そして彼と出会った
転入生の狭山由香里はうろうろと中庭にて佐々木良樹の登場を待った。
何人もの親切な生徒の声掛けを無視して中庭をうろつく姿は多くの生徒に不審な思いを抱かせていた。しかし、義理とはいえ五家の娘の奇行を一般生徒が問い詰めるわけにもいかなかった。
その為、幾人もの生徒からの陳情をうけ嫌々、風紀副委員長が不審な行動をとる由香里に事情を聴くためにやってきた。
佐々木良樹と狭山由香里の出会いである。
由香里は狂喜乱舞した。自らが憧れ愛した理想の男性が目の前にいるのである。
この出会いを忠実に守ろうと彼のことを調べなかった彼女は、ゲームの時以上に彼のことを理想化していた。
彼女にとって彼は神のような存在だった。
自分は彼に愛され、愛する為にこのゲームの世界に転生したんだと天啓のように彼女は思い込んだ。彼の不審そうな表情にも全く気付かずに…。
そう、彼女にとって彼は自分のサポート役であり愛してくれる存在でしかなかった。彼の感情や言葉は彼女にとって都合の良いように変換されていた。
「転入生の狭山 由香里さんだね。職員室にも来ないでここで何をしているの?」
佐々木良樹は面倒な仕事を増やしてくれた彼女に、表面上は穏やかに問いかけた。
「迷ってしまって!私、不安だったんです!佐々木さんが来てくれて本当に良かった!」
「…なんで僕の名前知っているのかな?初対面だよね。」
満面の笑みを浮かべながら自分に縋り付こうとした彼女を避けながら問い詰めた。
「あっ、そう…転校に不安だったから寮だし!学校については調べたんです!生徒会と風紀の方にはお世話になりますし!」
しどろもどろに説明する彼女は学校のことを調べたはずが迷子になっている矛盾には気づいていない。
「ふーん、なのに迷ったんだ。じゃあ女子をまとめる華の会や女子寮の寮長のことは?」
「いっ、いえ…」
「女の子が一番に調べるのは俺たちのことより同じ女性のことだと思うけどね。まぁいいや、職員室に連れて行くからついて来て」
「はい!」
表面上は穏やかな表情の良樹だったが、内心は複雑だった。
学校案内に乗せるはずもない自分のことを顔も役職も知っているということは、親から教えられているとしか考えられなかった。
その場合、婚約者候補に選ばれているということになる。
もし、五家に指名されれば十家の自分には断ることが難しいからだ。
面倒なことになったと思いながらも彼女の不審さは監視対象にする必要性を強く感じさせた。
実際は彼女のゲームの知識からの発言だった。
だが、彼女が知らないだけで狭山家が彼を婚約者候補に考えているのは確かなので、彼の心配も杞憂ではなかった。
中庭から5分ほどの所にある職員室に案内するまでに良樹はぐったりしていた。
これほど露骨に自分にアピールしてくる女性は珍しいからだ。
庶民の生活をしていたとは聞いていたが、これほど普通の令嬢と違うのかと驚きと嫌気を隠せなかった。隙を見せれば腕を組もうとするために油断も出来なかった。
そのため、職員室の扉を強めにノックして中の教師にらしくないと驚かれるほど、彼は苛立っていた。
「失礼します、風紀副委員長の佐々木です。中庭で迷っていた転入生を連れて参りました。担任の先生は?」
「俺だ!俺が狭山の担任の柚木だ。佐々木、わざわざすまなかったな。しかしなんで中庭に?職員室は下駄箱のすぐ脇って言っておいたのに。なんで通り過ぎて中庭にいったんだ?」
「ちょっと迷ってしまって…」とさすがに、気まずそうに話す由香里だった。
「すごい方向音痴だな。佐々木すまないが校舎の案内と規則の説明をして寮に案内してやってくれるか?俺、もう会議の時間でな。これこの子のクラスと資料な。教科書はもう寮室に運んどいてもらったから。女の子には重いもんな。じゃあ、佐々木頼んだ!」
気も聞くし、いい人なんだけどちょっと空気の読めない先生と評判の柚木はそう言って慌しく会議に向かった。
「はぁ、仕方ありませんね…。じゃあ案内しながら、説明しましょう」
彼女がすぐに職員室に来ていれば柚木先生の説明が間に合ったのにと、柚木を無駄に待たせたことを謝る様子もない彼女に内心ため息をつきながらも、風紀の仕事と割り切った良樹だった。
「はい!よろしくお願いします!あっ私のことは由香里って呼んでくださいね♪」
「狭山さんって呼ぶよ。知っているみたいだから言わなかったけれど風紀副委員長の佐々木です。副委員長って」
「良樹さんは同じクラスですよね!」
自分の言葉を遮るうえ、聞く気もなく、勝手に下の名前を呼ぶなど淑女としてありえない行動に、とうとう彼の穏やかさにひびが入った。
やすりで削られ続けたうえ、金づちでたたかれたようなものだった。
「君は普通科。僕は特進科だから授業も校舎も違うから、もう会うこともないよ。」
「うそ!私、特進科のはず」
「はっ?君、試験受けてないでしょ?特進科は普通科と違って大学の入学試験並の試験受けないと入れないよ。学校のこと調べたっていうのに自分の科も知らないの?」
普段の彼ではありえない荒い口調で話す彼にまったく何も思うことなく、そんな…何かのバク?とつぶやく彼女に呆れと警戒を隠すことをやめた良樹だった。
周囲はそんな二人の姿に驚きを隠せなかった。
あの穏やかな笑みを絶やさぬ佐々木様が!
問題を起こした生徒を叱責する時も優しげな雰囲気を絶やさぬ、あの仏の副委員長様が!
あの佐々木様が、負の感情をあらわにするなんてあの女生徒は一体何をしたの!?
彼が彼女の案内を切り上げ、女子寮寮長の玉城 綾香に押し付けることに成功した時には、学園中に噂は広まっていた。
狭山由香里はあの穏やかな委員長を苛立たせた存在として悪い意味で有名になってしまった。
このことを後で知った良樹は、修行が足りなかったと反省することになった。
自分の態度がきっかけとなって風紀の仕事が倍増したからだ。
もっと、上手くやれたはずなのにと後悔した。
なぜなら、彼女がこの噂のせいで彼らの注意をひいてしまったから。
いつも穏やかながら自分たちをやり込める、目の上のたんこぶ的な存在の良樹の感情を引き出した女性に興味を抱いたからだ。
そう、生徒会の彼らが。