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そして、最後の幕がおりた。

最終話です。

そして、すこし時を戻そう。正明たちが去ってすぐのことだった。


「良樹さん、私は家に戻って父達に話すわ」


響子は彼にそう語りかけた。


「それがいいだろうね。一緒に行きたいんだけど…」


離れがたい良樹に対して響子はサバサバしていた。


「風紀のお仕事が残っているでしょ、がんばってね。加賀さん、生徒会のお仕事は私も華の会会長として手伝うからいつでも言ってちょうだい。じゃあ、お先に失礼するわ」


そういって颯爽と立ち去る響子だった。華の会は女子が多い学園が生徒会の他に女子の集まりが必要と考えたために作られた会だ。十家以上の女生徒が中心になっている。


そして残された彼らには風紀のお仕事、由香里への尋問が残っていた。


「はぁ…なんで俺の調査結果になってるんだよ…。高神には今の現場の報告と彼女の調査結果を送らなくちゃいけないな。あの場の第三者の中で1番身分高いの俺だし…」


そうぼやく正輝だった。これから一番大変なのは彼なのかもしれない。


「書類はもう用意してあるよ。今の現場のもほとんど出来ているからね」


手早い良樹に言動は予測済みかよとため息をつきながら彼は言った。


「よろしく、敏腕副委員長様…。それで、彼女はどうする?」


「僕が質問する。正輝は溜まった仕事しといて」


「はいはい…俺のが上のはずなのにな…」


ぼやきながらも良樹には逆らわない正輝だった…。調教済みですね…良樹さん。


そして、舞台は風紀室の奥にある尋問用の小部屋へ。


椅子に座ってうなだれる彼女、それをドアの前で立って無言で見張る部下は普段、無表情な彼にしては珍しく疲れがにじみ出ていた。可哀相にお疲れ様、休憩して来ていいよと見張りの部下を去らせた。人払いを済ませて2人きりになってから彼は話しかけた。もちろん音声なしの監視カメラを外から正輝が確認しながら仕事をしている。


「やあ、狭山さん落ち着いたかい?」


「良樹!私、なにか間違えたの?なんであの女に愛してるなんて言ったのよ!貴方が愛するのは私でしょ!なんで…そう、そうよ!あの女が何かしたのね!まさか、あの女も転生者なのかしら?良樹、間違えないで、貴方が愛するのは私なのよ!」


愛しの良樹の問いかけに椅子を倒す勢いで立ち上がり彼の間違いを正そうとする由香里だった。


「うっわ、気持ち悪…」


近付かれない様に机越しに彼女の前に立ち、嫌悪に顔を歪めながら思わず、そうつぶやく良樹だった。


「良樹…?」


そんな良樹の反応に子どものように不安げな表情をする由香里だった。彼女はやっと良樹が想像と違うことに気付き始めたのかもしれない。


「狭山由香里さん、君は本当に自分がゲームの世界に転生してきたって信じているの?」


そう静かに問いかける彼に、由香里はとまどった。


「なんで、良樹がゲームって知ってるの?良樹も転生者なの?」


ゲームが無いこの世界でなぜ、良樹がゲームという言葉を知っているのか、由香里には理解出来なかった。自白剤を使われた記憶は彼女には無いからだ…犯罪者だよ、良樹さん…。


「僕に前世の記憶は無いよ。まぁここがゲームだとしても関係ないや、君はここがゲームで自分がヒロインだって信じているんだね」


「そうよ!ここは『華咲く世界で勇者と恋』っていうゲームで、あの女が魔王になって私が勇者にならなくっちゃ…私達は結ばれないのに…なんで…魔王にならないのよ!」


「ハア…救いようがないな…」


魔王になれと響子になにかしでかす危険性もあるし、自分にまとわりつかれるのも嫌だった。

やっぱり、計画通りにするかと。救済のチャンスを自分で消した残念な少女、由香里だった。


「君はさ、前世でこの世界を舞台にしたゲームで自分がヒロインなんだね」


「そうよ!ほらこのアザ!桜の形でしょ。これがヒロインの証、ほかのアザはライバルキャラなの」


腕の内側にある花の様な痣を見せる由香里、もちろん響子にあることも、由香里にあることも知っていた。ちなみに補佐の初恋の子にもあった。なぜ、知っているのか良樹さん…。


「アザね…言い伝えがあってね。花の痣を持つ娘には苦難にあう運命があるかもしれない、でも正しい道を選べば娘は幸せな人生をおくるだろうってね。君は正しい道を選んだのかな?」


