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監視者への検分

 ――アネッロが事務所に戻ると、モネータは背後にいる二人に場所を譲った。

 口を開かず、視線を送ってくる彼に、アネッロは眼鏡をかけて振り返る。

「モネータ。こちらは客ではなく、我々の見張りです。出かける際にもつきまとうそうなので、荷物持ちにでも使ってやりなさい」

「……はい」

 困った顔で返事をしながら、モネータが二人を見る。

 赤毛と茶金の男達は眼を見合わせ、赤毛のほうが苦々しげに口を開いた。

「私はキーダ=サルダン。こっちはギブ=ナーレ。我々は任務としてこちらにいるのであって、手伝いの人員ではありません。それに、外出は控えて頂きます」

 生真面目な硬い声で姿勢を正す彼キーダは、身近にいる誰かを彷彿とさせる男だった。

 その身近なモネータが、困惑した顔でまたアネッロへと視線を移した。

「もちろん極力ではありますが、外出は控えますとも。ただ、こちらも仕事柄、何もせず訳のわからない男達が交代で出入りされては困るのですよ」

 そう言って、アネッロは眼鏡を外して手近な布でレンズを拭く。

 片方の眉を上げ、彼らを見やる。

「質入れや借り入れを、なるべく人に知られたくないという方々も多くいらっしゃいますのでね。仕事もなく、ただ突っ立って威圧しているだけの怪しい者が入り浸っているという噂が立っては、信用にもかかわります」

「……派手に捕まった時点で、信用だの言っている場合ではないと思いますが」

 茶金の頭をしたギブが、眉間にしわを寄せて呻く。

 アネッロは、快活に笑った。

「たしかに。とでも言うと思いましたか? この商売は、それに左右されるものではありませんよ」

 ギブは、まだ二十になったくらいの年齢に見えた。

 血の気が余っているのか、それともギブ本人、もしくは知り合いが金貸しに酷い目に遭わされた事があるのか。

 眼鏡をかけ直して、アネッロは二人を見つめた。

 観察されていると分かる見方をしてやると、居心地が悪そうに身動ぎしたのは、ギブという男だけだった。

 アネッロは、穏やかに眼を細めた。

「ここで見聞きした事は全て、公言する事は許しません。それが例えあなたがたがどんなに信用している者であるとか、領主や国王であったとしても」

「許さない、ですか」

 キーダが眉を顰め、口調を硬くする。

 だが、アネッロは当たり前のようにうなずいた。

「当然です。この仕事で我々に求められているのは、金と口の堅さです。あなたたちは、不本意にもかかわらざるを得なくなった。わずかな時間とはいえ、死んでも守って頂きますよ」

「死んでも。とは、口が過ぎませんか?」

 鼻で笑うように息を吐き出し、ギブは馬鹿にしたように口の端を持ち上げた。

 この言葉に、返事をしたのはアネッロではなく、厳しい顔つきをしたモネータだった。

「ナーレ殿、失礼ながら発言させて頂きます」

 即座に睨みつけてきたギブが口を開く前に、アネッロがそれを許した。

「モネータ、許可を得る必要などありませんよ。しばらくの間、仲間になるのですから」

「な……っ! 誰が貴様らの仲間になど……」

 憤怒の形相でアネッロを見た彼を抑えたのは、キーダだった。

 キーダの手は、ギブの肩に食い込むように乗せられている。

 苦痛に顔を歪め、奥歯を噛みしめたギブを見たキーダだったが、その手を緩める事はしなかった。

「では、失礼ながらナーレ殿、サルダン殿」

 前置きをして、モネータは身体ごと二人へと向けた。

 燃えるような眼を向けてくるギブとは違い、キーダが静かにうなずく。

「金を借りに来る方々は皆、それぞれに事情を抱えていらっしゃいます。それが深い事情のある場合も。ですから、その理由を簡単に書面に残したり、他言するような事があれば信用もなくなり誰も借りようなどと思わないでしょう」

「だったら潰れたらいいんですよ。金貸しなど、この世から消えればいい」

 嫌悪を露にし、吐き捨てるようなその言葉に、モネータは息を呑んだ。

 論争は大切だ。

 特に、モネータはアネッロに対して崇拝にも似た感情がある。

 自分が正しいと思っていた事が、他人にとっては正しくない事など多くある。反対も然り。育ってきた環境で、それは左右されるのだ。

 ギブから手を離したキーダも、相方がモネータを傷つける前に止めるだろうが、特に制止するわけでもない。

 モネータの事だ。自らの正論を通すために、暴力による弾圧などはしないだろう。もしギブが暴力に訴えるのであれば、それを理由に追い出せる。アネッロは腕を組み、楽しげに眼を細めて見守った。

 モネータは、好きにやれという空気を感じ取ったのか、ギブへとまっすぐに眼を向けた。

「……あなたは、それで構わないかもしれませんが。その理由が、商売敵に漏れでもしたら差し障りのあるものだったら、どうします。生活に直結している内容が漏れでもしたら、生死にかかわる事になります。それに、生きるために借りなければならない方々はどうします? 野垂れ死ねばいいとでも?」

