ヒロインの事情
では、ヒロインである狭山 由香里の話をしよう。
庶民出身で親の再婚により五家の一員になった少女、狭山 由香里は7歳の時に高熱を出し、前世の15年間の短い人生の記憶を思い出した。
そして、この世界は乙女ゲームの世界であり自分はヒロインであるという思いのもと、彼女はこの世界で16歳になった。
このゲームは華咲く世界となっている。そのためにヒロインとライバルキャラの少女達は花の様な模様の痣を持っていることが設定されているのである。
ヒロインは桜の花、ライバル役の響子はバラの花の様な痣である。由香里は痣を見て、そして母にこの世界のことを聞いて、ここが華勇の世界であり、自分がヒロインであると確信したのだった。
では、由香里の幼少期の話をしよう。
由香里の母は良い家の娘だったが、庶民の男性と恋におち、反対する家族に反発して駆け落ちをした。そのため、由香里が4歳の時に夫に先立たれても実家に戻らず、一人で娘を育てていた。
愛する夫がいれば娘の変貌に耐えられたのかもしれない。しかし、彼女は一人だった。気丈に頑張っていた彼女だったが、7歳の娘が熱が下がった後からは自分をモブと呼び、わけのわからぬことを言う事態に張りつめていた糸は切れて彼女は倒れた。
彼女の様子を見守り、陰ながら援助していた彼女の実家はそれをきっかけとして、親子を連れ戻すことにした。彼女は家に戻ったことで精神的に落ち着きを取り戻した。
兄夫婦に家督を譲っている両親に、長くは面倒をかけられないが、前のように一人でがむしゃらに頑張ることはできない。
生活のためとはいえ娘にさびしい思いをさせていたことが娘の変貌の原因と考えていたからだ。
だからこそ、彼女は再婚を決意した。
母をモブと思い込む由香里は共愛する佐々木良樹以外の攻略対象者の情報もほとんど覚えていなかった。
ゲーム通りなら、彼女が倒れて実家に戻ることも、見合いによって再婚することもなかったことを。
ゲームでは母は由香里が15歳の時に勤め先で大企業の独身男前社長城山に見初められ再婚し、五家の一員になると同時に城山の跡取り候補として大事に扱われた。その為に、学園でも追従するものも多かった。
また、城山家の当主の妹が同じく五家の加賀家に嫁いでいるためにこの両家は仲が良く、ゲームで風紀副委員長の良樹が由香里のサポートをしていたのも風紀委員長で幼馴染の加賀正輝に頼まれたからという加賀エンドで判明する裏設定もあった。
だが、良樹エンドを繰り返していた彼女はそんなことは知らなかった。
母の再婚で五家の一員になることしか覚えていなかった。
確かに10歳の時に五家になったが、母が見合いによって五家であるとはいえ、先妻の長男が後継者として公にされて1いる狭山家に後妻に入った為に、母のおまけとして扱われた由香里に追従する価値はなかった。
また、精力的な佐山家の当主によって3つ子を産んだ母は、子育てに追われ、由香里にあまり目を向けられなくなっていた。
表面的にはヒロインらしく優しく見えるように取り繕うようになった由香里に安心してしまったことも要因である。
その為、由香里がこの世界の中心はヒロインの私だものといまだに思い続けていることに気づけなかった。
ゲームと現実の差異にまだ、少女は気づけなかった。