勇者の言葉として痣のある娘にはそういった伝説が語られていた。勇者の妻になった加賀美 華にも響子と同じようなバラの形の痣があったとされている。


「 正しい道…?良樹が私を愛するのが正しい道よ!」


そう言い切るヒロイン由香里だった。ここが本当にゲームのままの世界なら確かにそれは正しかったかもしれない。だが、自分が転生してきたことによってもうゲームと同じではないということに彼女はまだ気付けなかった。


「ハァ…君はさ、自分がヒロインだって言うけど本当に? だって君が本当にヒロインでここがゲームの世界ならゲームをやっていた君はどこにいったの?」


「えっ…」


「だって君は同じ時間に違う場所にいることになるよ。君はいま自分で何も考えずに世界の外から君に動かされているってことでしょ?君はここにいる限り、ずっと前世の君に操られてるんじゃないの?それって生きてるっていえるの?」


畳み掛けるような良樹の疑問に自分の存在が根本から否定されたように感じる由香里だった。


「そんなこと…」


分からないと続けようとしたのか無いと言おうとしたのか、口ごもる由香里に彼は投げやりな態度で話を続けた。


「まぁここがゲームだろうが君がヒロインだろうが別にいいんだ。君は高神と婚約破棄すれば加賀美が魔王になるって思っていたんだよね?魔のいない世界でどうやって魔王になると思っていたの?」


「世界を滅亡させようと魔の山にあの女が立てこもるの。それを退治して…」


「もう魔の山なんて無いんだけど」


「へっ…」


「勇者が鉱物が原因であの山が魔の山になったことを解明しているからね。研究者達は魔王とされた大蛇も自然環境が変化したことが原因で生まれたもので、当時、魔の仕業とされていた物も盗賊など人が便乗しておこした犯罪だと考えられたているよ。勇者は知恵と力を使って彼らを退治して民衆の心の安定に努めたんだろうとされているんだ。超人的な勇者の話の方が好まれているから、有名なのは子供向けの英雄譚だけどね」


「そんな…」


魔の山が無い、魔王もそんななの?と想像と違った現状を聞かされて力が抜けて床に座り込む由香里だった。


「彼女は高神との婚約破棄を喜んでいて魔王にもならない。君の望んだ通りにならなかった原因はなんだと思う?」


そんな由香里を見下ろしながら彼は優しげに聞いた。彼女を陥れるために…。


「原因…?」


先程までの冷たかった声と違ってやさしく話す彼は彼女が想像した理想の良樹に思えた。そうよね良樹が私に冷たいこと言うわけないものと、思い込みが強いというか妄想にすがるしかなかった由香里だった。


「高神の妻の条件をクリア出来なかったら彼を本当に手に入れたことにならないからだよ。だって君が妻の条件をクリア出来ないなら君は加賀美響子を越えられたことにはならない。彼女のプライドは高神との婚約なんかじゃなくて妻の条件をクリアしたことにあるんだからね。もしも君が加賀美響子を越えられたなら…」


悪魔の囁きだった。


「ほんと?私やってみせる!絶対に合格する!」


そう意気込む由香里に良樹はにこやかに応援した。好きになるなんて一言も言ってないのになと鬼畜なことを考えながら釘をさすことも忘れなかった。


「そう、頑張ってね。明日から試練が始まるはずだから泊まり込みの準備した方が良いよ。それからゲームとかヒロインとか言うとそれだけで頭がおかしいって思われて落第させられるから気を付けて、高神の人たちにはしゃべらないようにね」


そう釘をさした。


あの女傑が信じるとは思わないが、念のために彼女の妄想を僕からの報告で送っとくか、信じないようにね。秘蔵っ子だった響子に逃げられた原因を許すとは思えないしね。ただ、あの人には僕の干渉はばれただろうし動きにくくなるな…。そういえば、正輝には先が分かるみたいって説明しといたのはどうするか…偶然だったみたい、僕もたまには間違うからって笑っておけば怖がって追及しないか、そうしようと笑顔の裏で黒いことしか考えていなかった良樹だった。


