2 煌めきの季節
バレンソールの森でマヤリンと出会ったピョッキンですが、やはりマヤリンが何故ピョッキンの名前を知っていたのかが不思議でたまりませんでした。
ですが… その疑問は怖くて口にすることができませんでした。口にした瞬間にとても大切な何かが消え去ってしまいそうな気がしたからです。
ようやくバレンソールの森を抜け出し、目の前に現れたガルボ湖を越えれば、占い師のおばあさんが居るアルフォンシーヌの丘に辿り着きますが、ピョッキンが気を失っているうちに辺りはすっかり薄暗くなってしまいました。
「今日はもう暗くなってしまったから、お家に帰った方がいいよ」
マヤリンはピョッキンを心配して家に帰るように言いましたが、ピョッキンは強い気持ちで今日中に占い師のおばあさんに会いに行くことを告げました。
『僕はどうしても占い師のおばあさんに会うんだ。だって… どんなことがあっても後戻りしないって、ママと約束したんだもん』
ピョッキンの揺らぎない気持ちがマヤリンの心に届いた時、突然ガルボ湖の水が上空に舞い上がり、二人を導くように七色の虹のアーチを作りました。
「虹のアーチを渡れば、アルフォンシーヌの丘だよ。さぁ、ピョッキン… 早く占い師のおばあさんに会いに行こう!」
ふと気がつけば… ピョッキンとマヤリンの手は、虹のアーチの上でしっかりと繋がれていました。
虹のアーチを渡ってアルフォンシーヌの丘に降り立つと、薄暗かった景色が急に明るさを取り戻していました。あまりの出来事に目を白黒させるばかりのピョッキンに、マヤリンは
「アルフォンシーヌの丘には夜がないのよ」
と、こぼれ落ちそうな笑顔で教えてあげました。
何でも知りたがりのピョッキンは、その理由が聞きたくて仕方ありませんでしたが、今は好奇心よりもマヤリンと手を繋いで歩いていることの方が、ずっとずっと嬉しかったのです。
「ほら… あそこ。あのトンガリ屋根のお家が、占い師のおばあさんが住んでいるお家だよ」
ピョッキンとマヤリンは、丘のてっぺんにあるトンガリ屋根を目指し、手を繋いだまま一歩一歩着実に進んで行きました。
二人とも背中に羽根がついていることを忘れてしまったかのように、空を飛ぶことなど一切考えていなかったようです。お互いに少しでも長く手を繋いでいたかったのだと思います。
丘のてっぺんに近づくと、二人は家の前で手を振りながらニッコリと微笑んでいるおばあさんの姿に気づきました。
二人は「占い師のおばあさん」ということで、魔法使いのような黒い衣装を着たおばあさんを想像していたようですが、手を振る優しそうな姿を見て、思わず笑顔を見合わせました。
「おうおう。よう来たよう来た。ピョッキンとマヤリンじゃな。さあさあ、早くお家の中にお入り」
フカフカのソファーに座らされたピョッキンとマヤリンは、嬉しさのあまりピョンピョンとお尻を弾ませてはしゃいでいましたが、テーブルを挟んだ対面におばあさんが座ると、マヤリンが優しくピョッキンの膝を叩いて、行儀良く座るように促しました。
「エスコルシアの森から来たんじゃな。うんうん。遠かったじゃろう。偉かったなぁ。さぁ、ポシェットの中の紙を渡しておくれ」
ピョッキンは、ママから
「絶対に占い師のおばあさんに会う前に開けてはいけませんよっ!」
と言われていたポシェットの中身がずっと気になっていましたが、中に入っているのがタダの紙だと聞いて少しだけがっかりした気持ちになりました。
『ねえ… おばあさん… その紙は何なの? 何が書いてあるの?』
紙を見た瞬間に優しく微笑んだおばあさんを見て、ピョッキンは紙に何が書いてあるのか知りたくて仕方ありませんでした。
「ん? これか? ここにはな… ピョッキンのパパとママが一番望んでいることが書いてあるんじゃ。この紙に書いた願いは必ず叶うんじゃぞ。うんうん。それにしても欲のないパパとママだこと。もう叶っておるようじゃな」
占い師のおばあさんは、表情を崩したままピョッキンとマヤリンの顔を交互に見比べていました。
「さて… 今度はピョッキンの願いを聞く番じゃ。何が知りたいんじゃ? 何か欲しい物があるのか?」
おばあさんはピョッキンの顔を覗き込むように尋ねました。
