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<R15>15歳未満の方は移動してください。

飛竜物語

作者: 高橋あきら

一話に全部詰め込んだら長くなりました。

(義理でも母×息子なので、R15とさせていただきました。)

 

「グレーン、ご飯できたよー。」


 色とりどりの野菜を使ったサラダに、カリカリに焼いた薄切り肉(ギルっていう草食動物のね)、ほんの少し薄めにカットした黒パンを食卓にセットしながら私は洗面所で顔を洗っているだろうグレンに聞こえるよう大きな声で叫んだ。ほどなくして顔を洗ってすっきりしたグレンがおはようと言いながらやってきた。


「ギルの肉だ!」

「ちゃんとしっかり焼いておいたよ。」

「ありがとう、お母さん。」


 グレンは早く大好きなギルの肉を食べたいのか、いそいそ席に着いた。そんなグレンを微笑ましく思いながら、私も席に着き、朝食を始めた。

 美味しそうにもぐもぐと頬張るグレンは、本当に可愛い。こういうのを親バカって言うのかな?なんて思ったりしながら黒パンを手に取った。


「そういえば、学校には慣れた?」


 私達が住んでる町(と言っても村に毛が生えたような小規模なもの)は、6歳になると入学できる。修学は基本的に6歳から15歳の9年間。うち始めの3年は基礎的な勉強でその後は自身の選択で、剣術科、体術科、技術科、魔法科のどれかに属し履修する。帝都に近づけば近づくほど学べることは増えるので、こういった地方のお子達でもっと専門的なものを学びたい場合は帝都に学校に行っちゃう。まあ、帝都は金がかかるからお金持ちの令息令嬢に限り、だけども。ちなみに私は技術科でした。だって魔力そんなに無いし出来ないし、なにより手に職っていうのは魅力的だったもの。


「うん。友達もいっぱいできたし、勉強は面白いし。」


 それは僥倖。良かったね、と言うと元気なお返事がきた。このまますれずに育っていってほしいものですね。


「あ、今日の花壇の当番は僕だった。もう行かないと!」


 小さくなった黒パンを口に詰め込み、栄養満点な赤い実デトイラのジュースで流し込んで御馳走様と言ってから慌てて部屋に準備をしに戻って行った。

 その後私もすぐにご飯を食べ終えると、グレンに持たせるために今朝焼いたリコの木の実を練りこんだパンを包む。

 ジュースを飲み干したところで、身支度を終えたグレンが小走りでやってきた。


「はい、昼食。リコの実入りのパン。」

「うん、ありがと。行ってきますっ。」


 その包みを肩掛けバッグに入れると、今日も元気に学校へ向かっていった。


 空になった食器を流し台にひとまず置き、もう一杯だけ飲もうとグラスにジュースを注いで椅子に座った。

 あの子も学校に通う年になった。とても感慨深いものがある。


 グレンは、正確に言えば私が産んだ子ではない。というか、私は20歳でまだ未婚である。

 事の発端は3年前、木の実を取りにいつもの山に行ったときだった。前の日が雨だったため土がぬかるんでいたため、私は足を滑らせ運悪く崖下に落ちてしまった。不幸中の幸いで掠り傷があったものの命に別状はなかったためそのまま帰ろうとした時だった。

 何でかはわからない。わからないけども、もの凄く後方の洞窟に行きたくなったのだ。いや、行かないといけない、とまで思った。恐ろしい獣がとか山賊がとか、今だったら思うかもしれないけど、その時の私は洞窟にそういう類がいないこともなぜか分かっていた。

