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探し人

 地面に転がっている男達が意識を取り戻した時に動けないよう、彼らのベルトや上着を剥ぎ、両腕と両足を背中側で器用に縛り上げた。

 アネッロが何を始めるのか、怪訝な顔で少女は見ていたが、男を縛り上げるのを見て少女も慌てて近くに転がっている男から、少し恥ずかしそうにしながらもベルトを外し、アネッロの指示を受けながら縛り上げた。

 一通り作業を済ませアネッロが鞄を取りに戻る。

「助けて頂いて、ありがとうございました」

「今さらですが、慣れないうちは裏通りを歩かないほうがいいですよ」

 まだ十代くらいの年頃だ、好奇心が旺盛で怖いもの知らずなのだろう。

 悪い事ではないが、リスクが伴うと勉強になったはずだ。それを裏付けるように彼女は神妙な顔で頷いた。

 アネッロは父親に近付き、傷の具合を確かめる。

「酷く殴られたな、まだ動かないほうがいい。医者には声をかけておこう」

「……すまない」

 うまく動かない口で、男は声を絞り出した。

 それに答えるわけでもなく、アネッロは立ち上がる。

 黒い革の鞄は、壁に寄りかかり静かに主を待っていた。

 底についた砂を丁寧に払っていると、少女が駆け寄ってくる。

「まだ何か?」

 そう言って見下ろすと、少女は少し怖じ気づいた表情を見せて父親を振り返った。

 彼が小さく頷けば、少女はまたアネッロに向き直る。

「あの人達の仲間が荷物を持って行ってしまったので、今はなんのお礼も出来ませんが、船まで戻ればきっと……」

 右手の平を少女に向け、言葉を遮る。

「礼など必要ありません。ああ、そうだ。船まで戻る支度金が必要であれば、いつでも声をかけて下さい。私は金貸しでしてね、質受けもしておりますので。御用があれば、ジュダス商会までおいで下さい。この町ならば、どの店の店主に聞いてもわかりますから」

