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謝罪の末路

 カリダの、謝罪行脚は続く。

 カリダがとにかく心無いが、それと見えるように謝罪をし、モネータも今後カリダとともに行動する事になると説明し、真摯に頭を下げる。

 今までモネータと交流していた店主達は、複雑な表情を浮かべながらも、許してくれていた。

 もちろん、店主の奥さん連中の、モネータが手を握ってくれたら。だとか、モネータが一回抱きしめてくれたら許すよ! という声に動揺する彼を見て皆が笑い、困惑しながらも真剣な顔でモネータが彼女達の要求を呑む。

 言った張本人の嬉しい悲鳴と、周囲からの嫉妬の悲鳴が交錯した所でお開きになる。

 という、カリダの試練だったはずが、モネータの試練にすり替わってしまっていたが。

 そのため、アネッロが念のため持っていった金は使わずに済んでいた。

 事務所に戻り、アネッロが隣室への扉の鍵を取り出した時、モネータが大きく息を吐く。

「……なんかさ。兄ちゃん、悪かったな」

 疲れきったモネータを見たカリダが、最後の謝罪を口にした。

「いや、大丈夫です」

 そう言って、カリダに向かってうなずいて見せる彼は、どう見ても憔悴していた。

 これ以上、何か言ってもモネータは何でもないと疲れた顔をして言い張るだろう。カリダは小さく肩をすくめるにとどまった。

 アネッロが事務所の奥にある部屋に鞄を置いて戻ってくると、二人に眼を向ける。

「朝に言った通り、今後モネータとともに集金や見回りに行ってもらいます。カリダ、お前は出来る限り万人の役に立つよう努力しなさい」

「……は? 見回りだろ? 役に立つって、なんだよ。金貸しの仕事は、金貸すのと集める事なんじゃないの?」

「それもそうですが、お前は悪さをしている分、彼らに返していかなければなりません」

「謝ったら、許してくれたじゃないか」

「たかだか口先だけで謝った所で、彼らの受けた被害金額がどこかで戻ってくるとでも?」

 言葉を詰まらせるカリダを冷めた眼で見やり、アネッロはあごでモネータを指し示した。

 カリダがモネータを見上げると、意味が分からなかったのだろうモネータもカリダを見下ろしている。

「さきほど身体を張ったのは関係のないモネータであって、カリダではない」

 モネータを見上げながら、奥様連中に遊ばれている金髪頭を思い出し、思わず吹き出すと、彼は眉をひそめた。

 慌ててカリダがなかった事にしようと、両手を横に振って、真剣な顔を必死で作る。

「そ、れは……悪かったと思ってるよ。いや、ほんとに」

 アネッロが必死にごまかすカリダを、一睨みで黙らせ、眼鏡をかけ直す。

「とにかく、お前の仕事は住民達が困っている事を解決する事だと思っていればいい。戦力としては期待していません」

「そんな! おれも兄ちゃんみたいに、殴れば吹き飛ぶような力が欲しい!」

 口を結び、困った顔でアネッロを見てくるモネータ。

 小さな握りこぶしを振り上げて見せるカリダ。

 二人の対比を眺め、アネッロはにこやかにうなずいた。

「そうですか。まずは言葉遣いと態度を覚えない限り、次には進めませんよ」

「次ってなんだよ」

「カリダの言う力の振るい方ですが……その身体の細さでは、どうにもならないでしょうね」

 カリダは自分の腕と、隣に並ぶ男の腕を見比べた。

 骨と皮だけのようだった少し前の腕よりは、今の方が多少ではあるが肉がつき始めている。

 だが、隆々とした筋肉とは比べるべくもない。

「……なに食えば、こんなになれるんだよ」

「食べ物だけではないですよ。毎日、訓練しているおかげです」

 モネータがそう言えば、彼女は眼を輝かせる。

「おれにも教えろ!」

 カリダが全身で沸き立つような気持ちを表すが、モネータとアネッロは黙って眼を細め、カリダを見下ろした。

