The end of the world
―夢のように不確かな『記憶』。
曖昧で、儚くて、それでいて何処か寂しい。
ボクと君が出逢ったのは、『運命』だったのでしょうか?
それとも、酷く残酷な―『偶然』だったのでしょうか?
崩れ落ちる世界を見つめながら、僕は今日も願います。
どうか、この世界から、ボクと君以外が消えゆく存在となりますように、と。
The end of the world
何処までも、鮮やかで、何処までも切なく光るオレンジ色の夕焼けがこのモノクロの室内を、淡くそして幻想的に浮かび上がらせる。
ボクは、隣で眠る少女ののまだ幼さの残る寝顔を見つめながら、呟く。
「正しいことは正しいけれど、正しくないことも正しいんだよ。」
狭い部室の中で、いやにボクの声が響く。
正しいことは正しいけれど。
「…ふっ。」
ボクは大声で笑い出しそうな気持ちを抑えつけて、心の中で笑う。
―正しいことは正しいけれど、正しくないことも正しい。
例えば、ボクが彼女にいやに御執心なこととか。
例えば、ボクが彼女にある種のストーキングをしているとか。
例えば、ボクには空間や存在自体を捻じ曲げてしまえる『力』がある…とか?
「…馬鹿馬鹿しいねえ。」
これはただの『空想』にすぎないけれど。
…でも、ボクにはちゃあんと『不思議な力』は備わってるよ?
これから、君たちにはボクの物語を読んで貰うんだ。
実際に体験して…ね。
それでは、舞台の幕を開ける前に、出演者を紹介しようか。
主人公はこのボク、神田世羅。
ある種の、世界の創世者さ。
本当はこの名前じゃないかもしれないよ?
でも、これから先はこの名前でね?
ヒロインは隣で眠るこの美少女、雫沢恋音。
ボクの愛する少女だよ。まあ、気付いてないんだけどね。
そこが―可愛い。
「…さあ、書きあがったよ。」
それでは、舞台の幕をあけようか。
物語の―はじまり、はじまり。
The end of the world
「神様って、いると思う?」
文芸部で物語を書いている途中、恋音に唐突にそう言われ、思わずキーボードを打つ手を止めて聞き返す。
「…は?」
…神様?何の話だ?
思考のなかに浮かぶのは、疑問符ばかり。
やがてそれらは、私の脳内を占拠し、埋め尽くした。
「神様。世羅はいると思う?」
主語に述語が加えられ、ようやく彼女の言いたいことが理解できた。
つまり、目の前の少女は―常人の知的レベルの会話をついに超えた異次元の話をこれから始めようというのだ。
そんなもの、答えは『No.』に決まっている。
「…いや。居ないと思う。」
即答。
当たり前の答えだ。居るわけがない。
大体、この世界にそんな希望の象徴のような存在が居たら誰も苦労はしないだろう。そもそも傷つかないだろうし。
だから、幻想だ。
人の作りだした―幻だよ。
「…ふうん。」
そう言うと、恋音はたんっ、と軽やかな足取りで二、三歩歩き、にいっ、と笑う。
「見ようとしなければ見えない存在。見えないときは見えない。」
そう言うと、赤い瞳で―嗤った。
「見えないものは自ずと見えてくるものじゃ。…儂のように、な。」
低く、それでいて透明で―恋音なのに、恋音じゃないような声だった。
恋音の顔をしたそいつは、窓枠に腰かけ、悠然と微笑んだ。
「お前と儂で、勝負をしようではないか。」
「…勝負…?」
「儂はこの少女の体が欲しい。」
恋音の顔をしたやつは呟く。
「儂は堕ちた神じゃ。もっというのならば、神々の中の落ちこぼれ。…儂は、神になりたい。」
そいつは嗤う。無邪気に、無慈悲に。
「…だが、お前は恋音が欲しい。…違うか?」
「ちが…」
「わないであろう、世羅?」
「……………………………………。」
いつの間にか、目の前の恋音の黒く、美しい髪の毛は、透き通るような白髪に変わっていた。
「簡単な勝負じゃ。お主は、物語を書く。」
「…ああ。」
「お主は物語の中で儂を殺すのじゃ。そうすれば、儂は自然と消える。少女は戻る。」
「…お前に何のメリットがある。」
すると、目の前の少女は愉快そうに笑う。
「お主、忘れたのか?儂は神じゃ。朽ち果てるのも、お主の『文才』だけが武器じゃ。
そう簡単に、朽ち果てるわけがなかろう。」
少女は愉快げに微笑む。
―カランッ
乾いた音を立てて、足元に何かが音を立てて落ちた。
「…ペン。」
「と、紙じゃ。」
五百文字の原稿用紙が三枚。
「これをすべて埋めろ。…お主の『文章』だけでな。」
そう言うと、少女はまた悠然と微笑…まなかった。
少女はすでに、息絶えていた。
少女の内側から、もう一人の少女が少女を殺したのだ。
世界は終わった。
誰も、もどらなかった。
ここまで書いて、少女は気付いた。
自身の物語が、朽ち果てていたことを。
少女の物語には、もう。
価値は、世界は、神は。
存在して、居なかった。
だって、もう書けなかったのだ。
少女もまた、『神になり損ねた』ものだ。
最低最悪の『神々の落ちこぼれ』。
物語の書けない、落ちこぼれ。
少女は目を
瞑った。
暗闇の中で誰かがこの物語を『呼んでいる』ような気がしたのだった。