ヒーロの裏事情
過去の彼らがヒーロー正明について語ります。
「やってくれたなぁ、生徒会長様は…。良樹、狭山由香里の警護を頼む。あいつが他の女に接触したことを快く思わない人間の方がこの学園には多いからな。もう、あいつら失脚させちゃってくれよ。仕事増やしやがってよ~。弱みなんて十分集まってるんだろ」
そうため息をつきながら風紀委員長の加賀正輝は副委員長である佐々木良樹に愚痴をこぼす。
「まだ、ダメだよ。あいつどころじゃなく高神でさえ貶める証拠は握っているけどね。でもあの子があの立場のままじゃダメなんだよ。あの子は絶対に高神とあいつを守ろうとするからね。」
生徒会の面々の弱みを握る彼にとっては簡単なことだった。それをしないのは彼女を守る意思があるからだ。
「彼女と敵対する気は無いか…あの子なら自分の傷は無視してでも婚約者としてあの家を守るだろうな」
「うん、そういう子なんだ。責任感の強い子だからね。11歳であの家を背負う覚悟を決めた子だ。彼女の家はあの家との縁も深いからね。それに、憧れの女性に頭を下げられて無下にできるような子じゃあなかった。」
実は五家である加賀美家は勇者と共に魔王を退治した妻の生家だった。
そのため、魔王退治の功績によって五家の筆頭の地位についたのだった。
そして、良樹の生家の佐々木家は武道に優れている者が多く輩出される家なのだが、勇者の武の師の生家でもある。十家筆頭なのもその功績によってである。
だからこそ、彼らの家は他の五家や十家よりも高神家との結びつきが強く、表だって逆らう事は難しかった。
「そんな難儀な性格な子に惚れて、こんなストーカー紛いに…お前、彼女に高神の試練として監視がついている時だって監視越しに監視していたもんな…俺を隠れ蓑にして邪魔者は排除するし…しかし正明も可哀相にな。あんな家に生まれなきゃな…」
そうつぶやいて彼は過去を思い出す。
~過去編~
「良樹、何見ているんだ?」
そう植込みの陰から何かを覗いている良樹少年に声をかけたのは、12歳になったばかりの加賀少年だった。
「彼女を見てる」
「彼女?あぁ加賀美の子か。堂々と会いに行けばいいだろ。お前、佐々木の長男だろ?加賀美と佐々木は仲良しだし、幼馴染なんだろ?」
加賀美と佐々木は勇者を支えた家柄でもあるし、当主達が親友だと聞いていた正輝にとっては、学園のテラスで学友と談笑する加賀美響子を人気のない離れた場所から覗いている彼の理由が謎だった。
「彼女には監視がついているから僕はもう会えない」
「監視?なんで?」
「高神の生贄にされた」
「生贄…?って婚約者か!100以上ある鬼のような条件をクリアさせられる上に監視が厳しいって噂の…」
「あぁ、バランスを保つための犠牲者だ…」
「犠牲…?でも大変でも一応は御三家の嫁になるんだ。女としては最高の名誉になるんじゃないのか?」
「ほかの二家ならな。高神家は違う」
「違う…?そういえばなんで妻の条件は厳しいのに、高神の跡取りは馬鹿っぽいんだ?中等部の入学式の時に挨拶したけど、ただの偉そうな男だったぞ。憧れの勇者の子孫に会えるって楽しみにしてた俺をみて、親が苦笑いしていた理由がわかったよ。勇者と同じ色の赤い髪と青い目なのにただのわがまま坊ちゃんだったぞ」
「坊ちゃんって同じ年だろ。それに、勇者の血筋で同じ色っていうのがあいつが馬鹿な理由だ」
そう、彼らは華咲学園中等部の同級生なのだ。
中等部は科が分かれていないために人数も多く、正輝と良樹は同じクラスだったが、響子や正明は別々だった。
「なんで?」
不思議そうに問う正輝を若干、迷惑そうにしながらも彼は答えた。
ちなみに良樹少年が正輝少年に対して猫をかぶっていないのは彼らが初めて出会った時のある事件の結果だが、それはまた別の機会に。
「この国は御三家が治めている。それはわかるな?」
そう語る良樹少年に素直にうなずく正輝少年。身分的には彼の方が上なのだが…。
「勇者が生まれるまで横並びだったのに突然、一つの家が英雄を輩出して抜きん出たんだ。彼らの力のバランスが崩れることを五家も十家も望まなかった。勇者亡き後は高神の力を落とそうとひどかったらしい。勇者の子は優秀だったから幼い子を残して暗殺された。だからこそ、高神は当主をわざとぼんくらにしたんだ。だが、それでは成り立たない。だからこそ、他の家から優秀な女性を嫁がせ、彼女たちを当主代理として来たんだ。もともと、勇者が子孫の妻には優秀な女性をと望んで条件も用意していたらしくてな。」
「そんな事情が…でもぼんくらを装わせるだけじゃダメなのか?」
子供には教えられていない、高位の家の暗部ともいえる話に驚いた正輝だった。
また、同い年の良樹がなぜ知っているのか彼の底知れなさにおののきながらも、良樹だから仕方ないかと諦めながらも疑問をぶつける正輝だった。
「そういうこともあったらしいが、あいつは勇者と同じ色彩で生まれてきた。再びの英雄を望まなかったんだ。誰もな…高神ですら」
「そうか…だからあいつはあんななのか…。礼儀作法とか勉強はまだしも、当主の跡取りとしての教育が何もされていなかった。言葉の裏を読まないんだ。甘やかされているからだと思ったのにそんな事情があったのか…可哀相な奴だな…」
そして彼は家の犠牲ともいえる正明に同情する。
「わかっただろ。高神の当主の婚約者になるってことは高神の家を支える力量がなければいけない。しかもあいつが勇者にそっくりだからこそ、あいつはただ甘やかされ、力に興味を示さないように、勇者という存在を厭うように育てられてきたんだ。」
そして回想を終え現在に戻った正輝の前には、あの時よりもずっと内心を隠すのが上手くなったうえに年々、腹黒くなってきた友人がいた。
あの時はまだ純真さが残っていたのに…そう遠い目をする彼のことをまったく気にする様子がない良樹だった。
「まぁ、あいつの環境に同情はするけど、学園に入ってからは気付けることもあったはずだしね。僕にとってあいつは排除の対象だし、あの女は良い駒になりそうだ」
そう言ってにこやかに笑う良樹に正輝の胃は今日も痛むのであった。