キリシュブリューテと水の精霊女王様
フルス大陸の首都に着くと、そこで二人と別れ、馬を港から走らせ、世界で最も水の精霊達とコンタクトが取りやすいとされている清らかで鮮麗な空気を醸し出す湖の一つにまでやって来た。
フルスの首都から此処まで馬で一時間程の距離だ。
自国で行っても良いが、やはり水の精霊と和やかに話をしたい場合等はこうした場所に赴いた方が良い。
澄んだ空気も水も美味しいと感じる。
私は愛馬であるフラムから降りると、彼女に休憩する様に促す。
すると賢いフラムは湖の辺で、澄んだ水で喉を潤すと、木陰に入って休息を取る体制を取った。
それを見届けてから私は、湖と同調する様に神経を集中させた。
私の周囲に水色のオーラが発現する。
基本的に私は無詠唱派だ。
あの長く恥ずかしい様な台詞を口にするだけで威力が落ちる。
それでも本来の魔術師達はその偉く長たらしく、恥ずかしい台詞で持って魔法を放つのだ。
世間一般では。
けれど、そんなの口や喉を押さえ付けられてしまえばあえなく死亡してしまう確率だってあるのだ。
私はそれを回避する為に剣を振るい、魔法も無詠唱で発動させる事を覚えた。
だから幼いながらも、あの地獄の様な戦場を生き抜け、勝ち残った。
そんな事を考えていたら目の前の大気が揺らぐ。そして同時に私の目の前に体が透け、豊かな水色の髪を持ち、神々しい美貌を持った女性が姿を現した。彼女こそが水の精霊全てを支配下に置く、長オンディーヌだ。
『久しいのイリア』
「お久しぶりです。オンディーヌ殿」
『ふふ。主は全くわらわやその眷属すら召還する事が無いからの。その辺も主はますますあやつに似て来ておるな』
オンディーヌ殿が言うあやつとは勿論我が国の初代国王の事である。精霊は長生きで、オンディーヌ殿は我が国の初代国王とも面識があるのだ。
「それはお褒めに預かり光栄です」
『ふふふ。心にも無い事を言うのはお止め。お主が己の外見に興味が無いのを私も知っておるのだ。それにそなたはおなごだ。あ奴は男だったのだぞ? あ奴と似ていると言われれば少しは否定する位の言葉が欲しいものだ』
「別段否定するつもりもありませんよ。そっくりなのは事実ですし」
『やはりあ奴にそっくりよの。して、今日は何の用じゃ?』
お付きの二人はどうしたのじゃ? と、くすくすと笑いながら問いかけて来る。
「これからフルス内を行きながらシュトラール大陸にあるヴォールに行こうと思いまして
。道すがら挨拶に参った次第です。リディアとエミーは久々の国外と言う事で街の方で遊んで待って貰ってます」
『ほう、ヴォールとな。セレッソから余り離れなかったお主がまたどう言った心境じゃ?』
「実は信じられない事に帝国から妃候補の一人として名指しの指名を受けたのです。本当は行く気も無かったのですが相手が相手ですので無視する訳にも行かず目指す事になったのです」
オンディーヌ殿は私の性格も知っているし隠しても無駄なのでありのまま伝える。するとまたもやオンディーヌ殿は笑った。
『確か神龍族末弟の守護者が此度ヴォールの頂に就いたのだったな。人間界は色々な縛りがある故に面倒な事だ。お主も災難じゃな』
精霊は人間界について余り興味が無い為、自分の領域以外の情報を持ち合わせていない。だが、全ての水の長たるオンディーヌ殿は人間界の情報にも通ずる。世界に散らばる水の眷属達からの情報は全てオンディーヌ殿に集まる。だから長たる精霊達は人間よりも遙かに博識なのだ。
「ええ。そうですね。お陰で姉上達が大騒ぎでして。この様な辺境の地に住まう一族の私にまで声を掛ける何て何事かと思いましたよ。早く新しい伴侶を決めて欲しい物です」
『とは言え、起源を辿れば主の一族とヴォールの一族も無関係では無い。その証を主は持っている』
「確かに。ですが人間界では既に絶たれた記憶に過ぎません。昔は昔、今は今です。人々が書き記した書物にはその事実は載っていません。今その記憶がある物は私の中の物のみ…」
その言葉でオンディーヌ殿は理解した様に頷く。
『うむ。人間と言う種族は脆くてか弱い。それ故に人間の記憶も曖昧に脆くなる。じゃがだからこそわらわは愛おしく思えるのじゃ。主が何も言うつもりが無ければわらわ達も特に言う必要は無い』
「はい」
しかし…とオンディーヌ殿は言葉を続ける。
『神龍族はまた我らとは違う存在故に主の事をヴォールの一族に伝えているやも知れぬなぁ…』
オンディーヌ殿に言われ私はそこで漸く気付く。
「そうか、神龍族がおりましたね…。私はまだ一度もお目に掛かった事が無かったので失念していましたよ」
『そうか。お主はまだ会った事が無かったか。まあ、それも仕方が無かろう』
「はい。神龍族はその数も少なく、街にいたとしても人間に扮してその正体をばらす事は無いと聞き及んでいますから…。まあ、彼等の能力を考えればそれも仕方が無いでしょうが……。そうか…だから私等に指名が入ったのかも知れない可能性があるのか…」
神龍族の事をすっかり除外していたから思いもよらなかった。確かに彼等なら私が受け継いだ物の事も知っているだろうし、感じ取る事も出来るだろう。
