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問いただされるべき者は

 ――日毎に冷たくなる空気に、アネッロはわずかにあごを上げ、澄んだ青空を見た。

 意味などなかったが、人通りがだいぶ少なくなった中央通りの活気は、薄れた様子はなかった。

 行き交う人がいる事で、店主達は明るい声で呼びかけ、客引きをしている。

 ゆったりと歩きながら、アネッロは前方から沸き起こる騒々しさに、視線を下ろした。

 かっちりとした揃いの黒い衣装と帽子を被った者達が、アネッロを確認し、あっという間に取り囲む。

 人数は六人。アネッロはさり気なく彼らを確認し、正面で警棒を何度も自分の手に当てて音を立てている勝ち誇った男へと眼を向けた。

「何の、真似ですかな?」

 警棒の動きが止まり、角ばった顔の男は、勝ち誇った顔をして口角を持ち上げた。

「アネッロ=ジュダス、殺人容疑で捕縛する」

 人が少なくなったとはいえ、誰もいないわけではない。

 聞こえよがしにアネッロの名と罪状を、声高らかに宣言したグイズの名を、アネッロは通る声で返答した。

「これは、ムイア=グイズ警邏長殿。殺人ですか、また物騒な」

 爽やかな笑顔を向けながら、アネッロが言葉を続ける。

「毎度、犯人でもない私を犯罪者扱いするなどという暴挙が、まかり通る物なのでしょうかね? この国は。ムイア=グイズ警邏長殿、今度こそ、確たる証拠があってのことでしょうか」

