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Monster everyday  作者: 久遠瑠璃子
3/3

人狼 フェルト・インディス

――フェルトside(サード)――




月明かりの射し込む森の中を、一匹の狼が駆け抜ける。

満月の光を浴びて美しくも濃い、灰色に近いような銀色の毛並みが光沢(こうたく)を放つ。

時折、月明かりを浴びて銀色の中に白銀の毛並みが違う色を帯びて光沢を放っていた。

銀色の毛並みに、メッシュのように入った白銀の毛並み。

森の中を駆けて行き、美しい狼は満月に向かって()える。

狼が放った遠吠(とおぼ)えは森中に木霊(こだま)する。

刹那(せつな)、再び狼は森の中を駆け出す。

まるで、自分の(おか)した(ツミ)から逃れるかのように。

何かから、必死に逃れようとするかのように。

小さな(しずく)が宙に舞い、月明かりに照らされて宝石の(ごと)く輝く。

狼は吠える。

吠える。

悲しみを(なげ)くかの如く、涙を浮かべたまま吠え続けた。




――――フェルト・インディスは人狼(ウルフ)だ――――




()る所に、人狼(ウルフ)の一族が存在した。

フェルト・インディスは、その一族の生き残りだ。

だが、彼は人狼(ウルフ)と言っても一族からは〝人狼(ウルフ)()(そこ)ない〟と言われていた。

何故ならば彼は、〝半人狼(ウルフ)〟であり〝半人間〟だったからだ。

確かに彼の中に人狼(ウルフ)の血は流れていた。

その証拠に、彼は常人よりも聴覚と嗅覚に(すぐ)れていた。

正に狼のような聴覚と嗅覚を持っていた。

しかし、彼は狼に姿を変える事は出来なかったのだ。

一族の全員は皆、狼へと姿を変えられると言うのに。

フェルト自身、何故自分が半人狼(ウルフ)なのか理由はわかっていた。

それは、フェルトには双子の弟が居たからだ。

人狼(ウルフ)伝承(でんしょう)に書かれたいた一文。

〝誕生し時、この身二つに分かつならば呪いが掛けられん〟

つまり、人狼(ウルフ)が双子に産まれれば産まれ付き必ずどちらかの人狼(ウルフ)としての力が弱まるのだ。

運が悪い事に、力が弱まってしまったのは双子の兄であるフェルトの方だった。

弟であるフェリス・インディスは、人狼(ウルフ)の本来あるべき姿で居られていた。

美しい白銀の髪は、狼になった時にも同じく綺麗だった。

それはそれは美しい、狼へと姿を変えられた。

みんな、綺麗な銀色をしていると言うのに。

自分だけが、深い銀色の髪色。

灰色に近いような、深い銀色だった。

一族のみんなは白系の美しい銀色だと言うのに。

〝なんと汚い人狼(ウルフ)だろうか〟

〝いや、あれは人狼(ウルフ)なんかじゃない〟

〝ただの成り損ないだ〟

毎日聞かされる罵倒(ばとう)

