世界の真実-女神のアジェンダ-
その日は、雲一つない快晴だった。
「頑張ってね」
「おう、終わったら絶対に戻ってくるから」
「うん……待ってる」
私の幼馴染は勇者になる運命を持っていた。
村が魔物に襲われたとき、幼馴染は勇者の力を覚醒し、魔物を撃退。
そして、都からその噂を聞きつけた人々がやってきた。
そこからは、一気に話が進む。勇者は都に行き、魔王を倒してほしいとお願いされたのだ。
幼馴染は気の良い性格だったので、みんなが平和になるならっと快く承諾した。
そして、今日旅立った。
幼馴染もとい勇者の隣にいる都から来た聖女様が一瞬こちらを睨んでいたように見えるが気のせい。
勇者は見た目もよく、その力で世界を救うだろう。
……ここまでは、アジェンダの通り。
「女神様、私の使命は全うしました。どうか、勇者に加護をお与えください」
自室に戻った私は、手を握りながら女神様に祈りを捧げる。
私の使命……それは、勇者が真っ当な人間に育つよう傍にいること。
勇者は幼いころに、両親を亡くした。そこで、私は女神様から勇者の傍にいるように言われたのだ。
その当時は、夢の中で何かが囁く程度で、その通りに勇者の傍にいることにした。
その結果がどうか分からないが、勇者は捻くれもせず素直に育ったと思う。
そして、この村が魔物に襲われる一年前に私は女神様からこの世界について教えてもらったのだ。
この世界は数百年周期で出来事が繰り返していると。
例えば、勇者によって魔王は必ず倒される。これは決まっている出来事。
とはいえ、その過程についてはバラバラらしい。
他にも災害などは、数年単位でバラつきが起こっている。それらはすべて、アジェンダの通りに事が進まないからっと女神様は言っていた。
しかし、人間というのはそういうものっと呟いてもいた。
幼馴染が勇者になるということは生まれる前から、いや、ずっと前から決まっていたらしい。
だから、こんな辺境な村に、都の元近衛隊副隊長(今現在は結構なご年齢)や昔は大司教候補とも言われた司教様、大陸でも有数の賢者として知られている森の魔女。
そんな凄い人たちが身近にいた。勇者は幼いときから、知識や剣術、魔法を習っていたのは偶然ではなかった。
「まあ、もうそんな話はどうでもいいけどね」
お祈りが終わった私は、これからどうするか悩む。
女神様から今後については軽く教えてもらっていた。
勇者は魔王を倒すだろう。
その後は、この村に帰る可能性は少ない。そのまま都で、王女や聖女と結婚することが統計的に多いらしい。
私はというと、今後は自由に過ごしていいらしい。
このまま村にいてもいいし、他の場所、都に行ってもいい。
結局のところ、老後になるとこの村に戻ることが多いとか。
「勇者のことはどうでもいいし、あとのことはゆっくり考えよう」
十数年に渡る使命を終えた私は、ほんの数ヶ月羽を伸ばすことにした。
といったものの、普段通りに過ごすだけだけど。
勇者が旅立って、半年以上が過ぎた。
勇者が生まれ育った村ということで、勇者の情報は都に住む人たちと同じぐらいの速さで伝わってくる。
どうやら、魔王との最終決戦が近いらしい。
たった半年だけで、ここまでいくのは早々ないとのことだ。
これは女神様情報。使命を終えた私だったが、勇者がこの村に戻るかの可能性はゼロではないので、未だ女神様との繋がりは切れていない。
その晩。
今日は勇者が旅立った日とは正反対の天気だった。
雨はそこまでではなかったが、風は強くどんよりしていた。
鈍よりとした天気の影響下、私は早めにベットに潜ったのだ。
「――」
微かに誰かの声が聞こえた。だんだんと目が覚める私。
月明かりのない真っ暗な部屋。
そして、明らかに感じる私以外の人の気配。
思わず、大声で悲鳴を上げようとした瞬間、誰かの手で口を塞がれた。
向こうも慌てたのだろう。
「落ち着けって、俺だ、俺」
ボッと炎の明かりが灯される。
一瞬そのまぶしさで目がくらむが、だんだんと目が慣れてくる。
そこには、村を出る前には少年っぽさが残っていたが、今は立派な青年といえる勇者がいた。
何故、ここにっという呟きは心の中で行い、いつものように振舞う。
「い、何時帰ってきたの? 無事だった?」
「今さっき、この通りピンピンしてる」
勇者は満面な笑みを浮かべた。
「それで、何でこの時間に? それと、一緒に行った方々は?」
「今頃都に着いたんじゃないのか」
「何で一緒に帰らなかったの?」
「俺が帰る場所はここだろ?」
疑問を疑問で返された。
この状況からすると勇者はかなり稀な行動を取ったらしい。
まあ、これは別に許容範囲だから問題ないと思う。
「うん……お帰りなさい」
「ただいま」