そして風紀の監視させたまま彼女を寮に戻した。彼が狭山由香里に会うことは二度と無かった。

その後、2人で書類を処理していた最中に正輝の元に報告が届いた。


「良樹…高神が声明をだした。彼女の暴言、正明の愚行も愛ゆえの暴走。彼らの愛には試練をもってこたえるそうだ。ここまではお前の予測通りだな。高神の狙いは?」


正輝は彼の予想通りの対応をした高神の真意を問うた。


「試練をクリアさせないことだろうね。全ての条件が明らかにされている訳じゃない。注目が薄れるまで試練を受けさせているふりをして隔離して事故に見せかけて正明を悲劇に仕立てるか…これからの妻の条件を軽くする理由にもなるしね」


簡単に彼は由香里の悲劇を想像した。彼にとって由香里の利用価値はもう無かった。彼女をどうするかを高神に押し付けたのだろう。


「どっちにしろ救われないな…。高神は正明しか守る気はないし、狭山も高神を怒らせた義理の娘を庇うとも思えんな」


そうつぶやく彼に良樹は気になっていたことを聞いた。


「役員の家は?」


「後継者は全部入れ替わった。補佐は元々、兄貴が継ぐ予定だったから被害は少ないが、他はな…」


「弟たちの方が有能だし、いいんじゃない」


「扱いやすいだろ。あいつらがお前に歯向かってたのって、自分のこと差し置いて良樹兄さまなんて慕われてるからだろ。でっなにしたの?」


興味深々に良樹に問う正輝だった。


「何もしていないよ。僕はね…」


そう意味深に笑う良樹に納得したように正輝はかえした。


「なーる 、お前はね…。弟達の側付きはお前の信望者たちか…」


そうつぶやく彼に、何も答えず笑うだけの良樹だった。


「全部、お前の手のひらの上だったってあいつらが気付くときはあるのかね?」


あまりにも周囲を観察することを怠った彼らに同情は無かった。さあねと笑ってごまかす良樹だった。


正明以外の生徒会役員たちは療養が必要だということで後継者を降り、元々後継者ではなかった役員補佐も含めて学園を退学することになった。由香里の取り巻きは正明のみが残った。彼らは分家に養子にいったり、血筋のみを欲しがる家の婿に入ることになるだろう。役員補佐も一生を家で飼い殺されることが決まっていた。


彼らの家は高神の怒りを避けるために、彼らに厳しすぎる処分を与えた。家を守るためとはいえ…家を潰しかねない行動をした彼等を許さなかったのだ。十家の跡取りが揃っていた生徒会役員達は本来なら上位とはいえパワーバランスを崩しかねない選択をした正明を諫めるべきだった。


彼らがそうしなかったために、危うく高神と加賀美や狭山が争いかねない状況にしたからだ。加賀美の怒りに当主の親友の佐々木家、佐々木の息子の親友の加賀家が味方に着くことは明白だった。その上、彼らの人気は高かった。


いくら勇者の末裔の高神とはいえ、実利主義過ぎて他家から煙たがられている狭山が味方につくだけでは危うい…そんな状況を見抜けもせずに正明の味方をするなどあり得ないという失望が処分が厳しくなった理由でもある。


跡取りとしての教育を受けた彼らが家に危険を呼ぶ選択をしたことは許せるものではなかった。ただ、彼らが無知を恥じ、真摯に謝罪すれば未来は変わったかもしれない。だが、自分達は悪くない、正明に逆らうなって言ったじゃないかと親に反発する始末だった。将来、十家の当主になり御三家を支えるべき立場につくはずだった役員達は正明の教育の歪みに全く気付いていなかったのだ。


帰るやいなや、玄関で土下座して謝った正明の方がずっとましだった。彼は自分が巻き込んだせいだと他の生徒会役員や由香里の処分を軽くしてくれるようにと母に連れられて御三家と五家、十家の当主達が集まる会議で謝るほど反省をしていた。そんな彼に対して役員達には反省がみられなかった。彼らは幼子ではないのだから、正明に逆らえなかったとしても、距離を置いて家に事情を伝えるなどの判断をすればこんなことにはならなかった。彼らの処分は自業自得だった。彼らが療養期間中に己を見直せれば彼らの未来は少し明るいものになるかもしれない…。


そして、正明は謹慎明け後は良樹と響子のイチャイチャを見せつけられながら、肩身の狭い思いをしながらも真面目に学園生活を送っていた。いくら高神が声明をだしても、実際に見ていた生徒達はその発表が彼の名誉を守るために調えられたものだということは明白だった。その為、厳しい眼でフラレヘタレ男と見ていたが、正明が反省をしているのを理解してからは、生ぬるく子供の成長を見る親の目になっていた。そして、面倒見のよい正輝がなつかれていた。そんな学園生活を送って一ヶ月ほどたった頃だった。