無駄に聴覚が良いフェルトには苦痛に過ぎなかった。

どんなに耳を(ふさ)いでも、聞こえて来る嫌な声。

何度も、フェルトは自身の運命を呪った。

どうして自分は双子に産まれてしまったのだろうかと。

双子にさえ産まれなければ、こんな思いをせずに済んだのに。

「――兄さん?」

弟である、フェリスの声で我に返る。

顔を上げてみれば、フェリスが柔和(にゅうわ)に微笑む顔がそこにはあった。

フェリスへと腕を伸ばし、優しく(ほほ)に触れる。

例え運命を呪ったとしても、同じ血が流れている大切な弟を(うら)む事等は出来ない。

弟に罪はないのだから。

「大丈夫? 兄さん……」

「ああ、俺は大丈夫だ。お前が心配するような事なんか、何もない」

兄だから、いつだって弟を守らなければ。

人狼(ウルフ)、半人間であるフェルトにとっては弟に守られる事の方が多かった。

常人よりも身体能力は()けているが、完全なる人狼(ウルフ)はフェルトの比ではなかった。

(けた)違いも良い所の、身体能力。

狼の時でも、人型の時でも。

一族ならば()けられるような攻撃も、フェルトには避けられない。

怪我を負えば、人狼(ウルフ)ならば驚異(きょうい)的な回復力で傷が治るが。

人狼(ウルフ)であるフェルトでは、一週間経っても傷は()えなかった。

常人に比べたら傷の治りは早い方だが。

人狼(ウルフ)の一族と言う事があり、いつだってフェルトは成り損ないだと言われ続けた。

悲しい事に、半人間という事なので弟のフェリスと比べれば早く身体が老いていく。

老いていくと言っても、まだ二十八歳だが。

人狼(ウルフ)の身では、時の流れが遅く感じられる。

銀の弾丸を心臓に放たれるその日までは、所謂(いわゆる)不死状態なのだ。

そんな頃の出来事だった。

魔女狩りや吸血鬼狩りが行われるご時世。

当然、人狼狩りも行われた。

多くの一族が、人狼狩りに襲われて殺されてしまった。

更には、ただの狼にも銀の弾丸が放たれる程だ。

気が付いた時には、祖父母も両親も。

一族の全員が亡くなっていた。

フェルトとフェリス以外の、全員が。

フェルトの事を罵倒していた一族の全員が。

成り損ないだといつも言っていた、あの一族全員が。

気が付いた時には、みんな居なくなっていた。

たった二人だけ生き残った時、フェリスが告げた一言を今でも覚えている。

「――兄さん。絶対に生き残ろう。絶対に、生き残ってみせようよ」

「……ああ」

それ以来、満月の夜が来ても遠吠えをしないようにフェリスは必死に理性を保つように努力を始めた。

人狼(ウルフ)の特徴といえばやはり、満月の夜になれば狼に姿を変える事。

しかし、フェリスや一族のみんなは自分の意思で人間の姿や狼の姿で居る事が出来た。

満月の夜に狼に()らない事も出来た。

ただ、野生の本能で理性を崩壊(ほうかい)しないように耐えるのは辛いとフェリスは言っていた。

人間の姿で居れば、基本的に人狼(ウルフ)である事はわからない。

少し尖った犬歯(けんし)が見えたとしても、人間の目には普通に見えるだろう。

吸血鬼(ヴァンパイア)とは違い完全なる夜行性ではない為、昼夜問わずに行動も出来る。

唯一の肉親である弟と、森の奥で密かに暮らしていた。

二人だけで建てた、小さな小屋で。

とても、幸せだった。

もう誰も、自分の事を人狼(ウルフ)の成り損ないとは言わない。

誰も、自分を(さげす)む事はない。

人狼(ウルフ)も、人間も関係ない生活。

フェルトはただ、フェリスと暮らせればそれで良かった。

ただ、それだけで良かったと言うのに。

