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ラクルスィに仕える者達

 近くにある領主の館へと馬車を横付けし、アネッロが馬車の扉を開く。

 離れるなと一声かけてから、リュアトと共に屋敷へと足を向けた。

 出迎えた侍女はモネータに気を取られ、リュアトに気付く様子もなかったが、後から来た侍女頭にたしなめられて眼を瞬かせ、小さく悲鳴を上げた。

 強張った表情になった彼女に、侍女頭の女性が指示を与え、彼女は一礼をして姿を消した。

 歳のいった細身の女性が、背筋を伸ばして二人に向き直る。

「若様がお待ちです」

「テルサ、若様はどちらに?」

 御者の風体をしたリュアトに、テルサと呼ばれた侍女頭は少しばかり眉をひそめた。

「……中庭でございます」

 リュアトの楽しげな微笑に、何を言うでもなく、テルサはただ呆れた顔をした。

 二人が並び立つ姿を見て、夫婦ではないと知った時には、驚きを隠せなかった事を思い出す。

 アネッロが幼少の頃の話ではあるが、今では髪の色も変わり、だいぶ歳を経たというのに、彼らは変わらないようにも見えた。

 仲睦まじいようにも見え、二人はそれ以上踏み込もうとしない。

 幼い頃のアネッロが、どうして夫婦にならないのかとテルサに問うた事がある。

 しかし、彼女はただ苦笑しただけだった。

 今、また同じ事を聞いたら、まだ言っているのかと呆れられるだろう。

 子供と大人の境界がどこなのか、難しい所ではあるが、すでに何も分からない子供ではない。

 そっとしておく事柄も、往々にしてあるのだ。

 それに――侍従長や侍女頭とはいえ、今は気安く話しかける立場にはない。

「ジュダス商会のアネッロと、モネータです。ラクルスィ様に御目通り致したく参りました」

 そう言いながら少しだけ体をずらし、モネータが担いでいる布袋を見せる。

 アネッロへと眼を向けて、彼女はやっと柔らかく微笑した。

「承知しております。御者のリュアト、荷を運んで差し上げなさい。モネータさんは、こちらへ」

 そう言って、踵を返す。

 モネータは気持ちを引き締めたのか、少し硬い声で肯定の返事をした。

 リュアトに荷を渡すと、彼はその重みを苦にする事なく、麻袋を平然と抱え上げた。

 モネータ越しに、リュアトは横目で彼女を見る。

「やれやれ、侍従長のほうが上の立場でしょうに。侍女頭の尻に敷かれていると噂が広まったらどうするつもりですか」

「どうも致しませんでしょう。それにあなたが侍従長だと仰りたいのであれば、急ぎ身支度を整えなさい。冬支度の最中だというのに、こんな事をされている場合ですか!」

 斜に身体を引きながら眼を細めるテルサに、リュアトは肩をすくめた。

 一礼して彼女の後についていくモネータの背中を見送りながら、アネッロは口元を押さえながらリュアトを見る。

「やはり、こんな事をされている場合ではなかったようですね」

「そうでもありませんよ。アネッロ様のご成長した姿を、間近で拝見する事が出来ましたからね」

「そんな事で、リュアトさんの立場を悪くするのはどうかと思いますよ」

 さすがにアネッロが呆れた声を出せば、リュアトは片眉を持ち上げて笑い、案内するように歩き出す。

「悪くなるなどと。テルサは嫉妬しているのですよ。私がライアン様に今回の戯れを提案して、あなたと会話する機会を作ったものですから」

「やはり、そんな事で。としか言いようがありませんが――しかしそれは、ありがたい事なのでしょうね」

「そう言って頂けますと、私としても嬉しゅうございます」

 涼やかな笑顔で返され、アネッロは居心地の悪さを感じ、小さく息を吐いた。

 硬い廊下は、黙り込んだ二人の足音を反響させる。

 すぐに開けた場所に出た。館の壁に囲まれたその場所は、美しく整えられた小さな庭園になっていた。

 籐で編まれたカウチにクッションを敷き詰め、寝転がって書類を眺めている彼に、リュアトが静かな声で来訪を告げる。

「やっと来たか」

 そう言って、待ちくたびれたように、緩慢な動作で身体を起こす。

 その間に、リュアトが近くにあったベンチに袋を下ろし、口紐を解いた。

 アネッロがうやうやしく頭を下げると、ライアンはつまらなそうに眼を細め、やめろと呻く。

「人払いはしてある。余計な礼儀などいらん」

「そうはいきません。ライアン様に渡したいモノがございまして」

 リュアトが引きずり出したタムは、聞こえていた話の内容から、袋の中で今いる場所がどこであるのかを把握していた。