 その言葉に、グイズは更に笑みを深めた。

 どちらが悪人か分からない笑顔の応酬に、近くにいた者達は皆、面白そうな顔でアネッロ達を眺めている。

 そんな彼らにも聞こえるように、はっきりとグイズは肯定して見せた。

「当然だ!」

 そう言うと、グイズは隣にいた若い隊員に、あごで合図を送る。

 緊張した面持ちで、若い男はアネッロの前に進み出た。

 抵抗はしないと主張するように、アネッロは両手を顔の横まで上げる。

 一言、声をかけてから、彼はアネッロのベストの下から鞭を視認し、グイズへと振り返る。

「ありました!」

「押収しろ」

 若い男が、短長二本の鞭を外すと、グイズは嫌らしい笑い声を上げ、自らの手柄の大きさに、歓喜を表して小鼻を膨らませた。

「アネッロ=ジュダス! ナンス=フィダート殺害の罪で捕縛する!」

 警邏隊の輪が、少しずつ狭まる。

 上げていた手を、その内の一人につかまれ、後ろに回される。

「ついにこの時がきたな、この犯罪者め!」

 恍惚とした表情を浮かべたグイズに、アネッロは少しばかり低い声で笑う。

「……犯罪者、ですか。これは、冤罪ですよ。私は犯人ではありません」

「そんな事があるわけがない! 凶器もある、なにより同業者であるお前が一番犯人像に近い!」

 高らかに宣言する男に、周囲の反応は様々だった。

 なるほどと素直にうなずいている者もいれば、その言葉に違和感を感じて顔をしかめ、首をかしげている者もいる。

「私が鞭を携えているのは、周知の事実です。この町の住人、誰に聞いても肯定するでしょう。それだけを取り上げて、犯罪者呼ばわりですか」

「そうだ。何故なら、お前こそが犯罪者だからだ」

「鞭を持っているだけで、犯罪者とは! では、町の者達全てが犯罪者になるでしょうね」

 子供のしつけに、鞭を使う者は多数いる。

 アネッロの声が届く範囲で、それを聞いた者は皆息を呑んだ。

 自分の身に降りかかってくるのではないかと、住民達が集まり始める。

 アネッロは見下すように、顔を上げ、口の端を持ち上げた。

「西通りの金貸しの領域で金を借り、その悪行に恨みを持っている者の中で、鞭を所有している者はどれほどいるのでしょうね」

「く、くだらない作り話を! 行くぞ!」

 顔を見合わせ始めていた隊員達を、問答無用でグイズは引き上げさせる。

 ざわめき始めた観客達の中、彼らは小走りでその場を後にした。

 民衆の冷めた視線を掻き分けながら進む中で、アネッロは神経を集中した。

 民衆の怒りにも似た空気の中に紛れ、攻撃してくる者がいるかもしれないからだ。

 囲んでいる警邏隊すら、信用出来るものではなかった。

 六名全て見知った顔で、住居も氏名も頭に入ってはいるが、その誰もが人質に取られるような小さな子供や、新婚の妻がいる者達ばかりだ。

 だが、彼らが必要以上に緊張していたり、汗をかくなど、わずかな違和感すら見受けられない。それでも、警戒は解かなかった。


 ――グイズは、論外だが。


 そう考え、表情には出さずに苦笑する。

 以前、モネータに言ったように、彼は良くも悪くも分かりやすい男だった。

 全ての者に頼られている事が快感で、今のように不審の眼差しを向けられる事を嫌う。

 思い込みが激しく、厄介ではある。だがある意味、扱いやすい人物でもあった。


 取調べ室へと、グイズが鼻息荒く踏み込んできたが、尋問する前に第一級捜査班が彼からその所有権を奪う。

 アンシャ達ではなかったが、捜査官としての訓練を受けている彼らも十分に優秀な人材だ。

 穏やかな雰囲気をまとってはいるが、その眼を見れば油断ならない者だとわかる男達だった。

 一人が、机を挟んで正面にある椅子に座り、もう一人は扉の前に立つ。

「第一級捜査班の、ジーラ=カルディエと申します。後ろの男は、リベナ=ニサ。中央通りにあるジュダス商会の、アネッロ=ジュダスで間違いありませんか?」

「ええ、間違いありません」

「昨日、ナンス=フィダートに接触したというのは、本当ですか?」

「ええ、本当です」

 鉄の扉の外から、罵詈雑言が聞こえてくるが、お互いに聞こえない振りをして話を進める。

「なぜ、西通りに? 暗黙の了解で、金貸し同士住み分けがなされているはずですよね」

「新しく養子にした子供がいましてね。その子供がそれまで迷惑をかけていた店が、西通りにもあると言ったものですから。これから前を見て生きる為に、謝罪に回っていたのですよ。店を探しながら周辺をうろついていましたら、彼らと遭遇しました」

 話を端折りはしたが、嘘は言っていない。

 帳面に書き上げながら、ジーラは質問を続けた。

「その際、何を話したか。思い出して貰えますか?」

「……そう、ですね。こちらの場を荒らしてくれるな、とは言われましたね」

「荒らしたのですか?」

 煽るわけではない、ジーラは穏やかに、ただ質問をしているように見せていた。

 アネッロは首を横に振り、苦笑する。

「いえ。彼にも言いましたが、西に手を出した事などありませんよ」

「今は、ですよね? そういった事は起こりうるのでは?」

「もちろんです。西の者達が私に金を貸してくれと言われれば……ああ、その事も話題になりましたね。私は、彼らが貸してくれと言えば、貸します。と答えましたよ。そうしたら向こうの気の荒い若いのに咬みつかれかけましたが、彼が一喝して抑えて下さいました」

「それで?」

「それだけですよ、その場で別れました。通り過ぎてから彼の若い者達が、放っておいていいのかとフィダート氏に詰め寄ってましたがね」

 一挙手一投足、そして彼らの風に揺れる服の動きや舞う砂まで、今この場であっても、目の前で起こっているように思い浮かべる事が出来る。

 だが、判断材料にもならない事柄は、彼らに必要ないだろう。

 わざわざ『ああ』などと、思い出すような言葉を取り入れずとも、全てを流暢に語る事は可能だが、通常の人間にはそんな事は出来ないと知っている。

 一つを語る事で、記憶が引きずられて思い出す事があるという事実を、アネッロは様々な者達を観察して知識を得た。


 見た事、聞いた事全てを忘れない。


 という事は、苦痛は苦痛のまま、はっきりと現在起こっている事のように思い出せてしまう。

 そして細かい事を語り過ぎる事は不審を生む。いくらこちらが正しくとも、彼らは自らの行動、そして発した言葉すら忘れている事があるからだ。

 だからこそ、自らに違和感が生まれようとも、その者達の真似をして一から順番にではなく、思い起こすように語る事は、自らの苦痛にも似た面倒な能力を隠す唯一の手段だった。

「一つ、こちらからも伺ってよろしいですか?」

「……内容にも、よりますが」

 アネッロの言葉に、ジーラは怪訝な顔もせずうなずいた。

 遠慮なく、あきらかにわざとと分かるように微笑を浮かべて見せた。

「わずかな情報でも良いのですが、カリダの行方は、つかめましたかな?」



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