 ので心の赴くまま洞窟に入り暫く歩くと、そこには淡いグリーンの髪にキラキラ輝く茶色の瞳を持った3歳くらいの少年がいた。


「だれ?」

「私は……、」


 その瞬間、耳鳴りがしたかと思うと急に頭が痛みだし、私はその場にうずくまってしまった。

 次いで脳裏に聞こえたのは、男性と思われるよく通る美しい声。


『いずれここを訪れるだろう悪意のない平凡なる人間へ。ここにいる者を来るべきときまで、そなたが親となり人間の社会の中でどうか慈しみ育ててほしい。』


 本来であれば親とここに来ているならここでさようならか親が来るまで一緒に待つ、もし迷子なら下山し然るべきところに少年をお任せすべきなんだろう。

 でもこの声にはどうしてか逆らえなかった。これは私の使命なのだとさえ思わされた。

 声が止み、頭の痛みも治まった私は、不思議そうな顔をしてこちらを見ている少年のもとに行き、しゃがんで目線を合わせた。


「初めまして。私はメディアラ。今日から君のお母さんになるんだよ。君のお名前は?」

「……グレン。」


 これがグレンとの出会いだった。


 みんなに詳細は話せないため、とりあえず養子を迎え入れたということのみ話した。嘘は言ってない。けどみんなは私が早くに家族を亡くしていたのを知っているから家庭が持ちたかったんだろうなと考えてくれたよう。

 グレンは今でも自分がどこで生まれ生活していたのか、親が誰なのか、私と出会う以前のことを覚えていないらしい。小さかったからというわけでもなく、本当にすっぽりと記憶がないのだそう。

 ただし連れてきた当初から日常生活に支障が無い程度の常識と年相応の言語能力、そして自分の名前は覚えていたから部分的な記憶喪失と勝手に結論付けた。

 まあね、生活する分には困らなかったし。


 そんなこんなで宅のグレン君はすくすくと育っています。


「さて、天気もいいし、洗濯物干すぞー!」


 そして私も、一端の母親として育っています。



 *



 なんて昔をちょっと思い出してみたり。

 剣術科を選択し優秀な成績で修業したグレンは、あと数日で学校を卒業する。ついこの間入学したばかりだと思っていたのにもう卒業なのか、と考えると色々とくるものがある。子供の成長は早いなとか、私も年食ったなとか。


 15歳は、大きな意味を持つ。

 この国では、15歳になると成人とみなされる。と同時に職業選択という義務が生じる。何かしらの職業に就かなくてはいけない、それが社会で大人として生きるためのルールなのだ。教会に行き職業を登録する、その後住民登録してもらう。まあ、そうわけなんで、わけありな職業についてる人とかはそういう正規の登録ができないため、その筋のところで登録しているらしいけども。それはごく少数。


 話が脱線したけど、例にもれずグレンも職業登録の義務が発生する。一応剣士ということで登録するみたいだけど、自分の出自を探す旅に出るとのこと。各国を一人で旅するために腕っ節を磨いたとのこと。うん、何となく気付いてたんだけどね、面と向かって聞けなかったんだよ。

 数日後には社会にも認められた一人の大人となるグレン。私の息子、というグレンはいなくなるのだ。感傷的にもなる。


 思えば、早くに親を亡くし兄弟もいなかった私は親が残してくれた少しの財産と内職で稼いだお金で一人暮らしをしていた。成人後もいい相手がいなくてその生活が続いていたわけだけれど、グレンと出会ったことでそれが一変した。グレンは私に家族の暖かさを思い出させてくれた。いつか私は誰かと結婚して子供を産むかもしれない。でも、グレンだって私の子供であることをけして忘れないでいてほしいと思う。

 私の手を離れこの家を出て、いつか本当の生みの親に会ったとしても、もう一人の親がいることも忘れないでいてくれればいい。


「今からこんな感傷的になってちゃ世話ないよね。」


 苦笑いで手に持っていた絵本を見降ろした。

 グレンが小さい頃よく読み聞かせたもの。竜の伝説について描かれた絵本で、男の子たちが最も好む絵本である。

 この世界には絶対なる存在、飛竜というとても大きな竜がいるという。飛竜は世界の全てを管理しており、万物は全て飛竜に属する。ゆえにこの世界は飛竜のものであり、動植物全てがこの世界を飛竜から借りているとも言える。そのため、飛竜はこの世界をそのまま貸すべきかどうかを審判する。それは不定期でありひどく間隔があく時もあれば、短期間にときもある。そして審判についてはどこの国にも詳細がない。ただ、何時に審判があったか、ということのみである。ただし、審判により滅した国が過去にはいくつかあるのは確かなのだ。


「今読み返しても、確かに女の子受けはあんまりしない内容の絵本。」


 女の子に最も人気なのは、ざっくり言っちゃえば王道ストーリー。まあ、あるところに平凡な女の子がいて、見目麗しい素敵な王子様に見染められ結婚するっていう玉の輿サクセス……いえ、身分の壁を越えた素敵なラブロマンス。いつの時代もそれは変わらないのです。


(っつ!)