風紀室にある情報が届けられたのは…。


「彼女、壊れたってさ、意外にもったね」


そう軽い口調で良樹は由香里の悲劇を正輝に語った。正明や由香里の母の陳情や、響子の厳しすぎる処分は必要ないという言葉もあり、少し軽いレベルの試練しかやらせずに時間をかせぎ、三年程たったら合格の見込みが無いということで、狭山の監視の下で静かに一生を過ごさせる予定の由香里だった。


「合格できたの何かあったのか?」


「ない。礼儀作法もダメ。素振りも30回が限界。崖も登れない。監視にも気付けない。しょうがないから一番簡単な山で一晩過ごすをやらせたら熊に襲われたんだって。ギリギリで監視に助けられたらしいけど、もうおかしくなってたってさ」


やる気に満ち溢れて、妻の条件に立ち向かった由香里だったが彼女にどうにかできるほどの生ぬるい試練はなかった。女の子が山で一晩過ごすのが一番簡単な試練だと思われていることから試練の酷さが分かるだろう。高神の誤算は由香里が思ったよりも残念だったことだろう。


「どんな状態なの?」


「もう周りの言葉には反応しないで何かブツブツ呟いているって」


「そっか…そっちの方があの子は幸せかもな。現実を否定して夢の中で生きるほうがな…一生を療養所暮らしか…」


可哀相にと彼女を哀れみはするが、何度もあった現実を見るチャンスをつぶしたのは彼女自身だった。


ヒロインである自分を否定する世界、辛い試練…そして、命の危険を感じたことによって彼女は初めて自分がこの世界で生きていることを認識した。そう、自分を否定する世界に。彼女の味方は誰もいなかった。正明や母にさえ会わせてもらえず、一人きりだった。それに耐えきれなかった由香里は自分を愛してくれる者しかいない夢の世界に閉じ籠もった。彼女が現実に帰る日は来るのだろうか…。


そして、正明の母は権力バランスと高神の家を守ることしか考えていなかった自分を悔いた…。正明一人が守られたのは勇者の末裔を貶めたくないという思いが各家にあったためだというの確かだった。だからこそ、巻き込まれた彼らは自業自得とはいえ、許すように高神として他家に働きかけていた。

幸いなのか、正明が勇者の末裔とはいえ、特別な力を持たない恋に溺れる普通の人間なのだと民間にまでしれわたった。


そんな事態を受けて、正明の母は考えた。


身を守るためにわざとぼんくらに育てた我が子…それは愛していたといえるのか?

自分が当主代行の地位にいる為だけの道具だったんじゃないのか…。


当主の妻への条件を厳しくしていた理由は本当に彼らを守ったのかと今さらながらに夫と息子に目を向けた…。そして、自分や息子に全く興味がなく、趣味の花の品種改良にしか興味がないと思っていた夫の一番のお気に入りの薔薇の花に自分の名前がついていることを知った。


そして、彼女はこれを機にこれまでの高神家を変える、そう決めたのだ…。


だからこそ、彼女は由香里が試練に失敗して精神を病んだ事を発表した。多くの反対を受けたが、こんな被害を出すほど妻の条件は厳しすぎる。この条件をクリアして正明の妻になれる女性はもういないだろう。だからこそ、後継者として相応しくあるように妻の条件を当主の条件に切り替える。そう発表したのだ。正明が全てをクリアできたのは8年後のことだった。


そして、高神の実権は当主に戻った。これ以降は厳しすぎる妻への条件は無くなり、妻として相応しい程度の物になったが、正明の人気も落ちていた…。勇者のへたれ末裔としての地位を確立したためだ。条件を全てクリアしてハイスペックになっても、響子は3年でクリアしてたのにと8年もかかるなんてという意見が多かったために…。正明に嫁が来るのはいつのことになるのか…。


ちなみに、正明のへたれっぷりがあまりにも有名になったためか高神家の人気が落ち気味になり御三家のバランスをとるのはちょうど良かった。正明が実は有能になっていても…。


そして、試練への挑戦中には、へたれ正明の飼い主として良樹が、保護者として正輝が、真の勇者として響子が語られるようになっていた。




長い間お付き合いいただいてありがとうございました。

この後は小話にて由香里の母や正輝のその後、高神家の家人の話をちょこちょこ書いていこうと思います。よろしかったらそちらもお読みくださいね♪

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