 極端に温度が下がったように感じる室内に、カリダは怪訝な表情を浮かべてから、気付いたように眼を見開く。

「ください!」

 眉間に指を当てながら、アネッロは椅子を引いた。

 呆れた顔で、モネータが呻くようにカリダへと声をかけた。

「そこもですが、直す所はそれだけではありません」

「はあ? おれ、今なんて言った……ああ、わたしわたし」

 悪びれもなく、やはり明らかに心無い言い方で笑うカリダに、モネータが口をあんぐりと開ける。

 アネッロは一枚の羊皮紙にペンを走らせ、書き終わるや否や笑顔でカリダを見た。

「カリダ、ここに来なさい」

 向かい側を指し示して声をかければ、少女は引きつった顔で渋々――恐る恐るといった方が正しいだろう――机の前に身体を寄せた。

 アネッロは書き上げたばかりの紙を、カリダの前に出し、インクを含ませたペンを差し出す。

「サインしなさい」

「いやだ」

 自分の名前くらいは書けるが、文字を習った事のないカリダには、何が書かれているのか分からなかった。

 分からないが、それは彼女にとって良くないものだろうという事は、検討がついたのだろう。

 だが、アネッロはペンを差し出したまま、笑う形に歪ませた唇をゆっくりと開く。

「もう一度だけ言う。自分の名くらい書けるでしょう? サインをするまで、この状態のままですよ」

「だって、なに書いてるかわからないのに! どうせ、お……わたしにとって都合悪い事だろうけどさ」

 後ずさる事も許されない空気の中、カリダはそれでも虚勢を張った。

 アネッロは、当然の権利だとでも言うようにうなずくと、書かれた文字を一つずつ指差しながら読み上げた。

「言葉遣いに気を配る事。態度もそれに伴う事。許可なく他人の物に触れない事。モネータの眼の届かない場所へ、勝手に出歩かない事。分からない事があれば、アネッロかモネータに声をかける事」

 読み上げるたび、カリダの表情が歪んでいく。

 だが、彼女は唇をとがらせ、うなだれながらアネッロの声を聞いていた。

「以上の事をカリダが完璧に出来るようになったと判断した場合、アネッロとモネータが一つずつカリダの言う事を何でも聞く」

 突拍子もない提案に、カリダが勢いよく顔を上げるのと同時に、モネータが息を呑む。

 少し気をつけさえすれば何も問題のない簡単な事柄に、カリダは机に両手をつき、身を乗り出した。

「本当だな!」

 輝く顔に微笑で返したアネッロは、続きを口にする。

「ただし。カリダが上記を守れない場合、その都度腕立て伏せ二十回、腹筋二十回、背筋三十回。中庭での全力駆け足を大砂時計十返し分行う事。回数に慣れた場合、それぞれ十ずつ加算。いかなる場所であれ、モネータの監視の下行う事」

「なんだそれ!」

 悲鳴を上げたカリダに、アネッロは表情を変えずに、ああ忘れてましたと声を出す。

「中庭での全力駆け足に関しては、外出先からいちいち戻る事は時間の無駄ですので、都度加算し、戻ってきてからその回数を消化する事」

 少しばかり希望を持った顔をしたカリダは、瞬時に真っ赤な顔で眉をつり上げた。

「忘れてたって、それかよ!」

「モネータのようになりたいのでは? 項目を敢えて守らなければ鍛えられる。お前からしてみたら、どちらをとっても害にはならないはずですがね」

 歯軋りが聞こえてきそうなほど歯を食いしばり、カリダは差し出され続けるペンを、力任せに奪い取る。

「……覚えてろよ」

「サインを書き終えた時から、誓約書の効果は発揮されます。鋭意努力する事です」

 たどたどしい手つきで、サインをし終えたカリダがただ呻くと、アネッロは見下すようにカリダを眺め、嘲笑した。



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