「そんなもの! ……そんなもの、まずは地道に稼ぐべきだ。やりたい事があるのなら、それからで十分では?」

 少しずつだが、ギブの方に余裕がなくなってきている。言葉を荒げ、ですます口調が省かれ始めていた。

 よほど腹に据えかねている何かがあるのは分かった。だが、彼はそれを吐き出す事はしないだろう。

「金を稼ぐために商売をするにあたって、入用になる金はどうするのです? 軌道に乗るまでの金を借り、きちんと返していくために精魂込めて働く。それは当然の事でしょう」

「商売を起こした奴ら全てが、確実に儲かるとでも思っているのか? どれだけ頑張っても、絶対なんてない。気軽に金が借りられるような後ろ暗い場所があるから、人は苦労を忘れる!」

「だから、踏み倒しても構わない、と? その話もおかしくはないですか? 商売する限り、当然そういった事態も起こり得るでしょう。ですが、こちらで借金をされた方々こそ、苦労をされながら返済しています。アネッロ様は、そういった方面にも協力を惜しんではいませんから」

「……そういった、方面?」

 ギブが怪訝そうに眉を顰めると、モネータはようやく柔らかい笑みを浮かべた。

「ええ、こちらで金を借りた方々について見回りを欠かさず、人の入り具合を把握し、何が売れるか、どうしたら借金の返済に繋げられるかを日々考え、助言されていらっしゃいます」

 男でも見惚れるようなその微笑に、ギブは眩しそうに眼を細めていたが、すぐにはっとして眼を見開いて憎々しげに顔を歪めた。

 アネッロは口元に手をやった。いくら表情を歪めた所で、赤味を帯びた耳を見れば、一瞬でもモネータの美しさと純粋さに陥落した事は明白だった。

 見目の良い男は、ただそれだけではなく混じり気のない魂を、相手にも感じとらせる。

 自分がいかに汚れているかを、思い出させるように。

「……貴様っ!」

 ギブが赤い顔のまま、糸切り歯を見せて唸り、一歩踏み出そうとする前にキーダが止めた。

「ギブ、よせ」

「……はい」

 モネータから眼を外した男は、憮然とした顔で奥歯を噛みしめた。

「話は、終わりましたかな?」

 アネッロが口元から手を外し、眼を細めてうながせば、キーダがわずかに頭を下げて謝罪した。

「失礼致しました。商売の邪魔をしたいわけではありません。我々に必要な事であれば、いかなる事でも対処しましょう。もちろん、どんな内容であれ他言などしようはずがありません、仕事ですから」

「サルダン氏はそうでしょうが、ナーレ氏はどうですかね。この商売に、良い感情がなさそうですが」

 眼鏡の奥から、突き刺すように眼を向ければ、彼は一瞬息を詰まらせてから声を絞り出した。

「……仕事に関する全てにおいて、守秘義務がありますから」

「だから? そんな手引き通りの言葉など求めているとでも? それを完遂出来るのかどうかを伺ったのですがね」

 分かりやすくため息を吐いてやり、キーダへと眼を戻す。

「彼は信用出来ません。申し訳ありませんが、人員を交代して頂きたい」

 毅然と申し立てれば、ギブが眼を剝いて唸った。

 こうして仕事が出来ない男と決めつけ、自尊心が傷つけられたのであれば、それだけの気概を持って事に当たる人物だと思われた。

 犯罪者かもしれないという考えからか、威圧的に出てくるという事は、新人であろうと判断出来る。

 そんな血気盛んな若い彼が、一生涯かけて他人の秘密を守り通せるはずがない。

 キーダは口を引き結んでいたが、ゆっくりとうなずいた。

「分かりました。ですが、交代の時間までは人員を動かす事は出来ません」

「キーダさん!」

 焦ったようにキーダを見たギブだったが、見下ろされたその凍てつく瞳に、押し黙る。

 アネッロは、モネータの名を呼ぶと、彼はうなずいてギブを促した。

「ナーレ殿、私は下でやる事があります。あなたには私を監視して頂きたい」

 もう一度、ギブがキーダを見れば、無言でうなずいて返される。

 モネータの後について部屋から出て行くと、キーダがもう一度謝罪した。

「気を使って頂いて、申し訳ありません」

「気にする事などありませんよ、モネータにも残っている理由などありませんでしたからね」

 そう言って、キーダから視線を外す。

 事務机について、引き出しの鍵を開け、書類を取り出した。

 そして気がついたように顔を上げると、羽ペンで革張りの椅子を指し示す。

「客が来るまで、そこで寛いで頂いて構いませんよ。お手伝い頂く事はありませんから」

 少し頭を下げたキーダを見るでもなく、アネッロは書類に眼を落とした。



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