そして彼は彼女に愛を告げる
何故、喜ぶかですか…
そうつぶやいて、響子は婚約の裏側を語りだした。
私が喜んであなたと婚約したと?断れなかっただけです。
御三家の一つ、高神からの話を五家の1つでしかない我が家が断れると思いますか?
元々、私には幼いながらもお互いに想いを通わせていた十家の方とのお話がありました。でも、その方との婚約を結ぶ前にあなたとのお話があったのです。
辛かったですが、父達も私達に申し訳ないと泣いてくれましたし、正明様のお母様の真規子様も私以外が務まるとは思えないからって頭を下げてくれました。
大人が幼い私達に本気で対してくださったのです。
私はその期待に応えると決めました。
だからこそ、妻としてあなたを支えるために高神家の厳しい修行に耐えてきました。滝行も、崖登りも、毎日の100回の素振、熊だって倒しましたし、護衛にだって勝てますよ。サバイバルは得意です。
それに、携帯の盗聴もGPS付きのブレスレットやどんな状況でも対応できるか、常に穏やかに微笑んでいられるかの監視にも耐えました。あの方を忘れるために、必死でした。忘れられませんでしたけど…。
そう遠くを見ながら寂しげに彼女は隠してきた自分の心を語った。そして先ほどまでの雰囲気を一変させて彼らに言った。
「私が、100以上の高神の妻の条件に合格するには3年もかかりました。真規子様は自分は5年もかかったのだからあなたは優秀だと誉めて下さりましたが、五家の令嬢教育を受けていても辛い修行でした。ですが、高神家の試練は確実に己を高めます!狭山様は令嬢教育を受けていないご様子ですから、大変だと思いますが、頑張って下さいませ。条件をクリアしない限り、候補のままで本当の婚約者にはなれませんもの。まあ、私にはもう関係ありませんけれどね」
そう言って笑う響子に何も知らなかった彼らは呆然と立ちすくんだ。
そんな彼らの情けない姿を見ながら傍観者達はささやいた。
知らなかったのかしら?高神家の妻の条件のこと
私達にとって勇者の末裔の妻は魅力的な立場だけど、あの条件をクリアするって伝説の魔王を倒す試練並みよねって恐怖の対象なのに
正明様を取り巻いていたのも愛人志望の方だけ、妻になるのなんて絶対嫌よね~
女性の教養や社交以外に、武術が出来て薬学や医学にも造詣がなきゃいけない条件もあるし、なによりあの厳しい監視!プライバシーなんてないのよ
狭山様もチャレンジャーね、よりによってあの高神家の妻の座を狙ったとはね~
聞こえる様に話す周囲の声に、驚きを隠せない彼らだった。わざと教えられていなかった正明ならまだしも、役員達も知らなかったなんてと、響子は軽蔑の眼差しで彼らを見た。そして、周囲の傍観者達は3年で条件をクリアした響子を畏敬の目でみつめていた。
想像と違い響子を見下さない周囲の反応と婚約破棄にも冷静な彼女に苛立ったのか由香里が響子に詰め寄ろうとした。
そんな彼女から響子を守るように間に入った青年がいた。十家筆頭の佐々木家長男の佐々木 良樹だ。彼は、俺様な正明と違い、穏やかで優しげな美形として人気のある風紀の副委員長で武道にも優れている優等生だった。
「僕の大切な人に手だしするなら容赦はしないよ」
良樹は威圧感を出し、普段と違う厳しい声と視線で彼らを射抜いた。
至近距離でそれを浴びた由香里はそこに立ちすくんでしまった。
そう彼こそが、響子と婚約し損ねた相手でもあり幼馴染でもある人物だ。彼と響子の関係は全く知られておらず2人で話す姿も目撃されたことはない。その為、周囲も彼の登場と発言には驚きを隠せなかった。
「よー君、大切な人って本当?」
涙ぐみながら幼い時の呼び名でそう聞く響子を優しげに見つめて答える良樹。
「ああ、僕は長男だけど3人兄弟だし家族も独身を許してくれたから、ずっと君を想っていた。君が監視されていたから近くには行けなかったけれど、僕の想いは消せなかった。ずっと愛しています、響子ちゃん僕と結婚して下さい」
立ちすくむ正明たちを完全に無視し、跪きながら響子の手をとりプロポーズする良樹、四葉のクローバーをくれた、幼い時の約束と同じ情景だった。彼らの世界はもう2人だけだった。
由香里たちが暴れたらすぐに捕縛できるように静かに近づいていた風紀達は砂でも吐きそうな顔をしながらも気配を殺していた。邪魔したら、後で笑いながらしばかれる…彼らの思いは一つだった。
「高神の為に頑張って来ました、でも良樹さんへの想いを消せなかった。ごめんなさい正明様、私は貴方を愛せぬ、至らぬ婚約者でした。愛し合う狭山様とお幸せになってください。良樹さん、色々と至らぬ私ですが私と一生を共にして下さい、貴方を幸せにする事を誓いますわ」
そう言って良樹に幸せそうに微笑む響子。
「本当に頑張り屋だね、君が側にいてくれるだけで僕は幸せだよ。一緒に幸せになろうね」
と呆然としている正明たちを無視して響子を抱きしめ2人の世界に入る良樹。
確信犯な彼を止められる者はいなかった…。
周囲も純愛だわ!良樹様なら響子様を幸せにして下さるわね!お似合いだわ!家に報告しなくっちゃなどと、ざわめきながら彼らを見つめていた。
そんな彼らにひきつったような顔で近づいて来る一人の男がいた。
この純愛劇の裏側を知る男、加賀 正輝だった。
だが、そんな彼が登場する前に彼女が動いた。
そう、ヒロインのはずの狭山由香里である。