 突如として襲った頭痛。ここ一カ月の間にこれは度々起きていたけど、最近はその間隔が短くなってきた気がする。

 じっとしてればすぐに治まるから気にしていなかったのだけど、今のはいつもと違った。一向に収まらない痛みに、私はその場に蹲ってしまった。


「ただい……母さん!」


 丁度学校から帰ってきたグレンがこちらに走ってきて、私の背中を支えるようにして顔を覗き込んできた。


「また頭が痛むの?」

「うん。でも、すぐ、治まるよ。」

「……とりあえず、部屋に連れてくから。」


 そう言うや否や、グレンは軽々と私を横抱きにすると、私の部屋に行きそっとベッドの上にそっと降ろした。

 それなりの重量があるはずの私を易々と抱き上げれるあたり、グレンは男の子で華奢に見えるけど筋肉だってしっかりついているのだと思わされた。


「何か飲みたいのある?」

「水がいいな。」

「わかった。」


 そう言って部屋を出て行った。


 本人は何も言わないけど、知り合いから聞く限りではグレンはもてるらしい。

 親の私がいうのも何だけど、グレンは中性的な美しさがある。そして華奢だけれども、剣術に長けている。綺麗でかっこいいの代名詞のような子だ。きっと女の子たちの憧れの的となっているのだろう。

