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8.

「シーエルは、ネーヴェはどうなったのでしょう。それはもう誰もしりません」



 彼らの祖母は木の株でできた椅子に腰掛け、「おはなし」を終えました。


「えー、おしまいなの? 」


「ねえ、ネーヴェはしんじゃったの? 」


 ふたりの子供たちはなんだか悲しいような、肩すかしをくらったような、煮え切らない気持ちになりました。胸の内をヤスリで削られたような、ジンジンとした痛みが、ふたりを苦しめました。


 ネーヴェが旅立ってすぐ雪崩が起きて、そこでせっかく描いた絵を渡したのに行方知れずのままで終わりなんて悲しすぎます。いやな想像すらしてしまいます。


 でも、そんな話をしたあとでも彼らの祖母はやさしい笑顔をしていました。メガネの奥の表情は、ひだまりのように暖かでした。


「これはね、ずっとむかしに、私が子供のときにお母さんから聞いた話なのよ。50年前くらいかしらね 」


「おばあちゃんのお母さんは、最後まで話をしてくれなかったの?」


 子供たちはいぶかしむように聞きます。まだ、祖母が結末をかくしてしまっているんじゃないかと疑っています。


 彼らの祖母は、思い出を懐かしんで少し遠くの方を見てにっこり笑います。きっと素敵な思い出です。


「そうね。それだけしか言ってくれなかったわ。それまで、楽しそうに勢いよく話してくれるのに、結末になると顔をふせてだまってしまうの 」


「ネーヴェはやっぱり死んじゃったの?」


「ふふふ、どうでしょうね。きっと恥ずかしかったのね」


 彼らの祖母はすこしいたずらに笑ました。対照的にふたりの孫は頭に疑問符をうかべます。


「でもね、この話はまだ続いているのよ。ずーっといままで」


「どういう意味?」


「きっと、あなたたちもいつか偶然気がつくと思うわ。それは、明日かもしれないし、いまかもしれない」


「むずかしいよぉ、おばあちゃん」


 ふたりはうーうーいってうなったり騒いだりしていましたが、おばあちゃんは、さてさてご飯のしたくをしなくちゃといって台所にいってしまいます。


 とある雪の日の夕方、暖炉の暖かな居間で置き去りにされたふたりは、おばあちゃんの出したなぞなぞを解くのに夢中でふたりで議論をかわします。


「やっぱ死んじゃったんだよ」


「でも、このお話は今も続いているって。どういうことだろう」


「おばあちゃんのお母さんは、なんで話を途中でやめて黙っちゃったんだろう。悲しい結末だったのかな…」


「でも、恥ずかしがってたってどういうこと?」


 そうしているうちに、二人は疲れてしまい、見計らったようにお母さんとおばあちゃんがご飯を運んできて議論は終わりました。


「手を洗ってきなさい」


 おばあちゃんに言われてふたりは、井戸まで水を汲みに行きました。外はちらちらと雪が降っていました。その柔らかい結晶は、くもりの空から、ゆったりと音もなく溢れてきます。


 ふたりはさむいさむいと言いながら、別段汚れていない手を汲んだばかりの水につけてじゃぶじゃぶ洗います。手はかえでの落ち葉のように赤く染まります。


 家に急いで入り、ふたりは手を温めようと暖炉によっていきます。


「ねえ、あの絵って、おばあちゃんがはなしてくれた絵に似てない? 」

 一人が唐突にいいました。そこには、美しいあ青い空の絵があります。


「え?」


 ふたりは暖炉の壁にかけられた絵を見上げました。雲ばかかりで空が見えないその国で、それが今唯一の青空なのでした。隣の国はこの国とは違って、一年中晴天なのだそうで

す。まるで、その国の景色が見える窓が、暖炉の上の壁に張り付いているようです。


「ちがうよきっと」 


 ひとりは確信を持って言いました。


「だって少し違うよ?二人の人がかいてあるし、青空なのに雪が降ってる」


「そっか、そうだね」


「もっとちかくでみたいな」


「むりだよ、ぼくらじゃ背が届かない。ジャンプするのだって危ない。暖炉の前であそぶなってお母さんに言われてるからね」


「じゃあ、どうする?」


「うーん」


 二人が頭を抱えてすぐに、お母さんが、


「いつまで温まっているの?ご飯が冷めちゃうわよ」

 そういうので、ふたりは悩んでいたこともすっかり忘れてご飯を食べに行きました。


 その絵は美しい青色の絵でした。まるで宇宙そらが透けて見えてしまいそうな深い、深い青色です。泣きたくなるような晴天の荒野に少年と少女がふたり、手をつないで空を見上げます。不思議な絵でした。晴天の空から、雪が溢れていました。それは、天使の羽のように白く軽いのでした。



 二人はまだ知りません。そのキャンバスの裏には、メッセージが書いてあることを、





 _シーエルへ。愛しています。結婚してください。      ネーヴェ



 _わたしも。であったその日から同じ気持ちです。      シーエル





 添えられた日付は今日から60年と少し前でした。


 それは、彼女の国の、彼女と彼らだけの、結婚指輪(エンゲージリング)なのでした。


 このお話は、まだ終わっていません。

 また、誰かが紡ぐのです。




 名前の由来: 発音はなんちゃってローマ字読みです。

フランス語 Ciel 空 シーエル

イタリア語 neve 雪 ネーヴェ

フランス  Viande 肉 ヴィアンデ

ドイツ語  Wolken 雲 ウォルケン


 ソースはエキサイト先生。

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