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ガトの帰還

 街道を行く事は難しかった。そこかしこに、腰に剣や斧を佩いた者達が情報交換をしながらうろついていた。

 どうしても街道を往ける敵共の伝達速度に負けてしまうため、遠回りせざるを得ない。

 それでもガトは、ラクルスィの城下町を囲む城壁へと辿り着いていた。

 衣類以外の持ち物を全て奪われ、身分証明など出来る物はない。

 だがガトは下っ端とはいえ、第一級犯罪捜査班の一員で騎士達への顔も広い。

 そして、ジュダスの時からの伝手や顔の広さも、大きく幅を利かせてくれるはずだ。

 敵の息がかかっている可能性のある城壁の見張りを割り出す事は難しい。顔が広い分、動きにくくなっているとも思う。

 東と北にある門では、入り込む余地もないほど、敵がはっきりと見てとれた。外から物資を運ぶ者達に紛れ、溶け込みきれない違和感のある者がそこかしこで眼についていた。

「にしても、南門が一番ジュダスに近い癖に、敵が一人もいないって」

 木々に紛れながら、城壁の上へと眼をやっても、見覚えのある兵士だけだ。門に立っている者達も、やはり顔見知りではある。

 特に、買収されるような者達ではないとは思うが――

「……明らかに、罠。だよな」

 少し離れてはいるが、東から強行突破しても良かったが、その門を任されていた兵士はまだ若く、違和感のある一人と親しげに話しているのも見えた。

 もちろん、外から来る者と雑談していただけだろうが、それでも狭い空間で争う事になれば多勢に無勢となってしまう。

 誰も彼も、敵ならば一思いに殺していい。と許可があれば構わないが、今は一介の領主の犬だ。

 やはり、アネッロの元にいた時の方が、融通も利くし、制約もなく動きやすい。

 正しい道を行こうと陽の光を受けて立つ足元には、取れない枷がついているかのように、酷く重い。

 幹に背を預けながら、周囲に意識を向けているが、他に隠れている者を感じる事は出来ない。

「入ってすぐ、襲われる可能性か。門兵が気付いて異常者を確保した所で、俺様は大怪我かなあ。割りに合わねえよな」

 これだけあからさまになっているのだ。おそらく、ガトかノーチェフを阻止しろ。とでも言われているに違いない。


 西の金貸しの、総力を持って潰せ。


 どうせ、こんな所だろう。

 ただ不思議なのは、西の金貸しであるナンス=フィダートが、この状況を生み出すだろうか、という事だ。

 老獪で、心の奥深くを見せる事はない彼だが、この状況はジュダスを潰すどころの話ではない。

 ラクルスィ領自体を潰す事にもなりかねないような、そんな行動を取る事はあり得ない。

 苛烈で容赦のない取り立ては行うが、それであったとしても客商売である。

 その土地の娘を人質に、関係のない働き手達すら拷問まがいの死で恐喝する男では、決してなかったはずだ。

 この状況に陥った原因は何だ? ――あの男に、何かあったのではないか。

 まさか、とは思う。

 ジュダスほどではないが、様々な網を張り、警戒心の強い男ではあるが、迂闊な男ではない。

 迂闊、というのであれば。考えられるのは、やはり話が戻ってくる。

 フィダート氏の息子だ。

 西の酒場で柄の悪い男共を引き連れ、女を侍らせ、一晩で金を湯水のように使う。

 ならず者共を雇っている事から、人の――兵士の面前でガトを殺そうが、例え失敗して兵士やガトに殺されようが、痛くもなければ責任もない。知らぬ存ぜぬで、事は足りるだろう。

