4.
朝日が見えてくる頃、大人たちも騒ぎ疲れて眠ってしまいました。
ネーヴェとシーエルもいつの間にか眠ってしまい、ヴィアンデさんが食器を洗う音で目が覚めました。
シーエルはせっかくネーヴェの出してくれたミルクにも一切手をつけず、ごはんを食べるという本来の目的も忘れて一晩中話し込んでいたことに気がつきました。
あたりを見渡すと、隣にネーヴェが、そのほかの大人たちも机に突っ伏したりして眠っていました。
一足先に目覚めたシーエルは、注いであった牛乳を飲み干してからヴィアンデさんの所へ歩み寄ります。
「ヴィアンデのおじさん」
「おお、おきたのかい?お母さんとお父さんのところには置き手紙をしておいたから、怒られる心配はないよ。好きな時間にかえるといい」
「怒られる心配はない」とヴィアンデさんは言いましたが、冷静に考えれば夜に無断で出かけたシーエルをお母さんが許すはずがないということがありありと想像できて、家に帰りたくなくなりました。
いずれ怒られるのがわかっていましたが、今帰るのは気が乗らなかったので、すこしだけヴィアンデさんとお話をすることにしました。
「あのさ、ネーヴェたちって、なんでこんな夜遅くにおじさんのお店に来てたの?」
ヴィアンデさんは洗い上がった鍋に、牛乳をたっぷりと入れて火にかけました。そして、コップをいくつか用意しながらシーエルとお話をします。
「あいつらが山の向こうの国の人間だってことは知っているね?」
「うん」
「山の向こうではな、野菜だとか穀物が育ちにくいんだ。なにせ寒いし日照時間が少ない。だから、あいつらは耐寒性のある動物を飼ったり、冬の大地でも育ちやすい作物を作って暮らしてる」
ヴィアンデさんは、「コップにこれをひと匙ずついれていってくれ」と言ってシーエルにはちみつを手渡しました。シーエルは言われた通りにします。
「だから、昔から山の向こうとこの国では食材の貿易が頻繁に行われていた。でも、シーエルが生まれてから3年くらい経ったくらいに、山が土砂崩れを起こして交通が困難になってしまったんだ」
「そうなんだ」
「今年の夏にやっと、貿易が再開できるまでになって、今日が貿易再開初日だ。別に、急がなくてもいいのに、あいつら早くこの国に来たくて道中キャンプすることもなく急いできたらしい」
ヴィアンデさんは熱したフライパンでベーコンを焼き、その上から卵を落とします。
「ネーヴェのオヤジのウォルケンは俺の親友でな。子供の頃から大人になるまでずっと貿易にひっついてくるあいつと遊んだり、俺があいつの国に行ったりしてた」
「おじさんも雪で遊んだことがあるのね?」
「ああ」
ヴィアンデは遠い記憶を懐かしみ、うれしそうに微笑んだ。シーエルは、その笑顔がなぜだか嬉しかった。
「でもな、貿易といっても、馬車を使えない分、限られた量しか運べない。しかもかなり危険がある。だから、俺とウォルケンには小さい頃からの夢があるんだ」
「なに?」
「山の向こうにある国とこの国に川を引くんだ。この国はしばしば水不足に陥る。シーエルも知ってるね?」
「うん」
「だから、雨水の豊富な山の向こうの国から、水を融通してもらい、さらに運河によって旅を快適にする。そうすれば貿易も少し楽になるはずだ。そのために、計画を立てるって約束してもう9年経ってしまった。もう待ちきれなくて急いできたらしい」
ヴィアンデさんは出来上がったベーコンエッグを厚切りのパンの上に乗せて皿に乗せた。塩を一掴みして、握るようにまぶすと、ベーコンの香ばしい匂いがしてシーエルのお腹の虫を唸らせた。さらに、ヴィアンデさんは煮立った牛乳を、はちみつの入ったコップに入れてスプーンでよくかき混ぜた。
「お手伝いのお給料だ。食べ終わったら、みんなを起こしながらホットミルクを配ってくれ」
そういって、出来上がったばかりのベーコンエッグトーストとホットミルクをシーエルの前に出してくれます。
「うん。ありがとうおじさん」
シーエルはパンにかぶりつきました。