 立たせて貰ったが、緊張に身体を強張らせてリュアト、アネッロそしてライアンへと視線を動かす。

 ライアンは、眼だけでアネッロに説明を求める。

「この者は、例の事件の犯人を目撃している可能性があります。こちらで保護して頂きたく。それと、小間使いを一人、欲しいと仰っていた事を思い出しましてね」

「言ったか? まあ冬支度で忙しい最中でもあるから、一人でも手が多く欲しい所ではあるがな」

「では、よろしくお願い致します」

 もう一度アネッロが頭を下げれば、ライアンは嫌そうに顔を歪めながら、おどおどした少年に眼を向ける。

「お前、名は」

「……え?」

 タムは身体を震わせながらも口を開くが、緊張のせいでのどが締め付けられて声が出ない。

「名前だ」

 たたみかけるようにライアンが言えば、タムは半歩後ずさり、かろうじてごめんなさいと吐き出した息を使って声を絞り出した。

 隣に立つリュアトが小さな少年の背を軽く叩くと、彼は弾かれたようにリュアトを見た。

 柔らかく微笑を浮かべた男に、少年は大きく身震いをしてから、もう一度口を開く。

「……タム、です」

 酷く小さなものではあったが、リュアトは満足気にうなずき、姿勢を正して片手を胸に当てた。

「ライアン様、この者は私が」

「任せる」

 ライアンがうなずいて見せれば、優雅に一礼をして、タムの背中に手を当てた。

「タム、こちらへ」

 タムは押されるままライアン達に背を向けて、通路を戻っていった。

 姿が完全に見えなくなってから、ライアンが唇をとがらせる。

「私は、そんなに怖いのか?」

「子供に、あれだけ威圧的に出れば当然だ」

「領主らしくしてみただけだが?」

「威厳と尊大を、わざと間違えただろう。お前の趣味に、民を巻き込むな」

 アネッロが呆れた声を作ってやれば、ライアンは楽しげに笑った。

「そう言うな。息抜きも大切だろう?」

 たんなる息抜きで脅かされたと知れば、この屋敷で下働きをしていかなくてはならないタムは、たまらないだろう。

「人は、揉まれて強くなるものだがな。ものには限度があると少しは学べ。だから意中の女性から手紙すら届かなくなるのだ」

 アネッロが当然のように言えば、さすがにライアンの顔色が変わった。

「……どうして、それを知っている」

「噂では、私の目や耳はどこにでもあるようですよ」

「言っておくがな、意中などではないぞ。少し気になった程度だが、粉をかけて何が悪い!」

 『噂』では、ラクルスィの若い当主がある女性に対し、かなりの入れ込みようであったそうだが、ここしばらく当主が大人しくなったという。

 アネッロが腕を組めば、ライアンは自らの赤髪を掻き、苦笑した。

「私の事など、どうでもいい。あの子供は重要なのか? まだ可能性に過ぎないのだろう」

「限りなく真実に近い可能性だ。あれから眼を離すなよ。どこに狂気が潜んでいるか、この屋敷内でも油断出来ん」

 暗に倉庫番の話をしている事は、ライアンにも分かった。

 さすがに表情を引き締めて、カウチから立ち上がる。

「それについては、申し訳なかった。心から謝罪する。あれの処分は、追って連絡する」

「処分などに興味はない。私の興味は、情報だ。功を焦るなよ、時間はかかってもいい。真実の自白を引き出してくれ」

「分かっている」

 そう言ってうなずいたライアンは、やっと領主らしく厳しい顔つきをしていた。

 暖かな陽射しは、高い壁に遮られ、徐々に影に侵食されていく。

 途端に冷たい風が吹き込み始め、ライアンは書類をまとめた。

「もう少し話せるか?」

「もちろんですとも、ライアン様。モネータを癒しにする侍女の皆様には、もうしばらく時間を差し上げたいと思っております」

「……そちらにも一度、会ってみたいものだがな」

 アネッロの声色の変化に、ライアンは眉をひそめて顔を上げれば、彼の後ろを若い侍女がたたんだ布を抱えて通り過ぎていった。

 それを見送ってから、ライアンは小さく口を開く。

「君は、どうやって背後の人間に気がつくのだ」

「私には、後ろにも眼がございますので」

 笑顔のまま、さらりと言ってのけるアネッロに、ライアンは微妙な顔をした。

「本当にありそうで、気持ちが悪い」

「書類ばかりに没頭せず、たまには訓練を積んだ方がいい。守られるばかりでは、いざという時に身体が動きませんよ」

「それもよく聞くがな。事件が立て続けば、頭を使う事が増える一方だ」

 小さく息を吐き、眉間のしわを伸ばすように、ライアンは眉間に指をあてた。



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