 今まで彼女の一人や二人、いたはずだ。そうに違いない。でもうちに連れてくることはなかったから、どんな子が好みなのかは結局分からず仕舞いなのだけど。

 がしかし、成人の儀を終えれば結婚だって可能なわけで、そのうちお嫁さんを紹介してくれるのかなーなんて考えてみたり。


「はい。持ってきたよ。」


 丁度良いタイミングで件のグレンがコップを持ってやってきた。

 グレンからそれを受け取ると、ゆっくりと口に含んだ。うん、丁度良い温度。


「もう治まったよ、心配かけてごめん。あとありがとう。」

「大丈夫になったんなら良い。それよりさっき難しそうな顔してたけど、なに、悩み事?」

「悩みっていうか……。」


 早くお嫁さん連れてこないかなって。

 そう言うと、今度はグレンが難しい顔をした。


「グレン?」

「や、うん、仕方ないけど……でも、うーん。」


 何やらぶつぶつ言ってるグレンの眉間によってる皺をグリグリと人差し指で力を加減して押すと、その手はグレンによって降ろされた。


「ちょっ、何なの。」

「や、眉間に皺がね。良いお顔が台無しだよ。」


 イケメン君。そう続けると、グレンに苦笑された。


「良いお顔でもイケメンでもないよ。」

「でももてもてなんでしょ?私知ってるんだからね。」

「もてもてって……違うよ。」

「どーだかね。」

「……本命に相手にしてもらってないんだから、もてたって意味ないんだ。」


 なんとグレンには本命がいるようです。お母さんはびっくりです。

 がしかしながら、微妙なお年頃の少年、あまり母親に詮索なんてされたくないだろうから、ここはぐっと堪えます。


「そっか。」

「そっかって……この手の話題食いついて根掘り葉掘り聞いてくるかと思ったけど、妙に大人しいね。」

「失礼な。でも誰なのかなーって気になってる。」


 そう言うと、やっぱりねと笑われた。うん、グレンは私の性格をよくわかっていらっしゃる。伊達に12年一緒に暮らしてないわ。


「あんた、成人したら旅に出るんだよね。」

「……うん。」

「御両親、見つかるといいね。」

「……うん。」

「ねえ、グレン。」

「……うん?」

「あんたには母親が二人いるってこと、忘れないでね。私だって育ての親なんだから。」


 グレンに言い聞かせるようにそう言う。俯いているグレンから表情が読み取れないから、何を考えてるかはわからない。

 暫しの沈黙の後、ふいに顔をあげた。その表情は少し強張っているものの、真剣そのもの。


「俺は両親を探す旅に出るって言ったけど、本当はそんなに期待してないんだ。」

「じゃあ何で旅に?」

「貴女と離れて、世界を見聞して、一人で色々やってみたくて。昔は親捜しのためって思ってたけど、段々前者のように考えるようになって、今ではそっちのが俺の目的。」

「……そう。でもやりたいことをやるのが一番だよ。」

「うん。それで……三年後、18歳になったら俺は帰ってくる。」


 18というと、私はグレンを連れて帰り母親となった年だ。

 つまり、家族を持った年。


「その時、他の男を作らないで、この家で待っててほしい。」

「他の男って、私今までも男作った覚えない……っていうか、何、一生独身のままでいろって?あんた、兄弟ほしくないの?」


 そう言って詰め寄ると、グレンは頭をかいて言い方が悪かったか、と誰に言うわけでもなく言った。


「兄弟なんていらない。独身でいさせるつもりもない。俺が帰ってきたら、そしたら結婚してほしい。」


 何を、言われたのか、わからない。

 いやわかってる。わかってるけど、頭が追いつかない。

 グレンは私の息子で、その息子が母親でもある私に求婚した。という、俄かに信じがたい事実。

 そう言えば、とさっきの会話を思い出す。今の状況を照らし合わせてみると、相手をしてもらえない本命って、私だったってことだよね?や、うん、相手どころかその選択肢にすら入ってなかったけども。


「グレン、私信じられないんだけど。あんたが、私を?」

「気付いたのは去年の暮れぐらいだから自覚して半年もしてないんだよね。言っとくけど、家族愛を勘違いしてるわけじゃない、一人の人として好きなんだからね。」

「そっそうですか……。」


 親子とは言っても血の繋がってない義理のものではあるから、結婚は可能なんだろう。

 でも今までそう言った目で見てなかったし、仮に結婚したとして周囲の目が気になるし、そして、


(年の差だよね。)


 越えられないもの。それは年の差。生まれた順番は変えられないのだ。

 そもそもグレンの正確な年が分からないから、出会ったときのみたまんまで当時は3歳ってことにしちゃったけど、それでいくと私とグレンは14歳離れていることになる。


「グレンも、もっと若くて可愛い子が周りにいっぱいいるでしょうね。何でよりによって私みたいなおばさんを。」

「おばさんって、そんな年じゃないでしょ。」


 まあ、当たり前と言えば当たり前だけど、年の差は気にしていない様子。気にしてるんだったら、結婚なんて言わないよね、うん。


「返事は、俺が帰ってから聞かせて。旅に出るまでは、今まで通り普通に接してほしい、だめかな?」

「ううん。わかった。」


 そう言うと、グレンはあからさまにほっとした顔になった。

 そして立ち上がると夕飯を作ってくる、と部屋を出てった。

 もう平気だから私が作ろうかとも思ったけど、折角の御好意なのでそこは甘えることにした。


 読みかけの本をベッドで読んでいたものの、すぐに読み終わってしまった。

 することもなくて暇だしグレンのお手伝いをしよう、ということでキッチンに向かった。


「……え?」


 そこには作りかけの料理。グレンの姿は、無い。


「どういう、こと?何があったの……?」


 グレンは何も言わずに出ていくことはない。それに作りかけ、という時点でおかしい。

 何かがここで起きたのだ。



「探さないと!」


 震える足を叱咤する。闇雲に探していてはらちがあかない。グレンの行きそうなところ。

 そう考えたところで再び私を頭痛が襲う。

 最近よくある頭痛。でもこの痛みを過去にも私は経験していた。


(……あ。)


 そう、グレンと出会ったあの洞窟で。


(行こう。)


 微弱に続く頭痛を抱え、私は着の身着のままであの洞窟へ走った。


 家事もして動いたりするけど、私はあまり体力のある方ではない。

 おまけに雨が降り出して今では地面がぬかるむほど。そんなところを走るだなんて余計に体力が持っていかれるけど、そんなの気にしてられなかった。

 とにかくグレンが心配だった。彼に会いたい。それだけだった。

 髪は張りつくし、服はびしゃびしゃ、靴はどろどろ。それでもなりふり構わず私は走った。走って走って、そして。


(つい、た……。)


 いつの間にか頭痛はやんでいた。そして乱れた呼吸もそのままに、かつて一度だけ入った洞窟へ、再び足を踏み入れた。

 まっすぐな一本道をずんずん進むと、淡い明りが見えてくる。そして最奥に辿り着くと、そこにはこちらに背を向けて立っているグレンがいた。

 灯りもないのにどうしてここらは明るいのか、なんてどうでも良かった。


「グレン、大丈夫……?」


 我ながら陳腐な質問だと思う。でも他に何をいうべきか分からなかった。

 グレンがそこにいる、それだけで私はほっとしていた。


「大丈夫、じゃ、ない。ごめん、さっき言ったこと、俺守れない。」

「それって、どういうこと。」


 グレンが何を言わんとしてるのか、何となく察しは着いた。でもどうしてなのかがわからない。急に、なぜ?


