そして、高神家は・・・
「高神、狭山由香里を風紀室に連れて行ったのは落ち着いて彼女に話を聞く為だ。彼女はなぜか、君達の個人情報に詳しかった。彼女の言動に不審を感じたことはなかったのか?」
彼にこれ以上しゃべらさせて良樹を怒らせるのはまずいと考え、正輝は彼らの間に割って入った。
「いや…悪役とはつぶやいていたが…」
自信なさげに彼は言った。
「悪役…魔王になるはずだったという加賀美のことか?」
良樹と響子の目が一瞬鋭くなったことに怯えながらも正明を問い詰める正輝だった。
「たぶん…」
彼女の発言を思い返しながら不安げに肯定した。狭山が加賀美を中傷したと思われても仕方がない発言を由香里がしたことに今更ながら気付いたからだ。
勇者に縛られないでと自分を励ました由香里が、なぜ響子に魔王になれなどと言ったのかが理解できなかった。自分こそが勇者になるという自信があったから、彼女に勇者への敬意は感じられなかったのだろうか?自分を勇者の末裔ではなく個人として見てくれていると思って彼女に惹かれたのに、その大前提が大きく揺らいだ。
そんなグラグラしている正明に追い討ちを掛けるように正輝は問い続けた。
「それ以外にはないのか?」
「気づかなかった」
完全に意気消沈した正明だった。
「彼女は佐々木が名乗る前に役職も名前もすでに知っていた。理由を聞いたら、調べたというが風紀と生徒会の事しか知らなかった。自分が普通科だということもな。自分の科や学内の地図や寮長より我々の情報を優先する状況とはなんだ?」
そう畳み掛けるように問う正輝に、彼はもう何も言い返せなかった。佐々木のことは会う前から顔も名前も知っていたということは、自分との出会いは意図的だったのだろう。自分に婚約破棄させて佐々木を手に入れるためだけに、愛しているふりをしたことを彼はやっと本当に理解した。
信じていた愛はかりそめのものだったことを。
思い返せば、由香里が役員ごとに微妙にイメチェンをしていた気がする。アクセサリーや髪型を変えたり、メガネをかけていたぐらいなので当時はあまり気にしていなかった。もしかしてわざと好かれる為に彼らの好みに合わせていたのかと今更、気付く正明だった。気づくのが遅いけれども役員の偏った好みにはうっすらとは、感づいていたようだ。
だが、もう間違った選択はなされてしまった。
正明は、自分はどうも良樹と響子の間を取り持った道化だったらしいと自嘲の笑みを浮かべた。
自分を愛する者なんて誰一人いなかったらしい…と。
そして寮生活の由香里を加賀たちにまかせて、正明達はそのまま自宅へと教員によって送り届けられた。
自暴自棄を起こされても困るし、保護者に顛末を説明しなくてはならないからだ。
また、今日は授業にならないだろうということで、学校は臨時休校になった。そのため、午前中には高神正明が佐々木良樹目当ての妄想女に誑かされて、加賀美響子との婚約破棄を明言した事が生徒の家々に伝わってしまった。ちなみに、その妄想女が狭山の義理の娘だということも一気に伝わった。
これまでは彼らの噂は風紀や響子に制限されていた上に、証拠になるようなものもなかった為に彼らは家族にも話さなかった。なぜなら、権力者の家相手の噂を確認が取れないまま家族に伝えたのが全くの誤解だった場合、その家に悪意があるのかと家族ごとつぶされる可能性もあるからだ。そのため、権力者に関する噂は確証が無い限り家族に伝えることは無かった。また、噂に踊らされたことに厳しい対応をとる風潮は勇者が原因である。
証拠なき噂に踊らされるなという勇者の教えがあるからだ。
勇者は噂によって魔王が生まれさせられたこともあり、もうそんな事が起きないように悪意を誘うような噂を簡単に信じない様に幼い時から、そういった教育を受けさせるようにしていた。勇者は様々な言葉を遺しており、どれも信じられていた。
だからこそ、正明たちが由香里の取り巻きになっていることは外部には噂が流れなかった。恋人だと明言もしていないし、授業放棄は教師が認めない限り、個人学習をしているのかが分からないからだ。
そのため、生徒の間だけで授業の不在や彼らの行き過ぎた仲の良さが囁かれているだけだった。
