどそうなのか?」
リズペットは少し悩んでいた。言うか言うまいか。そんな様子が見て取れる。
しかし意を決したように。
「そうだよ、同じ魔王軍に所属する仲間、ラファミーとうちは魔王様の直属の部下、ノワールローズでポミアはラファミーの部下だったの」
そんな仕組みがあったのか……。
「まあ、ポミアはなんとなくうちのこと嫌いなふしがあるのは知ってたけど、まさか啓二の命を奪ってまで神様になろうとしてたとはね」
ポミアは腕組みをする。
「さてさて、これはうちもそろそろ動き出さないといけないかな」
落ちかけた夕焼けに反射してリズペットの端正な顔立ちがくっきりと浮かぶ、
思わず見とれてしまう。
「まあ、うちの能力は陰でこそこそやるタイプだからね」
そう言って、リズペットは急に駆け出し、ポニーテールがふさふさと揺れる。
その時、リン、と音が鳴り響いたような気がする。
しかし、俺には何が起こったのか分からなかった。
次の瞬間にはリズペットの姿はなかったのだから。