「貴女の傍にいることができない。もう二度と、貴女の元に帰ることができない。」


 冷たい声が、洞窟内に響いた。

 ほっとしたのも一変、私の表情は段々と強張っていく。


「何で、どうしてそんなこと言うの?」

「俺、思い出したんだ。」


 そう言って振り向いたグレンの瞳は、いつもの茶色ではなく真っ黒になっていた。


「あんた、目が!」

「こっちが本当なんだ。ねえ、昔読んでくれた絵本、覚えてる?」

「それは、まあ。」


 タイムリーに、今日掃除していたらその絵本が見つかった。

 でもどうして今その話になるんだろう。


「飛竜が世界を管理していて、不定期に現れては審判するっていうやつでしょう。」

「そう。少し、昔話するね。」


 私が頷くと、グレンは話を始めた。


「世界を管理する飛竜は、度々審判をしていたのだけどね、どれだけ世代を重ねようとも人の業は深まるばかりだった。自然を壊すばかりか、同胞で争う始末。人を信じたいけど、信じられない、そんな葛藤があった。だから、かつての飛竜は一度まっさらになってみることにした。そしていつか悪意のない、常人の手で人の社会の中で育ててもらおうと、言葉を残した。」


 ふと、かつてこの洞窟で頭に響いた言葉を思い出した。一言一句覚えているわけではないけど、でもそう言ったニュアンスのことを言っていた。親になって、人間社会の中で慈しんで育ててほしい、と。


 そして一つの結論に辿り着いた。

 グレンの言葉は妙に現実味がある。まるで自分が言ったかのように。

 それは、つまり、


「グレンは……グレンが、飛竜?」


 彼は自嘲気味に笑った。

 言葉にしなくても、彼が肯定したのだということがわかる。


 誰も知らない、飛竜。それが、グレンだったとは俄かに信じがたい。

 でも、グレンが冗談を言ってるように見えないし、何より話に筋が通ってる。


「でも何でいられないの。」


 どうして、と聞くと、彼は悲しそうに言った。


「今までは過去の俺が人間を知るために人間と混じって生活していたけど、俺は飛竜で、本来は人と交わることのない人外のものだ。一人の人間を特別視することは、あってはならない。」


 ごめん、と呟いた。

 こんなに悲しい謝罪、今まで聞いたことない。

 胸が締め付けられる思いとは、まさにこういうことなんだろうと今思った。


 時が来るまで、とかつてのグレンは言葉を残した。時とは、彼が飛竜であることを思い出すまでということなのだろうか。そして思い出したら、はいさようなら、そういうことなんだろうか。


「私が、グレンの傍にいる方法はないの?」

「……あるには、あるんだ。でも、」


 言葉を濁すグレンを促すと、苦しそうに絞り出すように言った。


「俺と誓約(うけい)しなくてはいけない。でもそれは、長い時を生きる飛竜に相手を宛がうためのもので、人間側に配慮したものじゃない。不老長寿となるけど、根本は変わらず人のままだ。人にして人ならざる者、そういう存在になる。そして老いることもないから、ひとところにいることはできない。ずっと、俺と流浪することになる。」


 だからできない、そう言われた。

 さっきは受け入れてほしいみたいなことを言ったり、今度は拒絶したり。事情が事情だから仕方がないのだけど、でも、私は。


(でも?私は?)