だが、学園長からの処罰を受けたという事もあり、目撃した今回の婚約破棄騒動を傍観者達が一斉に家族に語った。もちろん、正明が響子に一筆書いたということも…。たった一人の後継者である彼がそこまでしたと言う事は一時の気の迷いではなく正式に婚約を破棄したということになるからだ。
高神が止める間もなく、話は広まってしまった。もちろん、良樹はそれが狙いだったのだが、そのせいで高神は完全に響子を自由にすることになった。今さら正明の冗談です、なんて言える状況ではなかったからだ。高神の後継者は正明一人。お家騒動の原因を増やすわけにも行かないし、勇者の末裔であることの弊害の一つだった。
勇者の末裔の為に、高神の当主がぼんくらに育てられていることは限られた者にしか知られていない事だった。大多数の人間には表にあまり出て来ないだけで高神の当主も仕事はしていると考えられているからだ。妻が全権を握っていることは五家と十家の当主までにしか知られてはいなかった。
婚約者候補も半分以上の条件をクリアしない限り教えられることは無い。高神の妻の条件が厳しいのは子孫の幸福を願った勇者の遺言だからとされているからだ。ただ、その条件が厳しすぎるために、娘を愛する親は高神の妻を目指させようとはしない。なぜなら、婚約者候補から落第すれば、格下の家以外に嫁ぎにくいからだ。過去には生涯独身を選ばざるを得なかった女性もいた。
今回も婚約破棄した響子が同じ五家の加賀に嫁ぐということだったら難色を示す家もいただろう。しかし佐々木家は格下にあたるので、彼らの仲に口を挟む者はいなかった。身分を重視するこの社会で、いくら響子に問題がなく、一方的に婚約破棄された女性といえども、そのままの地位にいることは認められなかった。だからこそ、彼らは想いを寄せ合っている上に響子の身分が少し下がることもあって、皆に祝福された。
また、高神家が正明が間違った選択をしたと婚約破棄を取り消すことは、家のプライドを守るためと唯一の後継者を守るために出来なかった。素直に婚約破棄を認めて、生活態度も反省させているとした方が 加賀美も佐々木も味方につけられるからだ。一方的な婚約破棄を高神は真摯に謝罪したと佐々木が証言することで高神と加賀美の間に影響はないとして、安定を図ることが出来る。
また、まだ17になったばかりの少年が恋に溺れることもあるでしょう、幸いなことに家の娘も正明君に心が向いてなかったようですしと両家が納得済みの婚約破棄だと加賀美が擁護すれば他家はもう何も言えないからだ。
そして、高神家は正明の帰宅後すぐに第三者の立場として送られてきた加賀からの婚約破棄の現場と由香里に関する報告書に頭を抱えることになった。由香里の頭も性格にも不安しかない状態だった。高神の妻には絶対に不適格であろう彼女になんで惚れたんだー!と高神の家を支える者たちの心の叫びが聞こえてきそうだった。正明が捨て駒と思われるわけにもいかないし、由香里の響子魔王発言と良樹狙いは彼女が錯乱していたことにするのも現状では、精神が不安定な者に後継者が惚れたことになって、問題があると頭を悩ませた結果、あることをその日の夕方には発表した。
狭山由香里は正明を愛している、高神に寄り添う加賀美という勇者伝説の再来のような組み合わせに嫉妬して加賀美響子に行き過ぎた発言をしたらしい。また、勇者の師匠の子孫ということで佐々木良樹にも執着したようだ。それもすべて、正明への愛ゆえの激情だったらしい。家を無視した行動は褒められたものではないが、2人のお互いを思う心に高神は勇者の遺した試練でこたえることにした、と。
良樹しか見えていない由香里ともう目が覚めている正明を無視した発表であった。
また身分にも問題がないことから、破棄の原因になった彼女を新たな婚約者候補にするといえば狭山に拒否権はなかった。辛い試練を受けることになったのは由香里の自業自得だった。
彼女はこれから厳しい試練をどこまでクリア出来るか試される。出来なければ彼女は狭山にも戻れない。条件に難癖つけようにも響子はやり遂げている。その彼女を押し退けて正明の愛の言葉を受け入れて、婚約破棄の場にもいたのだから由香里に逃げ場はなかった。試練をクリア出来れば断罪はなくなるが、彼女がどこまで出来るのか明るい未来を予想した者は誰一人いなかった。
風紀室で話し合っていた彼らの中にも…。