 質の悪い傭兵もどきとて、そうなったとしても文句はないだろう。それ以上に貰える金に、眼が眩んでいるのだろうから。

 だから、山中では平気で攻撃を仕掛けてきた。

 ガトだけでなく、ただの働き手である醸造所の者達ですら、人とも思っていない容赦のない攻撃を。

 やはり、ナンスの身に何かあったのだろうとしか思えない。

 何かあったのだとすれば、その犯人は――

 吹き込んできた風が頬を撫で、汗を冷やし、火照った身体と高ぶっていた頭を静めてくれる。

 優しい葉擦れの音を奏でながら、森の奥へと音を運んでいく。

 ガトは腰に手を当て、大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出した。

 罠だろうが、何だろうが。やる事は決まっている。

 最終的には、領主かアネッロの元へ辿り着く。南門からならば、ジュダスが近い。

 領主の元へ辿り着く事だけは、どうしても避けたかったのだろう西の奴等は、東と北に手の者を配備した。

 だが、南には誰もつけないなんて事は、どう考えてもあり得ない。中に入ってから仕掛けてくる事は、想像に難くない。

 壁を登るか。それも出来ない事はないが、いくら捜査班の者だからとて、城門破りだ。

 見知った兵士とて、問答無用で矢を射掛けられる可能性も大きい。

「結局、素直に入るしかないんだよな」

 順番待ちをしている者達の中に、潜んでいる悪意は感じられない。

 嫌な予感は、外よりも中にあった。緊急だと伝えれば、順番待ちで並ばなくても良い。顔が利く分、ノーチェフよりかは動きやすい。

 ただ、その分狙われやすい。

 周囲に気を配りながら、森から抜け出した。何食わぬ顔で門へと近づけば、城壁の上から声をかけられた。

 右手を上げて、それに応え、声をかけてきた人好きのする男の顔を覚える。

 嫁が欲しい、彼女に振られた。そう言って、一月前に酒場で泣きながら酒に呑まれていた男だった。

 そいつのおかげで、中で張っている者達に気付かれた可能性はある。

 しかし、向こうもこちらも地の利は変わらない。そして、お互いが敵の存在に気付いている。

 中に入ってしまえば、そこら中に眼がある分、制約に縛られてしまうが、それでも殺すつもりでかかって来た者にまで話し合いでどうにかしろとは言われていない。

 出来るだけ殺すな。とは言われているが。

 色々と、小難しい話を長々とされ、あらゆる状況の試験を受けたが、ガトはそう理解している。

「さて、行きますか」

 一杯引っかけに行くような、軽い調子で呟いた。

 城壁に沿って門へ向かうと、並んでいる列とは違う所から歩いてくるガトに気付いた門兵が、笑顔を浮かべる。

「ガト! 久し振りじゃないか、捜査班のお使いか? 今度奢れよ」

「捜査官になった時に奢っただろ!」

「いつの話だよ。それに、給金は俺達よりいいんだろ? そりゃ奢るべきだろう」

 軽口を叩いて、門兵の男が笑う。

 気のいいおっさんだ。子供達はすでに結婚し、孫を楽しみにしているようだが、こればかりは授かりもんだからな。とぼやいている、普通の親父だろう。

「奥さんは元気か?」

「ああ、うるさいくらいさ。ここの所、何しても叱られるんだ。昔はあんなに俺にくっついて回って、可愛らしく恥らってくれてなあ」

「……酒呑みに入ってる場合じゃないんじゃねえの?」

「それはそれ! これはこれだ!」

 そう言って胸を張った男に、二人の話が聞こえていた入領待ちをしていた者達から笑いが起こった。、入領の確認をしていた門兵も苦笑している。

「何か、問題はあったか?」

「ここではないな。ただ北と東からの連絡が、ここ数日遅れている。ガト、お前さん暇なら連絡係してくれよ」

「断る。俺様は忙しい」

 頭を掻きながらそううそぶけば、彼は楽しげに声を上げて笑った。

「じゃあ、きっちり仕事しろよ! それで、酒代を捻出して俺に回せ。お前はいらん、金だけ寄越せ」

 それを聞いて、ガトは紫の瞳で男をひたと見つめ、口の端を持ち上げる。

「そういやさ、俺様の出世祝いってどうなったんだよ。すごいじゃないか! おっちゃんが今度呑みに連れて行ってやるっつったよな」

「行ったじゃないか」

「……俺様の金でな」

 間違ってはいない。確かに、間違ってはいないのだが。

 金を払った後に、ほろ酔いで今度は奢ってやるよ、と言った言葉は……覚えていないのだろう。

 嫁に金使っていいか聞く。とも言ってたか――そうか、そっとしといた方がいい案件になったか。

 ガトは一つ嘆息し、眼を上げれば、おっさんは頬を掻いて眼を合わせなかった。

「まあ、いいや。奥さんと仲良くな。通るぞ」

「当たり前だ! 俺は仲良いつもりだ! 通っていい。ただし、記帳していけ。どうせまた身分証出すの面倒くさいとか言うんだろう」

「良く分かってるじゃないか! 記帳すると後でバレて、アンシャちゃんに叱られるんだけど」

「諦めろ。いいか、女性には、逆らうな! 嫁にしたいなら尚更だぞ」

 まったく見当違いではあるが、ガトは肩を竦め、特に否定する事なく記帳した。

 満足気にうなずいてくるおっさんは、いつも独り者のガトを心配しているのだと言う。

 何について、満足したのかは分からないが、下手に言い返せば話は倍以上長くなる。

「おっさんも仕事しろよ」

「おお、連絡係の件も忘れずによろしく」

「だから……ったく、上に報告しといてやるよ」

 お互いに片手を軽く挙げた。

 門を潜る。その先に待つのは、敵の巣窟だ。

 もちろん、ジュダスの手の者も紛れているだろうが、それに頼り切っていたら反応が遅れる。

 全神経を集中させ、ほど良い緊張感に身を浸し、ガトは領内に足を踏み入れた。



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