『僕は… 僕はね… 何でおばあさんの占いが絶対にはずれないかが聞きたかったの。あとね…』
そう言った後に一旦口ごもったピョッキンですが、勇気を出して思いの丈を声に出してみました。
『あのね… 僕は… 僕は何で人間じゃないの? 僕は何で妖精なの?』
ピョッキンの切羽詰まったような問い掛けに、マヤリンは思わず肩を抱きしめていましたが、おばあさんは笑顔のまま答えました。
「う〜ん。ちと難しい質問じゃのう。おばあさんの占いが何故はずれないか… それはな… おばあさんが占い師じゃないからじゃ」
わざわざ占い師のおばあさんに会いに来たはずが、占い師ではないと告白されたことで、ピョッキンは鳩が豆鉄砲を食らったような顔になってしまいました。
「人の願いはそれぞれじゃが… 誰もが必ず願うのは幸福を感じたいということなんじゃ。だからな… おばあさんは誰にでも言ってやるんじゃ。幸福を感じたいと願えば、いつか必ず幸福を感じることができるとな。当たり前のことなんじゃが… 幸福を願っているからこそ誰かに言って欲しい言葉なんじゃろ。それを言うのがおばあさんの仕事なんじゃ。幸福は物ではないじゃろ? それぞれの人が、それぞれの心で感じるものじゃろ? だから… はずれるとか、はずれないとか… そんなものはないんじゃよ。ふふふふふ」
おばあさんは二人の心を包み込むような笑顔を見せた後、ピョッキンの方に向き直って語り続けました。
「ピョッキンは自分のことを妖精だと思ってるんじゃな? それは… 背中に羽根が生えておるからか? ん〜っ。ピョッキンには難しいかも知れんが、それは妖精の羽根ではなくて人間の羽根なんじゃ。子供の背中にはみんなついておるだろ? ピョッキンのパパの背中にもママの背中にも、子供の頃にはついておったんじゃ。羽根が生えたことを知って怖がる子供もおるようじゃが、それは『冒険の羽根』とも『好奇心の羽根』とも言ってな、心が成長するに連れて自然に抜けてしまうんじゃ。ピュアな心を持ち続ければ、大人になっても生えたままかも知れんのう。ふふふふふ」
ピョッキンは、パパの背中にもママの背中にも羽根が生えていたことを知って安心しましたが、自分がパパとママの子ではないのではないかと疑っていたことに関しては、少しだけ損した気分に浸っていました。
『あ〜よかったぁ! 僕も人間だったんだね。僕だけが特別じゃなかったんだねっ! だったら僕は… この羽根を大切にするよ』
すべての不安が取り払われたピョッキンは、今にもこぼれ落ちそうな笑顔でマヤリンとおばあさんを交互に見つめました。
『あのぉ… おばあさん。ポシェットに入っていた紙には何が書いてあったの?パパとママの望みは何だったの?』
自分の不安が消え、聞きたかったことも聞けたピョッキンは、パパとママの望みを知らないまま家に帰ることはできないと感じていました。
「困ったのう。どうしても知りたいのか? う〜ん。マヤリン… どうしたものかのう。ピョッキンに教えてもいいものかのう」
おばあさんは、マヤリンに同意を求めてきましたが、マヤリンにはピョッキンにすべてを話す覚悟ができていたようです。
「おばあさん、大丈夫よ。私もピョッキンと手を繋いだことで幸福が感じられたんだもん。ピョッキンもきっと認めてくれると思うもん。私の羽根は… もう必要ないもんっ!」
マヤリンの強い口調に確かな心を感じ取ることができたおばあさんは、意を決してピョッキンにパパとママの望みを伝えました。
「パパとママはな… 家族が幸福であることだけを望んでいるんじゃ。家族とはパパとママと、ピョッキンとマヤリンのことじゃ。マヤリンはな… ピョッキンのお姉ちゃんなんだぞ。ピョッキンが生まれて、マヤリンがお姉ちゃんになったんじゃ。今のピョッキンなら、マヤリンの存在を認められよう。パパとママが一番望んでおったのは… ピョッキンがマヤリンを認めること。ピョッキンとマヤリンが仲良くすることだったんじゃ」
おばあさんの話の途中で、ピョッキンの目から大粒の涙がこぼれ落ちました。涙の意味を知る由はありませんでしたが…
ふと気がつけば、布団の上の22歳のピョッキンも泣きながら目覚めていました。