 先程までとは打って変わった笑顔に、不穏な何かを感じたのだろう。

 少女は命の恩人から、一歩距離をおくように後ずさった。

「……金貸し」

「ええ。ですが今、少し面倒がありましてね。警邏に私の事を話されると、更に面倒が増えてしまいますので、黙っていてくれるとこちらとしても助かるのですがね」

 あくまで穏やかに話しているにもかかわらず、少女は怯えた顔で何度も頷いた。

 笑顔のまま会釈をし、それではと彼らを振り返る事なく路地の先へと行く。

 西門へ向かうためには、路地を右へと行かなくてはならないが、アネッロはまっすぐ抜けた。

 抜けた先は、大通りの華やかさとは違い、人通りが少なく陽の当たる時間が極端に短いその場所は、陰に隠れたような雰囲気を持っている。

 酒と香水、そして知りたくもないにおいに包まれた通りには、昼間だというのに、酔いどれが地べたに座り、樽を支えにしていびきをかいていた。

 一軒の酒場の前を通りかかった時、浮かれた笑い声をあげながら、初老の男と肩を組んだ若い男が店から出てくる。

 奢られたから、今度はあっちの店で俺が奢る。だの、多少ろれつの回らない口で初老男の薄くなった頭をなでていた。

 互いが不確かな足取りで、互いを支えにしているため、右に左に下手なダンスでも踊っているようにも見える。

 初老の男がアネッロを指差し、眉間にしわを寄せた。

「おい、金貸しだぞ。お前、金借りてこい! 皆で一緒に吐くまで呑むぞ!」

「おお、いいね! おい、金貸し!」

 初老の男から手を離し、アネッロの肩を叩く。

 今度はアネッロを支えにするかのように、若い男の体重がかけられた。

 酒臭い顔を近づけると、にやりと笑った。

「……今度は、何の用だい」

「路地をまっすぐ進んだ先に、医者と警邏だ」

 肯定も否定もせず、アネッロの肩を力強く一度叩き、すっとんきょうな声をあげた。

「うっへえ! ダメだ、冗談も通じねえよ。こんな奴ほっといて。次行こう、おっさん!」

「おう、酒は裏切らないぞ!」

 何があったのかは、すでに本人も酒に呑まれているせいで、忘れているだろう。

 二人は両手を空に突き上げてから大笑いし、肩を叩き合って、若い男に引っ張られるようによろめきながらアネッロが出てきた路地へと消えていった。

 それを見送る事なく、道なりに先へと進む。

 少し遠回りではあるが、しばらくすると西門が見えてきたところで、細い路地へと入り込んだ。

 薄汚れた子供が一人、膝を抱え、頭をそれにうずめていた。

「タムか?」

 そう声をかければ、痩せっぽちの小さな少女は、緩慢な動きで頭をあげる。アネッロを見つめ、ゆっくりと乾いて割れた唇を開いた。

「……タムなら、牢屋につかまったよ」

 彼らの言う牢屋とは、警邏や牢獄の事ではない事を、アネッロは知っている。

 孤児院の連中が、時折子供を捕まえては、強制的に孤児院へと連れて行くのだ。

 その理由は、金である。人数が規定数揃わなければ、領主からの援助資金が減額されるか、止められてしまうからだ。

 環境は劣悪で、逃亡する子供も少なくない。

「牢屋、ですか」

 もう用はないだろうと、その少女はまた自らの膝に頬をあて、細い両腕で顔を覆うようにした。

 十ソルド硬貨を足元に投げてやると、彼女は少し腕をあげ、慌てて拾った。

 しっかりと握りしめて、荒んだ眼でアネッロを見る。

「ほかに、聞きたいことあるの?」

「お前はタムと行動をしていたのですか?」

 真偽を図りかねているのか、疑いの眼差しを向けたまま、少しだけ首をかしげた。

「少しだけ」

「黒ずくめの話を聞きましたか?」

「……聞いた。黒い布を頭から足までかぶってて、大通りを走ってたって。怖くて隠れてたって。それだけ」

「男か女かは、言っていませんでしたか?」

「わからない。小さい奴だったとは言ってたけど? タムもチビのくせに」

 そう言って、目の前にいる小さな少女はかすれた声で弱々しく笑う。

 アネッロは礼を言って、彼女に背を向けた。

 町外れに建つ孤児院を脳裏に描く。白壁の大きな建物に、小規模だが庭と畑。それを囲う鉄格子のような柵と門。

 温かく優しい雰囲気を持つ、数人の職員。教会から派遣されているのだが、アネッロのにはどこか異質な物を感じていた。

 聖職者すべてが胡散臭いとは言わないが、この孤児院は明らかにおかしい。

 だが、抜き打ちで立ち入り調査を行っても、黒い埃ひとつ出ないのだ。どこかで情報が漏れている事は確実だが、それを見極める事が出来なかった。

 それも制約が厳しく、思うように動けなかった騎士だった頃の話だが。

 この仕事を始めてからは、情報が入ってくるたびに、いずれ潰してやろうと思っていたが、決定的な証拠を押さえられてはいない。

 孤児院に入っていた過去もなく、一介の金貸しである自分が踏み込める場所でもない。

 だが、探し人が取り込まれているのならば、話は別だった。

 いざとなれば、身請けしてやっても構わないが、独身の金貸しに子供を預けはしないだろう。

 足は、自然と孤児院に向いていた。

 だが建物が見えてくる手前で、アネッロは立ち止まった。

 少し思案したかと思えば、踵を返し、大通りを早足で戻る。

 ジュダス商会の大扉を開け、居住スペースへと踏み込むと、カリダは机につっぷして呻いていた。

 机を挟んで、彼女の正面に座っていたモネータが、アネッロを見て立ち上がる。

「アネッロ様」

 出迎えの挨拶を断るように右手の平を、モネータに向ける。

 出迎える気のないカリダは、それでもアネッロへ顔を向けながら、頬は机につけたままだった。

「カリダ、お前に仕事があります」

 腫れた顔が、少し明るくなったように見えた。よほどモネータの淑女修行が嫌だったのだろう。

 頭を机から離したが、すぐに表情が曇り、また机に頭をくっつけた。

「どうせ、ろくでもない仕事なんだろ?」

「今回は、人助けですよ」

「金貸しが? 人助け!」

 気のない笑い声をあげると、カリダはそれでも顔をあげた。

「こんな顔だから外に出るな。じゃなかったのかよ」

「その顔だから、利用価値があるのですよ」

 アネッロの揺るがない笑顔は、カリダとモネータを沈黙させる力を持っていた。

 嫌な予感しかしない。

「カリダ、お前は孤児院にいた事がありますか?」

 その言葉に、カリダは自然と奥歯を噛みしめた。

 眼鏡の奥の眼は、鋭く真実を求めていた。仕方なくカリダは、声を絞り出す。

「……ある。だから、なんだよ」

「孤児院に戻ってもらおう」

「それは、あんまりです!」

 声を荒げたのは、カリダではなくモネータだった。

 口を開きかけていたカリダは、そのまま言葉を飲み込んだ。

 断る。と叫ぼうとしていた。そうすると、自分の居場所がここであると認める事になる。

 逃げ出してやると思っていたが、温かい食事や自室という守られた空間に、たった一日ではあったが居心地の良さを感じてさえいた。

 まだ多少痛む顔の筋肉を動かし、口を一文字に固く結ぶ。

 この感情が、悔しさからくるものなのか恥ずかしさからくるものなのか。

「カリダが、家族になると仰ったのは、昨日の夜の話ではないですか!」

「モネータ。仕事だと、最初に言ったはずですよ」

 思い出したのだろう、モネータは押し黙る。

 不思議な光景だった。二人の男の眼が、少女に向いている。

頼られているような感覚は、カリダにとってなかった事だ。騙されている事も容易に伺えるが、それでもカリダは口の端を持ち上げて笑った。

「仕事なら、金が発生するんだろうな」

「当然でしょう」

「いいぜ、やるよ。捨てられる事にはなれてるしな」

「慣れるな!」

 軽口が通用しない男が一人、声をあげた。

 彼が真剣であればあるほど、カリダは笑いが込み上げてくる。

「何を笑う事がある」

「だって、面白い事言うなと思って」

「私は真剣に話をしているんです」

「知ってるよ。だからだろ?」

 意味が分からないのだろう。モネータは眉を寄せた。

 説明するにも、なぜ自分が面白くなっているのか、カリダも分かっていない。

 椅子からゆっくりと立ち上がって、アネッロの前に行く。

「で? その仕事は、面白いのか?」

「大きく出れば、あの孤児院を潰せるかもしれませんよ」

 不自然な笑顔が、自然な――悪巧みをする笑みに変わる。

 その顔のほうが、しっくりくるな。と、言葉には出さずカリダも同じ顔をした。



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