そしてチェックメイト
狭山由香里は生徒会役員を取り巻きにした。
そこかしこで、そう噂される様になった頃、彼らが舞台の終幕に向けて動き出した。
自分たちを理解してくれる唯一の存在の由香里に、のめり込んでいた生徒会達は学園中の生徒が自分たちを見る目が、冷たくなっていることに気づかなかった。
ここで気付いていたら…彼らの未来は変わっていただろうに…。
そして、とうとう彼らの様子に耐えかねたように、高神正明の婚約者の加賀美響子が動いた。
彼女は正明との会話を増やそうと努力して、そして彼を由香里から引き離そうとしている様に見えた。
だが、そんな彼女の努力をあざ笑うように由香里と正明の仲は深まっていた。
誰がどう見ても、彼らは仲の良い恋人同士に見えたのだった。
そんな状況に耐えかねたのか、響子が正明に詰め寄る様子が目撃されるようになった。
実際、彼女は正明に会うたびに口うるさく注意していたのだった。
そう…彼らの恋が燃え上がるように…。
響子の意図に全く気付かない正明は、彼女を疎ましく感じるようになっていた。
そして、自分を優しく包み込む由香里に心を傾けて行った。
そう、後はきっかけさえあれば…。
そして響子は、人気の無いところで正明を呼び止め叱責した。
「噂を学内で止めてはおりますが、いい加減ご自分の立場を思い出してくださいませ。高神の家が知ったらどう思うと思いますの?勇者の子孫であるあなたに彼女がふさわしいと?」
自分より彼女が高神にふさわしいと思っているのかと問いかける彼女に、どこまで上から見ているんだ、お前には関係ないと、婚約者に言うセリフとは思えないことを言い捨てて、彼は立ち去った。
そんな彼を見て、彼女は心の中でそろそろかしらとつぶやいた。
「頃合だね。」
そんな彼らの様子を隠れて見ていた影はそうつぶやいた。
そして、学内の風紀を取り仕切る彼も動いた。
響子の発言に怒りを隠そうともせずに廊下を歩く彼を、恐れる様子もなく呼び止めた。
「高神、学内の噂が外に出るのも時間の問題だぞ。最近のお前の行動は目に余る。五家の娘を妻にすることが決まっているのに、狭山の娘をどうするつもりだ?五家の娘を愛人にでもするのか?そんなことは同じ五家である加賀家も許さんぞ。まったく勇者の子孫の自覚が足りない」
そう彼に言うのは、実力も容姿も人望も彼より上の風紀委員長の加賀正輝だった。
正明が勝っているのは家柄だけだった。
彼こそが生徒会長にふさわしいのにと陰口をたたかれ、正明自身もライバル視している人物だった。
そんな正輝にあからさまに嘲られるのは彼にとっても初めてのことで、彼の心は乱れに乱れた。
その為、彼らの後方の曲がり角にもう一人のライバル、風紀副委員長の佐々木良樹が潜んでいることにも気づかずに裏庭に走り去った。
「これでいいのか?良樹」
後ろも見ずに、正輝はそう問いかけた。
「ばっちりだよ。さあ、傷ついた王子様を慰めるのは優しいお姫様の出番だ」
そういって、携帯をいじりながら駒に指令を送る良樹だった。
そして、裏庭で膝を抱えてうずくまる正明に優しい声がかけられた。
「どうしたの正明?」
由香里は、良樹の指示通りに落ち込む正明を慰めに来た。
もちろんどういった言葉が彼の心に届くかは、ちゃんとメールに書いてあった。
「そうだ…俺は正明だ。勇者の子孫なんて名前じゃない…。みんな、俺を勇者の子孫ということしか見ない…由香里、お前だけだ。俺を俺として見てくれるのは!」
そう由香里にすがる正明を優しく抱きしめながら彼女は慈悲深い笑みを浮かべ、最後の引き金を引く。
「正明…辛かったのね。可哀相に…大丈夫よ、私がいる。私は彼女と違って、正明が正明だから好きになったの。勇者の子孫なんてものに縛られないで」
「由香里…ありがとう。俺もお前を愛してる。俺が愛するのはお前だけだ。あいつはいらない」
そう言って由香里を抱きしめる正明は、胸に顔を押し付けて、してやったりという笑みを浮かべている由香里に気付くことはなかった。
高神の家に噂が耳に入れば、俺たちは引き裂かれる…。
五家の娘が愛人になんて許されるはずも…そうか、俺にふさわしいのが加賀美の娘しかいなかったからあいつが婚約者になった。
だったら、同じ五家の狭山の娘である由香里こそ俺の妻にふさわしい。
なにしろあいつと違って俺たちは愛し合っているのだから。
そう思考する彼は明るい未来が開けたように思った。
それが、見せかけの愛だと気づきもしないで…。
そう、彼は高神の妻には厳しい条件をクリアできることが必要だとは知らなかった。
ふさわしい身分に外見、礼儀作法ぐらいだと思っていた。
子供のうちに現状を知らせるのは酷だという理由で、高神の実権は妻が握るということを気づかせないようにしていたからだ。
それを知っていたら、彼はそんな選択をしなかっただろうに…。
いや、知っていたら…彼はこんな性格に育たなかっただろう。
高神の家と当主の命を守るために行ったこの育て方は、本当に彼らを救ったのだろうか?