それは()る日、唐突(とうとつ)に訪れた。

大雨が降り注ぐ夜の事だった。

フェルトとフェリスの二人だけで作り上げた、小さな小屋で。

フェルトは買い物に出掛(でか)けたフェリスを待っていた。

そこに、フェリスが連れて来たのだ。

「森の中で倒れていたんだ」

そう告げた全身びしょ濡れのフェリスの腕には、コートに包まれた少女の姿があったのだ。

人間の姿を目にして、フェルトは驚愕(きょうがく)した。

当時、人狼(ウルフ)を見つけた人間には高額な懸賞金(けんしょうきん)が掛けられていたからだ。

思わず手にしていた珈琲(コーヒー)の入ったマグカップを手落とす程に、フェルトは驚いた。

床へ落ち、(くだ)け散ったマグカップ等気にも留めずフェルトはフェリスを怒鳴り付ける。

「何してるんだお前は! わかってるのか、自分の置かれた立場を! もしもこいつが俺達の事を――」

「ねぇ、フェルト。フェルトならわかるでしょ? もしかしたらこの子、熱があるのかもしれない。僕にはわからないから、熱があるかどうかを確かめて」

人狼(ウルフ)は、異常な程に体温が高い。

常人と比べれば、高熱を持っていると思われる程の体温が平熱だ。

人狼(ウルフ)であるフェルトには、フェリス程の体温は持ち合わせていなかった。

常人よりも、少しは体温が高いレベルだ。

「――その娘を、どうするつもりなんだ」

人狼(ウルフ)も人間も関係ないよ。困ってる人が居るなら、僕は助ける。倒れている人が居るなら、僕は助けるよ」

「もしもその娘が俺達を警察に突き出すとしたら、どうするんだ?」

「その時はまた別の場所に引っ越せば良いじゃないか」

柔和に微笑んで、フェリスはそう告げた。

フェルトは深い溜め息を(こぼ)し、ベットに寝かされた少女の(ひたい)へ手を当てる。

フェルトの体温よりも、(はる)かに高い。

フェリスの体温と同じか、少し低いくらいか。

「お前、この娘を俺達だけで介抱(かいほう)するつもりか?」

「それで、どうなの?」

「――尋常(じんじょう)じゃない熱を持ってるな。病院に連れて行った方が良いだろ。じゃないと死ぬぞ」

「この大雨にまたこの子を(さら)すつもり?」

「なら勝手にしろ。高熱を出してる。とにかく体を冷やしてやれ」

「あ、僕が作った秘伝(ひでん)の薬とかって効くかな?」

「人間でも大丈夫な材料使ってるなら平気だろ」

「じゃあ、この薬を飲ませればすぐに治るね!」

少女の介抱をしながら、フェリスは手にした薬を少女に飲ませた。

薬を作るのが趣味と言うだけあってか、フェリスが作った薬を飲ませると少女の熱はすぐに引いていった。

恐らく、これが大きな間違いだった。

何を連れて来ても、突き返すべきだったんだ。

――だからあんな結末を迎える事になったんだ――

数日後、少女は目を覚ました。

フェリスが使っていたベットを少女に使わせた為、フェリスはフェルトのベットを使っていた。

すると自然とフェルトはソファで眠るしかない。

ソファで珈琲を(すす)っていると、戸惑(とまど)いながらも少女が尋ねて来る。

「あの……私……」

「――森の中で倒れてたお前を、向こうで眠ってる奴が助けたんだ。礼なら俺じゃなくてあいつに言ってくれ」

最初、フェルトは少女を警戒(けいかい)していた。

普通に接していれば自分達が人狼(ウルフ)だとはわからないと思いつつも、ずっと気を張っていた。

だが、フェリスだけは違ったのだ。

少女が目を覚ました事に気が付くと、まるで自分の事かのように喜んだ。

何かと少女に世話を焼き、少女が元気になって小屋から出て行く時に。

「また来てね。可愛い赤ずきんちゃん」