ハニカムように勇者は恥かしそうに笑った。
そう、ここで物語りは終わればよかった。
しかし、現実はそうはいかない。
『勇者を――』
女神様の声が一瞬聞こえた。
起きているときに聞こえるのは珍しい。何かあったのだろうか。
「それで、今から大事な話があるんだ」
勇者はそういって、私の肩を抑えて目をあわしてくる。
先ほどとはまるっきり違う真剣なまなざしだ。
「黙って聞いてほしい。この世界は駄目なんだ」
「だ、駄目って?」
「この世界は前に進むことが出来ない。ずっと、停滞している」
胸がドキドキする。
「て、ていたい?」
「運命が決められて進んでいる。それは仕方ないと思う。だけど、人は人は力がある。前に進む力が。それは、誰にも負けない力だと俺は思う」
「な、何を言っているの?」
勇者は私の問いかけに答えない。
いや、問いかけに答えなくても勇者が何を言おうとしているか私は理解した。
勇者は知ってしまったのだ。この世界の真理を。繰り返すことによって平穏を得ているこの世界を。
「俺は世界を前に進ませたい。たとえ、神を敵にしても」
「て、敵って、そんなの駄目でしょう?」
「俺と一緒に来てくれるか? 俺と一緒に世界を歩いてみないか」
いつの間にか、私の肩にあった手が退かされ、勇者は私に手を差し出した。
何故、私なのだろうか。もしかしたら、一緒に旅をした人全員に同じことを言ったのかもしれない。
いや、関係ない。私の答え方は一つだ。
「な、何を言ってるの? 魔王は倒したんでしょう。それで、世界は平和になった。それでいいんじゃない?」
私は手を返さずに、勇者を見つめる。勇者は少し残念そうに一歩後ろに下がった。
「そんな糞めんどーなことはせずに、攫えばいいんじゃか。真面目くんだな」
勇者の影からもう一人出てきた。一緒に旅をしてきた仲間かと思ったが、すぐに気がついた。
いや、気が付かされたのだ。
「……魔王」
「どうも、魔王ですー」
私の呟きを聞いて、魔王はニヤリと笑う。風貌とは似合わず、意外と軽い口調。しかし、魔王だ。勇者が倒すはずの……。
「倒してないの?」
「俺はコイツから世界の真実を教えてもらった」
「倒してないの?」
「コイツは魔王だ。しかし、悪い奴じゃ……」
「勇者は魔王を倒さなきゃ駄目なのっ!」
気づいたら大声を上げていた。
私の十数年は勇者が魔王を倒すことだけに意味があったといえる。
「そうじゃなきゃ、アジャンダの通りに行かない。今でも遅くないよ? 魔王を倒すの、勇者」
勇者は目を見開いて、唇を噛み締めていた。どうしたのだろう。
「オレ様が言ったとおりだろう? コイツみたいに、あの忌まわしい紙っぺらの通りに歴史を動かそうとする連中がいる」
「なあ、俺が勇者だったことが……小さいときから一緒にいたこと関係ないよな?」
「何を言っているの? 私が貴方と一緒にいたのは貴方が勇者になるから。そして、たまたま元近衛隊の人が村にいて貴方に剣術を教えたこと。たまたま優秀な司教さんが貴方に勉強を教えたこと。たまたま森の魔女が貴方に魔法を教えたこと。どれも、たまたまなんかじゃない。アジェンダ通りなの。過程は違うかもしれない。でも、歴史通りなの」
私は勇者が何を言いたいのか分からなかった。
そんなことよりも……真実を知ったからこそ魔王を殺すべきだ。
「嘘だよな?」
「本当のことよ」
勇者は泣きそうな顔をしていた。
その顔は、勇者の両親が亡くなって以来、久々に見たと思う。
「行くぞ、勇者。コイツは駄目だ。思った以上に、根幹を担っている」
魔王は勇者の肩に手を置いた。
「……待ってくれ、まだ話が」
「時間切れだ。オレ等はしなきゃいけないことがあるんだろう」
魔王のその言葉を聞いて私はハッとなった。しなきゃいけないこと……それは、神、女神様を殺すこと。
「そんなの駄目。絶対に許されない。いいじゃない、このままで。繰り返しても、そこにいる人たちは全員違う。繰り返すことで、世界は安定してるの。そして、それをみんなが望んでいる」
「……そんな閉じられた世界――絶対に駄目だ」
勇者は静かに首を振った。
分からない。勇者がリカイデキナイ。このままだと、二人はどこかにいってしまう。
そして、女神様がコロサレテシマウ。
ソンナノダメダ。
そうだ、勇者を殺そう。
そして、魔王も一緒に殺せば世界は平和になる。
私の体が一気に軽くなったように感じる。
体中に力が湧く。何故だろう。
『勇者を殺しなさい』
女神様の声が頭の中に響き渡る。
はい、分かりました女神様。
私は、私と世界の平穏を取り戻すために勇者を殺します。
短編のみで、続編の予定は今のところ無いです。
気に入ってもらえたら、評価もらえるとありがたいです。