『じゃがまあそれ以外の理由もあるかもしれんからのぉ。人間の間の事じゃからの。わらわ達の考えには及ばぬ事もある。一番はやはりお主が行ってその目で確かめて来る事じゃ。主はそう言う性格であろう?』
「そうですね。そう致します」
『ヴォールにいる間、是非にわらわの事も喚んで貰いたいものじゃ』
「いえ、その様な事態になるとは思いませんが」
『何、冗談だ。しかし、わらわとて久しぶりに光の精霊や神龍族とも会って置きたいものだからの』
そう言いながらちらりと私を見る。
「心に留めて置きましょう。しかし、オンディーヌ殿であればお好きな時に移動が出来るし、会おうと思えば神龍族でもどの精霊にでもお会い出来るでしょうに」
『何じゃ。女心が解っておらんのぉ』
「女心…ですか?」
私も一応女なのだが、オンディーヌ殿の言い方に少々戸惑う。精霊には少なくとも人間の様に性別の垣根は存在しない。だが、精霊達の外見はそれぞれの性質か好みかそれは解らないが男女の見分けが付く者が多い。勿論、まるっきり人間と同じと言う訳でも無いし、人間の形をしていない精霊もいる。だからこれはオンディーヌ殿のからかいの一部なのだが。
『それこそ冗談だ。じゃが何かあれば心置きなくわらわを喚んでおくれ。わらわとお主は友人じゃ』
「はい」
私が素直にそう答えるとオンディーヌ殿はそれは綺麗な微笑みを返し、満足げに頷く。そして暫くするとその姿は霧散した。
オンディーヌ殿に挨拶を終え、再び愛馬に跨ると元来た道を戻る。久々の遠出で私は勿論、此処の所余り構ってやれなかった愛馬のフラムも満足げに街道を走っている。街までの街道は比較的安全で、魔物の出にくい。
もっとも出にくいと言うだけで全く出ないと言う訳では無いのだが。
しかし、魔物は本能に忠実で直感的に相対した者の力量を判断するのに長けている。だから己より強い者には襲い掛かって来ない。
私とフラムはそのまま魔物に襲われる事もなく無事にリディアとエミーが居る街に戻って来られた。
街に入ったら急ぐ必要も無く、ゆったりとフラムと街中の散策を楽しみながら三人で別れる前に決めてあった宿場に辿り着く。フラムをその宿場の厩に連れて行くと、リディアとエミーの愛馬達、エルとショコラが干し草を食べたり、水を飲んだりしていた。
此方に二匹も気付くとそれぞれが小さく一啼きし、フラムも二匹の側に空いてる所に繋ぐ。そしてフラムを一撫でして、三匹に話し掛ける。
「今日はゆっくり休め」
三匹は賢い。
私の言う事も解って、一斉に小さく啼いた。それに私も小さく笑みを浮かべてから宿場の玄関へと入って行った。
昼に近いからか、比較的賑わう街の宿場だが、人も疎らでカウンターに宿屋の女将らしき人物が私を見るなり声を掛けて来た。
「いらっしゃい。お泊まりかね? 部屋はまだ空いてるよ」
「ああ、すみません。既に連れの者が部屋を取っていると思うのですが…」
「あ、はいはい。あの二人組のお嬢さん方ですね。お話は伺っております。同じ種類のマントと茶色い髪の女の子が来たら先に部屋に案内してくれと。お嬢さんの名前はイリアちゃんであってるね?」
「はい。勿論、身分証もありますので確認お願いします」
そう言って女将に身分証を差し出す。
身分証と言ってもこれは私がまだ世界を武者修行してた頃に作った物だ。
何処の国にもギルドと言うのがあって、私達はそこで身分を偽って登録してある。
お偉い方でもギルドに登録する事があり、その際、身分を偽る事もままある為に、特に詮索はされないのも魅力的なのだ。
ギルドとしての掟と任務さえしっかりこなせば、誰であろうと受け入れる。
それがこの国のギルドとしてのあり方だ。
そして差し出された私のギルドカードに女将さんは目を丸くした。
「おや、お嬢さんこれまた凄腕のハンターだねぇ…。Sランクのカードなんて初めて見たよ」
「そうですか?」
「そりゃそうさ。何たってSランクのハンターは数が多く無いんだ。それがこんな若いお嬢ちゃんだとは思ってもみなかったよ」
からからと言って女将はそのままカードを返してくれる。
それ以上の詮索をしないのはそれも暗黙の了解があるのだ。
「これで身分の確認も終ったよ。先に来たお嬢ちゃん達の部屋への鍵を渡すから、此処に名前の記入をお願いね?」
「分かりました」
言われるままに自分の名前を署名する。
それを見て、確認してから頷くと女将が鍵を手渡してくれる。
「お部屋は三階の階段から東側に向かって一番端の部屋だよ」
「どうもありがとう御座います」
礼を述べながら私は部屋へと向かった。
二人はきっと夕刻には探索を終えて戻って来るだろう。
それまで私は部屋にある窓辺に備え付けの椅子を持って行くと街の人の動きを眺めながら待つ事にした。
こんなのんびりとした雰囲気は久々で、今回のヴォール行きにはかなり面倒だと思ったが、これはこれで役得も得る事が出来たので良しとする。
そしてて二人は私の予想通り夕刻には部屋に戻って来たのだった。