今まで目にした事がないような、優しい笑みを浮かべてフェリスは告げた。

その時フェルトはすぐに気付いた。

少女の頬が紅潮(こうちょう)するのが見えた。

それに、フェリスの優しい表情。

瞬時に気が付いた。

二人は恋に落ちたのだと。

流石(さすが)に恋愛感情を抱いてしまっては、取り返しの付かない事になる。

いつまでも自分達の秘密を隠し通せるわけがない。

少女が小屋から去った後、フェルトは告げた。

「――フェリス。あの娘が警察に通報しない保証が何処にある? それに、お前あいつに恋をしただろ」

「やっぱり、兄さんには敵わないや」

フェリスはただ、苦笑するだけだった。

それからフェルトは幾度(いくど)となくフェリスに告げた。

これ以上深みに(はま)るなと、何度も忠告(ちゅうこく)した。

恋は、深みに嵌れば嵌る程に周りが見えなくなる。

自ら秘密を暴露(ばくろ)してしまう恐れもある。

何度も忠告したのだが、フェリスは密かに少女と逢瀬(おうせ)を重ねていた。

どんなに離れた場所に居ても、半人狼(ウルフ)であるフェルトには会話が全て聞こえていた。

二人がどんな愛の言葉を(ささや)いているのか、すぐにわかった。

自分なら()だしも、フェリスが恋をするのはいけない。

許されない事だ。

化け物と、人間との恋なんて。

そんなの、許されるわけがない。

例え自分が人狼(ウルフ)である事を隠したまま、子供でも産まれた場合。

産まれて来るのは人間ではなく、間違いなく狼の姿だ。

もしもフェルトがフェリスの立場ならば、問題はない。

人狼(ウルフ)のクォーターが産まれるだけで、それはもうほとんど人狼(ウルフ)ではないのだから。

『ねぇ、僕が隠していた秘密を……教えても良い?』

不意にそんなフェリスの声が耳に届く。

フェリスの声が聞こえた瞬間、フェルトは無意識の内に小屋から飛び出していた。

駄目だ。

それだけは駄目だ。

今夜は満月の夜。

少しでも気を(ゆる)ませれば、すぐに狼の姿へなってしまう。

どんなに愛があると言っても、眼前(がんぜん)で化け物へ変貌(へんぼう)した人を見て怖がらないはずがない。

フェルトは必死に森の中を駆けるが、フェリスの元へは辿(たど)り着けない。

こんな時、自分が完全なる人狼(ウルフ)ならば。

もっと早く、フェリスの元へ行って止められるのに。

刹那、森の中に銃声が響き渡る。

銃声が木霊する中、フェルトは一瞬何が起きたのか理解出来なかった。

駆ける足が、自然と止まっていた。

今一体、何が起きた……?

銃声の音だけが、森の中を木霊していく。

木霊して、遠くへ行ってしまうだけだ。

木霊が聞こえなくなった頃、少女の悲痛な叫び声が、鼓膜(こまく)に響く。

『どうして、どうしてそんな事をするの!?』

少女の声が、耳に届く。

『お前こそどうしてわからないんだ! もう少しで化け物に()われる所だったんだぞ!』

初めて耳にする、男の声が聞こえる。

銃を()ったのは、少女ではない。

撃ったのは、男。

『でも、よくやった! これで俺達は大金持ちだ!』

『私はそんなつもりじゃ――』

『早くその化け物を連れて行くぞ』

『やめて!』

やめろ。

『お前、まさか本当にこんな化け物を愛してたのか? 冗談は止せ』

男の、下品な笑い声が耳に届く。

気が付いた時には再び駆け出していた。

息を切らしても。

苦しくなっても。

フェルトは駆ける足を止める事はなかった。

男の重い足取りが耳に届く。

待っていろ。

俺が今すぐ、お前の元に行く。

お前を助けてやるから……っ!