 一緒にいたい。グレンの話を聞いてもなお、共にいたいと願っている。

 私は一人の男としてグレンを愛している。

 そう考えると、なんだかストンとはまった気がした。

 どうしてあの時返事をしてしまわなかったのだろう。もししていたら、ここまで話がこじれなかったのに。


 でもそれは所詮は仮定。


「ねえ、グレン。」

「何?」

「あんた、今でも私のこと……好き?」

「何でそんなこと、聞くんだ。」

「私はね、あんたのこと好きだよ。言っとくけど、家族愛の延長じゃないからね。一人の男として。」


 グレンが言った言葉をそっくりそのまま返してやった。

 するとそうくると思わなかったのか、ひゅっとグレンが息を飲んだのがわかった。


「俺は、飛竜だ。貴女に、人間としての幸せをあげることはできない。」

「飛竜なんて関係ない。言ったでしょ、一人の男として好きだって。グレンと一緒にいられる、それだけで私は幸せ。人間だとか関係ないんだから。」


 人間とか飛竜だとかだとか、そんなものに私とグレンを阻ませたりさせない。私は私だし、グレンはグレンなのだから。

 暫く視線を合わせたのち、力なく笑ったのはグレンだった。


「まいったな。思ったより動揺してる。普通の人間として貴女が幸せに生きてくれればそれで良いと思って、身を引こうとしたんだけどね。うまく、いかないもんだな。」


 最後の言葉はほとんど独り言に近かった。だから私は何も言わずに聞いていた。


「貴女を人外にし、その生涯を自身に縛り付けようとする俺をどうか赦して。」

「それって……。」

「うん、俺の妻になってほしい。だから、誓約(うけい)をして。」


 そう言って差し出された手。私はふらふらとグレンに近づきその手に自分の手を重ねる。すると強い力で抱きしめられた。

 雨や泥でぐしゃぐしゃになっている私がグレンにくっついたらグレンまでも汚れちゃうと思って離れようとしたけど、余計に腕の力は強まった。

 段々抵抗する力も失せて、私もおそるおそるグレンの背に両手を回した。


「俺、凄く幸せだよ。」

「うん。私も。」

「俺の名前を呼んで、それが誓約なんだ。」

「グレン?」

「違う、それは愛称なんだ。他の者はけして口にすることは叶わない、俺の本当の名前。」


 そしてグレンの口が私の耳元に近づき、本当の名前を告げた。



 *



「本当に何も持ってこなくてよかったの?」


 かつて住んでいた町、そこを山の開けた所から眼下に見下ろしていた。


「まあ食べ物の心配とかしたけど、生命維持活動に必要ないんでしょ。だったら良いの。」


 飛竜の力の干渉を受け入れるこの体は、病気をすることもなく、食糧からエネルギーをとることはない。そして身に包む服も汚れることはなく、仮に破れたとしても再生する。だから薬も食糧も着替えも、それらを買うお金も必要ない。

 そういうと、グレンはそっか、と言った。


「ねえ、これからどこに行くの?」

「詳しくは決めてないんだけど、とりあえず七大大陸を順繰りに回ろうかなって。」

「世界一周旅行!」

「新婚旅行だね。」


 新婚、なんだかむず痒い言葉である。

 言葉を失い顔を真っ赤にした私をグレンは目を見開いて見たのち、そっぽを向いた。その口は手で隠されてる。


「どうか、した?」

「や、うん、結構くるものがあった。ごめん、何でもない。」

「そう?」

「そう。」


 何だか腑に落ちないなーなんて考えてると、彼は口から手を外し存外に真剣な面持ちでこちらを見た。


「この町を、捨てる覚悟はある?」


 こんなこと、彼だって言いにくいはず。でもそれを言わせているのは私なのだ。

 自覚はないのだろうけど、ほんの少し辛そうな顔をしていた。


「うん。私には、あんたがいてくれればそれで良いんだから。」


 だから大丈夫、そう言うと彼は泣き笑いにも似た顔で頷いた。


「さあ、もう行こう。

「そうだね。」


 かつて二人で暮らした町に背を向ける。


「おいで、メディアラ。」

「はい、グリューレン。」


 差しのべられた手に、己の手を重ねる。



 私の幸せは、ここに、ある。




長い話を読んでいただきありがとうございました。

テンポよくかけた話なので、反響がありましたら、続編を作りたいなぁなんて厚かましくも思ってる次第です。

ふっと頭に沸いたままに書いたもので、推敲など何もしていないので、誤字脱字がありましたら報告いただけると幸いです。

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