必死に駆けていると言うのに。

全力で、走っていると言うのに。

全速力を出して走っているのに、追い付けない。

どうしてかと思っていると、馬車が走る音が耳に届いた。

馬車の音が耳に届き、フェルトは絶望する。

一族のみんなは、全速力で走る馬車に余裕(よゆう)で追い付く事が出来た。

フェルトだけだ。

どんなに全力を出して走っても、馬車に追い付けなかったのは。

フェルトだけだ。

――どうして俺は、人狼(ウルフ)じゃない……?――

完全なる人狼(ウルフ)ならば、簡単に追い付けるのに。

狼になって、森を駆けて行けるのに。

完全な人狼(ウルフ)だったら、大切な弟を守れたはずなのに。

「くそっ…」

涙が(こぼ)れる。

「くそっ……!」

木の根に足を引っ掛けて、派手に転んでしまう。

倒れ込む間にも、馬車の音が遠ざかっていく。

(くや)しくて土を強く握り締める。

半分でも、人狼(ウルフ)の血が流れているのならば。

どうか、その力を全て解放して欲しい。

大切な弟を奪おうとする奴等から、守る為に。

「くそぉぉおおおおおおおおお!!!!!」

満月の()、フェルトは(わめ)(なげ)く。

その声は次第に、狼の遠吠えになっていき。

刹那、フェルトは駆け抜けていた。

二本足ではなく、狼のように両手も使って。

(からだ)は決して狼ではなく、人間の姿のままで。

その名の通り〝半人狼(ウルフ)〟の姿で。

手足の先は、狼。

躰は人間。

頭には狼の耳。

狼の尻尾を生やして、フェルトは森を駆けて行く。

まるで狼そのものの速度で、森の中を駆けて行き――

すぐさま、馬車へと追い付いていた。

満月の夜、半人狼(ウルフ)であるフェルトの血が初めて覚醒(かくせい)した。

人狼(ウルフ)らしく、完全に理性を失ったのだ。

一族の全員が、一度は通った道。

強力な、人狼(ウルフ)の力が操れずに暴走してしまう。

暴走を止められるのは、仲間である同じ人狼(ウルフ)のみ。

しかし、フェルトを止めてくれる仲間はもう居なかった。

馬車に追い付いた瞬間、フェルトは……。

大切な、唯一の肉親であった弟を(あや)めた男の喉元を(するど)い爪先で()き切る。

激しく男の喉元から血飛沫(ちしぶき)が飛び散る中、血走った眼差しで少女を見つめる。

男の真っ赤な血飛沫を浴び血走ったその姿は、ただの血に()えた(けもの)にしか見えなかった。

恐怖に怯え、足が(すく)んでいる少女等気にも留めず、少女へと飛び掛かった。

弟が愛した人物を、フェルトは噛み殺してしまったのだ。

人狼(ウルフ)(ののし)られても耐えられたのはいつだって、大切なフェリスが居てくれたからだ。

いつだって、フェリスが傍に居てくれたからだ。

フェリスだけが、半人狼(ウルフ)である自分を見放しはしなかった。

いつも〝兄さん〟と、(した)ってくれていた。

フェルトは悲しみを嘆いて吠える。

狼の如く、吠える。

吠える。

そして、心臓に銀の弾丸が放たれたフェリスへと歩み寄る。

綺麗で美しい、白銀の毛並みをした狼がそこには倒れていた。

完全に理性を失い、野生の狼と化したフェルトは狼の姿になったフェリスに近付き――

美しい白銀の毛並みをしたフェリスに喰らい付いたのだ。

同じ血の流れた弟の躰を、獣の如く(むさぼ)り始めたのだ。

――〝二つに分かれた力一つになる時、呪いは解かれん〟――

幼い頃に読んだ、伝承に書かれていた一文。

双子に産まれた人狼(ウルフ)の片割れは、どちらかが必ず人狼(ウルフ)としての能力が弱まる。

弱まった力を元に戻すには……。




――――〝片割れの血肉を()らう事〟――――




弟の血肉を喰らい、フェルトは感じた。

自身の躰に流れる人狼(ウルフ)としての血が、細胞(さいぼう)活性化(かっせいか)していくのを。

フェリスの血肉が、自身の躰を酷く(むしば)んでいくのを。

全身に、稲妻(いなずま)が落ちたような衝撃が走る。

それでもフェルトはフェリスを喰らう事をやめなかった。

骨だけしか残らない程に、美しかったフェリスの白銀の毛並みも全て喰らい尽くすと。

ふと、顔を上げる。

血に(まみ)れた口元を、腕で拭う。

顔を上げたフェルトの髪には、先程喰らったフェリスの美しい白銀がメッシュとして入っていた。

「ァオォオォ―――――!!!!!」

満月を目にした瞬間、フェルトの姿は狼へと変わっていた。

深い銀色に、白銀のメッシュが入った狼へと。

満月に向かって遠吠えをすると、フェルトはその森を駆け抜けていった。

――それが、フェルト・インディスが真の人狼(ウルフ)になった時の事だ――

















































森の中を、狼の姿で駆け抜ける。

その時だった。

美しい、(うた)声が耳に届いた。

唄声の()こえる方へと、駆けて行ってみると。

古い、大きな洋館が森の中に(ただず)んでいた。

洋館のテラスで。

月明かりを全身に浴びながら、切なげに口遊(くちずさ)む人物が見えた。

淡い月明かりを帯びたその肌は、遠目で見てもわかる程に色白い。

目を閉じて唄っていたので、瞳の色まではわからなかったが。

とても古い建物。

こんな場所に居る人物は、自分と同じく真面(まとも)な生き物ではないだろう。

きっと、化け物に違いない。

(しげ)みの中から、狼の姿のままで庭へと(おど)り出る。

するとテラスの手摺(てす)りに腰を下ろして唄っていた人物が、嬉しげに口を開いた。

「――珍しい客人が来たね」

とても美しい、繊細(せんさい)な声で男は告げた。

(あか)い瞳。

すぐに男が〝自分と同じ人種〟だと言う事に気付き、フェルトは狼から人型へと姿を変えた。

狼から人間へと姿を変えたフェルトを目にした男は嬉しそうに微笑んだ。

仲間と出逢えた。

まるでそうでも言いたげに。

「どうぞ、上がって行って。お茶でも用意するよ」

優しい声で告げると、男は建物の中へと入って行く。

フェリスを喰らってから、同族に逢った事は一度もない。

ずっと、各地の森を彷徨(さまよ)って此処(ここ)へ訪れた。

同じ化け物に出逢ったのは、これが初めてだ。

久々に誰かと話せる喜びも感じ、フェルトは素直に洋館へと足を踏み入れた。

















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